造形表現教育実践講座

第7回  絵の具と描画活動

 

写真1 大きな紙に描こう!(3歳児)

1 線で描く、色で描く

パスの発明と自由画教育

 絵の具のお話をする前に、幼児の描画材料としてもっとも当たり前の存在になっているパスについて少しお話ししておきましょう。パスは、大正十四年、日本ではじめての国産クレヨンメーカーであった現在の(株)サクラクレパスによって研究開発されました。パスは正真正銘、日本の発明品なのです。

 クレヨンの定着性の良さと、パステルの発色の良さを併せ持つものとして命名されたクレパスは、サクラの登録商標で、一般的な描画材料としての呼び名ではありません。現在では同様の特性を持つものが数社から発売されており、それぞれ名前が付けられていますが、それらも含めてクレパスと呼ばれていることが多いようですが、ここではそれらを総称してパスと呼ぶことにします。

 さて、このパスですが、呼び方が違うだけで、クレヨンと同じものだと思っている人も少なくありません。しかし、少し特性が違います。クレヨンは、基本的には顔料(色の粉)をパラフィン(蝋)で練って固めたもので、使い方の難しい絵の具と筆に変わる描画材料として、幼児教育や初等教育で古くから用いられています。

 それに対して、西洋画材料として専門家によって使われるパステルは、発色が良く、画面上で混色出来るなどの自由さがあります。しかし、定着力が弱く子ども用の描画材料としては扱いにくいものです。

 そこで、クレヨンの定着力をそのままに、発色を良くし、画面上での混色などの自由さを高めたものがパスなのです。パスは、大正時代の自由画教育運動の主宰者である山本 鼎の強い要望で生まれたとも言われています。お手本を写しとるだけの臨画教育と材料用具の使い方の技術指導に終始していた当時の美術教育を痛烈に批判した山本は、特別な技術指導をしなくても、自由自在に線で描き、色で描き、そして必要であれば色を塗ることも出来る描画材料を求めたのです。

 パスの発明は、煩わしい技術指導から子どもを解放し、自由画教育運動推進の一翼を担ったとも言えるのです。

線描画材としてのパス

 幼児の描画活動が基本的に線で描く活動が中心になることを考えれば、このクレヨンやパスは、他のどのようなものにも優る線描画材です。

 パスによる線描は、そのなめらかな筆触と発色の良さで、描く心地よさ、楽しさが十分に楽しめます。小さな腕をいっぱいに伸ばして思いっきり運動させる行為としての線描活動が始まる3歳前後には、なぐりがき(スクリブル)を繰り返しながらやがて線に囲まれたかたちを発見し、それを見立てたり、意味づけたりして遊ぶようになります。(写真1、写真2)

 子どもたちは、パスにはじまり、線で描く、色で描くという経験を積み重ねながら思い通りに描画表現していく力を獲得していくのです。それは、絵の具と筆を使う場合も同じです。こうしたことを十分にふまえて、幼児の描画活動における絵の具の使用について考えていきましょう。

2 絵の具についての勘違い

白いところ恐怖症

 パスが日本の発明品であり、日本の美術教育に大きく貢献したことは前述したとおりですが、その日本の美術教育には、これまた日本独特の児童画についての勘違いが見られます。その一つに「白いところ恐怖症」というのがあります。

 パス画でも、やたら塗り込ませた作品が見られますが、どうも、先生をはじめとして大人たちには、画用紙の白いところが見えなくなるまで塗り込んだ絵を求める傾向があります。

 こうした考えの背景には、大人が描く、それも芸術家の作品の影響があるのでしょう。特に明治以降の西洋画崇拝の傾向が、空白を嫌悪する意識を生み出してきたようです。画用紙の元の色が見えているのは未完成の作品か、練習作品だというような意識なのでしょう。幼児の感性発達や空間認知の視点から見れば、全く的はずれな捉え方だと言わざるを得ません。

僕のまわりは空気だから透明だよ!

 五歳児のたかし君が「もう一度夏休みがあったら何したい?」とのテーマで描画していたところ、先生が横に来て「上手にかけているねぇ、でもバックはお空の色を塗った方が良いよ、白いままじゃおかしいでしょ?」と言いました。すると、たかし君は「お空は上だからここ(画用紙の上端)に描いてあるんだよ。僕のまわりは空気だけだから透明だよ!」と言いました。

 五歳児の空間認知では、背景という感覚はありません。たかし君が言うように、自分の周囲は透明なのですから、画面に空色を塗り込んでいくのは全くおかしな事なのです。

 一方、すぐ隣のアヤちゃんは、体の周囲に水色をぐりぐりと塗り込んでいます。足の下も水色です。「海に行って足の届かないところで泳いだんだよ!」という絵です。上半身は水の上だからやはりそのまわりは白いままです。

 この場合も、水面に出ている上半身バックを空色で塗ってしまったら、どこが水面なのかわからなくなってしまいます。先生は、それでも「後から絵の具で塗るからねぇ」などと言っている。どうしても白いところを無くさないといけないと思い込んでいるのです。困ったことです。

 五歳児は五歳児なりの世界の捉え方をしているのであり、それを素直に表現している事に目を向けないで、「絵の具は、線描のあと、白いところが無くなるまで色を塗るための材料だ」といった勘違いを一方的に押しつけているのです。残念ながら保育においてこのような場面は少なくないのです。

色に無頓着な三・四歳児

 まだ、絵の具の使用に慣れていない段階では、なぐりがきが塗りたくりになって、画面を塗りつぶしてしまう事も多いのですが、やがて一本の線で様々な人や物を描くようになります。三歳半ばから四歳にもなると、四つ切り画用紙いっぱいに、単色の一本筆で「大好きな家族」といった絵を描くことが出来るようになるのです。(作品1)

 太い筆にたっぷり絵の具を付けて、その筆触を楽しめるよう、緩すぎず固すぎすといった適切な絵の具を溶いて用意してあげましょう。この時期はまだまだ固有色には無頓着なので、視認性のよい落ち着いた色の絵の具を使うと良いでしょう。

 すぐに大人が見てもわかるような絵が描ける子もいれば、塗りたくり遊びになってしまい、何が描いてあるのかわからないような子もいます。しかし、そこで無理にやめさせる必要はありません。塗りたくり遊びが十分に満足できるまでは、同じ事を繰り返します。ですから、何度でも絵の具の描画活動(線遊び)をさせてやることが大切なのです。

 人の顔らしきものが描けるようになってくるのもこの時期で、表情の違いや手足の動きなどが少しずつ見られるようになります。(写真3)しかし、まだまだ色には無頓着なので、複数色出しても、色遊びや塗りたくり遊びに戻ってしまうこともあります。

 それはそれで楽しい造形経験になりますが、間違っても、「お顔を描くから肌色を用意しました。お口は何色かな?赤?そうだね、だから赤も用意しましたよ」などとはやらない方がよいでしょう。

 子どもたちの、複数色の使い分け方は、たとえば、「黒いのがお父さんでね、赤いのがお母さんだよ」というように対象の違いを色の違いで描き分けたりはします。しかし、やはり色彩についてはまだまだ無頓着で、固有色に関係なく自由に使う時期なので、色の違いが楽しめていればそれで良いのです。

3 パスのように絵の具を使う

絵の具は塗る材料ではない

 そうこうしているうちに、教師が用意した複数色の絵の具を、まるでパスをもちかえるような自然さで使うようになります。そこでは、パス同様、色の線で描く、色の点を打つ、といった活動が中心です。

 先生がしなければならないことは、たと

え今描いたばかりの線の上に別の色の絵の具で点を打っても、簡単には滲まない程度の濃さに絵の具を溶いておいてやることです。そのおかげで、子どもたちは自由自在に色の線を駆使して描くことが出来るようになります。

 日本では、パスで線描してから絵の具で色を塗るという使い方が一般的です。このような場合は、パスの線描が塗りつぶされて消えないように、比較的水で薄めに溶いて使います。幼児の場合でも、このような使い方も自然に出来るようになる時期が来ますが、どうも「絵の具=彩色」というイメージが強いようです。

 描画活動の基本は線描なのですから、絵の具を使う場合でも、パスと同じように、まずは色の線で描く活動を十分に楽しませてあげることが大切なのです。

絵の具との楽しい出会い

 複数の色を意識して使い分けられるようになってくると、教師が多色を用意しても使いこなせるようになってきます。しかし、最初はやはり使用方法についての指導も必要になります。

○使った筆は同じ色のところに戻すこと。

○ぽたぽたと絵の具が落ちるので、カップの縁で筆を2〜3回こすって余分な絵の具を落とすこと。

 といった2点は最低限伝えておきたいポイントですが、こんな事でもなかなか十分に理解するまで時間がかかります。また、意識しすぎると表現活動に集中できません。ですから、使い始めの頃には「新しい材料や技法との出会い」という題材群の考え方で、テーマを与えて作品づくりをさせるような課題は与えない方が良いのです。

 その上で、子どもたちが十分に楽しめる魅力ある遊びを仕掛けてやりたいものです。黒い画用紙を夜空に見立てた「先生に花火を見せて!」(写真4)などは、複数色の絵の具との出会いを楽しめるように、と工夫されています。

 また、材料、用具の準備や、環境設定なども重要です。6人のグループに1セットの絵の具しか用意していないために、筆に手が届かない子がいるような状況で描画活動に集中して楽しめるはずがありません。

グループの単位人数を何人にするのが良いのか。

そのグループに対する材料用具の割合はどれくらいが適切か。

材料用具と子どもたちの配置をどのようにするのが効果的か。

 など考えておかなければならないポイントがいくつかあります。

まとめ

 色の線描を中心にした描画活動を積み重ねていくと、自然に色面を塗ることに気付いていきます。たとえば、木を描く時に、輪郭だけ描いているうちに、幹の中や葉の茂った枝の部分を塗りこんだり、葉を色面で表現したりするようになります。(写真5、6)

 しかし、これも、絵の具による線遊びをたっぷりと楽しむことの積み重ねがあるから子どもたち自らが気付いていくのです。個人絵の具についても、教師が用意した絵の具の色で満足できなくなる5歳半ば頃には、混色遊びで覚えた色づくりが生かせるようになっているから使わせることが出来るのです。

 このように、描画活動では、主題を与えて絵を描かせる活動だけではなく、パスや絵の具などの材料遊びの積み重ねを通して、自然に、その子の発達や個性に応じた表現力を育てていくことが大切なのです。

 「なぜこの題材で絵の具でを使わせるのですか?」とある先生に尋ねた時に「年少はパス、年中は教師が準備した絵の具、年長は個人持ちの絵の具、というようにしています。」と自信満々の答えが返ってきました。しかし、その時の年長の想像画は、次から次からお話が展開し、イメージが広がっていくような内容でした。しかし、使い慣れない個人絵の具で、水のコントロールがうまく出来ないため、思い通りに描けないことからやる気を無くしている子が目立ちました。おそらく、この題材ではパスを使った方が伝えたい想いを細かなところまで表現できたはずです。

 また、年中さんに用意されていた絵の具は「白」と「黒」と「赤」と「薄橙(肌色)」でした。「ハイポーズ!」というテーマで、お互いにいろんなポーズを写真に撮りあう遊びをして導入していました。子どもたちは、楽しい遊びの中でイメージもしっかり持てたようで、抵抗無く描きはじめました。しかし、絵の具が水っぽすぎて滲んで仕方がありません。

 先生は「絵の具が乾いてから次の絵の具を塗りましょう」と叫びますが、子どもたちはお構いなしに色を塗り重ねていきます。いくら描いても思い通りにならないため、途中からは塗りたくり遊びになってしまう子も出てきました。

 このように、多色の絵の具を同時に使わせるためには、「乾くのを待つこと」を教えるより、「乾かなくても大丈夫な絵の具」を用意してやることが肝心です。昔からよく言う目安は、「新聞紙に一筆なぞって下の文字が透けて通らないくらい」だそうです。絵の具の種類や色によっても違いますが、絵の具が濃すぎるとすぐにかすれて描きにくいし、薄すぎると乾くのも遅く、簡単に滲んでしまいます。私は「コーヒーフレッシュくらいの溶き加減」が適切なのではないかといつも言っています。

 いずれにせよ、先生自身が自分で溶いて試すことが大切です。どのような活動であれ、子どもに使わせる材料や用具について十分に研究しておく必要があるのです。

写真2 台風!(3歳児)

作品1 「大好きな家族」家族を想いながら、太い筆にたっぷり絵の具を含ませて気持ちよく線描しています。(3歳児)ポスターカラー

 

写真4 黒い画面にパステルカラーで対比の美しさを楽しみながら複数色を使って描く。(4歳児)「先生に花火を見せて!」(教師が調色したポスターカラー)

写真3 単色の絵の具で線描を楽しみます。(3歳児)「にらめっこ」(教師が調色したポスターカラー)

 

写真5 色の線で描く活動の延長線上に「塗る」活動が生まれてきます。基底線が表れるなどの空間認知や固有色の認知とほぼ同時に見られます。(5歳児)個人持ちのマット水彩絵の具

 

 

写真6 「木とお話ししたよ」(5歳児)

 

写真協力

千里敬愛幼稚園(大阪)

三石台幼稚園(和歌山)

川内幼稚園(鹿児島)

誠心相陽幼稚園(神奈川)

 

 
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