§3.ゴミ収集を効率よくする清掃車のコース決め

 近年、ゴミ問題が大きな社会問題になってきている。毎日、各家庭等から出されるゴミの総量は膨大なものであり、その処理において様々な環境汚染を引き起こしている。また、ゴミの不法投棄も後をたたず、海岸や野山にも多くのゴミが目立つ。
 一方、都市におけるゴミの収集も非常に時間と労力がかかり、清掃に携わる人たちの苦労もはかりしれないものがある。
 ここでは、道路わきに各家庭からだされたゴミを、ゴミ清掃車が短時間にできるだけ多く収集できるようにするにはどうすればよいかという課題に対して、主に清掃車のコ−ス決めに焦点を絞って、グラフ理論を利用して考察していこうと思う。

 図11は、A市のX地域の道路の様子をグラフで表わしたものです。
 道路は線で、交差点は点で表わしてい る。
 各家庭から出るゴミが毎週月曜日と木曜日にこの道路わきに出され、それをゴミ清掃車が収集していく。
 何台のゴミ清掃車を使って、どのように分担し、どの地点からどのようなコ−スで収集するのがよいかを、色々な観点から考察してみることにしよう。


 その前に、この課題を考える上でのいくつかの便利で重要な定理を学んでおくことにしよう。

 1736年、グラフ理論の父と呼ばれている偉大なスイスの数学者オイラ−は、当時まだ解けていなかった“ケ−ニッヒスベルグの橋の問題”と呼ばれる問題を解決した。
 ケ−ニッヒスベルグは現在、ロシアのカリ−ニングラ−ドと呼ばれる都市であり、18世紀初頭、この町の中を流れるプレ−ゲル川には、図12-1に示すように、4つの区域A,B,C,Dを結ぶ7つの橋がかかっていた。町の人々は家を出発して全ての橋をちょうど1回渡って再び家に戻るコ−スを見つけ出すことを試みながら散歩を楽しんだといわれている。
 この問題に対し、望むコ−スが存在しないことを証明したのがオイラ−である。さらに、彼はこの問題を解いただけでなく、同じような問題の一般的解法も発見したのである。彼のこの証明をのせた論文は、グラフ理論的概念を用いた最初の論文であったといわれている。



 図12-1の4つの区域A,B,C,Dを点で表わし、2点に対応する2区域がいくつかの橋で結ばれているならば、それと同数の線で2点を結ぶと、図12-2に示した多重グラフができる。
 したがって、“ケ−ニッヒスベルグの橋の問題”は、図12-2の多重グラフを一筆で描き(紙から鉛筆を離すことなく、かつ、同じ線上を再び通ることなく描き)、描き初めの地点と描き終わりの地点を一致させることができるかという問題と同一視できる。
 先に述べたように、図12-2は一筆で描くことはできない。
 一筆で描くことのできるグラフを図13にいくつか示しておく。@Aは一筆で描け、かつ、描き初めの地点と描き終わりの地点を一致させることのできるグラフであり、BCは一筆で描けるが、描き初めの地点と描き終わりの地点が異なるグラフである。

@ A B C


図13

 ※点以外で線同士が交差している部分では描く向きを変えないものとする。

 a.赤色で説明したグラフをオイラ−グラフといい、一筆で順に描いていったル−トをオイラ−回路という。
 b.青色で説明したグラフを一筆で順に描いていったル−トをオイラ−小径という。




 図13のグラフを見て、すでに気づいた人がいるかもしれないが、@Aのようなオイラ−回路を持つグラフ(オイラ−グラフ)、BCのようなオイラ−小径を持つグラフそれぞれには、重要かつ有用な特徴があるのです。すなわち、

定理3・1
 オイラ−回路を持つグラフ(オイラ−グラフ)の点はすべて偶点である。逆に、グラフの全ての点が偶点ならば必ずオイラ−回路をもつ。
 オイラ−小径を持つグラフは奇点を2個だけ持つ。逆に、奇点を2個だけ持つグラフは必ずオイラ−小径を持つ。
 さらに、そのオイラ−小径は2個の奇点の一方を描き初めの点とし、他方を描き終わりの点とする。


 ここでさらに、そのグラフがオイラ−回路を持つことが分かっても、実際にどのような順序で点および線をたどっていけばその回路を発見できるのかが問題となる。

 例えば、図13の@はオイラ−グラフであるが、図14の@のような順で描いていっても、一筆で描くことはできない。
 しかし、図14のAのような順で描いていけば、5以降きちんと描く順番が付けられる。 

@ A


図14

すなわち大事なことは、

オイラ−グラフの中にオイラ−回路を見つけるには、任意に始点を決め、順に線をたどっていく時、まだたどっていない線が途切れることなく、常に一続きの状態を保たせる(2つ以上の部分に分かれて存在することがない)ようにしなければならないということである。
また、オイラ−小径を持つグラフの中にオイラ−小径を見つける場合も同様である。ただし、始点と終点は2つの奇点のそれぞれである。


 このオイラ−回路の見つけ方は、Fleuryによって考案されたものである。

問題3−1
 次のグラフの中から、オイラ−回路、オイラ−小径を持つグラフを選び、その回路、または、小径を示しなさい。

@

A B C D


 ここで、始めの『ゴミ収集を効率よくする清掃車のコ−ス決め』問題に戻ってみよう。この問題は、様々な条件を変えることで、いくつかのグラフ理論の問題として考えることができる。条件のいくつかとしては、次のようなものが考えられる。

@ 図11の道路の両側にゴミが置かれている場合、その道を清掃車が通過するとき、両側のゴミを一度に持っていくのか、
  それとも清掃車の進行 方向に対して、左側のゴミだけを持っていくのか。
A 図11の道路の中に、一方通行の道路があるのかどうか。
B 清掃車を一度に何台使用できるのか。
C 清掃車は道路の途中どこでもUタ−ン可能かどうか。   etc.



 今、図11の道路はすべて両方向通行可能であるが、幅が狭いため、清掃車が通過するとき、道の両側のゴミを一度に持っていくものとする。効率よく清掃するには、一度清掃した道路を再び通ることなく清掃できればよい。そこで、定理3・1を利用すると、図11のグラフは奇点を10個持つからオイラ−回路もオイラ−小径も持たない。したがって、1台の清掃車で、一度清掃した道を再び通ることなく全ての道を清掃することはできない。
 そこで、何台かの清掃車を一度に使うことを考えてみよう。奇点を2個だけもつグラフの場合、定理3・1で述べたように、オイラ−小径を持ち、しかもその小径の始点と終点は奇点になる。図11のグラフは奇点を10個持っているから、いくつかの小径に分割し、その一つ一つの小径を1台の清掃車が担当すれば、一度清掃した道を再び通ることなく全ての道を効率的に清掃できる。
 10個の奇点を小径の始点及び終点と考えるとよさそうなので、図11のグラフは、最小で10÷2=5本の小径に分割できるのではないかと考えられる。
                  

実際、左図15のように、5本の小径に分割できる。

したがって、5台の清掃車がそれぞれの小径に沿って清掃すれば効率的と考えられる。

図15においては、同一マ−クの奇点がそれぞれの小径の始点と終点を表す。

このように、何本かの小径への分割図15 が一般的に成り立ち、次のような定理が成立する。



定理3・2

  グラフが2n個 (nは自然数) の奇点を持つならば、各奇点を始点及び終点とするn本の小径に分割できる。



 効率的という言葉は、ここでは非常にあいまいであり、今の場合、同じ道を再び通らないことを効率的という言葉で表わしている。しかし、まだまだ細かな条件を付けると、様々な問題が作れ、それぞれに異なった解答が考えられる。
 たとえば、単に同じ道を通らないという条件に加え、さらに5台の各清掃車の清掃距離をできるだけ均等にした方が、同時に清掃を始めると短時間で清掃が終了する。この場合さらに問題が難しくなる。
 また、清掃車が1台しかない場合、できるだけ走行距離が短くて済むようにするにはどういうコ−スで走ればよいかという問題も考えられる。この場合は、2度以上通るコ−スの距離を最小にするコ−スを考えなければならない。

 他方、図11に示した道路の何本かが一歩通行である場合や、道幅が広く両方向一車線づつあり、清掃車の進行方向に対して左側のゴミしか持っていけない 場合は、図16Aのように各線を方向を持った有向線(矢印)で表し、全ての有向線をその方向に効率よく通るコ−スを考えなければならない。
 図16のAを、グラフ理論では一般に、有向グラフと呼ぶ。
 一般のグラフ同様、有向グラフにおいても様々な性質、特徴があり、多くの有用な定理が成り立つ。


 定理の紹介の前に、いくつかの必須用語について説明をしておきます。
図16のAのような有向グラフの点 v から出ていく有向線の本数を、点 v の出次数と呼び、od v で表します。また、点 v に入ってくる有向線の本数を入次数と呼び、id v であらわします。
 図16のAの有向グラフにおいては、od v =2 , id v =3 である。

定理3・3
 オイラ−回路を持つ有向グラフの点はすべて内次数と外次数が等しい。逆に、有向グラフの全ての点について、その内次数と外次数が等しいなら ば、必ずオイラ−回路を持つ。
 オイラ−小径を持つ有向グラフは、以下に示す条件をもつ2点 u , v を必ずもつ。
       od u = id u +1 , id v = od v +1・・・・・・・・・・ * 
 また、u , v 以外の全ての点については、内次数と出次数が等しい。
 逆に、ある有向グラフが条件*を満たす2点 u , v をもち、かつ、2点u , v 以外の全ての点について、内次数と外次数が等しいならば、オイラ−小径を持つ。さらに、そのオイラ−小径は u を始点とし、v を終点とする。


 ※証明については、本ホームページの参考文献を参照されたし。

 定理3・3を使うと、図16のAは点 u を始点とし、点 v を終点とするオイラ−小径を持つことがわかる。

 ここで、再び図11の問題に戻ってみよう。図11に示している全ての道路が両方向一車線づつあり、清掃車が進行方向左側のゴミだけを収集していくものとすると、同じ車線を再び通ることなく1台の清掃車で道路わきの全てのゴミを収集できる。なぜなら、図11のグラフの全ての線を、向きが逆の2本の有向線で置き換え、有向グラフを作ると、各点の内次数と外次数が等しくなるからである。

 もし、図11が示す道路図に、両方向一車線づつある幅の広い道路と幅の狭い一方通行の道路が混在する場合は、両方向一車線づつある幅の広い道路を向きが逆の2本の有向線で置き換え、一方通行の幅の狭い道路を通行可能方向の有向線で表し、有向グラフとする。(図17参照)

 そこで、その有向グラフに定理3・3 が適応できれば、オイラ−回路またはオイラ−小径を見つけることができる。 

 定理3・3が適応できない場合でも、ある条件を満たしていれば、次に示すように、先の定理3・2に類似した定理が成立する。


定理3・4

 有向グラフDの各点の内次数と外次数の差の和(総計)が偶数ならば、仮に2m(mは自然数)とすると、この有向グラフDはm本の小径に分割できる。


 ※証明については、本ホームページの参考文献を参照されたし。

 定理3・4を使うと、図17のグラフは、各点の内次数と外次数の差の総計が12であるから、12÷2=6 本の小径に分割できる。
 では、実際にはどのようにして6本の小径に分割すればよいのだろうか。
 グラフの点の中で、特に、内次数と外次数の異なる点に注目してください。もし全ての点の内次数と外次数が等しければ、定理3・3で述べたようにオイラ−回路が存在し、その見つけ方も前に述べている。
 したがって、内次数の方が多い点から外次数の方が多い点に向かって有向線を加え、全ての点の外次数と内次数を一致させる。そのとき、加えた有向線の本数は、その引き方から、各点の内次数と外次数の差の総計の半分になることがわかるでしょう。例えば、図17のグラフでは有向線を適切に6本加えれば、オイラ−回路を持つ有向グラフになります。
 そこで、その有向グラフのオイラ−回路を求め、その回路から、先に加えた6本の有向線を取り除けば、始めの有向グラフを6本の小径に分割できる。

 これらグラフや有向グラフの中に、オイラ−回路やオイラ−小径を見つける一連の問題は、古くから郵便配達問題と呼ばれ研究されてきた。その結果、上で述べたもの以外にも、多くの定理やアルゴリズムが発見されている。

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