プリクレSpectorについて

実を言うとスペクターは80年代にベースマガジン誌上で見ただけで、現物を拝む機会は当時まったくなかった。しかも当時からも非常に高価だったので、自分にはまったく縁がないというか買える価格ではないと諦めていた。それでそのまま20年ほど経過し、改めてバンドをやることになった時に手元にオールドのジャズべしかないという状況で、それならば何かもう一本お手軽に持ち出せるベースを買おうということになったわけである。で、オールマイティーで中古価格が10万円程度のものを捜すうちにチェコ製の廉価版スペクターの存在を知ることになる。もちろんそれまでチェコ製や韓国製といった廉価版がリリースされているという事すら知らなかった。さっそく気に入ってチェコ製を使っていたが、ある日USA製の中古が販売されていた。古い弦なのに音出しするととんでもなく素晴らしく、速攻でそれを手に入れる決断をしたわけだが、それがAmber(#780)のNS-2なわけである。

月日が流れて、その後も現行のNS-4やKramer期のNS-2、SSD期のNS-4などを手に入れたりした。しかし#780が自分にとって常に基準であり、なかなか満足できる個体に出会うことは出来ずにいたわけだが、2010年の春にNS-2J、夏にNS-2と相次いでプリクレーマー期のSpectorを手に入れる機会に恵まれたわけである。

スペクターは中古品であれば、現行USA物でも比較的手頃な価格で購入することができる。コアなファンの間では熱狂的な人気だが、ブランドの認知度こそあれど、まだまだ楽器の完成度についての認知度は低いようで、中古市場では評価が低いことが原因だろう。ただ逆に我々Spectorマニアには、非常に美味しい状況といえる。ただし例外もあって、プリクレ(特にNS-2J)についてはマニアの中でも垂涎のモデルなので、こればかりは安価にて入手することは困難だろう。

魅力はボディーのコンパクトさと弾きやすさだと感じている。あと、馴れ親しんだEMGサウンドというのも大きい。

Spector NS-2 (#780) 1984年製

ふと立ち寄った楽器店にて偶然にも発見したNS-2で、販売価格を見てチェコ製だと思ったがバダスを搭載されていることと、3桁のシリアルに気付き即購入した。恐らく楽器店もチェコ製だと勘違いして価格設定したものと思われる。

最初に音出しした時に張っていた弦はかなり古くへたっていることが解ったが、それでもこの楽器の持つポテンシャルが十分に伝わってきたほどの個体である。通常、へたった弦ではサスティンも無くなりポコポコしたサウンドになってしまうのだが、このNS-2はそれでいても素晴らしいサウンドを発していた。

また、ネックの状態はかなり良くて、トラスロッド1/4回転でほぼ完璧にコントロール出来ている。念のためにスクリューとそれが当たるブラスのプレートの間にグリスを注入したおいたが、非常に滑らかで軽快に回すことが出来る。軽快に回すことが出来ればロッド折れという無駄な事故を起こさなくて済むのである。この完成度が高いネックは、低くセットできる弦高のお陰で素晴らしい演奏性も持ち合わせている。ネック自身も細く薄いので押弦が容易で、長時間の演奏でも疲れることがない。ただしそのデザイン上、ナットが体から遠くなるので、Fenderを弾き慣れているプレーヤーには少々の慣れが必要である。どちらかというと体の低めにセットしたうえで、ネックを立て気味にすると弾きやすく感じる。

その他ハードウエアについても年代なりの消耗はあるものの、通常の使用に於いては不具合を感じることもなく順調である。ピックアップおよびプリアンプも問題は無い。出音はEMGらしく硬質でいて透明感のあるモノで、様々なジャンルに於いて素晴らしいパフォーマンスを期待できる。

ネッドスタインバーガーによりデザインされたSpector NS-2。3ピースのスルーネックの両サイドのフレイムメイプルでサンドイッチしたコンパクトなボディーが特徴で、そのボディーは緩やかに湾曲したラウンドボディーでありプレーヤーの体にピタリとフィットする。重量的には4.2kgほどで極端に軽いということもないのだが、ボディーバランスが良いこともあって意外と軽く感じる。

 

Spector NS-2J (#14) 1983年製

NS-2に対して廉価版のNS-2Jという位置付けではあるが、日本国内に於いては後藤次利氏の使用機種ということもあってか人気の高いモデルである。3年の製造期間中に僅か276本しか製造されておらず、マニアも垂涎の1本であることは間違いないようだ。

入手当時はフロントピックアップが故障していたり、ヘッドのロゴシールの印刷が消失しかけていたりとリペアしがいのある状態だったが、トラスロッドを含むネックの状態が良好だったことが一番の収穫である。

ピックアップはいったん現行のEMG SJに換装したが、やはり拘ってeBayにて同年代のキャラメルバック(茶色樹脂封入)を入手。また、ヘッドロゴもしっかりと復元した。

形状が同じながら、NS-2と比較するとかなりの相違点が見られる。もっとも違う部分はNS-2がスルーネックなのに対してNS-2Jはボルトオン(デタッチャブル)ネックという点。スルーネック構造はボディーと一体になっていることから、製造時にかなりの手間が必要となりコストアップとなる。逆にボルトオンであれば最終の組み込みまでボディーとネックを別々に仕上げることが出来るので、ハンドリングの問題やスペース的な問題も含めて行程を簡素化できコストダウン出来る。細かい部分にも相違点は見受けられ、ヘッドロゴはNS-2がシェルのインレイに対してNS-2Jはシールが貼られているだけ。このシールが劣化してロゴが消えてしまうという現象が起こるのだ。またNS-2のクラウンインレイ(ドットのモノも存在する)に対してNS-2Jのドットポジションマーク、NS-2がパーフェロー指板に対してNS-2Jはローズウッドを採用するなど、随所にコストダウンの痕跡を見ることが出来る。ただし楽器としての完成度は維持されていて、弾き具合や音色にコストダウンの影響を感じることはないように思う。

その他ハードウエアに関しては、バダスブリッジ、シャーラーM4、HAZ LAB.プリアンプなど、 NS-2と同じグレードのモノが使用されている。ピックアップはEMGのJJタイプだが、前後共にフロントサイズのSJが使用されている。実はEMGのLJとSJは形状がよく似ているが、LJはバー状のコイルが1個に対して、SJは2個のコイルが低音弦側と高音弦側に1つずつ並べだスプリット状に配置されている。このことから音色については通常のJJタイプとは微妙に異なるように感じる。

重量は4.0Kgとプリクレよりも軽量で、ボディーバランスも良好。弾き心地は細いネックのお陰で、プリクレとほぼ遜色もなく非常にプレイヤビリティーに優れている。音色はやはりEMGらしく独特の透明感があって素晴らしい。