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●2003.04.20

 葉の間から咲く小さな花がかわいらしい。スカートを広げたような葉を観ているうちに、小磯良平の絵を思い出した。しかし、この野草も少なくなった。私の家の周りではついに見つけられなかった。急にいなくなってしまった恋人を探すような気持ちで私はこの花を思った。神戸の御崎町にあるウイングスタジアムの新しく整備された庭で見つけた。しかし、二三本ばかりではどしようもないとあきらめていたら、明石城址を散歩しているとき、本丸の後ろのさくら堀で咲いているのを見つけた。私はとても嬉しくなった。

太寺  033

■ひめおどりこそう

Lamium purpureum

(しそ科)

 ヨーロッパ原産の帰化植物。学名のラミウム(喉のような花をつけるの意味)をもつ野草をもう一つ。葉は対生。プルプレウムは”むらさきの”意味です。葉の匂いはあまりよくない。花期は4〜5月。

 

●2003.04.13

 ラベンダー、セージ、ミント、バジルなどしそ科には可憐な花をつけるものが多い。特に私は野草のオドリコソウ属(Lamium)の”ほとけのざ”や”ひめおどりこそう”が好きだ。ひっそりと清楚に咲いている風情は、私が密かに夢の中で思っている女性に似ている。「なんでそんなに慎ましやかなの?」と思わず尋ねると、いつも微笑しているだけだ。そして目が覚める。わたしはベッドサイドに貼ってある誕生花暦の花を眺めながらふと呟く。「そんな女性はいないか」と。

御崎  032

■ほとけのざ

Lamium amplexicaule

(しそ科)

 和名は葉が仏の蓮座に似ていることに由来する。春の七草の”ほとけのざ”は”こおにたびらこ”で別種。学名のラミウムは喉のような花をつける、意味である。花期は3〜6月

 

●2003.04.05

 我が家の隣はビニールハウスの畑だ。その道路に面した斜面にからすのえんどうの花がつき始めた。小さい花だがよく見ると、かわいい。色もうすっらとしたピンクで淡い。花外蜜線には蟻が群がる。あの手この手で虫を集め、子孫を残すために努力している。そこには互いの助け合いがある。人間はそんなことを忘れて殺し合いをしている。米英軍がイラクの首都バクダットの10Kmまで迫ったという。イラク軍の損耗が激しいようであるが、双方確実に死者が出ている。何百人という死者の報道がさりげなく行われるのが恐ろしい。私たちはたとえ兵士であろうとひとりの人間の死に敏感であり続けなければならないと思う。日本は平和すぎる。感謝しなければならない。

太寺  031

■からすのえんどう

Vicia angustifolia

(まめ科)

 和名はさやが真っ黒なことに由来する。葉の基部に三角形の黒い托葉ができる。これは花外蜜線である。豆果は斜め上向きに実る。花期は3〜6月。つる性2年生草本。

 

●2003.03.29

 春の花と言えば、さくらやたんぽぽがまず上げられるだろう。春の嵐は花を散らす。そのはかなさゆえに好いのかもしれない。人間ドッグの結果を聞くために、憂鬱な思いを抱いて、明石城の堀端沿いの坂道を下りていったとき、風がたんぽぽの綿毛を無数に飛ばしていた。その綿帽子の発する方にたんぽぽの群落を見つけた。アメリカのイラク攻撃も砂嵐に苛まれているらしい。砂嵐の中で曖昧に人が殺されていくのは許されない気がする。早く戦争が終結することを祈りたい。そしてわれわれが棲む地球が永遠に花の降る星であり続けることを人類共通の願いにしてほしい。

人丸  030

■かんさいたんぽぽ

Taraxacum platycarpum

(きく科)

 日本古来のたんぽぽの一つ。西洋たんぽぽとの見分け方は、花の総苞片が直立する。(最近では雑種が多く一概にそうとは言えないとの説もあり)西洋たんぽぽは、葉の切れ込みが深く(ライオンの歯)ギザギザになる。ハーブとしてたんぽぽコーヒーなど出来る。

 

●2003.03.16

 春のはじめは花が咲く目立つ野草も少なく、何を話題に上げようか? と苦労する。散歩していて、ふと、ひらどつつじの葉陰で八重葎がひそっりと生きていた。冬をうまく越したようだ。本格的に春になれば、急激に八重七重に育って繁茂するたくましい野草だ。それにしても昨今の世相は、経済が逼塞状態で仕事はなく、また仕事があっても給料を減らされ八方ふさがりの感じだ。まず庶民の借金を含めて世間のすべての負債をすべて棒引きし、またみんなで期間を決めてすべての有り金を一斉に浪費することでも考え、活性化しないと、世の中はさらに冷え込んで沈殿してしまうような気がしてならない。

森林植物園  029

■やえむぐら

Galium spurium

(あかね科)

 漢字で”八重葎”と書く。幾重にも折り重なることからこの名前の由来になった。花期は5〜6月。小さな目立たない緑色の花が咲く。どこにでもある1〜2年草。4稜の茎で棘があり、衣服などにくっつく。

 

●2003.03.01

 このところ、頻繁に雨が降っている。そのたびに暖かくなったり、極端に寒くなったりしている。野草の活動も低調だ。春に向けて密かに準備しているのであろうか。神戸市立森林植物園に行ってみた。落ち葉の陰で息を潜めているげんのしょうこを見つけた。子供の頃、母から飲まされた記憶がある。それも遠い思い出となってしまった。いずれにしてももうすぐ春だ。そこまで来ている。しかし、植物園のトンネルを抜けたとき、襟を立てたブルゾンの首筋を風が真冬に近い冷たさでひゅっと吹き抜けていった。

 春が過ぎて夏になる頃──紅色の花が咲く頃にまた来ようと思った。

森林植物園  028

■げんのしょうこ

Geranium thunbergii

(ふろうそう科)

 下痢止めの民間薬としてすぐ効くことから「現の証拠」が名前の由来とか。花期は7〜10月。花は淡紅色、紅紫色、白色。西日本は紅花が多い。ゼラニュームの仲間である。全草を乾燥させて使うと言う。

 

●2003.02.19

 いぬのふぐりは、俳句の春の季語だ。私は瑠璃色の可憐な花が好きだ。果実の形が犬の陰嚢に似ているから、この名前がつけられたというが、もう少し考えてもよかったのではないか、と思っている。その辺、さすがに俳人高浜虚子の感性はいい。”犬ふぐり星のまたたく如くなり 虚子”と読んだ。春の野原でいぬのふぐりの瑠璃色に出会って彼は魅せられた。私もそんな風に感性を研ぎ澄ましたいといつも思っている。

’03.02.19撮影

伊川谷  027

■おおいぬのふぐり

Veronica persica

(ごまのはぐさ科)

 果実の形が犬の陰嚢(おちんちん)にちなんだ名前である。ユーラシア、アフリカ原産の2年草。陽が当たっているときだけ開く。開花は3〜5月。花は瑠璃色で可憐。

●2003.02.02

 この写真、もしかしたら、ちちこぐさかもしれない。これも我が家の庭に片隅で見つけた。昔はどこにでもあったのに、今は探さなければならない。なんだか悲しい。家庭に母も父もいなくなりつつある、といわれて久しいが、近年その傾向に加速度がついたように思える。街に居場所を失った若者たちが蠢き、明るいコンビニエンスストアの前や暗がりにぼうっと光る自販機の前に屯している。

 やがて、仲間たちが携帯電話で集められ、闇と灯火の狭間に座り込む。仲間の輪とどよめきが私を絡め取る。私はコンビニの前を大きく迂回して急ぎ足で通り過ぎた。

相楽園  026

■ははこぐさ

Gnaphalium affine

(きく科)

 春の七草「おぎょう」はこれである。全体に綿毛に覆われ、白ぽっく見える。花期は4〜6月。花は両生花で黄色。朝鮮半島から渡来種と思われる。日本産は、近種のGnaphalium japonica で、「ちちこぐさ」と呼ばれている。

    ■我が家の庭の母子草はいい写真でなかったので、05.05.07相楽園撮影分と入れ替えた。

●2003.01.19

 いい写真がなかなか撮れないで困っていた。わが家の庭にないかな? と探したら、撒水栓の端でひっそりと蕾を付けていた。田圃のように湿っていたからだろうか。うまそうな新鮮な葉だった。ここならおしっこもかかっていないだろう。かかっていても我が家は私以外は猫も含めて女だからこんなところでおしっこはしない。私以外は考えられない。大丈夫、覚えもないが、たとえあったとしても自分のだから……。十分食べられそうだ。私は実はしそ科「ほとけのざ」が好きだ。波頭というか、波濤というか、浮世絵に出てきそうな形をしたパープルの花がいい。去年から草引きが億劫になってやらなかったのが好かったようだ。わが怠け癖に感謝したい。

太寺  025

■こおにたびらこ

Lapsana apogonoides

(きく科)

 春の七草「ほとけのざ」はこれである。一般にいう「ほとけのざ」はしそ科。花期は3〜5月。タビラコは越冬のためロゼット状になることに由来する。田等に”田平子”の意味。花は黄色。この写真でも黄色の蕾が見える。

●2003.01.10

 私の住んでいる太寺(たいでら)の駐車場の片隅に冬の厳しい風を避けるように「なずな」がひっそりと生きていた。果実の「ばち」もつけ、花も咲こうとしている。とても愛しい気持ちになった。中国では古くから薬食(やくじき)として好まれたらしい。日本では「ぺんぺんぐさ」と呼んで、ともすると貧乏神みたいにいわれのない扱いを受けているが、由緒ある野草なのだ。有用植物として最高裁判決でもだしてほしいくらいに思っている。ふと、荒れ狂う波濤が砕け散る厳冬の海で津軽三味線の悲しく、それでいて激しい調べを聞いたような気になった。春の七草は旧暦だから、二月になったら神戸市立森林植物園に七草粥を食べに行くつもりでいる。もっとも布引のハーブ園では「ハーブ七草粥」を’03.1.12(日)と1.13(祝)に食べさせてくれるらしい。ハーブは新暦で食べるものなのだろうか。

太寺  024

■なずな

Capsella bursa-pastoris

(あぶらな科)

 春の七草の1つ。花期は3〜6月。別名ぺんぺん草。果実が三味線のばちに似ているところからの由来。なずなは「愛でる菜」から「撫でる菜」さらに「なずな」へ転訛したとか、古代朝鮮語の「なじ」から「なじの菜」とかの説あり。

●2002.12.30

 私が幼いとき、家の西側に鶏小屋があった。確か茶色い卵を産む黒っぽい鶏だったと記憶している。毎日雄鳥たちはときの声をあげる。朝の小屋には外敵に立ち向かっているような切羽詰まった声や食べ物を取り合い、相手を威嚇するような鋭い声が入り乱れた。特に卵を産むときの賑やかさは他と違った。まるで卵を今産んでいますと、宣言しているみたいにけたましい。             「そんなに叫んだら、蛇や弟に分かちゃうよ。静かにしていたら、後ではこべを採ってきてやるよ」  僕は思わず大声で言った。うす肌色の卵が頭に浮かんだ。まずいんだよな。私は彼らの卵を独り占めして、ゆで卵にするつもりだった。雌鳥は三匹しかいないから、みな産んだとしても卵は三つだ。弟が起き出してきたら、ひとつはやらなければならない。蛇に食べられた、と言い訳も出来なくなる。

 はこべは原っぱより家の周りにたくさんあった。私は小さな手を広げて思いっきりむしり取るのが好きだった。そして鶏小屋に竹かごに入れて運ぶ。鶏たちは結構よく食べた。私は空になったかごに卵を入れてそっと小屋を出た。

「いくつ産んでた?」弟はかごに眠そうな目を向けて戸口で聞いた。「二つや」私はふくらんだポケットに暖かさを感じながら短く答えた。

明石城跡  023

■はこべ

Stellaria neglecta

(なでしこ科)

 春の七草の1つ。花期は3〜9月。英語のChickweedは「にわとりの雑草」の意味。小鳥がよく食べる。もうつぼみが見える。

●2002.12.08sun.

 名前は知らなかったが、子供ころからタデ科の植物にはなぜか興味があった。家の前に広がる野原で春になると、「すいば」の若い茎をかじった。シュウ酸を含むその酸っぱい味は今も口の中に残っている。茎をかじっている美佐子の笑顔も忘れられない。「あかまんま」のことはすでに書いた。同じたで科でそばの仲間のことはいずれ書きたいと思っている。「みずひき」は美佐子がくれたプレゼントを思い出させる。原っぱの真ん中にあったふたりの秘密の場所で、彼女は赤や水色や黄色などがちりばめられたガラスのおはじきを折り紙に包んで5つくれた。それはこの「みずひき」で結んであったのを覚えている。美佐子は誰からみずひきのいわれを聞いたのだろうか。もう遠い日のことになったけれど、鮮明に「みずひき」の結び目が目に浮かぶ。

一庫  022

■みずひき

Polygonum filiforme

(たで科)

 花期は8〜10月。林縁で見つけた。多年草。花序が上から見ると赤、下からは白に見える事に由来すると言う。しかし、花序の様子が水引に似ている、といった方がいい。もっとも花は4深裂して、上の3つが赤花、下の1つが白花なのだが……。では白花の水引はなんといえばいいのか? 

野草に思う3-花四季彩