造形表現教育実践講座

第18回 幼児の描画と色彩 2

―色彩経験から見た描画活動のカリキュラム―

1 はじめに
 よく「あの人は色彩感覚に優れている」などと言うのを聞きます。もちろん、卓越した色彩感覚を持つ人は存在します。しかし、それが生まれつきの才能なのか、後天的に獲得される能力なのかは明確ではありませんでした。
 前回、色彩感覚は、生まれつきのものではなく、乳幼児期における視覚体験(色彩経験)によって形成され獲得されていくものであるという研究結果をふまえ、色を感じる能力は、先天的に持っていても、はじめは未熟で限定されたもので、後天的な経験によって少しずつ完成されていくものであると言う視点から、幼児期の描画活動における色彩経験について考えました。であるなら、乳幼児期における色彩感覚の育ちを十分理解し、さらに適切な視覚体験(色彩経験)によってそれを完成していく方向に導いていく必要があるでしょう。そこで、今回は、幼児の色彩感覚の育ちをふまえた描画活動のカリキュラムのありかたについて考えましょう。

2 描画活動の成長過程と色彩の使用
 前回検討した色彩使用の傾向を、幼児の描画活動の成長過程に対照させて検討を加え、まとめたのが表1です。描画活動の成長過程は、これまでの研究で明らかにされてきた描画表現の発達段階を、今日の幼児の年齢段階に整合させるように示しています。ただし、こうした発達段階は単線的で不可逆的なものではなく、その時その時の状況に応じて、行きつ戻りつしながら成長していくものであり、はっきりとした段階で捉えきれない部分を含みます。そこで、今回はあえて発達段階とは呼ばずに成長過程と言うようにしました。
 錯画期・象徴期・図式前期・図式期と名付けられた成長過程の右欄には、それぞれの時期における表現活動の特徴を示しています。従来から、こうした発達過程と表現の特徴をふまえたカリキュラムが考えられては来ましたが、今回はこの発達過程に色彩使用の特徴を整合させて再検討しました。
 前回では、「色に無頓着な段階(三歳~四歳)」「色で遊ぶ段階(四歳~五歳)」「色を使う段階(四歳~)」の三段階で捉えて検討しました。しかし、さらに細かく検討してみると、確かに色に無頓着ではあるが色で遊び、また色で描くこともあります。色で遊ぶ活動が中心ではあるが時には固有色を使ったり、意図的に色を使おうとしたりすることもあります。つまり、単純に段階で捉えるのではなく、心身の成長や発達に応じて色彩を使用する多様な活動が平行し、交錯して見られたり、行きつ戻りつしたりしながら発展していく事に気付きます。そこで、今一度、幼児の色彩に関わる活動を詳細に検討し直し、以下の様に整理しました。

(1)色彩に無頓着な活動
個人差はあるが、感覚運動的に線遊びなどを始める一歳半ば頃に始まる錯画期から、象徴期を経て三歳半ばから四歳頃の図式前期頃までは、形への興味が中心であり、色彩、特に固有色には無頓着な活動が続く。初めの頃はたまたま手にしたパスで描くので、白い画用紙に白で描いたり、同じ色でずっと描き続けたりするが、後半では簡単な配色の効果などを理解した使い方が見られるようにもなり「(2)色で遊ぶ活動」と交錯しながら「(3)色で描く」活動が中心になる段階へと移行する。
(2)色で遊ぶ活動
二歳半ごろから、パスを持ち替えて複数色でなぐりがきをするなど、描画材料で感覚運動的な遊びに夢中になる様子が見られる。しかし、色彩を何らかの目的に応じて使っている様子はない。この時期では、色に無頓着であることには変わりはないが、パスなどの色材を持ち替えることで、違う色の線が描けるということを発見し、その色の違いや変化を楽しみながら色で遊んでいるのである。色で遊ぶ活動は、実際には小学生からさらには大人になっても楽しいものであり、幼児期の一定の時期に終息するようなものではないが、イメージを持って表現する描画活動において色で描く活動が見られるようになると、単に色で遊ぶだけの活動は徐々に少なくなっていき4歳を過ぎる頃には見られなくなっていく。
(3)色で描く活動
 丸い形を描いて「お母さん」と言ってみたり、四角を「ブーブー」と車に見立てたりするようになる象徴期にさしかかる3歳前後から次第に色彩への興味と関心を高めながら、色彩を意識して使うようになる。はじめは固有色などにはとらわれない自由な色彩の使用が中心である。しかし、お母さんは赤で描き、お父さんは黒で描くなど、何らかのイメージと結びつけ始めるので、全く色彩に無頓着ではあるとは言えない。象徴期から、人物の特徴を頭足人で表したり、気に入ったものを並べていくつも描くような羅列的・断片的表現(カタログ的表現)をしたりする図式前期を経て5歳前後までは、色で描くこと、色を使うことを楽しむのである。この時期の子どもは、色を使い分けるが概念色や固有色とは無関係に使う事が多い。
(4)単純な固有色を使う活動
 3歳半ばあたりから、身近な食べ物など、表そうとする内容によっては、特定の色彩と一対一で関連づけられるような単純な固有色(概念色)を使う場面も見られるようになる。表現しようとする主題によって「(3)色で描く活動」に平行して見られるようになり、色で描くことを楽しみながら色彩への関心を高め、「(5)多色を自由に使う段階」への橋渡しとなる過渡的な段階である。
(5)多色を自由に使う活動
 4歳半ばから5歳にかけて、図式前期から図式期にさしかかる頃になると、身近で多様な色彩世界に関心を持ち始め、パスなどを使った表現では、現実の色彩との整合が見られるようにもなる。しかし、まだまだ自由に色彩を用いる事が中心であり、「(2)色で遊ぶ活動」の延長として捉えた方が良いだろう。また、この時期には、色彩や形態を秩序的に並べるなど装飾的な表現が見られるようにもなってくるのも特徴的である。
(6)表現意図に応じた色彩を使う活動
 図式期に入っていく5歳前後から、思いや願いを持って、お話をするようにイメージを広げ、伝えたい気持ちを持って絵を描くようになってくる。この段階になると、次第に対象の色彩との整合を追究する傾向が見られるようになる。パスのように自由に色を持ち替えて使える材料の場合、表したいイメージに応じて色を使うようになる子がいるいっぽうで、次々と浮かび、広がっていくイメージを手に持ったパスで一機に描いてから、必要に応じて色を付け加えていったり、彩色しようとしたりする子もいる。単純に現実世界と整合させようとするだけでなく、独自のイメージや表現意図に応じて色彩を使うと言ったほうが適切であろう。 このように、幼児は、多様な色彩経験を積み重ねながら成長していくのです。子どもが、「どのような色彩使用をする段階であるのか」と同時に、「どのような色彩経験を必要としているのか」もふまえた題材設定や保育計画をたてなければならないのです。  

2 幼児の色彩経験から見た描画活動カリキュラム

 表2は、描画活動題材を、色彩使用の傾向(上から下へと年齢段階が進む)を縦軸に、描画の活動主題を横軸に配したマトリックスに整理分類したものです。この表には、それぞれの年齢段階における色彩経験の視点からのねらいも示しました。「色彩経験をふまえたねらい」の欄では、概ねこの時期に必要な色彩経験という視点から段階的に示しています。
色彩使用の成長過程と保育のねらい
◇年少(三~四歳児) -色彩との出会いを楽しむ- 
 色に無頓着であることと色に無関心であることとは違います。自分の行為が外界に痕跡を生み、その痕跡を支配することができる事に気づいた幼児は、夢中になってなぐりがきを始めます。二歳くらいから三歳くらいにかけて、あるいは入園したての年少児の多くは、まさにこの段階にあります。さて、子どもたちの多くが入園してパスと出会います。この出会いから線を描く遊びが誘発され、その遊びの楽しさに夢中になる中で、その子なりにパスの特性に気付いていき、さらには効果的に使う力を獲得してくのです。はじめての材料や技法との出会いばかりのこの時期に、はじめから何かテーマを与えられて絵を描くことは難しいでしょう。それよりも、その材料や道具、あるいは技法で夢中になって遊ぶ中で、何が出来るのか見通しがつくようになっていくのです。
 したがってこの段階にある「年少」では、題材群A「材料や技法との出会いや行為を楽しむ」を中心に、多様な材料や技法と出会い、それを十分に楽しむ遊びの中で、その子なりに表現していく力を獲得し、そこでの色彩との出会いにより、色彩への興味や関心を高めていくことが大切です。
 この時期は、単色の絵の具を使って線で描く経験を積み、塗りたくり遊びや技法遊びなどで、多色の絵の具の変化などを十分に楽しむことができた子どもたちは、感覚運動的な段階を脱していくと共に、絵の具を塗りたくる楽しさを卒業し、線で描く楽しさを知るようになります。
 色彩使用の傾向をふまえたねらいの設定は以下のようになります。
○ねらい
(1)色に無頓着な活動
・パスなどの色材に興味を持つ。 
(2)色で遊ぶ活動
・多様な材料の色を楽しむ。
・色との出会いを楽しむ。
(3)色で描く活動
・色を使うことに興味を持つ。
・色の変化に興味を持つ。
(4)単純な固有色で表現する活動
・色を使ってイメージを表現する。

◇年中(四~五歳児) -色彩に興味を持って使う-
 年中になると、すでにパスなどで多色を使って表現する活動の積み重ねもあり、複数色の絵の具を生かして使うことも徐々に出来るようになってきます。
 このように、多様な描画材料の色彩に興味を持って使うようになるのが年中期です。人物表現では、ペールオレンジ(従来の肌色)を使うなど、対象の色彩の再現を試みようとするようになります。つまり、赤いものは赤く、青ものは青く表現しようとする事が見られるようになるのです。しかし、その時々の興味、関心などによって、偶然手にしたパスで一機に描き上げたり、感情を色彩で表出していくような使い方をしたりすることも見られます。
 使い慣れたパス以外にも、カラーコンテや墨汁など、多様な描画材料との出会いや技法遊びを通して、色彩の美しさや多色を使う面白さなどに興味を持つこともこの時期に大切な活動となります。こうして、多色を自由に使うことを楽しみながら、材料や用具の使い方にも慣れなていきます。さらに、先生によって設定された多色の絵の具や、色画用紙と絵の具の配色から発想して表現するようになります。多色の絵の具で遊ぶようになると、画面上で色が混ざり合って別の色が生まれることを発見し、意図的に色彩をつくることができることなど、基本的な混色の知識が獲得されていきます。混色により、自分で意図的に色を作って使うことも徐々に出来るようになります。
○ねらい
(4)単純な固有色で表現する活動
・重なりや混ざり合いによる色の変化に興味を持つ。
(5)多色を自由に使う活動
・多様な技法によって生まれる色彩の美しさを感じとる。
・基本的な混色についての知識を獲得する。
・自分で色を作って使う。

◇年長(五~六歳児) -色彩を表現に生かして使う-
 図式的表現の時期になり、自分の思いや願いから発想し、描きながらイメージをさらに展開させて表現するようになると、イメージに対応した色彩を使うようになります。また、絵の具を混色し、自由に色を作って使えるようになってくると、まるでパスで描くように、色の線で表現したり、塗りつぶした上から別の色を重ねて塗ったりするなど、多様な絵の具の使い方をするようにもなります。絵の具でもパスの場合でも、次々と色を持ち替えて描いていくので、線描してから彩色をするというプロセスとは全く違う描き方で描いていくことになります。
 混色遊びで偶然できた色から発想して表現するような活動に加えて、次第に、自分のイメージに応じた色を作ったり、選んだりして表現するようになります。人物や動物など、あらゆる対象の色彩への関心が高くなってくるようで、特徴的な色彩を再現的に表現するようになります。また、「きれいな色」、「格好いい色」、「かわいい色」など、色や配色に自分なりの価値観を結びつけることができるようになり、飾りたい気持ちの芽生えと共に、簡単な美的秩序を見いだしていく活動も見られるようにもなります。年少期から年中期にかけての経験にもよりますが、自分の表現したいイメージに応じて用具や材料を自分で選択して使うことができるようになるので、教師が描画プロセスを設定して、それにしたがって描かせるようなことをさせようとするとむしろ抵抗感を持ちます。
○ねらい
(6)表現意図に応じた色の使用
・自分なりの方法で色彩を使った表現をする。
・自分のイメージに応じた色彩を使って表現する。
・自分の表現にあわせた色材や技法を選択する。

写真1 色彩との出会いを楽しむ(3歳児)
塗りたくりの上に新聞紙スタンピング。

写真2 墨汁の濃淡による表現(4歳児)
墨の色を楽しむ(左)、墨の線で描く(右)

写真3 色彩に興味を持って使う(4歳児)
夜空に花火を打ち上げよう!

写真4 色彩を表現に生かして使う(5歳児)
虹の色をつくって、虹の世界へ遊びに行こう!

まとめ
 色彩だけにかかわらず、子どもの育ちの中で変容していく表現のありかたは、積み重ねてきた経験によって大きく変わってきます。また、ひとり一人の性格や個性によっても世界の捉え方や表現に違いが見られることは良く知られているところです。こうした子どもの成長過程や個性の違いを無視した一方的な教え込みや、作品の見栄えにばかり目を向け、子どもを使って先生が目指すイメージや特定の表現方法に意図的に導こうとするようなマニュアル化された指導方法が広がりを見せています。

 こうした指導方法を二歳児にまで適用しようというようなノウハウ本が書店で堂々と販売されていますが、こうした偏った指導の為に、自分らしいものの見方や表現の仕方を適切に獲得していく機会を奪っていることに気づかなければなりません。そもそも、このようなやり方で教師が描かせた絵から本当の子どもの姿は見えてきません。当然そこから子どもの真の姿を学ぶことはできないのです。子どもから学ぼうという姿勢がないから、このような方法を安易に取り入れて平気なのです。

 しかし「自由に描けば良い」などと、その育ちに応じた適切な表現能力を発揮できないまま放置するような保育にも問題があります。子どもが表現したい思いや願いがあり、そのイメージを表現しようとする衝動、意欲があるのなら、その子の育ちや個性的なものの見方や表し方に応じた表現能力が発揮できるように保育の構想を立てなければならないのです。そのためにも、子どものものの見方、世界のとらえ方、感じ方、あるいは心身の発達の傾向などを十分に理解し、適切な計画を立てなければならないのです。そのひとつの提案が今回のカリキュラムモデル(表2)です。

 今回は色彩経験を中心に考えましたが、表1でもわかるように、このカリキュラムモデルは、描画活動の発達過程もふまえています。大切なことは、こうしたカリキュラムモデルも固定的なものではないという事です。また発達過程のモデルも固定的に考えない方がよいでしょう。なぜなら、子どもの育ちには個人差があり、ものの見方、とらえ方、感じ方なども個性的なものであり、千差万別だからです。

 むしろ、子どもひとり一人の育ちや個性を大切にするからこそ、その思いや願いが素直に表現されるのであり、だからこそ、目の前の子どもたちを知ることができるのです。そこからまた、題材やカリキュラムの改善点が見つかるのであり、常に更新していくことができるのです。もちろん、今の段階で最善の保育を目指して取り組んでいますが、それがこれからも普遍的なものであるとは限りません。変わらないものも当然あるでしょうが、教育というのは、常に子どもの実態から学びながら更新し変容していかねばならないものなのです。 

作品・資料協力
千里敬愛幼稚園 小谷保育園 晴美台幼稚園

→戻る