花四季彩-小説『炎』
  

                 野 元  正

 高速道路のカーブを時速百キロメーターのスピードで通り抜けた。ハンドルが小刻みに震え、車のあちこちが軋んだ。最近の車なら何でもないことなのに、ツトムのかぶと虫は、今にも部品が抜け落ちそうな激しい振動を伝えてくる。
 昨日はドアが閉まらなくなった。修理に夕方までかかった。この急カーブで突然、開いてしまったら、と心配だった。
 アクセルペタルに乗せた右足を浮かすと、心なしか振動が穏やかになったような気がする。
 ツトムが乗るたびにドアの把手が取れたり、エンストしたりして、どこか調子が悪くなる。そのつど、パーツ屋で部品を求め、修理マニュアルを見ながらなおす。部品がなかなか手に入らないときは、ポンコツ屋に行く。そこには、まだ埃まみれているもののタイヤもすり減っていないでまだ十分走りそうに見えるものや、赤茶けて錆び付いたフレームが原型を止めないほど複雑に絡み合い、パズルを解くようにいくら頑張って解きほぐしたところで無駄だという姿を晒しているものや、またいろいろな色をした薄い鉄板を一気にプレスして四角い鉄の塊にしてしまったようなものなどが堆く積まれている。ガソリンの匂いが漂い、体液だった油が地面にしみ込み、光線の加減で金属ぽい七色の光を放っていた。
 ツトムは今にも崩壊しそうに思えるいろいろな車の、微妙な鉄屑の山の間に埋もれたかぶと虫を見つけだして部品を分けてもらうのが楽しかった。必死で移植する。今まで死んでいたかぶと虫の身体の一部が、ツトムの車のなかで息を吹き返す……。
 車が壊れるたびに、ツトムのなかで古ぼけたかぶと虫へのいとおしさがどんどん膨らみ、騙しだまし乗っていることは、なぜか快感であり、誇りだった。
 料金所にさしかかった。
 左ハンドルなので、サイドブレーキを引き安全ベルトを外し、助手席に倒れ込むようにして腕を伸ばす。孫の手に似た道具も市販されているが、ツトムは直接渡したかった。それでいつも料金所でもたつき、徴収員と後続の車の冷たい視線を感じる。
 一旦停止して、ふたたび動きだすときが問題だ。いきなりアクセルを強く踏もうものなら、ガソリンを吸いすぎてエンストするかもしれないのだ。そっとペタルを踏み、うまく走りだすかな、とエンジンのようすをうかがう。
 ゆっくり動きはじめた。徐々にスピードを上げて、車間をつめる。このタイミングも車を騙すように、なだめるように気をつかう。
 日曜日の朝七時、高速道路はあまり混んでいなかった。後続車が次つぎとツトムの車を追い越していった。
 今朝早く、カリンからの電話で起こされた。
「迎えに来てくれる?」
 昨夜は、女友だちとリゾートホテルに泊ったという。女友だちはどこかに行くとかで、独りになってしまうので淋しいから、と頼まれた。カリンがツトムを呼ぶのは、いつもこんなときだ。ツトムのペースで会えるのはまれだった。
 気がついたら車を走らせていた。目的地まで三時間以上かかりそうだ。フロントウインドウ越しの陽射しが暑い。
「クーラーぐらいつけなさいよ、今どき、こんな車、博物館から盗んできたみたい」
 カリンの言葉が耳の奥に甦る。
「でも、この車、余計なものがなくて、美しいと思うだけどなあ。よくごちゃごちゃ車内を飾っている奴がいるだろう? あれは、嫌だね」
 ツトムは幻聴のように聞こえたカリンの言葉に独りごちる。
 窓は全開しているが、車内はさらに蒸し暑くなった。まだ眠たいのと重なって少しぼうっとした気分だった。
 カリンの待っている海辺の町を思い浮べた。
 眠気ざましのガムがダッシュボードのうえに転がっている。口で銀紙をむき、歯ががちがちと鳴るほど強く噛んだ。ようやく流れに乗ったツトムは、ガソリンスタンドで初めてカリンと会ったときのことを思い出していた。
 彼女はスタンドの従業員だった。
 ツトムは、町ではかなり有名なレストランのコック見習いをしている。まだ、皿洗いしかさせてもらえないが、将来は腕のいいシェフになることを夢見ている。
 料理長は自動車いじりが趣味で、車が好きでたまらないツトムを同類と思ったのかかわいがってくれた。
 今乗っているかぶと虫もこの料理長からもらった。
「車を見にくるか?」と誘われて、描いてもらった地図を頼りに訪ねた。
 町外れの原っぱにキャンピングカーが停まっていた。料理長が地図にマークしたところに間違いないか、辺りを見回した。野原の草いきれがする風が、汗が噴きだした額を撫でて過ぎた。
 料理長の家はキャンピングカーだった。
「どこでも行けるし、飽きたら気ままに棲むところを変えられるもんな。好きな景色を眺めながら、住めるなんて最高だよ。路上に住むって一回、始めると病みつきになるんだ。やどかりの気持ちが分かるよ」
 ずっと独身の料理長は少し狭いが洒落たリビングのソファに身を沈めて笑った。黙っていると、彼は言葉を継ぐ。「第一、自由でのびのびできる。人は、家に住まなければならないという決まりがあるわけじゃないから。それに車は俺を裏切ったりしないからな」
 料理長の顔が窓から射し込む光を遮って黒く沈んで見える。彼は昔、何かあったのかな? とそんな思いがふっと湧いて消えた。
 キャンピングカーの後にはかぶと虫型の黄色い車が牽引されている。大きな船が小さなボートを曳航している情景が思い浮び、料理長とツトムの関係に似ている、と思った。
「あのかぶと虫、おまえにやるよ。新車から十五年乗ったかな? だいぶガタが来てるけどな、なおしながら乗るのも楽しいよ。ただし、車検は一年ごとだけどな……」
 料理長は煙草の煙をゆっくり吐き出しながら、目を細める。あの車が俺ものになる。
 ツトムは自分のなかから嬉しさが湧き上がってくるのがわかった。そして親船から切り離され、大海を漂う小舟に乗りこむみたいな、何かとてつもない冒険に船出する少年に似た気持ちになり、遠く水平線を見るように目を細めて眩しそうにキャンピングカーの内部を眺めた。
 キッチンも冷蔵庫も生活に必要なものは何でも揃っている。料理の工夫をする道具も完備しているとのこと。
「狭いが、居心地がよくってね。でも身体が動かなくなったら、昔、農家にあった馬小屋や牛小屋のように家のなかにガレージがある家を建てて、車と家族みたいに一緒に暮らしたくってねぇ」
 料理長は聞きもしないのに言った。言い訳するみたいに、何かを説明しようとしている、とツトムには聞こえた。彼は仕事中、厨房に君臨して決して説明などしなかったから、別人と向き合っている気がした。
「俺の工夫したケーキ食べてみるか?」
 料理長はさり気なく言い、冷蔵庫から手製のケーキを出してくれた。それから目の前でコーヒー豆を挽いた。車内に香ばしい香りが満ちる。口のなかに控えめな甘さが広がる。          「原っぱの中の家っていいですねえ」                             ツトムは外の黄色いかぶと虫を見つめながら言った。                   「ああ、でもなあ……ここなあ、市役所の土地でな、出て行けって、昨日行ってきたよ」     「居座ったらいいんですよ。ここに……」                         「そうはうまく行かないよ。この棲家の欠点はな、好きなところほど定住できないんだ」と料理長は暗い顔を上げて言った。
 帰り道、黄色いかぶと虫を運転した。ツトムは興奮していた。狭い車内、背が高いので丸い天井に頭がつかえそうだったが、とにかく思い通りに動いてくれる。頭以外の、手も足も身体のすべての部分がなくなったみたいに軽い。TVの子供向け番組のガンダム戦士になったように、車全体が身体で、車輪は足のように思えてきた。指令を出す脳が鉄の甲羅の内側いっぱいに膨れあがっていく感覚がツトムのなかに生まれた。走るためと何かと闘うための機能を詰め込んだような車全体が、ツトムそのものだ。急に早く走ることができるようになり、身体も力も何倍にもパワーアップしたみたいで気が大きくなった。なんでもやればできそうな気がする。ツトムの気分は、もうかぶと虫になっている。
 燃料ゲージを見ると、針がEに近い。樹液を吸いたくなる。一番初めに目についたガソリンスタンドに入ろうと思った。ガソリンが無くなりそうなことがツトムの気持ちを急に落ちつきなくさせた。
 横断歩道をビニールの買物袋を下げた中年の女が渡っていた。歩行者信号が点滅しだした。女は重そうなビニール袋に引きずられるようにまだ、だらだらと歩いている。
 車両用信号が青に変わった。ツトムはギヤーをローに入れた。
 女はかぶと虫が目に入らないのか、歩行者優先よ、ひくなら、ひいてみなさいよ、と急ぐ気配もない。早くガソリンを給油したい気持ちと、なんでもできそうな錯覚が限りなく心のなかに巣食った。その思いが、次第に外の世界に滲みでて、ツトムはその女が許せなくなった。もっと早く渡れよ、何をくずぐずしてるんだ? すべてのロックが外れ、心の奥のほうから、パチンという音が聞こえた。 俺様が通るのに、あの態度はなんだ。ツトムは無意識にホーンを押しつづける。女がこちらをにらんだ。ツトムは、バカヤロウ、とつぶやいて、アクセルを踏んだ。女がビニール袋を放りだして走り出した。リンゴが二つ、横断歩道の白い線に沿って坂道を転がっていった。
 ブルーをシンボルカラーにしている民族系のガソリンスタンドが見えてきた。二台の車が天井から伸びたホースから給油を受けていた。黄色のゲージにデジタル数字が給油量を刻んでいる。しかし、ツトムには逆に二台の車がおとなしく、宇宙人の長いくねった管で生き血を吸われているように見えた。黒い管のうねりが何となく彼を不安にさせた。
 小柄な野球帽を斜めに被った従業員がかけ寄ってきた。女の子だ。短い髪に、長いほっそりとした足が、ショートパンツの姿を際立たせ、白い大腿の内側にくさびのように忍び入る淡い影が、ツトムの視線を釘づけにする。
 かぶと虫はクヌギやコナラに樹液を吸いに、夜、集まる。そこで他の雄たちと角を突き合わせて戦い、勝てば同じように集まってきた雌と交尾する。人間もそうかな? ツトムは漠然とそんなことを思いながら、ガソリンを注入している女の横顔をぼんやりと眺めていた。「えっ?」彼女は突然、振り返って言った。ツトムは何にも言っていない。雌のかぶと虫のことを考えていただけだ、と心のなかでつぶやき、「何も……」ツトムは交尾のことで頭がいっぱいになっていたのを悟られるのを恐れて、あわてて頭を振る。この頃、目が覚めているときはいつもそのことばかり考えている。自分でも頭がおかしくなったのではないか、俺は変だ。変になっちまったらしい、と不安になる。すぐに淫らな空想が身体の奥から湧き出てきて、他のまともな思考を心の片隅に押しやるのだ。
 それ以後、給油のとき、ツトムは吸い寄せられるようにそのガソリンスタンドに行った。何回目かで彼女はフロントウインドウを拭く手を休めて、「このかぶと虫、いいわねえー。わたし、黄色って好きなの」と笑った。黄色が好きな女の子って、他にも知ってるけど、着るものから持ち物までみんなイエローだったりして、心のどこかが壊れてしまっているような感じなんだけどな、と思った。こんなボディーに釘で落書された、豹が走っているような傷やシートがほころびて、ころもが飛びだしている車のどこがいいのだろうか。しかし、自分も結構、満足しているじゃないか。嬉しくなってすかさず名前と電話番号を訊いた。
「カリン? って、本名? 喉の薬の……?」
「そうよ。赤石カリン」
 彼女はどちらかというと、野球帽を斜めに被ったら似合う少年のような感じだった。カリンという響きとはどこかイメージが合わない。ツトムの勝手な想像だが、もしかしたら、生まれたとき、産院の窓の外に青い実をつけた花梨の樹が、そよ風に揺れていたのかもしれない。両親はその音の響きと淡い緑の果実に魅せられて、名付けたような気がする。
 いずれにしても、本名なんて、なんでもいい。身体のどこにも力が入っていないような、つかみどころのない雰囲気が気に入った。目は一重でいつも腫れぼったくて眠たそうに見えるが、しゃべりはじめると、よく動き、心の奥に沁み込んでくる光を放った。
 かぶと虫は給油ホースを射し込まれ、身体の隅々まで突き抜ける快感におとなしくしているように思えた。カリンが手を添えている給油ホースのノズルは、男の性器みたいにいきり立ってどくどくとかぶと虫の体内に液体を注ぎ込む。ツトムはまた給油するホースのうねりをじっと見つめていた。

 長いトンネルを抜けると、今まで晴れていたのに目の前が急にもやる。車は濃い朝霧のなかに突っ込んでいった。水煙がフロントガラスに触れて水滴になり、ワイパーがときどき拭う。霧は際限なく迫ってくる。早く晴れてほしいと思う一方で、墨が滲んだ水墨画のような景色が、今の気分となんとなく馴染んで、いつまでも晴れないでほしい、とツトムは願っている。じっと霧を見続けて運転していると、頭のなかにまで霧が入り込んできて、すべてがあいまいになった。このままずっと晴れないような気がした。ぼんやりした意識で車を走らせる。前を走る車の赤いテールランプが近づいたり、遠ざかったりしている。赤い光のモザイクがちらついている。いつのまにかツトムの目は、かぶと虫の複眼になっていた。少し高いところの空の辺りに遠くぼうっと輝いているのは、陽の光だろうか。夜の闇のなか、光を求めて飛んでいるみたいだ。
 路肩の大木がやはり薄墨で描いたモザイク文様に見える。行けども行けども、霧は晴れない。むしろ深まって辺りを濃密に塗りこめていくように思えた。ツトムの気持ちは次第に外界から隔離され、閉ざされた光の届かない深海の底をかぶと虫型の潜水艇で彷徨っているような感覚だった。霧は海底に沈降するダストみたいに静かに降る。エンジン音しか聞こえないはずなのに、ツトムの耳にはサワ、サワと霧の降る音が聞こえる。
 高速道路を走っている車はスローペースになった。急いだところで、どうにもならないのに、とつぶやく心の奥とは逆に気持ちは妙にはやる。
 赤いテールランプが濃さを増した。車間もつまる。速度が極端に落ちた。順調に走っていたのに、エンジンの調子に影響が出ないか、気がかりだった。シフトダウンしてセカンドかローで走りつづけるのはやはり、エンジンに負担をかける。スムーズに作動している間はなんとかストレスをかわせても、動きをダウンさせた負荷がどこかの仕組みを狂わせてしまうのではないか、と恐れた。窓に乗せた肘が霧に濡れている。風はまったくない。
 流れは完全に止まった。ちょうとした抵抗、例えばトンネルの黒い入口を見ただけで運転手は思わずブレーキを踏んでしまうことをツトムは自分の体験から知っていた。工事や交通事故でなくても一人ひとりのちょっとした躊躇が積もり積もれば、渋滞がはじまる。解消するときは、突然今までのことがなんであったのか、嘘のようにスムーズに流れだすのを何回も経験している。
 なんでいつもこうなるんだ、カリンに会おうとすると、何かがツトムの行き先に立ちはだかる。今日は違うんだ、彼女から来てくれ、と頼まれたんだ、頭のなかをいろいろな思いが回転する。そして行き着くところは、霧による渋滞がカリンに近づくことを暗に止めている合図ではないか、と思えてくる。少し動きだしては停まり、またしばらくのろのろと進む。出発してからまだ三分の一ぐらいしか来ていない。     霧はまだ晴れない。渋滞と車内の狭さのなかでツトムはまた、どこかに閉じこめられた気分が強くなっていった。身体が腐葉土に産みつけられた卵みたいに思えた。這い出そうとする意思はあるのだけれど、どうにもならない。ツトムは車のなかでかぶと虫の幼虫のようにわずかしか動けなかった。手の届かない背中が痒くなる。運転席に背中をもどかしく擦りつけると、さらに痒さが増した。
 車が少し動きはじめる。
 卵から孵化した幼虫が腐葉土の暗い闇をようやく動きだした感じだ。ときどき、腐葉土を口いっぱいにほうばる。そしてまた、身体を丸め、落葉の陰でじっと耐える。 歯痒く苛立ちはつのる。もう二週間ぐらい過ぎたように思える。横腹にある気門の列を眺めながら、樹の匂いを求めて土のなかを気の遠くなりそうなゆっくりしたペースで這い回る。いくら急いだって事態は好転しないと心の底では分かっているのに、じっとしていられないのだ。
 ツトムは幼いときのことを思い出していた。霧の向こうに次第にはっきりとした映像が映る。
 夏の朝、まだ日の出まで時間があった。朝霧に煙る雑木林の細い道を父と母と三人で歩いている。大きなクヌギの樹の下で立ち止まった。父が樹をゆらゆらと揺する。ばらばらと艶のある大きなかぶと虫が降ってくる。雄も雌も降ってきた。
「わあ、採っていいの?」
 ツトムは歓声をあげ、一生懸命虫カゴに入れる。手のなかで硬い甲羅がもがく。角を振りかざして必死で向かってくる雄もいれば、こそこそと逃げ惑う雄もいる。雌はじっとしているが、掴むと足の爪を手に立てた。ひっかかってなかなか手から外れない。
 ようやく入れ終るとカゴをさしあげて、嬉しそうに両親を見上げた。霧のずっと向こうに、そのときの父と母の笑顔が映っている。                 
 ホーンの長い叫びが聞こえた。痺れを切らした誰かが無意味に鳴らしつづけているのだろうか。かぶと虫採りの情景はテレビのスイッチを切ったように消え、現実の渋滞のなかでいらいらしている我に返る。
 今はもう誰もいない。ツトムひとりが生きている。
 のろのろ動いているうちはましだが、まったく進まなくなった。
 何してんのよ、と眉間に険しい皺を寄せてつぶやく、カリンの怒った顔が目の前にちらつく。エンジンは何かに耐えるようなアイドリングに似た低い音を出しつづけていた。
 運転台のボタンを押すと、車の両脇に羽根が広がって、飛び立ちたいと思った。前羽根は固い甲羅だから、鳥や蜂のようにうまく飛べないけれど、渋滞した車の列から脱出するには十分だ。後羽根の油紙に似た光沢を輝かせて一気にカリンのところに行きたい。そう思いながら、心の片隅に違った考えが滲んだ。この高速道路の向こうに果たして、いいことが待っているのだろうか、と。不吉な予感をどこかに押しやろうと、カリンの笑顔だけを思った。しかしいくら思い出そうとしても、彼女の笑顔ははっきりしなかった。高速道路の渋滞は、脇道に逃れることもできず、ただ、流れと淀みに身をまかせるしかなく、どんなにあがいてもランプに到達しなければ抜け出せないと同じように、カリンのことを考えれば考えるほど深みに入りこんで出口が見つかりそうにもなかった。


「おい、何をくずぐずしてるんだ。早く皿を洗ってしまえや」
 向こうから料理長が怒鳴っている。今日は客が立て混んで、みんな殺気立っていた。仲間の視線を背中に感じる。ツトムは洗い場に積まれた食器の山にため息をついた。洗剤の泡が空気に触れてしぼんでいく。
 店が終ったら、カリンと会う約束をしていた。会ったら、何を話そうか、皿洗いから、もうすぐ昇格しそうなんて話したけどな、まだ無理か?
「手がぜんぜん動いてないぞ。やる気のない奴はやめてしまえ。あとがまはいくらでもいるんだ」
 料理長はツトムの様子を見抜いたようだった。デートのこともうすうす感づいているかもしれない。料理長は女に厳しかった。ツトムには理解できなかった。
「一人前なるまでは振り向くな」とみんなにいつも言っていた。料理長みたいにこの町でも指折りのシェフになるには、独身を通さなければならないのか、ツトムは人生の生き方を押しつけられているような気がした。
 彼がキャンピングカーに寝泊りして家に棲まず、車と仕事だけが生きがいのような生活をしているのは、女と別れたことがきっかけだった、と密やかな噂を耳にしたことがあった。
 彼の怒った声には、車のことをツトムに話してくれるときのどこか弟に向かってしゃべるようなやさしさはひとかけらも感じられなかった。これから料理長を頂点に次第に難しい仕事を任されていく職人集団のなかで一人前のシェフになるには、彼に見放されたら、おしまいだった。料理長を慕って弟子入りしたい、と昨日も調理場の裏口に立っていた若者の姿が、ツトムのまぶたに浮かんだ。自分より目が輝いていた。将来の夢を胸の内に秘めて、どうにかして仲間に入れてほしい、という真剣な気持ちが、不安そうなおどおどした態度のなかにも、ときどき見え隠れしていた。
 ツトムはカリンの影を打ち消すため、ソースで汚れた皿の表面を力を入れてデートに行く前に自分の歯を磨くように丹念に磨いた。洗剤の泡を手で拭うと、白い陶器の表が鈍く輝いて見えた。そっと皿の表に手をやると、冷たい感覚がいつまでも残った。
 背中のあちこちで料理長の厳しい声が飛んでいる。仲間の受け答えも真剣さを増している。
 約束の時間に三十分遅れた。
 今晩、カリンと夜明けまでドライブでもしようと思っていたから、朝からかぶと虫に乗ってきた。店の駐車場は客専用なので従業員の駐車は禁じられている。そんなときは、いつも店の裏手の、車がどうにかすれ違える道に置いていた。アパートにも駐車場はない。ずっと路上駐車している。駐車場を借りられるほどの余裕もない。
 着替えを済ませ、はやる心を抑えて車のところに急ぐ。バックミラーの付根に駐車違反の札がぶら下っていた。札には鎖が付いた鍵がしっかりかかっている。
『あなたは駐車違反です。持ち主又は事業主は最寄りの派出所に出頭してください』と下に書かれた駐車禁止マークが、異常に大きく見えた。今までここに駐車していてもあげられたことがないのに、と思った。最低一万五千円の反則金は取られる。初めての経験だった。自分が悪いのは分かっているのだが、何かとてつもない大きな損をしたような気分で無性に腹が立った。札をつけたままカリンとの待ち合わせ場所に行こうかと一度は考えたが、「どじね」と笑われるのが落ちだ、と思い直した。カリンの蔑むような目に出会いたくなかった。
 橋のたもとにある交番所に行った。若い警官と年配の警官が真っ赤なジャケットを着た厚化粧の女と中年の男の話を訊いている。ツトムが入っていくと、年配の警官が机の上の書類から目を上げた。それから、入口の左手の窓際に置いてある長椅子に座るように手で指し示した。                           女が熱心にしゃべっている。口紅が異様に赤く感じた。信号がどうのこうの、と言っているのが聞こえる。
「人身事故でなければ、当事者同士で話し合ってくださいよ。事故証明は書きますから……」
 若い警官が言っている。
「どちらが悪いか、言ってください。わたし、悪くないんだから」
 女は迫る。両手の腕輪とかなり大きな指輪が光っている。
「事故の結果を見れば、どちらの過失が大きいかはわかりますが、警察は言わないことにしてるんです。あとでもめますから。保険屋を入れて話し合ったら、どうですかな?」
 年配の警官が諭すように言った。
「そんなのないよ。この人が信号を無視したんです。悪いのはこの人ですよ」
 中年の男も女の顔をにらんで主張している。
「あら、信号は青だったわ。どこに証拠があるの?」
 女は開き直る。いつ話がつくか、分からない。ツトムは次第に苛立っていくのを感じていた。
「あのー……」早く、と頼むつもりが、声がかすれてあとが続かないでもじもじしてしまった。
 交番の裏手を流れる川の瀬音が妙に高く聞こえる。少し沈黙があってから、年配の警官がツトムのようすに気づいて、「何か?」と訊いてくれた。
「駐車違反はみんな迷惑しているから、今後、しないようにね」
 年配の警官は月並みな注意を言ってから、ゆっくりした動作で反則切符を切る。夜の盛場の狭い道に停まっている車の列が外灯の光に鈍く光っている情景を思い浮かべたが、逆らわずに黙って聞いた。店の裏に駐車しても、交通量も少ないし、誰にも迷惑などかけないのに……、あんなところを取り締まるより繁華街のほうが迷惑じゃないか、と不満が溢れてきた。
 年配の警官が違反札をはずして行ってしまうと、
「運が悪かったなあ」とツトムはかぶと虫に話しかけ、そっと背中を撫でた。手がひんやりした露で濡れた。思いがけない露に触れて、ツトムはまた両親とかぶと虫を採りに行った雑木林を思い出していた。あのときも、雑木林の下草も露に濡れていた。 あの雑木林はまだ残っている。この間、行ってみた。
 雑木林は、思っていたより狭かった。小さな建売住宅が五軒ぐらい建てられる広さだった。
 風にクヌギの大木の葉が騒ぎ、森の匂いが心地よかった。思いっきり深呼吸してみる。すがすがしさが肺の網目の一つひとつにしみ込んでくるように思えた。
 雑木林のなかへ続いている小径の入口に、看板が立っていた。『緑を守れ! 駐車場建設、反対!』と学生運動でよく使われる独特の書体で大書してあった。ツトムはこの雑木林まで歩いてきたので、文字の意味が素直に心に食い込んでくる。雑木林が無くなることは、幼い日の思い出が根こそぎ消えていくような気がして悲しかった。しかし、もしかぶと虫の車のなかからこの看板を見たなら、鉄の甲羅でおおわれたかぶと虫の頭脳になり切って、駐車場も必要さ、と叫んでいたかもしれない、と思った。
 雑木林のなかを辿る小径は木漏れ日が射し込んで、風に揺れる葉影と斑な光が静かにばらまかれていた。空は見えないかわりに陽の光に透け、葉脈が浮き出た葉の間から太陽の輝きがツトムの目を射った。
 やはり、駐車場もほしい、真新しいアスファルトに引かれた白い線に沿って、駐車された車の群れのなかに黄色いかぶと虫を探しているツトムがいる。いや、緑の雑木林を残してほしい、ここには両親とかぶと虫採りをした思い出が詰まっているから。 そんな思いが交互に心のなかに湧いた。料理長から車をもらってから、かぶと虫が頭の内側に巣食って心を乱し、揺れ動くふたつの心に悩んでいた。
 クヌギの葉の群れが風に揺れている。足元から突然、鳥が飛び立ち、ふと我に返る。雑木林のすぐ向こうに勾配のゆるい屋根と白い壁が特色の建売住宅が肩を寄せあうようにひしめきあっていた。急速に心が冷え、そして軋んだ。
「かあさん、かぶと虫、もっと採っていい?」
 雑木林の外れにあるクヌギの大木を見上げながら、そっと心のなかでつぶやいた。
 そのとき、ツトムの心のなかで母の面影とカリンが重なった。彼女は待っていてくれるだろうか? 

 突然、衝撃を感じた。
 身体が前へのめって、旧式の安全ベルトが腹を締め付けた。もう少しでハンドルに胸を強く打ちつけるところだった。ツトムのなかでカリンのおぼろげな像が砕けた。 気がづくと、かぶと虫は今、流行りのオフロードジープに追突していた。物思いに耽っていたツトムの心が空白になったほんの一瞬の出来事だった。ブレーキを踏まなければ、と思ったとき、かぶと虫は霧のなかを漂い、ジープの後尾にぶつかっていたのだ。
 オフロードは路肩に寄って停まった。ツトムもならう。事故を起こしたら、先に怒鳴ったほうが勝ちさ、と言っていた友だちの言葉がとっさに浮かんだ。車から転げるように降りてきた男は、太った若者だった。丸い顔にニキビが吹き出て、顔全体が赤く見えた。
「急に停まるなよ。何をぼけっとしてたんだ。どうしてくれる?」
 ツトムは追突した不利な立場を振り払うつもりで、甲羅のようなボンネットの凹んだ部分を指差して、大きな声を張り上げて言った。もっとも傷はどれが新しいのか分かりにくかったけれど、とにかくそれらしい傷をツトムはいとおしそうに撫でる。バンバーは完全にひん曲がっている。相手は出端を挫かれ、少しの間、沈黙していた。オフロードのバンバーはかすかな傷が付いている程度だった。しかし相手は、これぐらいの追突事故なのに鞭打ちにでもなったとでも言いたいのか、しきりに首筋をさすっている。ツトムの大きな声に大きな身振りで対抗しようとしているようだ。さも痛そうなジェスチャーが気になる。カリンのことをぼうっと考えていて前方をしっかり見ていなかった。ほとんど停まっていた車にツトムが一方的におかまを掘っただけだ。
 ツトムは上目づかいに相手を見ながら、話す時間を与えないつもりでしゃべりまくった。
「だいたい、ブレーキを踏むのが遅いよ。ゆっくり走っているときは、大きな車は重いからすぐ停まる。前の車との車間が詰まっていたのと違うか? 修理屋に出していいかなあ? 見積もりは事前に取るよ。保険、入ってる? 六、四というところでどう?」
 男は困惑した表情で、ただツトムの目を覗き込んでいる。
「とにかく警察を呼ぼう。後でもめたら困るからさ。免許証、見せてくれるか」
 できるかぎり尊大にツトムはつづけた。
「あのー、俺、警察きらいなんだ。もういいわ」
 男はツトムの言葉のわずかな切れ目に言った。
「もういいわ、ってなんだ。これ、どうしてくれる?」 ツトムは突っ込む。
「そりゃないよ。あんたが勝手にぶつかってきて……」 男はようやく自分の立場を主張しはじめる。しかし語尾を濁した。首をさする手つきもやめている。無免許か免許停止、それとも何かの逃避行だろうか、と想像した。渋滞はまだ解消する気配もない。ツトムたちの事故を見ながら、のろのろ動いている。車の列は続いているようだ。後のほうは霧のなかに埋もれてはっきり見えなかった。
 急に、男は自分の車に向かって駆出し、飛び乗った。そしてウインカーを出しながら、渋滞の流れのなかに呑み込まれていった。追いかけようとは思わなかった。じっくり話されたら、負けに決まっている。バンバーぐらいポンコツ屋で中古を買ってくれば、すぐなおせる、と思った。霧のなかに次第に紛れていくオフロードの後姿をぼうっと見送った。
 それにしても、このごろ町中の道路でオフロードジープを見かけることが多くなった。野性的で格好がいいからだろうが、街のコンクリートジャングルを草木の疎らな荒涼とした原野に見立てて、高い運転台から人を見下ろす感覚と重量車のハンドルに伝わってくる確かな安定感に援けられて、心のなかに詰まったどうしようもない澱のようなものを吐き出しつづけるために走っているのかもしれないと思った。しかし、大量のガソリンをまきちらしながら、街のなかでオフロードに乗っている人の気持ちとツトムの思いとは、隔たりがあるような気がしていた。確かに本音をいえば、ツトムも猛獣がひしめき合う都会を颯爽と乗ってみたかった。川原や山のなかの悪路を思いっきり飛ばしてみたい。原野を土埃を巻き上げて疾駆する情景に憧れているが、金もないから、中古車でも手が届かない。俺はこのかぶと虫が気に入っているんだ、と思い込むことでどうにか自分を納得させている。あの頑丈な車体はおしゃれなのか、前のバンバーに取り付けられた鉄パイプのカンガルーよけはなんのために付いているのだろうか。まさか中央分離帯の緑地に人間がつけた獣道を無謀に渡ってくる人や赤信号を無視する人を跳ね飛ばすためものでもないだろう。いろいろ難癖をつけて、心のなかに沸き立ってくるオフロードに乗りたい欲望と戦っている。
 路肩に寄せたかぶと虫は渋滞の列になかなか戻れなかった。どうせ、のろのろ運転だ。一台ぐらい割り込ませてくれても、大して遅れるわけでもないのに、車間を極端に詰めて流れに乗せてくれない。これがぴかぴかのベンツだったら強引に割って入っても、遠慮するのだが、ポンコツのかぶと虫にはなぜか冷たい。左ハンドルでは、割り込むほうの窓から会釈もできない。それでなおさら、意地悪がつづく。当てられてもいい、と覚悟して多少強引に頭を突っ込んだ。
 どうにか車の列に復帰できたが、流れは淀んだままだ。今頃、カリンはツトムのかぶと虫が、ホテルに通じる白い道に現われる頃だ、と部屋の窓から外を眺めているかもしれない。予定の時間よりもう一時間半も遅れている。携帯電話をしてみたが、通じない。
 きゃしゃな手首に巻いたダイバーウォッチをちらっと見て、またすぐに水平線に視線を戻す。ドアの横に藤の小さなバスケットが置いてある。カリンはつば広の白い帽子を玩んでいる。白い道と煌めく海をじっと見ていた分だけ、白い帽子は灰色にくすんで見えた。
 カリンは椅子から立って、ドアから外のようすをうかがう。エアコンのかすかな音以外、何も聞こえない。辺りは静まり返っている。女友だちはとっくにチェックアウトして、迎えにきた彼氏の車でどこかにいってしまった。じゃね、と女友だちが残していった笑顔が目の前にちらつく。
 これはツトムの空想である。車の流れに合わせて、シフトダウンしたり、サードにギアを入れたり、退屈で単調な作業を繰り返している間も、カリンのことばかりが気にかかる。そしてまた、思いは遅刻したカリンとのデートの日の世界に埋没していった。

 カリンは駅前の車の置ける喫茶店で待っていた。店内の照明は暗い。一番奥のテーブルでファッション雑誌を読んでいた。三十分も遅れたのだから、怒ってとっくに帰ってしまっただろうと半分諦めていたのだが、「仕事の後だから、仕方がないわ」とあっさりしていた。ツトムは本当のことを話す機会を失って少し後ろめたかった。ウェービーっぽい短い髪が水に濡れたように暗い照明の下で光っている。
「どこへいく?」
 カリンはツトムを見上げるように言った。
「うん、高速道路をドライブしようか?」
「いいわ。好きよ。フルスピードで飛ばすの」
 カリンは目を輝かせる。車、大丈夫かな? ツトムはいくらか不安だった。高速道路で事故を起こしたら命がないかもしれないし、故障したら高くつく。財布の中身も思い浮かんだ。まあ、いいか、なんとかなるさ、カリンと一緒なら死んでもいいや、ツトムは心のなかで独り言を言って、立ち上がった。
 もうすぐ日付の変わる高速道路は、長距離トラックがうなりを上げて走っていた。ツトムのかぶと虫はその間に潜りこみ、紛れ、すりぬけて走る。もし、エンジンが突然止まってしまったら、ツトムたちは鉄塊のなかに封じられそうだった。蝿だったか、蜂だったか、忘れたけれど、交尾した姿で琥珀のなかに閉じこめられた化石が見つかった、と新聞に載っていた。ツトムはふとその記事を思い出していた。交歓したまま夢心地のうちに永遠に重なりあい、ひとつになった思いはどうだったろうと、そのとき、昆虫たちの気持ちを推し量ったのを覚えている。クラッシュされた鉄の塊のなかでふたりの肉と血が交じりあったままになる。それもいい、とツトムは思った。そしてポンコツ屋でその鉄塊を四角に整形して海の底に投じてほしい、とも思った。
 今のところ、エンジンは好調な振動と音を伝えてくる。窓から入ってくる風が心地よい。カリンの横顔も自然だった。じっと前方を見つめている。ツトムの気持ちはエンジンの調子が少し気にかかる以外は、カリンと一緒にいることで駐車違反にひっかかった憂欝な気分もどこかに吹き飛んでしまった。今、速度計の針は時速八十キロ、道路沿いの防音壁の継目がはっきり見える。浮き立つツトムには、ゆっくりした速度に感じる。
「もっとスピードでない?」
 そのとき、カリンが前方を見たままぽつりと言った。「うん」ツトムも同じことを思っていた。ゆったり後方へ流れる壁の速さに満足できなくなりかけていた。足がアクセルペタルを強く踏んだ。車の振動が激しくなった。ゲージの針が百キロを超えようとしている。振動をなだめるようにツトムはハンドルをしっかり握る。急に防音壁に囲まれた道路が狭苦しく思えた。橙色の照明灯が後方にちぎれ飛びはじめる。
 しかしすぐにその速度に慣れてしまった。
「気持ちがいいわ」
 カリンがツトムのほうへ顔を向けて言った。目が潤んでいるように見えた。彼女はスピードを身体で感じ始めているらしい。
 若者たちが花火をしたり、楽器を演奏したり、踊ったりしている、海の畔に行ってみようとツトムは思っていた。若者たちが夏だけでなく、いつもどこからとなく集まってきて、一晩中騒いでいる海岸だった。そこにはひとりで行ったことがあったのでよく知っている。
 かぶと虫は長距離トラックがひしめく、主要道から岐れて湾岸にできた新しい高速道路に入った。車はときどきツトムたちを追い抜いていく車がある程度で急に少なくなった。
 ベイエリアのやじろべえ型の橋が見えてきた。航空認識標識のライトがちかちかと光っている。道路は橋の中程で盛り上がって向こうへつづき、照明灯の橙色の点がゆるいカーブを描いて、ツトムたちを誘う。
 暗い港内の海面が橋の下に横たわっていた。凪いだ海面は黒い平面に見えて不気味だった。まわりが倉庫ばかりで水面に揺れる光の柱も疎らだ。
 倉庫の黒い帯の彼方に遠く高層ビルの明かりが安っぽく煌めき、そのまわりに黒い紙に乱暴に穴をあけ背後から光を当てたような街の灯が散らばっていた。
 橋を渡ると、海に降りるランプだ。ツトムはスピードを落とす。カリンが彼を見た。もっと走っていたいのかもしれないが、かまわずランプを降りた。
 広い港湾道路をしばらく走る。大きなFの数字が扉に書いてある倉庫の角を曲がった。海の匂いが一層強くなった。暗い。ビームを上げる。ヘッドライトが遠くまで照らした。道路の両側には倉庫が建ち並んでいる。
 港の倉庫に囲まれた岸壁に着いた。シュルルー、と花火が上がる。ツトムとカリンの到着を歓迎しているみたいに思えた。花火は闇を勢いよく駈け昇り、力尽きると、しばらく空にとどまり、そして消えた。
 数人の黒い影が頭を寄せあっている。次の打ち上げ花火の準備らしい。群れが割れて笑い声が聞こえた。倉庫の壁や岸壁の水際には一定の距離をおいて、ふたつの影が見える。車も十台以上は止まっている。そのなかにもふたつの影が蠢いていた。岸壁は倉庫で取り巻かれた荷さばき広場になっていて、船着場だけが海と接している。岸壁の渚は、闇に光る無数の夜光虫とともに小さな波が打ちつけていた。振り返ると、広場の入口にあたる倉庫の間の道に自動販売機が一台見える。一際明るく辺りを照らしていて場違いの感じだった。
 ツトムは岸壁から少し離れた倉庫の傍に車を停めた。カリンは黙って車から降りる。倉庫の壁に寄りかかって座った。
 海の香が新鮮だった。
 零時半を過ぎている。誰も帰るものはいない。ときどき、新たに広場に入ってきた車のヘッドライトがあたりを浮かび上がらせるだけだ。若者たちは何に魅せられてここに来るのだろうか。この潮の香に引き寄せられたのかもしれない。
 それはどこか樹液の匂いに集まるかぶと虫に似ている。夏の終わり、一番強いかぶと虫は仲間の雄を追い払う。激しい戦いに勝ち残った最強の雄だけが交尾する権利があるのだ。雌の背後からおおいかぶさり、中足の二本でしっかり雌の肩を抱き、後足の爪で身体をしっかりと樹に固定し、赤銅色の性器を差し込む。
 若者たちは未知の相手や体験、新しい変化や門出を探しに来る。そして運よく意気投合すれば、悲しみや淋しさを紛らすために打ち上げられた花火が闇のなかに消える前にしっかり抱き合い、お互いの温もり確かめ合う者たちもいた。
 現に今、ツトムはときどき何気なく触れる、カリンの腕の感触に自分の意思にかかわりなく、ジーパンの前がふくらみつづけているのをどうしようもなかった。カリンに知られることが一番恐い。もっとさり気なく話をしたいと思っているのだけれど、うまくいかない。情けない思いに取りつかれてしまうのだった。俺は異常なのだろうか、ツトムはカリンに心のすべてを打ち明けて訊いてみたいと思うのだが、下のほうが重たく、付根が痛さを伴いはじめているあさましさに恥ずかしさが募って言い出せないでいる。
 なにしろ、三歳のときから、女のヌード写真を集めた、先の思いやられる子だった、と母からよく言われた。茶ダンスの引き出しのなかから、写真を見つけたとき、あたしの息子は異常ではないか   とどきっとしたわ、とも言われた。
 ツトムは何かに誘われるように、生まれて初めて、たったひとりで家の近くを彷徨った。頭のなかにバスが走っている大通りのイメージが残っている。とにかく母のちょっとした隙を突いて、バス通りまでひとり行ってみたかったのだ。
 少し肌寒い感じだったが、外は空気が澄んでいて気持ちよかった。道は広く真っすぐで、誰も歩いていない。ツトムを道案内するようにおびただしい赤とんぼの群れが、まとわりついてきた。とんぼを追いながら、どんどん歩いていった。

「あっ、ひまわりみたい」
 カリンがふたりの沈黙を破って、花火を指差して言った。その瞬間、ツトムは弾けるようにカリンの肩を抱き寄せようとした。
「もっと、よく見えるところに行かない?」
 カリンはすりぬけるように立ち上がって言った。
 もう花火は闇の空に消えていた。

 霧がにわかに雨に変わった。フロントウインドウに打ちつける激しい雨に視界が煙った。ツトムはあわててワイパーの動きを切り替える。忙しく動くワイパーは、お前はカリンに会えないぞ、とツトムに暗示をかけているように思われた。ワイパーの動きを無視するつもりで前方を睨む。霧より雨のほうが前がよく見えた。
 車の流れも次第にスムーズになった。エンジンの回転音も上がった。どうにか遅れを少しは取り戻せそうだ。アクセルを踏み込む。その瞬間、前の車のブレーキランプが強く輝いた。また何か起こったのだろうか、ツトムもブレーキを反射的に踏む。ガクンと、スピードが落ちる。かぶと虫にとって最も好ましくない運転操作だ。急激な刺激は脳の部分を司るツトムも含めてエンジンや他の装置に亀裂を生ずる恐れがある。ツトムはアクセルペタルを離して具合を確かめる。
 路側帯の待避所に車が止まっているのが、目に入った。赤い傘が見える。女がひとりしきりに手を振っている。身体の動作が真剣だった。待避所まであとわずかだ。今、判断しなければ、安全に停めるのはむずかしい。ツトムは以前、雨のなかでエンジンが止まり困ったことをとっさに思い出した。手が自然にウインカーを操作していた。                            ブレーキを効かせながら、左に寄った。後の車がかぶと虫を追い越していった。水飛沫がフロントウインドウを蔽い、前方が霞んだ。瞬間、カリンが待っていることが頭をよぎる。しかしもう停まるしかない。
 点滅シグナルを点けた。待避所に停車している車の後にゆっくり止まった。後を確認して降りた途端、後続の車が道路の水溜まりを猛スピードで通った。頭から水をかぶったみたいに濡れる。
 女が駈け寄ってきて、傘をさしかけ頭を下げた。
「パンクらしいんですけど、道具がどこにあるのか分からないんです。それにパンク、どうしたらいいのか……?」
 女は他人事のように言った。声は小さく、ちょっと口ごもった。長いブルーのスカートが似合っている。顔が小さく均整が取れている。長い髪が濡れて額に張りついていた。足元はやや高いハイヒールだ。
「教習所でパンクの修理習わなかった?」
 ツトムは女だから停まったと思われるのが嫌だった。彼女の足元を見つめてわざと皮肉っぽく訊いた。スカートに隠された足の長さと、きゃしゃなくるぶしが気になった。
 ツトムはかぶと虫の前にあるトランクから三角形の停止表示標識を出し組み立て、待避所から後方へ三十メートルぐらい歩いて路肩に置いた。雨が顔を容赦なく打った。
 女の車は有名な国産高級車だった。、なぜ、俺はこんないい車のパンクを直さなければならないのだ、とかぶと虫と見比べて思った。どうしたら、こんな車を乗り回すことができるのだろう、という思いが強く心の底のほうから湧いてきた。
「JAFに入っていないんですか」
 ツトムは訊く。
「お金、かかるでしょ?」
 女は言った。
「お守りみたいなもんなんだけどね」
 ツトムはかぶと虫の整備費用に苦労している自分の経済状態を哀れむ気持ちをこめてつぶやき、「トランクをあけて」とそんな思いを打ち消すように女に言った。しかし、女はもたもたしている。雨がTシャツをぐっしょり濡らしていた。気持ちが悪い。ツトムは「どいてください」と邪険に言った。運転席の前に立っている女をさがらせて座席の横についているノブを引いた。
 トランクにはいろいろなものが積んであった。乱雑に積み込まれた荷物をかきわけるようにしたが、その下にあるスペアタイヤを出すには、結局、荷物をすべて外に出さなければならなかった。デパートの青い買物袋の鮮やかに澄んだ青色が、瞬く間に雨に濡れて濃く濁った。 タイヤとジャッキと工具を出し、右後のタイヤの傍に並べた。
 女がツトムの上に傘を差しかけてくれているが、小さい携帯用なのであまり役に立たない。頭から顔に雨の雫が滴れる。両手で顔の雫を拭って、ジャッキをシャシーの下に差し込む。スペアタイヤはかぶと虫用と違って、パンク専用の軽いタイヤだった。幅の狭い玩具のようなタイヤを見ると、こんなので高速道路を走って大丈夫かな? と頼りない感じだ。
 なかなかボルトが外れない。金属同士がこすれ軋む嫌な音がした。足を乗せて思いっきり体重をかける。それでも動かない。なぜ、一度でうまくいかないのか、今日は朝からずっとつづいている。
 雨の雫が背中を流れていく。汗と雫が交じりあい、蒸れる臭いが身体から立ち昇っていくのが分かる。ボルトを逆に回してから、もう一度、体重を乗せてみる。どうにか動きだす気配だ。
 完了するまでに三十分近くかかった。かぶと虫を毎日世話しているツトムは少し悔しかった。五分間、手間取っても六分間ぐらいで交換する自信があった。自動車の修理は彼が他人に誇れる特技だったから。
「あの……」女は頭をしきりに下げながら、口ごもり、折り畳んだ壱万円札を差し出した。この雨のなかの難渋を救けてもらった礼のつもりだろうが、腹が立った。
「金がほしくてやったんじゃないよ」
 ツトムはぶっきらぼうに言った。そりゃ、何か礼をしたい気持ちは分からないでもないが、これを受け取ったら、ずぶ濡れになった作業が無意味になってしまうような気がした。この手助けは、以前、雨のなかでエンストしたとき、わざわざ車を止め、バッテリとバッテリをつないで起動させてくれた、見知らぬ人への感謝とカリンに会うためのハードルとしてやっているのだ、と思いたかった。
 女は何度も礼を言って去った。ツトムはしばらく雨に打たれていた。
 車に戻る。助手席に濡れた壱万円札が置いてあった。やはりものほしそうな顔をしていたのだろうか。濡れたTシャツが肌にへばりついて気持ちが悪かった。脱ぐのにも苦労した。裸で運転するわけにいかない。窓の外でしぼって着た。着心地の悪さは治らなかった。
 まだ雨は降りつづいている。いつになったら、カリンの待つ海辺の町へ向かって高速道路を思いっきり飛ばせるのか。ツトムはまどろっこしい思いに捉われると同時に、カリンがリゾートホテルの白い窓辺で頬杖をついて、ぼんやり海を見ている情景が思い浮かんだ。
 かぶと虫のキーを回す。今度はエンジンがかからない。あまり回し過ぎると、バッテリがあがる。プラグが雨で湿ったのだろうか、さっきまで快調だったのに、頼むから機嫌を直してくれよ、と祈りながら静かに回す。
 いくらやっても駄目だ。ツトムは不貞腐れた。座席を後に倒して目をつぶった。狭い丸い天井が真近かにあった。クロスが煙草の脂で茶色に変色している。調理場の裏で煙草をうまそうに喫っている料理長の顔が、そのべとべとしたクロスの向こうに見えるような気がする。
 長い時間、眠っていたように思えたが、時計を見ると十分しか経っていなかった。ツトムはあわてて、またキーを回す。回し方がうまかったのか、ぼんやりした意識だったから変な力みがなかったのか、それともかぶと虫の機嫌がよかったのか、今度は不思議なことに一回でエンジンがかかった。しばらくエンジンの音に耳をすました。
 ゆっくり発進する。とても柔らかな今まで経験したことのない始動だった。
 雨はまだやまない。小降りになった気もするけれど、スリップする恐れがあるので、運転が格別しやすくなったわけでもなかった。
 雨の後はかぶと虫の身体を洗ってやるのが大変だった。はねを全身に浴びて黄色のボディーが黄土色に見える。埃を含んだ雨の一粒ひとつぶの痕がこびりついてなかなか取れないのだ。

 ツトムは梅雨の晴れ間に久しぶりでかぶと虫を洗車しようと思った。車磨きは趣味だった。ペットにブラシをかけてやるような気持ちに似ている。
 室内の清掃が終わると、ボディーを水洗いしてワックスがけした。磨いても、変わりばえがするわけでもないが、磨くことで車と話ができるような気がしていた。現実に白いワックスをかぶと虫の羽根の表面に塗りたくりながら、「今、きれいにしてあげからな。よく光ってきたよ」などと子供に話しかけるみたいににしやべった。そうすると、かぶと虫が身体をよじってくすぐったそうにするような感じがした。ワックスがけ専用の丸い布で円弧を何重にも描く。力を入れてつづける。手の指の付け根が麻痺し始め、感覚が次第に失われていった。指の関節が悲鳴をあげ、重く痛んだ。手首から先のすべての感覚がまったくなくなった。顔をしかめる。それでもツトムは磨きつづける。
 陽射しがようやく夏の強さを増し、汗が頬を伝い、背中や腹を雫となってたどる。
 もう塗装自身に寿命が来ているのかもしれないが、少しでも失われた本来の輝きにもどしてやりたいと思う気持ちは、ワックスの輪が重なりあって広がっていくにしたがって、一層強くなっていく。自分の棲んでいるアパートの部屋は散らかし放題で窓の敷居や隅には埃の綿が積もっているのに、何がかぶと虫を磨き立てることにツトムをかりたてるのだろうか。部屋は借りているだけだけだし、駐車場は路上だった。しいて言うなら、かぶと虫は彼にとって唯一の宝物であり、心の赴くままなんでも聞いてくれる友だちと言えた。
 走る豹の傷の部分は、いつもツトムが力を入れるところのひとつだ。錆が浮き出ないようにワックスを入念に擦りこむ。高速で走っているとき、豹はツトムを励ましてくれる。心に深い勇気と大胆さを芽生えさせた。
 次に車体の下まわりをチェックする。かぶと虫の身体のうち、最もガタが来ているところだった。塗装が剥げ落ち、鉄板の腐食が内部まで犯しはじめている。ひどい部分は錆ついてぼろぼろになり、孔が開いていたりした。ツトムは、孔が開く寸前の箇所を見つけだすのが好きだった。錆をドライバーの先でほじくって無理やり孔を開けてしまうのに快感を覚えた。まだ鉄板がしっかりしているところは、サンドペーパーで鉄板に銀色の輝きが戻るまで注意深く錆を落とし、その上に修正用の塗料を塗る。塗料が入っている容器は、ルージュぐらいの大きさでふたを抜くと、小さな筆がでてくる仕掛けになっている。銀色の部分を黄色で埋めつぶす。一回ではあばたみたいに凹んでいる。
 強い陽射しのなかで乾くのを待ち、油絵を一心不乱に描くみたいに何回も塗り重ねるうちに、カリンの唇に口紅を塗っているような錯覚に陥って心が浮き立ってくる。               しばらく置いて、布にコンパンドをつけ、周囲の黄色になじますため力いっぱい磨く。汗が額から落ち、水玉になってかぶと虫の背中を転がった。

 渋滞はいつのまにか解消していた。まるで今までツトムの前に立ちはだかっていた高山が突然、眼の前から消滅してしまったみたいな、きっかけのない、思いがけない解消の仕方だった。今までの難渋がいったいなんであったのか、理解できないほど、順調に流れている。
 エンジンが不調になるのでは、という恐れとカリンが痺れを切らして帰ってしまうのでは、という不安が頭の隅に引っかかっていたが、渋滞の解消は、雨が上がって薄い陽射しが周りを照らしはじめたときのように、心を妙に明るくさせた。
 ツトムはかぶと虫の脳になり切ろうと思った。そうすれば、身体の奥深く隠された心が剥出しになる。何かを装うことも気負いも消える。前方は映っているけれど、見えていない、無意識な状態でリラックスできる。そして鉄の甲羅のなかで走るための装置になることが、かえって空想の世界を自由に浮遊できる気がした。
 ツトムは機械の一部になることで誰にも邪魔されず、意識の流れも妨げられることなく、すべてのしがらみから解放されて気楽になった。ハンドルも軽く感じる。                 かぶと虫を追い抜いた野戦用迷彩を施したスポーツカーが、ウインカーも出さないでツトムの前にいきなり切り込んできた。
 ツトムの心は一変して沸騰する。加速して迷彩車をパッシングしながら追尾した。迷彩車が急ブレーキを踏んだ。車間を詰めているので、もう少しで追突しそうになる。エンジンブレーキとフットブレーキとハンドルの操作で辛うじてかわした。息がつまる。鼓動が高まる。迷彩車を追尾するだけでは、耐えられなくなっていた。たとえ、かぶと虫が高速走行の酷使に悲鳴をあげ、爆発、分解しても悔いがない、と一気に怒りがエスカレートした。もう歯止めがきかない。角を振り立て、突進する。ツトムはバックミラーで後方を窺い、追越し車線に出た。そして迷彩車の横に並んだ。敵も逃れようとしている。相手はキャプテンキャプをかぶり、雨のなかなのにサングラスをかけている。顎の輪郭がすっきりした横顔は白く細い。若い女だ、はっきり確認したわけではないが、直感的にそう思った。
 頭ひとつ、迷彩車が先に出た。ツトムの車から、かぶと虫が交尾の前後に出すグイーグイーという鳴き声に似た、何かがこすれあう音が出始め、振動はさらに激しくなった。時速百二十キロを超えている。かぶと虫が前に出た。車体が羽根を広げて離陸するような、ふわっと軽くなる感覚を感じた。迷彩車の鼻先を抑えかけたとき、迷彩車はハンドルをほんの少し左に切って、また前に立った。わずかにハンドルを切っただけでも高速だから、迷彩をした車体が路肩側に傾いでタイヤが軋む音が聞こえる。ツトムはエンジンの調子を考える余裕を失っていた。カリンに会うためには、このカーチェスに勝たなければならない、と思いつめる。日常のちょっと引っ込み思案な性格はどこかに吹き飛んで、狂暴になっていた。相手の真剣な横顔にも豹変した影がうかがえる。奴の鼻先をかすめて、いきなり切り込み、そのあとは圧倒的にぶっちぎりたかった。ツトムのかぶと虫は年老いたといえども、世界に屈指の名車だ。極限まで性能を出させるには、機械の限界を超えてツトムとかぶと虫のふだんのふれあいと機械の脳になり切ったツトムの腕を信じるしかない。                敵は横に並ぶと、幅寄せするみたいにすり寄ってきた。相手のほうが大きい。身体をぶつけて蹴散らそうと思っているのかもしれない。ツトムは左へハンドルを切った。ほとんど無意識だった。
 雨に濡れた路面が光っていた。
 次の瞬間、目の前が真っ暗になり、カリンと岸壁で眺めたひまわりのような花火が夜空に炸裂して咲くのが見えた。
 辺りが真っ赤な灼熱の炎に染まった。

                   了