DECKER, M.
, An Essay on the Causes of the Decline of the Foreign Trade, consequently of the Value of the Lands of Britain, and on the means to restore Both. begun in the Year 1739., London, Printed for John Brotherton at the Bible in Cornbill, 1744, pp(viii)+110(lacking the last leaf of text), 4to..

  『外国貿易衰頽の原因に関する一論』(『1739年に始まる、外国貿易、したがってブリテンの土地価値衰頽の原因、およびこの両者を救済する手段に関する一論』)、初版。
 この書の著者はマシュー・デッカー(1679-1749)といわれる。デッカーは、フランドル市民の子としてアムステルダムに生まれた。プロテスタント勢力の打倒のため宗主国スペインから派遣されたネーデルランド総督アルバ公の迫害を受け、1702年家族と共にロンドンへ移住する。この地で商人としてたちまち頭角を現し、産をなした。両度に亘って東インド会社の総裁となり、トーリー党の国会議員にも選出された。後サリー州の長官に補せられる。この間、準男爵を受爵する。

 デッカーを「アダム・スミスの先行者の中の最も重要な一人」とする評価もある。『国富論』には4ケ所にデッカーが、引用されている(重商主義と税を扱った部分に各2ケ所である)。本書は7版を重ね、仏訳されるなど当時広く読まれた本である。重商主義の代表的文献であり、貿易均衡主義の立場に立ちながらも、自由貿易論的記述が散見される。
 「現在のヨーロッパの交易の一般的尺度は金銀である。それは、時として商品であるけれども、交易の最終目的である。一国がこれらの金属を、より多くあるいはより少なく保持するに従い、豊かであるとか貧しいとか称されるのである。/金銀坑を有しない国家は外国貿易による他、これらを獲得する手段を持たない。そして、これら金属を国内に保持する程度に従い、それに応じて商品の価格、人口、そして土地価値が騰落する。」(本書,p.1)と重商主義者の口吻で本書は始まる。しかし、「交易が自由な所では、いかなる国においても、輸入は輸出を超えることができない」と続く所に、高橋誠一郎は貿易均衡論を信奉しつつも、自由貿易主義に向かって進んでいることを看取する。
 それでは、それほど重要な貿易であるが、デッカーはイギリスのそれは衰頽していると見る。そして、貿易繁栄あるいは衰頽のバロメーターとして、二つを挙げる。第一に二国間貿易のバロメーターとしての為替相場と、一国の一般的貿易のバロメーターとしてのその国の造幣局である。後者は多量の財宝が国内に保持されれば、その一部は新貨幣に鋳造されるであろうとの意味合である。こうして、イギリス貿易減少の兆候を(他のものも含めて)列挙している。羊毛加工業者の議会請願、衰退する織物地方の貧民の飢餓的状況、膨大な破産者数、諸外国に対する為替相場が逆調になっていること、造幣局の閑散、銀の不足、地主の不平等々である。
 兆候は明らかであり、原因も発見できるであろうにも拘わらず、「原因を除けば、結果も止むであろう」という哲学上の格言に、これまで頭を使って来なかった。当時行われた高率の税、禁止措置や刑罰法の対症療法は、結果を止めるのに適応されただけで、原因の究明はなされず、失敗であった。
このようにしてデッカーは、以下、第一部で外国貿易衰頽の諸原因、第二部で外国貿易の衰退による地価低下の理由、第三部で両者救済の手段を論ずるとする。
(第一部)
 外国貿易衰頽の原因を4つあげている。1.現在のイギリスの租税制度 2.独占 3.無思慮な法制 4.イギリスの膨大な国債 である。
 第一部で目を引くのは、1.では後述の単一税の関係で、イギリスとフランスの必需品の価格差は、イギリスの課税の税膨大な額で説明できるとしている点である。そして、自由港の関係で高関税の貿易に与える弊害を論じていることである。
 2.については、更に7つの項目を列挙している。特に、東インド会社、南海会社等独占的勅許会社を痛烈に批判する。この辺は、デッカーが東インド会社の総裁を務めたとすると不審であり、著者ではないという説も首肯できる気がせぬでもない。それはともあれ、さらには、航海条例にも批判の目を向ける。それは、製造業の必需品と原料、そして運賃をも高騰させ、英国の工業にとって有害であるという。また救貧法等の悪法により、賃金の高騰が国際競争力を弱め、輸出が減少することを危惧している。
デッカーは、以上諸原因があいまってイギリス貿易が衰頽しているとし、特にフランスを最大の競争相手国として意識しているのである。
(第二部)
 第二部は3ページほどの分量でしかない。国内市場の没落・土地に負担となる貧民の増加・人口減少・英国財富の減少の4つを外国貿易の衰退による地価低下の理由としてあげている。
(第三部)
 いよいよ救済策に入るのであるが、デッカーはまず、貿易上の敵国であるフランス及びオランダと比べて、イギリスは自然的条件に恵まれていると楽観的な態度を見せる。その自然的条件としては、英国の優れた位置、他国に比べて政府が温和で洗練されていること、食料豊富なことをはじめ計6点を上げる。
 その上で、貿易衰頽に対する救済策として、11の提案がなされている(注)。これは全部書いておく。
1.不平等な租税および抑圧的な消費税を撤廃し、奢侈品の消費者に単一税を賦課すること
2.関税を撤廃し、総ての港を自由港とすること
3.独占を廃し、アイルランドと統合し、三王国(イングランド・スコットランド・アイルランド)の全臣民を交易上同一の地位に置くこと
4.穀物輸出奨励金を廃止し、各郡に公倉庫を設立すること 
5.貧民をよく規制することにより遊民を防止すること
6.銀のみを確定率の法定通貨とし、金の価値は自然に任せること 
7.交易都市に[費用のかからぬ]商人裁判所を設立し、商人を破滅させるほどの費用のかかる訴訟をなくすこと
8.利付の裏書譲渡可能な公債証書(国家債務の一部を毎年償却しつつある)により自国負債を全額償却すること 
9.ヨーロッパのいかなる国にも直接輸出することを許可し、自国植民地の増産を奨励すること 
10.公費で画学校を設立し、一人フランス人をしての趣味と発明の民としないこと
11.できるだけ国内河川の航行を改善すること
である。
 以上のなかでデッカーの特色とされるのは(反対論ではあるが)アダム・スミスも論及した1・2の租税論であろう。
 デッカーはすべての税を廃し、奢侈品にのみ課税する単一税を主張した。といっても、奢侈品の消費に直接課税するのではない。予め奢侈品のリストを作り、これを消費したいという人に品目ごとに消費許可書を与え、それと引き換えに納税させるのである。納税額は推定所得に応じて決まる。奢侈品は隠れて消費しても意味がないというのか、取り漏れがないとする。
 この税の利点は、奢侈品への課税は商品の原価を高めるものではない所である。奢侈品への出費を商品価格に付加しようとする事業者は、節約家の隣人に仕事を奪われるからである。それはまた、奢侈を防止することにより、勤勉と美徳を高め、英国を繁栄に導く。
 単一税であるから、関税もない。それが、上記2.の自由港制度である。商人数が増加し、商品価格が下がり、資本の回転の増加が期待できる。そして、賃金の低下から、製造品競争力が増加し、外国貿易も繁栄に向かうのである。
 デッカーは、外国との競争で製品価格の低減を重要と考えるものであるが、製造コスト低減を「直接に機械などを生産過程に導入することに求めないで、これを租税体制に重点をおいて考察している」(相見.p.106)。産業革命以前の重商主義者のゆえであろうか。

 英国の書店より購入。最後の一葉はなく、標題紙も、ご覧の通り破れた所がある。表紙なしの裸本で売られていたもの。他の部分は奇麗である。書名は長らく挙げていたものの、製本に時間がかかったため、ホームページへの掲載が遅れた。
(注)初版では11の提案であるが、第二版では5の提案に改訂されている。したがって、第二版によった相見の論文ではそれに従った記述がされている。

(参考文献)
  1. 相見志郎 「マシュー・デッカーの経済理論」、同志社経済学会、経済学論叢、18(1,2,3)、89-107
  2. 高橋誠一郎 『古版西洋経済書解題』(高橋誠一郎経済学史著作集 第四巻) 創文社 1994年
  3. Lars Magnusson Mercantilism critical concepts in the history of economics, NY, Routledge, 1995( Introductionの箇所)




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(H22.2.26記)



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