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●2008.04.27

 先日明日香を訪ねた。松本清張の『火の路』に出てくる謎の飛鳥石造物を見てきた。清張はまだ酒船石遺跡の「亀形石造物」を知らなかったときにこの小説を書いた。しかし私は彼の説が好きだ。日本書紀に「たぶれこころの天皇」として記されている斉明天皇は遠くイランを起源とするゾロアスター教を信奉した天皇だとして、飛鳥石造物はすべて斉明天皇のゾロアスター教に基づく都づくりに起因するという。しかし645年「大化改新」により入鹿が暗殺され、ゾロアスター教を応援していた蘇我氏の滅亡により飛鳥石造物は放棄されたというのだ。
 今、遠つ都は地下に眠り、田圃は「たがらし」がきんぽうげ科の花の美しさをとどめて淋しく風に揺れている。

明石太寺 048

■たがらし

Ranunculus sceleratus

(きんぽうげ科)

 田辛しと書くが、文字通り田枯しという説もある。きんぽうげの仲間にもれず、プロトアネモニンを含む有毒植物だ。

●2004.02.11

 1月の半ば過ぎから我が家の庭に小さい花が咲き始めた。飛び石に寄り添うように咲く紫色の花はかわいい。寒さに耐えるためにロゼット状になっているけれど、由緒ある花の風情だ。無視できない。しそ科のかきどうしにも似ているなあと思ったけれど、葉や花の形が違うようだ。友だちや専門家にも聞いたが、「ごまのぐさ科とちゃうか?」という意見が多い。しかし同定できていない。しばらくこの名前で出しておく。花の形や色などを観察した結果、おそらくごまのはぐさの仲間だと思う。本に書いてあるとおりなのだが、自信がない。何かひっかかっている。葉がおかしいのだ。

 思い切って公開して分かる方にご教授願うことにした。このところずっと足元で私の心を悩ませている。春が来たら、成長して分かりやすくなるかもしれない。それまで待とう。(神戸市立森林植物園福本氏から「むらさきさぎごけ」でいいと思うという返事をいただいた。謝して記す。)

明石太寺 048

■むらさきさぎごけ

Mazus miquelii

(ごまのはぐさ科)

 田や庭のすみなど湿ったところに見かける多年草。さぎは花の上唇がうさぎの耳に似ているからだ。こけは小型の植物のことを言う。白い花でよく似ている”ときわはぜ”は1年草である。

●2004.01.25

 下校はいつも美佐子と一緒だった。教室の掃除当番や週番などが違うので、小学校の南門で待ち合わせて帰った。しかし、今日はなかなか来ない。「美佐子か?」と隣の祥二が校門を通りすぎながら振り返って訊いた。私は少し恥ずかしい気持ちで軽く頷いた。「美佐子、とっくに帰ったぜ」祥二はさらに言った。

 どちらかが待っているのが当たり前と思っていたのに……。急に淋しくなった。下ばかり見て歩いた。原っぱを横切る小径の途中に旧日本軍の高射砲陣地のトーチカがある。学校帰りに美佐子と何回も入ったことを思い出した。そして暗いトーチカの中で言葉が途絶えて、妙に甘酸っぱい思いにとりつかれたことも蘇る。

 そのトーチカの横に美佐子はいた。「まあちゃんに四つ葉のクローバを見つけてあげようと思って……、はい、これ」美佐子はやっと見つけたらしいクローバを親指と人差し指で摘むように笑顔で差し出した。受け取るとき、指先同士がそっと触れた。

伊川谷 047

■しろつめくさ 

Trifolium repens

(まめ科)

 呼び名はクローバーの方が一般的かもしれない。ヨーロッパ原産の帰化植物だ。日本へはオランダからギヤマンなど船荷の詰め物に枯れ草が使われたことからこの名前が付いた。伝搬は牧草として入ってきた。”幸運”を呼ぶという四つ葉のクローバーは奇形である。花期は5〜8月。

●2004.01.11

 正月二日、身体がなまると肩が痛くなるので、明石城址の剛の池池畔を散歩した。その帰りにしろの外堀になっている伊川を遡って帰ることにした。少し曇っていたけれど、そんなに寒いという感じではなかった。川の水は水温が高いせいか氷の冷たさに似た冬の水の色より心なしかぬるんで見えた。私は川原に咲く菜の花や水底を走る小魚の煌めきを楽しみながら歩いた。

 橋の下を通り過ぎるとき、ホームレスが飼っている犬がしきりに鳴いていた。私の心のなかに東京青山墓地へ祖父の墓参に行ったとき、大きな犬に追いかけられた幼い日の記憶が蘇った。そして、手に持っていたカメラのバンドをそっと持ち直した。橋の下から遠ざかるにつれて犬の鳴き声は弱くなり、またせせらぎの音が高くなった。

 すずめのやりは川の堤防から上がったところで見つけた。刈り取られた稲の根だけが残っている田圃の端で耕耘機が耕せないコンクリートの畦にこびりつくように生きていた。人々が手作業を止めてしまったお陰で生きのびたのだ。

 私の胸をすずめのやりがそっと突いた。

伊川谷 046

■すずめのやり  

Luzula capitata

(いぐさ科)

 海岸から山地にかけての草地にはえる多年生草本。名前の由来は頭状の花が大名行列の毛槍に似ているからだ。葉の縁に白い毛が多い。種子には種沈(しゅちん)という付属物があり、アリが好む。種子はアリが運ぶ。花期は4〜5月。

 

●2004.01.01

 春の初めの朝、原っぱはまだ黄土色の枯れ草のままだった。私と美佐子はいつも原っぱの獣道みたいな小径を突きって小学校に通っていた。

 原っぱの向こうには白い富士山が見えた。空は澄んで青い。「午後から雨かもしれないわ」美佐子が言った。「なぜ?」私は振り返って訊いた。「富士山の中腹に雲がかかっているもん」美佐子は少し唇を尖らせて応えた。私は前を向いたまま黙って歩いていた。「わたし知ってるの。あの雲がかかると、雨か風よ」と彼女の声が追いかけてくる。私は春先に吹く突風を思い浮かべながら、ふっと脚を早めた。そしてずっと富士山を眺めながら歩く。右側のなだらかな裾野の乱れが私の気持ちをかすかに逆なでしたとき、「あっ、その花踏んじゃだめ」と美佐子は叫んだ。私は驚いてよろけた。たたらを踏んだ足先に濃紫色の小さな花が咲いていた。葉は折り敷かれた枯れ草の上で地を這うように縮こまって見えた。

「まだ寒いの?」美佐子は野草に話しかけた。 

日光 045

■きらんそう 

Ajuga decumbens

(しそ科)

新春にちなんで、また無病息災を祈って咳、痰、解熱、下痢止め、健胃など薬効のある代表的な春の野草のひとつをあげる。道端や庭の隅に生える多年草。くきは直立しないでロゼット状に地面を這う。シソ科には珍しく茎が丸い。葉のわきに濃い紫色の唇形の花をつける。花はもうすぐ見られる。3月から5月。この写真は2003年5月に日光御用邸址公園の土手で撮影した。

 

●2003.12.14

 この写真は城の堀だが、「みぞそば」は田圃の畦などやや湿ったところに群生する。ここは3年前に葦を刈り取り、去年は「いぬたで」とわずかに生き残っていた「せいたかあわだちそう」が群生していた。この様子は『野草におもう2』の018「せいたかあわだちそう」の写真で分かる。今年は多雨のせいか、湿潤が進んでさらに湿ったところを好む同じタデ科の「みぞそば」が「いぬたで」と「せいたかあわだちそう」を駆逐した。後方右手に見える「せいたかあわだちそう」の枯れ草があわれだ。新しい年にはこの「みぞそば」群落はどのような遷移をするのだろうか? 世の中は自衛隊のイラク派遣の話題に溢れているが、自然界と同じように日本も世界も急速に変貌していることを私たちは認識して、メディアの報道のみを鵜呑みにすることなく、自分の目で世の中の急激な変遷に注意しなければならないと思う。

明石城址東堀 044

■みぞそば 

Polygonum thunbergii

(たで科)

葉の形が牛の顔に似ていることから別名、うしのひたい、という。群生して高さ1m弱となる1年草で、葉は互生し、茎に下向きの棘がある。花は上部が紅紫色、下部は白色である。花期は7〜10月。

 

●2003.11.10

 先日、神戸市立森林植物園の名誉園長真野響子さんのトークショーを聞きに行ったとき、六甲山の植物に詳しいM氏からレデーベルを教えてもらった。可憐で清楚な感じは彼女みたいだ。ききょう科の花はききょう属、ひなぎきょう属、ほたるぶくろ属、つるにんじん属、つりがねにんじん属、みぞかくし属など美しい花が多い。秋が深まり、黄土色、ベージュに茶色がかった野原で淡いブルーの花はとてもよく目立つ。群生するあたりは何か空気が澄んだような爽やかさを感じる。人知れず静かに咲く花だからこそ、その清楚さはきわだった。

加西フラワーセンター 043

■つりがねにんじん 

Adenrophora tripylla var. japonica

(ききょう科)

英語で「ladybell」という。可憐なブルーの花からそう呼ばれたのだろうか。日本名は釣りがねのような花と根が朝鮮人参に似ていることから。多年草。葉は輪生し、花期は9月から11月。若芽はトトキといい、食用にする。根は漢方の「沙参」(しゃじん)で咳止めや痰切りの効用がある。

 

●2003.10.18

 この花は去年からずっと気になっていた。明石城址の東堀沿いに初夏から夏の終わりまで可憐に咲きつづけた。しかし、名前がよく分からない。西宮の路地でプランタに植えられているのを見つけた。「これ何という花ですか?」私はガーデニングをしている小母さんに聞いた。「分からないわ。黄砂に乗って種が運ばれたきたんとちゃう?」彼女は腰を伸ばしながら言った。私は黄砂説が気に入っている。黄砂に紛れて種子が日本海を渡って飛んでくるなんて、夢があって面白い。

明石城址東堀沿 042

■あかばなゆうげしょう 

Oenthera rosea

(あかばな科)

南アメリカ原産の多年草。関東地方以西で野生化している。まつよいぐさやひるざきつきみそうと同じマツヨイグサ属だ。花の柱頭は4裂し、よく目立つ。花期は5〜9月。

 

●2003.09.21

 夕方、伊川の畔を歩いていて、もう生涯見ることが出来ないと思っていたじゅずだまを見つけた。かなり大きな群に成っていた。幼い頃、家の前の原っぱでじゅずだまのネックレスを美佐子に作ってもらったことがある。ふたりはじゅずだまを草いきれの中でたくさん果実を摘んだ。「あげるよ」と美佐子が微笑しながら僕の顔を見詰めたのを覚えている。その後、美佐子はふるさとへ帰って行った。僕は小説『草原の果てに』で美佐子がふるさとへ帰るいきさつを書いた。このネックレスがこすれて出す音が好きだ。今、美佐子はどこにいるのだろうか? 

伊川の畔    041

■じゅずだま 

Coix lacrymajobi

(いね科)

 果実を包んだ苞鞘から数珠を作ったことに由来する名前である。熱帯アジア原産という。他のいね科とはかなり違う。はと麦茶はじゅずだまの栽培種である。花期は9〜11月。

 

●2003.09.07

 最近、蚊帳を見ることができるのだろうか。茎を裂くと、四角形になるからというが、私は左右にすらっと伸びた葉の様子だけで蚊帳を思い出した。もうずっと昔、蚊帳の中に入ると、何かとても安心できた。それに匂いもとても好きだった。蚊帳の四隅から蚊が入りはしないかと押さえて回り、母が入ってきたりしたら、独り占めできて、ふたりっきりで秘密の場所にいるみたいな気がしてとても嬉しくてたまらなかった。あの私たちの蚊帳はどこへ行ってしまったのだろう。それこそ蚊帳のまわりに白い霧が立ちこめていて見えない。

伊川谷    040

■かやつりぐさ

Cyperus microiria

(かやつりぐさ科)

 「ますくさ」とも言う。茎が四角で両端をつまんでさくと、四角形になる。それを升や蚊帳にみたてて名が付いた。小花が二列に並んで矢羽根のような形をしている。1年生草本。花期は8〜10月

 

 

●2003.08.17

 近頃、おみなえしは貴重な花らしい。野山でなかなか見つけられない。なんだか悲しくなる。神戸の森林植物園にも”秋の道”というのがあるが、おみなえしは消えかかっているのではないか? 昔から強い野草として秋の七草にもなったのだろうから、何か地球に異変が起こっているのかもしれない。ヨーロッパには熱波が襲来し、日本は冷夏だ。地球は過去にも寒暖を繰り返してきたが、人間の欲望で温暖化が皿に進むの困る。自重したいものだ。次世代に美しい星を引き継ぎたい。

北九州    039

■おみなえし

Patrinia scabiosaefolia

(おみなえし科)

 女郎花と書くが、同属で男郎花(おとこえし)というのがある。女郎花より剛健に見えるからとか? 漢方では消炎、排膿に効能ありという。秋の七草。花期は8〜10月

 

●2003.08.12

 子供の頃、家の前の原っぱによく咲いていた。ききょうはやはり他の野草の間で咲く姿がいい。ブルーの花が映え、可憐さが増幅される。秋の七草のひとつであり、山上憶良が『万葉集』で詠う朝貌(あさがお)の花はききょうであるといわれている。また、小学6年のとき、海兵帰りの先生から信長の物語を聞いた。明智光秀の紋所がききょうであることを知ったが、ブルーの花の色からか? なぜか悪者イメージはない。そして今は清楚な女のイメージとして、私の中で定着している。

 最近、山野に野生のききょうを見ることが少なくなった。先日、北九州の山田緑地で理想的な写真が撮れた。山野でたくましく生きていた。花の色が花屋で求めたものより、ずっと透き通るように澄んでいた。

北九州    038

■ききょう

platycodon grandiflorum

(ききょう科)

漢方薬では根を咳止めとして使用する。その漢名の”桔梗”を音読みした。野山に咲く野草では花の美しいものが多い。秋の七草。

属名platycodonは広い鐘の意味である。花期は7〜9月

 

●2003.07.20

 平成元年に”しあわせの村が出来たとき、広大な芝生広場が一面ねじばなの花畑のようになった。一つひとつ花を見ると、蘭の顔をしている。とともに芝生の陽盛りに咲く花はあまりにも小さくかわいい。とは言っても結構その可憐さを好きな人が多い。

 そのときは、みんなで相談して花が咲き終わるまで芝刈りを止めた。そして忙しさにかまけているうちに、まるで何処かに行ってしまったかのようにふーっとかき消えた。消え方もはかなすぎて悲しい。

東遊園地     037

■ねじばな

Spiranthes sinensis

(らん科)

 名前は花序がねじれることに由来する。ねじれ方は左右両方ある。陽当たりのいい芝生などに咲く。

花期は5〜8月

 

●2003.06.23

 町の道ばたでよく見かける野草だ。花は小さいが、見ていると、私に話しかけてくる。葉の色も淡くやさしい。名前は地面を這うようにランナー(ストロン)で繁殖することに由来するらしいが、”じじばり”ともじると覚えやすい。そんなわけで、このシリーズで早く取り上げたかったのだが、去年は花期を逃して写真が撮れなかった。今年は森林植物園の園路の路肩でひっそりと咲いていた。しかも、一輪だ。どこからか種子がこぼれて、ここに咲き始めたとき、この花はどう思ったのだろうか? 

「まあまあ」「ぼちぼち」「ちょっとだけ」「えらいこっちゃ」「だいじょうぶ」なんて秘かに言っているように思えた。

森林植物園     036

■じしばり

Ixeris stolonifera

(きく科)

 いわにがなとも言う。黄色い花が群生する風情は可憐。一輪でも清すがしい。学名のストロニフェラはランナーがあるという意味だ。学名通りランナーで旺盛に伸びる。名も地を這うことに由来している。花期は4〜6月。

 

●2003.05.25

 川中美幸のヂュエット歌謡曲『二輪草』では、”少し遅れて……”一輪が少し遅れて咲くと言う。この写真では、両輪とも咲いているが、別の写真では一方が蕾であるものも確認できた。最近、仕事で栃木県の日光へ行った。そこの御用邸跡公園の外周の土塁の上で見つけた。キンポウゲ科の花は美しいが、有毒植物であるものが多い。あのたおやかな美しさは、諸刃の刃のようにいつも内部に恐ろしさを秘めているからこそかもしれない。私は懲りずに近づいては手ひどい痛手を負い続けている。それでもなかなか止められないでいる。

日 光       035

■にりんそう

Anemone flaccida

(きんぽうげ科)

 白い花が可憐である。花期は4〜5月。一茎に花を2個つけることに由来する名前であるが、1個あるいは3個のときもある。一輪草との違いは葉柄が無いことが大きな特徴である。有毒植物の多いキンポウゲ科のなかではまれな山菜として食べられるが、とりかぶとなどと間違えると大変なのでむやみにたべない方がいい。ちなみに一輪草は有毒。

●2003.04.27

 もうだいぶ昔の話になるが、毎日、公園の設計と工事をしていた頃、現場から帰ってきて長靴に着いた土を洗おうとしたときだった。足洗い場の向こうの雑木林の日陰にこのアジュガの群落を見つけた。木もれ日の中で一面のむらさきの原だった。悲しいことに私はそのときこの野草の名前を知らなかった。宮中の女官が群れて居流れているようだった。「名前は?」私は思わず訊いてみたくなった。答えは返ってこない。静寂の中で彼女たちはたださわさわと揺れていた。 

国営明石海峡公園  034

■せいようきらんそう

Ajuga reptans

(しそ科)

 この写真は園芸種。日本原産の”じゅうにひとえ”・”きらんそう”も素朴だが、アジュガ属。近年ヨーロッパ原産のこの種類をよく見かける。花期は5月。花が重なって咲く様子はまさに宮中女官の十二単を想像させる。学名アジュガはめしべが見えにくいことから、意訳すると、”配偶者がいない”の意味である。


野草に思う4-花四季彩