TUCKER,J.
Four Tracts, together with Two Sermons, on Political and Commercial Subjects, Glochester, Printed by R, Raikes, and Sold by J. Rivington, 1774, pp(2),xv,9-216,35,1, 8vo.

 ジョサイア・タッカー『政治経済問題四論』、初版。
 著者(1713-99)は、ウェールズ生まれの国教会聖職者。生涯に44部の政治・経済・宗教の領域にわたる理論・時論的な著作を著し、「商売牧師(Commercial clergyman)」と呼ばれた。ほぼ、アダム・スミスの同時代人である。重商主義者に分類されるが、アダム・スミスに最も近い位置にいる。いな、時代の現状認識ではスミスを超えていると小林昇は評価している。もちろん、「体系家より論争家であり、抽象よりむしろ具体を重んじた」ゆえ、理論家としてはスミスに及ぶべくもないのではあるが。
 その論説のスミスへの影響は、スミス自身が言及していないので、直接的には窺われないが、重農主義のテュルゴーへの影響を通じて、またヒュームとの論争を通じてスミス、さらには後世の経済学に影響を与えた。
 前期のタッカーは、保護主義と植民地体制には執着するが、前期的・特権的独占には反対した。特に独占貿易会社には容赦はなかった。反独占と反戦をめぐる時論は、彼の終世変わらぬ主題である。ただ、反独占ではあるがマンデヴィル等とは異なり、私欲と公益の調和は期待できないとして、何らかの規制は必要と考えていた。また、国富を生産的労働とらえているところは開明的だが、低賃金の容認している点で、スミスと一線を画し重商主義の世界に留まっているとされる。重商主義は多様で、統一的な定義を下すのは困難らしいが、この期のタッカーを小林はイギリス重商主義の最終段階・解体期と表現している。

 本書「四論」で重商主義から脱却し、初期産業革命の理論=自由貿易論を展開、植民地放棄論を主張するに至る。背景には、彼が港町ブリストルに居住し、後背地であるバーミンガムを中心とするミッドランド製鉄・金属加工業の世界を身近に感じていたことがある。当時の産業資本の新段階とその生産力を誰よりも早く認識したのである。スミスの産業の観察は、マニファクチャー末期の段階(有名なピン製造業の記述を想起せよ!)に留まっていたのに対し、タッカーは、機械と工場の世界を把握していた。
 本書の正式な標題は『政治経済問題四論 併せて該問題に関する二教説を附す』である。それぞれ別の時期に発表された論文を一本にまとめたもの。四つの論説をまとめて本にすることにより、アメリカ植民地放棄の論説の先駆けとなった。アメリカの放棄によって、イギリスの発展は阻害されず、むしろ経済支配力は強まる――ことを「第二論説」以下(特に第四論説)で論じ、これに「第一論説」の理論を付加することによって裏付けた。
 第一論説は、標題が「食料の生産と製造品の廉価さとについて、富国は(自然的条件の等しい)貧国と競争できるか否かの大問題の解明――適切な推論を添えて」であり、論旨を末尾の二教説で敷衍。この第一論説が、最も理論的であり学史的にも重要な論文である。
 該論説は、ヒュームの機械的貨幣数量説の批判から始まる。タッカーのいうヒュームの機械的数量説とは、以下のとおり。輸出の増大は、貴金属の流入を招く。貴金属=貨幣の増大は、数量説に従い物価を高める。そうなれば、輸出品価格が高騰するから、輸出の停滞となる。こうして、富国の永遠の繁栄はありえず、貧国にとって代わられる――というものである。
 しかし、タッカーによれば、貴金属増加(流入)には二つの経路がある、ひとつは、人民の怠惰を伴いつつ獲得される場合で、その場合はヒュームの機械的数量説が当てはまる。しかし、イギリスのごとく勤勉によって獲得される場合は、不生産的労働を生産労働に変え、社会の生産的労働を増大させるもので、容易には貧国に還流しない。勤勉によって蓄積された貨幣は生産資本に転化し、物的・技術的に他国への優位をもたらすようになる。この優位は、相対的な高賃金を相殺して余りあるから、物価騰貴も貴金属の流出も起こらないとする。
 機械による生産力の認識と貨幣論の考察は、タッカーをして重商主義と分ちがたく結びついた保護貿易主義から離脱せしめ、自由貿易主義の主張に移行させる。こうして、工業国と農業国、製品供給国と原料供給国、および資本・技術の輸出国とその輸入国の国際分業利益を説いたことが、アメリカ植民地放棄論につながる。もっともタッカーにおいては、放棄論は経済的なものというより、イギリス国内の過激派とアメリカ植民地現地の独立派の連携を断ち切って、英国政治を安定させようとの政治的な動機に基づくものであるとのことであるが。

 この文の最初の部分を書こうとページ数を確認していたら、"Four Tracts"にタッカーの次の本が合本されているのを見つけた。本屋の解説にも何も書いていなかったのに。但し、初版と同年発行であるが、第二版である。儲けた気分であるが、もう一度本を引っくり返して解説を付け加える気力がないため、後日ということにして、割愛させてもらいます。
 ”An Humble Adress and Earnest Appeal to Those Reaspectable Perssonages in Great Britain and Ireland”1775

 米国の書店から購入。同年に第二版発行。初版は貴重と思われる。購入書店には、ハリスやドチャイルドの初版本もかなり安い値段で出ていた。といっても、小生にはちょっとすぐ買える値段ではなく、むりして買おうかと考えているうちに売れてしまった。

(参考文献)
1.内田義彦「タッカーとスミス」 『内田義彦著作集 第三巻』1989年 岩波書店 所収
2.大河内暁男「解説」 『政治経済問題四論』1970年 東京大学出版会 所収
3.小林昇『経済学の形成時代』1961年 未来社
4.小林昇『重商主義解体期の研究』1955年 未来社
5.小林昇他編『講座 経済学史 T経済学の黎明』1977年 同文館




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