細野正文氏とタイタニック号沈没事件

2007年3月31日



美しい国、日本

この一つの例として、今回の話をしたいと思います。

北朝鮮による「邦人拉致大虐殺事件」の被害者が帰国した時に

「ご心配をおかけして、すいませんでした。」と言った時にも私は同じようなコメントを

ここに書いたのですが、今回は「細野正文」氏です。

彼は映画でも有名になった「タイタニック号」に乗っていた唯一人の日本人でした。

彼は、日本男児として、いささかも恥ずべき行為を行っていないにも関わらず、

女性、子供優先に救命ボートに避難している状況下で成人男性の身でありながら

奇跡的にボートに乗ることが出来た事によって、後に事実無根の不当な非難を

死ぬまで受けつづける事になる日本人なのであります。

「人を押しのけて救命ボートに乗った」と非紳士的な代表として、日本人男性全体が

蔑まされる事にもなったといいます。

その背景には、当時の人種差別があり、白人にとって、有色人種は家畜と同じようなもの

だったので、同朋である白人の男性が大勢死んでいるのに、有色人種の男性が

助かっているという事実は、当時の世論的には「人間よりも動物の命を優先した」と

言うのと同じ程度の避難に値する事柄でした。

だから、船会社側としては、(同胞である)白人が大勢死んでいるのに(家畜である)有色人種

を救命したという事実を取り繕う為に、その有色人種(細野正文)は人を押しのけて卑怯な行為を

して割り込んだという事にしたかったという事情があったようです。

そして、白人は紳士的だったから、潔く死を覚悟して見苦しい行為はしなかった。と、

現実的に考察するならば、細野氏が何らかの卑劣な行為によって救命ボートに乗っていれば

周りの人間に制止されるか、ボートから放り出されるか、拳銃で撃たれているかしていた可能性が

非常に高いものと思われます。

本人の手記にも「救命ボートに乗ることで拳銃で撃たれても構わないと思った」とあるみたいです


しかし、女性や子供も沢山死亡する未曾有の大惨事であったにも関わらず「男の身であるにも

関わらず、何故生きて帰ってきたのか?」と日本国内でも批判の声が多く、彼の帰国は

惨めなものだったらしいです。

その非難から翌年には鉄道院主事を免官させられています。


ここからが、当委員会で取り上げる本題です。

そんな彼が、タイタニック号の沈没から生還し、いわれのない汚名を着せられ、非難された事に対し

一切の弁明をしなかったのです。

彼は黙して語らず、生涯不当な非難に耐えたのです。

ここに、私個人が日本国を愛する理由があるのです。

彼の「武士道」の精神に、私は「美しい国、日本」をみます。

世界中の殆どの国は、「弁明しない彼が悪い」と、「事実無根なら何故に違うと反証

しなかったのか?」と、思うことでしょう。

しかし、日本の武士道は言い訳や弁明する事を潔しとしない精神があるのです。

「男の身で、女性や子供が死んでいる惨事から、おめおめ生きて帰ってきた」という

だけで、彼はその事を恥と感じていたのかもしれません。

そして、自身の落ち度のない事であるとはいえ、結果的に日本人全体の印象まで

世界中から悪く見られる様になった事に大変心を痛めていたとさえ思います。

この美しい、文化をもつ祖国を私は愛し、そして守ります。


その後、様々な資料等の検証から、細野氏の冤罪(?)は晴れる事となり、

名誉回復処置も取られています。

(名誉回復については、不充分だとの声もある)


ちなみに、タイタニック号は実は姉妹船のオリンピック号であったという説があります。

幾度となく事故を起こして、保険に入れなくなったオリンピック号をタイタニック号に見立てて

沈没させ、多額の保険金を受け取り、本来なら廃船寸前にまで痛んだオリンピック号が

その後、ずっと現役で就航し続けたというものです。

まぁ、この話は当委員会の取り上げるべき性質の物でもあまりありませんので

興味のある方はネットなどで検索してみて下さい。