貯蓄率の低下と借金率の上昇:乗数理論の崩壊 [経済・社会]

貯蓄率の低下と借金率の上昇:乗数理論の崩壊

最近、日本の貯蓄率が先進国で最低になったことが話題になっている。デフレによる循環的な低所得化が原因である。

由々しきことである。乗数理論が適用できなくなった日本経済に、公共投資を推進することは、社会犯罪である。政策担当者はどのように考えるのだろうか。見物である。

これまで所得が減っても貯蓄額を変える必要がなかった層と、所得の低下のため貯蓄ができない層が、混ざりあって貯蓄率の低下が分かりにくかっただけだ。

ようやくここにきて所得の低下が激しく顕著になり所得の低下以上に貯蓄額を減らさなければならなくなってきたのである。

これで貯蓄過剰のため消費が減退しているというような的外れな主張はなされなくなるだろう。

デフレは、借金が貯蓄を上回ることから問題が生じており、それが消費不足の問題を引き起こしているのである。決して過剰な貯蓄から消費が不足しているのではない。

また社会不安や、福祉や年金制度への不信感から消費が落ち込んでいるのでもない。所得が下がっていくにもかかわらず我々個人の負担が増えているのが原因である。たとえ実際に負担が増えていなくても、所得が下がれば負担が増えるのである。

それが消費を減らし、デフレの悪循環を形成している。需要の問題ではなく、低所得のため借金などの負担の増加により消費に回せるお金がなくなることによる消費能力の欠如の問題である。発展途上国と同じように低所得で貯蓄がないため買えない状態なのである。

そして消費能力の欠如は、深刻な製造業者の減少を招いている。明日の米を生み出す地からが喪失していく。

デフレは個人的な借金だけでなく、企業の借金、政府の借金、地方公共団体の借金などにより、全体の貯蓄より借金が大きい状態なのである。。

このような貯蓄の減少と、借金の増大は政策に大きな影響を及ぼす。特に所得の低下と消費性向の動向は、これまでの経済学の成り立ちを根本的に変えるものである。

特にこれまで通常行われている経済政策がほとんど役に立たず、逆により現状を悪くしているのは、借金が貯蓄を上回るという、与件を今までの経済学が無視しているからである。

これは貯蓄率の低下と1千兆を越えようとする政府借金などで立証できよう。日本の金融資産1500兆と言われるがそれ以上に借金が多い状態なのである。

来年辺り国民一人辺りの借金が貯蓄を上回るそうである。

貯蓄より借金が多い時や、低所得のため貯蓄ができない時、消費性向、貯蓄性向の動向に大きな影響を及ぼす。その結果、経済政策でよく使われる乗数というものの信憑性が疑わしくなっている。

菅首相で少しまた知名度を上げたあの乗数である。

通常の経済では、成長戦略の基礎として、乗数理論を展開し、限界貯蓄性向の逆数を乗数としている。
限界貯蓄性向の逆数を投資額に掛けた分が所得の増加として表す。

1/1ー限界消費性向×投資の増分=所得の増分

この時限界消費性向が「1より大きくマイナスでない」ことが前提になっている。これは非常に大きな、現在のマクロ経済学の根本的な数値である。これが変われば現在の経済政策や理論が使えないのである。

限界消費性向が1より大きくマイナスでない事を前提にするから、投資した分が確実に投資分以の所得増を招くことになるので、赤字財政にしても投資をした方が経済は成長すると言う理論である。

しかしこの大前提である限界消費性向が1より大きくマイナスではないという条件が、借金が貯蓄より大きくなることにより崩れてしまうのである。

すなわち貯蓄がマイナスであるため限界消費性向が1より大きくなるのである。

この限界消費性向が1より大きいと乗数も1より小さくなるため、投資分以下に所得が減少する。それは赤字財政にして投資をしてもそれ以下にしか所得が増えないことを意味している。

限界貯蓄性向がマイナスであれば乗数理論は成り立たないのである。

それ故実際に借金率が貯蓄率を来年辺り上回ることになれば、これまでの当たり前のようになされてきた、公共投資や、各種補助金政策、低金利政策、などの経済政策が借金増大策にすぎないことになるのである。

私のハートランド理論で何回も言っていることだが、実際はバブルの崩壊後既に借金が貯蓄を上回っていたため、乗数理論が成立せず、借金増大策になっていたのである。今ようやく確実な統計結果によってもそれが立証されたのである。

このような状態の時、公共投資を大規模に行うと、一時的に経済は成長しているように見えるが、結局消費に火がつかず、経済がしぼむことになる。いわゆる自律回復しない経済成長になるのである。

日本がバブル崩壊後何度もとってきた経済政策も、また麻生政権が行った莫大な投資がなんら効果がなく、莫大な借金をもたらすだけなのである。

さらに今、菅政権がなそうとしている、高速道路の建設や、保育所の増設、雇用創設のための新規事業への出費、太陽光発電、成長分野への集中的な投資なども、低金利の過剰融資策など、何の意味もない馬鹿げた借金増大策なのである。

みんなの党や、国民新党などの財政出動策など、乗数が崩壊すれば単なる借金作りに過ぎない。最早理論のせいにもできないのだ。

これは1929年のアメリカのニューディール政策や、現在のオバマ政権のグリーンニューディールなども同じようなものであり、自己回復力のない尻すぼみ経済成長にならざる負えないのである。


私達はもうこれ以上このようなことを許す訳には行かない。日本の倒産はすぐそこまできている。

私達が今できることの一つは、再び同じような経済政策を取ろうとしている日本の政策担当者や経済専門家に対して、乗数理論の根拠が失われていることを突き付けることであろう。

日本のあらゆる機関、メディヤ、に対してこのことを突き付けていくことが、政策を変更させることになるだろう。公共投資が経済を成長させるという乗数理論の前提が崩れていることを突き付けよう。

この期に及んでも未だにデフレが分からず、「デフレ脱出には大規模な財政支出が必要でありそれを何年も続けなければならない」というような主張も散見される。

今の乗数でこれを続ければ、さらなる借金地獄に陥ることは自明であろう。巨大な借金を作りそれを何年も続けることになる。こんな馬鹿げたことをまじめに言っているのだ。

乗数は変動するものであり絶対的なものではない。まして今のようなデフレ期では、正常期の乗数をむやみに使うべきではない。

デフレにおいて乗数理論は全く役に立たない。それどころか災いである。

一言主

2010年8月10日

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