2011年
1月号(第275号)
雑詠
木枯しや火祭り前の法螺貝(ほら)の音
敗蓮やまだ葉脈の逞しく
秋深し岬の上の廃旅館
表札の残る廃屋秋簾
秋桜地蔵の示す県境
猫の眼の高さの穂波赤のまま

2月号(第276号)
雑詠
大陵の前の小陵枯尾花
陵の円より方へ鴨泳ぐ
水鳥の波高きとき身の高し
その半分墳墓に散りて銀杏黄葉
枯尾花湖に背きて倒れけり
比叡颪白鷺の首畳まする

3月号(第277号)
雑詠
冬蝶の畳の上に逝きにけり
一人の夕餉大根おろす香をひろぐ
初雪や港へ続く廃線路
落葉道山頂にまた日の射せり
初音聴く一番列車来る前に
枯蔦の覆ひ切れざる野面積

4月号(第278号)
雑詠
鴨泳ぐ足裏懸命に見えてをり
悠々と恵方へ発てる鷺のあり
昏れてなほ寒潮白を深めけり
妙法も鳥居も雪を纏ひけり
梅咲くや廃墟ますます崩れゆく
斑雪残れるものの眩しかり

5月号(第279号)
雑詠
写生子の姿も絵なり春はじめ
春の雪夕べの空へ還りけり
真直ぐに昇る煙や霞空
雉鳴くや下位より並ぶ士卒墓所
発つごとに梅を散らせる雀かな
みどり児の梅の香くぐり母のもと

6月号(第280号)
雑詠
耕人の土を眺めて休みをり
斑雪三角点を取り囲み
うすらひの手水に写る飛行機雲
道わたる先田にくだる花薺
沈丁のひときは香る下山道
落ちてすぐ土になるなり春の雪

7月号(第281号)
雑詠
蒲公英を土塁に咲かせ廃れ城
雉鳴くや無名の句碑の草書体
野面積やや隙のあり蘖ゆる
落石に混ざりて桜蘂降らす
虎口より天守に向きて菫咲く
痩せ細る男のオブジェ落花溜む

8月号(第282号)
雑詠
代田波点描の如山映す
春雷や出棺前のクラクション
石垣に風化の兆し著莪の花
山頂に近道のあり道をしへ
薫風や梁に彫らるる龍一対
梅雨晴間川の底まで日向かな

9月号(第283号)
雑詠
片隅の無縁様にも青葉風
頂を欠く石塔や杜鵑
空井戸の僅かな糧へ蟻の列
炎昼や隧道の口塞がるる
夏鶯楷書で綴る猿丸歌碑
地図になき裏参道の蝉時雨

10月号(第284号)
雑詠
凌霄花ごしに凌霄花色の日ざし
もぢずりの螺旋を通る雨滴かな
不意に飛び立ちし微風の夏揚羽
秋蝉のまだ空を蹴る力あり
それぞれの歌ひ出しあり法師蝉
とんぼうの素早く城に向き直る

11月号(第285号)
雑詠
白木槿日の出の向きに開きけり
白鷺の畑を隔てて向き合ひぬ
鳴き合ひてやがては揃ふ鉦叩
曼珠沙華危険水位のすぐ上に
きちきちの逃げては風に戻さるる
機織の殊に機の音長かりし

12月号(第286号)
今年の私の四季
耕人の土を眺めて休みをり
梅雨晴間川の底まで日向かな
秋蝉にまだ空を蹴る力あり
冬蝶の畳の上に逝きにけり
雑詠
黒潮の流るる向きへ花芒
朝顔の皆青空を望みけり
戒名の短き墓碑や彼岸花
夕照を残らず浴びて赤のまま
ひつじはや波立つ程に伸びにけり ※「ひつじ」はのぎへんに魯
鰯雲仕事を終へし郵便船