TUGAN-BARANOWSKY, von M.
, Studien zur Theorie und Geschichte der Handelskreisen in England, Jena, Verlag von Gustav Fischer, 1901, ppvii+425, 8vo.

 ツガンーバラノーフスキー 『英国恐慌史論』(正式標題『イギリスにおける商業恐慌の理論および歴史の研究』)、1901刊独語版初版。
 著者略歴:ツガンーバラノーフスキー Mikhail Tugn-Baranowsky (1865-1919) 。現ウクライナのハリコフ州の寒村の生まれ。父はタタール(韃靼と訳していいのかどうか)の血を引く。母はウクライナ人。自然科学・数学と法・経済学を学び、1888年ハリコフ大学を卒業。1892年英国で6か月の研究生活を過ごす。本書の元となる英国産業循環の論文で1894年モスクワ大学から修士の学位を受ける。同年出版。ペテルブルグ大学私講師をはじめとして、種々の地方工芸学校や研究所で経済学を講じる。ペテルブルグ大学では不遇で、故郷ウクライナに帰り、キエフ大学法学部の学部長に就く。この間、もう一つの主著となる『過去および現在のロシアの工場』で、博士号を受ける。長期波動のコンドラチェフは、彼の教え子である。新カント派の立場から、マルクス主義を修正した折衷派とされる。
 政治的には「合法的マルクス主義」者として、ロシア資本主義発展の立場に立ち、ナロ-ドニキを批判した。1905年の第一次ロシア革命にはカデット(立憲民主党)に入党する。1917年の十月革命時には、民族主義で自治権を掲げるウクライナ中央ラーダ(地方評議会、議会とも)(注1)に参加した。同年、キエフに樹立された中央ラーダ臨時政府の蔵相に就任する(注2)。しかし、ウクライナの事実上の独立を主張した第三次ウニヴェルサール(宣言)に抗議して、最高執行委員(内閣にあたる)を同年11月に辞任する。1919年フランス行の船に乗るためオデッサ港へ向かう途中死亡と書かれている。54歳であった。

 本書の標題には、「理論および歴史の研究」と記されている。本独語版は、二篇よりなる。「第一篇 恐慌の理論および歴史」全八章のうち、「第一章 資本主義経済における恐慌の根本原因」、「第六章 大衆の過少消費によるとする恐慌説明」、「第七章 マルクスの恐慌理論」および「第八章 産業循環と恐慌の周期性の諸原因」が理論部分である。他の、四章が歴史部分となる。「第二篇 商業恐慌の社会的影響」では、全四章があげて歴史部分である(章とされていない「結論」部分は全体の結論で一部理論部分を含む)。理論部分のうち、先行理論批判ではない、ツガン自身の積極的な理論部分は、第一章と第八章のみである(注3)。
 ページ数でいえば、歴史部分がほぼ7割を占める。現在となっては、経済史部分の意義は少ないと思われるので、以下理論部分について述べる。しかし、その前にツガンの理論的な考察の本となった(と私が考える)彼の記した歴史的事実をあげておく。ツガンの大部の叙述のなかで二点のみを取り上げる。
 まず、第一は恐慌の周期性である。18世紀にも恐慌はあった。しかし、19世紀第二四半期に入って、「最近の諸恐慌は一つの点において、他のあらゆる恐慌とまったく違っている。以前の恐慌は何らかの例外的な、たいてい政治的な事情によってひき起こされ、その繰り返しは周期性を示さなかった。ところが、この周期性こそ現代の諸恐慌、発達した資本主義的生産様式の諸恐慌の特徴なのである。…その周期性こそ、諸恐慌が外部の事情からではなしに、現代経済秩序そのものの内的本質から発生することを証明している」(ツガン、1972、p.74:以下訳書は頁数のみ表示)。恐慌が周期的に発生するという事実そのものが、その原因が偶然な経済外的要因によるものではなく、資本主義経済の経済体制そのものから発生するものであることを強く示唆しているのである。
 第二に、19世紀末になっての恐慌の一特徴として、産業の好不況が消費財産業ではなく、生産財産業に強く現れるようになったことである。「イギリス産業それ自体の本質に著しい変化が生じた。すでにしばしば指摘した通り、最近のイギリスにおいて最大の変動が起こっているのは、以前と違って繊維工業ではなしに、製鉄業、機械工業、石炭生産、その他の生産手段産業部門である」(p.188)。ツガンは産業循環の指標として鉄価格をしばしば用いている(世紀前半についても)。これは、鉄が、機械・器具・船舶等生産手段を制作ための最も重要な材料であるので、鉄の需要と価格から、固定資本の新創出量を判断することができるからであるという。消費財産業の需要の相対的な安定性と生産財産業の需要の激変。この産業間の需要変動の相違について、ツガンは考えることが多かっただろう。

 19世紀後半からツガンの時代に至るまで、英米経済学の世界では、ミクロ経済学的な極大化分析と均衡分析が。研究の中心であった。「恐慌と不況の問題に経済学の中の地位を与えたのは、正統学派の学者たちではなくして、彼等の教えによって啓発され、然も彼ら正当学派に反発した懐疑派の人々であった。…古典派の大学者達は、彼等の体系的な著述の中では、景気のリズミカルナな変動については、ほんの付随的な注意しか払わなかった。彼らは、『結局において』妥当とされ、あるいは『正常状態』に適用されるような諸原理を解明することに、第一義的な関心を持っていた。彼らにとって恐慌や不況は第二義的な関心事でしかなかった。――それらは、特殊研究、あるいは時に言及されるのに適した問題ではあっても、経済理論の中心問題ではなかった」(ミッチェル、1961、p.5:ハチスンの引用訳を参照して一部改訳)。時に、経済循環が取扱われることがあっても、ジェヴォンズの「太陽黒点説」のようにその原因を「外生的」に説明されることが多かった。この状況は、マルクスという偉大な例外を別とすれば、大陸でも大きくは異ならなかったであろう。
 ようやく、世紀の変わり目の頃から、マルクスの影響も受けて、ツガンを先陣として、シュンペーター(『経済発展の理論』1912)、シュピートホフ(「景気理論」1925)、らが、景気循環を正面から扱い、それもその原因を外生的・偶然的なものでなしに、内生的・必然的なものとする理論を展開しはじめた。マルクス的はないが、アフタリオン(『過剰生産による周期的恐慌』1913)も、しかりである。その後に英米における、ミッチェル(『景気循環』1913)、ロバートソン(『産業変動の研究』1915)、ピグー(『産業変動論』1927)、ホートレー(『景気と信用』1929)等の研究が続く。
 景気変動理論は、大別すると、過少消費説と過剰投資説とに分かれる。前者は有効需要の諸理論が含まれるし、後者は過剰消費あるいは、不均等投資(生産)の諸理論が含まれるといってよい。ツガンの説は、過剰投資説の不比例生産説と分類される。
 「不況が起こるのは、商品の販売が妨げられているためであり、もっと正確にいえば、商品を売り捌くことのできる価格が企業者にとって採算に合わないから、という理由によるのである」。よって、市況の改善すなわち商品価格の小幅な上昇でさえ、産業の操業度を上げ、雇用を増大させる。「それ故に、現代の国民経済における市場の役割を解明する上で最も困難な点は、需要機構の分析にある」(p.13)。「商品の全般的な過剰生産――すなわち、あらゆる商品に対する、支払い能力を持つ需要が供給に及ばない、それが全般的な価格低落となって現れている、そういう市場状態…をみずから経験したことのない資本主義国は一つもないからである」(p.19)。そして、後の記述では「恐慌史全体が次のことの歴史的証明となっている。それは、現代の国民経済において需要が重大な意義を有することと、国民生産が、資本量が不変な場合においても、著しく増大し得る能力を有することを証明している。」(p.196-7)とケインズの有効需要論を想起させるような箇所もある。
  これらを見るに、ツガンは過少消費説の徒と思いきや、「全般的な過剰生産の基礎となるのは、部分的な過剰生産である。」(p.20、下線は訳書では傍点)として、「不比例生産説」を取る。「われわれは、比例性の欠如と過少消費とを、二つの特別な恐慌原因として同時に数えるべきではない。―この二つはある意味で同一のものである。」(p.218)とも、書かれている。ツガンの「不比例生産説」は、よく知られた彼の再生産表式を使って証明される。しかし、それを解説する前に、(彼の考える)経済史上の事実から過剰生産の発生を説明している所に触れる。資本主義社会の過剰生産の説明の伏線が張られていると考えるからである。

 物々交換の世界では、他人の生産物を入手するのに必要なものは、自分の生産物の供給である。需要の規模は供給によって確定される。自己の欲望以上の生産はなされないだろう。そこでは、価格は相対的な交換比率であり、ある財の価格上昇は、必ず交換される財の価格を下げる。しかるに貨幣が導入されると、例えば、穀物生産者が入手した貨幣が少なくなると、彼が布地代金として支払う貨幣も減少する。従って、穀物価格の下落が布地価格の下落をも招く。物々交換の場合には相反する方向に動いた両商品価格は、どちらも同一方向に変動するのである。そのうえ、貨幣を貴重品として手元に保蔵することによる購買力の消失もある。「交換の媒体のとしての貨幣の導入によって、市場が根本的に変革される。市場が生産の支配力となる。市場の悪気配は、別に過剰に生産されていない各商品の価格に対してまで、不利な跳ね返り作用を与える。各商品の価格が、他のあらゆる商品の価格に密接に依存するにいたる。…貨幣の媒介による商品交換において、物々交換では、まったく知らなかった、まったく新しい現象――全般的な過剰生産――に出会う。一商品の過剰生産が貨幣経済においては全商品の過剰生産に転化」(p.19)する。
 しかしながら、貨幣経済であっても、単純商品生産あるいは独立小生産者経済では、「商品の全般的な過剰生産の可能性を含んではいるが、過剰生産の必然性をもつものでは決してない。それどころか、…この可能性がきわめて稀にしか現実と化することがない」(p.21)。なぜなら、この経済は、自家消費のためではなく他人との交換のための生産であるには違いないが、それでも、そこではほとんどすべての商品が、直接に消費のために生産されるからである。欲望は著しい安定性を持っている。需要は人口増加に比例して緩慢にしか伸びない。「したがって、生産物の直接交換においては生産物の全般的な過剰生産がまったくあり得ないとすれば、単純商品経済が支配的な場合は全般的な過剰生産が、たとえ可能であっても、必然的ということは決してない」(p.22)。
 それでは、商品経済の現代的形態である、資本主義経済ではどうか。資本家的企業者は、利潤を目的に、賃金労働者を働かせる。この利潤の一部は資本家的企業者の個人的消費に回され、残りは蓄積されてふたたび資本に転化される。資本家から見れば、労働者は機械や道具と同じ生産手段である。資本主義経済は、また人間をいわば物に変えてしまう。人間の労働力が、人間の生み出した生産物と同じように、市場で売買される商品となる。もし、技術上・経済上から見て、機械が労働者より有利な生産手段とみなされるなら、労働者は解雇され、機械が導入される。そして、労働者の消費手段生産に代わって、機械の燃料が生産される。「資本の社会的再生産過程の分析においてわれわれが決して見落としてはならないは、社会的資本が消費手段の生産のためのみならず、生産手段の生産のためにも充用されるという点である」(p.28)。アダム・スミスからJ・S・ミルに至までの経済学は、社会的生産物を賃金・利潤・地代の範疇に帰してしまったため、生産手段の重要性を見失っていた。マルクスは、資本の社会的再生産過程分析における生産手段の重要性に気付いた。
 資本主義社会では、消費財の生産よりも、生産手段の生産の割合が増加する傾向にある。「もし国民生産が国民消費よりも早いテンポで増大するならば、社会的生産物の実現は、したがって資本の価値増殖は、果たして可能なのだろうか。」(p.24)との問いをツガンは発する。そこでまず、再生産表式によって、いわば「比例生産による均衡生産」の可能性を検証する。そして、逆説的ながら、その論証を逆用して、資本主義経済が生み出す不比例生産による過剰生産を証明するのである。

 いよいよ、「ツガンの再生産表式」である。この再生産表式は、「マルクスの有名な表式を手本にして作成したもの」(p.26)である。しかし、マルクスのように二部門ではなく、三部門から成る。第一部門は生産手段を、第二部門は労働者消費財を、第三部門は資本家消費財をそれぞれ生産する。また、マルクスは不変資本・可変資本・剰余価値の三項目を用いたが、ツガンは生産手段価値 (p) ・労賃 (a) ・利潤 (r) に別ける(注4)。
 なお、表式には次のことが仮定されている。これらの仮定は、第Ⅱ表式の拡大再生産において生産年度を通じて一定である(仮定(1)のみ単純再生産でも適用)。仮定(1):三部門を通じて p:a:r = 2:1:1 の比率が保持されている。従って、産出量で、生産手段価値・労賃・利潤の各投入量を除した比率(産業連関論でいう投入産出係数)は、それぞれ 0.5、0.25、0.25 となる。仮定(2):利潤の半分が(商品で)貯蓄される。仮定(3):各部門の全産業に占める割合は、一定である。第一、第二、第三部門の大きさは、14:7:3 のウェイトとなる(注5)。
 

  第Ⅰ表式 社会的資本の単純再生産

   第一部門  720p + 360a + 360r = 1,440 
   第二部門  360p + 180a + 180r =  720  
   第三部門  360p + 180a + 180r = 720 
  ――――――――――――――――――――――
          1,440   720   720  2,880

  第Ⅱ表式 社会的資本の拡大再生産(資本蓄積)

  第一年度
  第一部門 840p + 420a + 420r = 1,680 (+240)
  第二部門 420p + 210a + 210r =  840 (+120)
  第三部門 180p + 90a + 90r =  360 (-360)
  ――――――――――――――――――――――
        1,440   720   720    2,880


 第二年度
 第一部門  980p + 490a + 490r = 1,960 (+280)
 第二部門  490p + 245a + 245r =  980 (+140)
 第三部門  210p + 105a + 105r =  420 (-420)

 ―――――――――――――――――――――――
         1,680   840  840    3,360

 第三年度
 第一部門 
  1,143・1/3p + 571・2/3a + 571・2/3r
          =  2,286・2/3 (+326・2/3)
 第二部門
   571・2/3p + 285・5/6a + 285・5/6r
           =  1,143・1/2 (+163・1/3)
 第三部門
     245p + 122・1/2a + 122・1/2r
           =   490 (-490)
 ――――――――――――――――――――――
   1,980     980      980    
             3,920


      
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 (参考表式) [記者作成]
 第二年度
 第一部門 
  770p +  385a +   385r    = 1,540 (+200)
 第二部門
  385p + 192・1/2a + 192・1/2r = 770 (+100)
 第三部門
  165p +  82・1/2a + 82・1/2r = 330 (-300)
 ――――――――――――――――――――   
  1,320   660      660     2,640



 * x・y/z は、x と z 分の y を表す(分数表示がうまく表せないため)。
 * 各行の最後の()内は、投入量と比べての増加額である。
 *ツガンの表には、()や合計額表示はない。

 
 ツガンの作成した表式を見る。第Ⅰ表式は、単純再生産の例である。第一部門では、720 の生産手段と 360 の賃金とが投入され、360 の利潤(仮定により賃金と同額)を加えて、1,440 の生産財が産出される。第二部門の労働者消費財、第三部門の資本家消費財でも、横(行と称す)に読めば同様である。生産手段 p 投入量の縦(列と称す)の合計は、生産手段の総生産額(第一行計) 1,440 に等しい。賃金 a 合計(第二列計)は、第二部門の労働者消費財生産量に等しく 720 である。単純再生産では、利潤 r は資本家によって資本家消費財に消費尽くされるから、総利潤(第三列計)もまた、第三部門の資本家消費財生産額(第三行計) 720 に等しい。以上三部門とも需給が一致している。単純再生産では、この表式の生産が毎年繰り返されるのである。
 さて、第Ⅱ表式の拡大再生産(資本蓄積)の場合である。まずは、第一年度を見る。産業の総生産量(=総投入量) 2,880 は、第Ⅰ表式の単純再生産と同じ額である。生産手段・賃金の投入量総計と総利潤それぞれ 1,440、720、720 も、第Ⅰ表式と同じ額である。ただ、資本家は第Ⅰ表式と比べて、自らの消費分の生産を半分の 360 に減らして、減らした分の 2/3 である 240 を第一部門の生産物の生産に充て、残り 1/3 の 120 を第二部門の生産に充てる。こうして、総利潤額を含む投入額は単純再生産と同じだが、第一年度の終わりには、240 の生産手段と 120 の労働者消費財が増産されて、それぞれ全体で 1,680 と 840 が生産される。この増産分は資本家の節約によって生み出されたものである。
 さて、ここで第二年度への移行が問題となる。「われわれの課題は、資本家の消費手段(消費財のこと:引用者)需要が半減しているにもかかわらず、いかにして、蓄積された資本の生産的利用が可能であるかを説明することにある」(p.31)。ツガンの説明を聞こう。第二年度の生産手段需要は、初年度を 240 超過する 1680 (第二年度第一列計)であり、労働者消費財需要は 120 超過する 840 (第二年度第二列計)である。それらは、初年度に生産された生産手段・労働者消費財の価値に等しい。よって、初年度に増産された生産手段と労働者消費財は、第二年度の生産の需要によって吸収される。そして、資本家の消費財は初年度360生産された。仮定(2)により資本家は利潤の半分しか消費しないので、(初年度の)第一部門の資本家は利潤 420 の半分 210 を消費し、第二部門の資本家は利潤 210 の半分 105、第三部門資本家は 90 の半分45を消費する。資本家消費需要の合計は 210+105+45=360 である。こうして、資本家消費財の需要供給は一致することになる。「こうして初年度の生産物全部が第二年度に販路を見つけたわけである」(p.32:下線引用者:この点は後述)。
 第三年度も、表式が掲げられており、同様の拡大再生産が継続するようになる。前年度の生産手段・労働者消費財の価値が決まれば、仮定(2)、(3)により次年度以降の表式が作成可能だから、拡大再生産は永久に続くことになる。当然、疑問が生じるであろう。前年度増産した生産物に相応するだけの需要が次年度に増加するかとの疑問である。これに対してツガンは、「前記の表式は、それ自体きわめて簡単な原則ではあるが、社会的資本の再生産過程の理解が不十分なら異議を招き易い原則を、すなわち、資本主義的生産はそれ自身のために市場を創出するという原則を、明らかに立証したに違いない。」(p.33)と記している。「すでに見た通り、社会的生産の比例的配分が存在する場合には、商品の需要が供給自体によって創出される」(p.39)とするのである。

 ツガンの恐慌論では、必ずその再生産表式を中心に論じられるので、ここで、テキストを離れて再生産表式の注釈を入れる。私の見た範囲での、彼の表式に対する批判二つを取り上げる。一つは、置塩信雄が『蓄積論』で論じているものである。置塩によると、ツガン・バラノフスキーの「奇説」は、トートロジー(同義反復)である(置塩、1976、p.162-3)(注6)。上記のごとく、ツガンは「前記の表式は、…資本主義的生産はそれ自身のために市場を創出するという原則を、明らかに立証したに違いない。」と云う。しかし、これは拡大再生産が可能な条件を備えた表式を作成しておいて、逆にこの表式から拡大再生産が可能なことが立証されたといっているように思える。この辺のことを捉えて、置塩はトートロジーだとしているようである。
 今一つは、青山秀夫の批判である。青山は、拡大再生産の均衡条件である、「社会的生産物の比例的配分」を生産部門間の生産に比例的関係が維持されることと解する。すなわち、第一部門と第二部門比率が2:1であり、第二門と第三部門比率が7:3であることが保持されることであると解する。しかし、この「比例的配分」を保持するだけでは、拡大再生産は保証されない。「この条件は拡張再生産の進行のための必要条件であっても十分条件ではないのである」(青山、1950、p.15)。第一部門、第二部門の生産について、前年度の増産分に相当する今年度の需要増があることは、「各部門の生産の相対的比率を規定するのみならず、その絶対的規模をも規定する((注5)を参照せよ:記者)に反して、社会的生産の比例的配分ということは単に相対的比率にしか関しないのである。ところで以上の表式の分析が明らかにしたところによれば、夫々の年度の生産が単に相対的比率に於いてのみならず、その絶対的規模に於いても一定の条件を満足することが、再生産の円滑なる進行乃至生産拡張に応ずる販路の確保のために必要なのである。この意味に於いて、社会的生産の配分が比例的でありさえすれば、需要も亦生産拡張に応じて増大する、とするツガンの主張は誤謬である。」(p.15-16)とツガンを批判する。青山によれば、生産の比例性を維持しても、次年度の生産規模が、前年度の資本形成(生産物)に等しい需要量を生むより少ない場合は、生産過剰が起こると云っているのである。これは例えば、生産部門間の比例性は保持しているが、第一・第二部門生産物ついて、第二年度の需要(生産)が第一年度からの供給に不足する例を考えてみれば歴然である。「参考表式」として作例してみたものを下に掲げる。
 ただし、青山自身が前年度の増産分に応じた今年度の生産拡張のあることを、「此の一致は此の表式が前提する条件――あるいは此の条件の性質上隔時的均衡条件と呼んでよい――の一つと解されねばならぬ。」(p.11:下線は引用者)というように、ツガンが「比例的生産」と云うとき、その意味については、狭義の生産部門間の比例性の他に、相応する需要増大も前提として含意されているように私には思える。ただ、確かに生産部門の(狭義の)比例性のみからは、上記の「商品の需要が供給自体によって創出される」ことは云えない。ツガンが、「この分析の結果、社会的生産物の比例的配分が存在する場合には、必ず生産物の需要と供給が一致するという原則が明らかにされた。」(p.192)とするとき、その証明手段である彼の表式は、「隔時的均衡」を前提としながら、「隔時的均衡」が成立することをもって比例生産の均衡成長可能性を証明したように思える。置塩と青山の批判を併せ考えると、トートロジーの意味がより明確になるように私には思える。 
 最後に、小生の疑問である。上記のように、ツガンは、初年度の生産物全部が第二年度に販路見つけたとしながらも、資本家消費財については、当年度(初年度)需要で説明している。ツガンは矛盾したことを書いている。青山・波多野・市原等の解説書にも、このあたりのことは書かれていない(注7)。私の云う(仮定3)から、第三部門のウェイトは全生産量の 1/8 である。p, a, r の投入量は全産業を通して、2:1:1 [(仮定1)]であり、 r の合計も全産出量の 1/4 である。生産構造の仮定から、各年度において、必然的に r の総計は第三部門生産量の 1/2 となる。ツガンの云う資本家消費財が同年度内で、需給一致するのは当然である。
 しかし、表式においては、第一、第二部門の取扱いを見ても、当年度に生産された生産物が、次年度に使用されるとされるとの前提であろう。ならば、第三部門生産物も次年度にどう消費されるかが問題であろう。当年度生産された資本家消費財量が、次年度に供給量となる。普通に考えれば、次年度の資本家財の需要は総利潤の1/2だから、経済拡大率(成長率)の1/2の率だけ需要が供給を上回るようにも思える。
 この点について、自分なりに考えてみた。答えは、とりあえず、次のようなものではないかと思っている。“(注5)”に書いた(1)~(4)の方程式で、各年度の pi , ai , ri , wi は求められる。青山によると、「かくて方程式の数と未知数の数と一致し、一定状況の端緒年度が与えられれば、その後は年々歳々一義的に確定した形に於いて ad infinitum に発展が進行することになる。」(青山、1950、p.14)とある。第一部門と第二部門の当年度生産物が翌年度に需要されること(式(4))は、比例均衡成長の必要条件であり、他の三つの条件(式(1)~(3))とともに必要十分条件をなす。第三部門の生産について、何らかの必要条件は、追加する必要はない。それなしで、比例成長の条件は完結する。それゆえ、第三部門生産においては、需給の一致は考慮の外にあるのではないのではないか。
 後にツガンは、第三部門の生産量が、年度を通じ一定とした表式を発表している。論文「国民経済学から見た資本主義経済制度の崩壊」(1904:Archiv für Sozialwissenschaft und Sozialpoltik,Bd.19 )に掲載されたものである(注8)。この表式では、年度を通じ資本家消費財生産量は一定である。第三部門の生産量になんら制限がないから、このような例が作れるのであろう。もっとも、この論文自体を読んでいないので詳細は不明だが、下記に述べるように、本論文は別目的で作られたようである。

 これらの表式によりツガンが云いたいのは、蓄積によって消費は減退するが、生産は増大する。そして、生産の増大は、自ら需要を生み出すとのことであろう。消費財需要の減退分の生産手段需要が創出される。蓄積が行われても、需要と供給との均衡は保持される。それは、「小麦の需要が減って銑鉄の需要がこれに代って現れる、ただそれだけである」(青山、1950、p.3)。
 第Ⅰ表式では、消費財の生産量が、1,440 ( 720 の労働者消費財と 720 の資本家消費財)であり、総商品生産量が 2,880 である。第Ⅱ表式第二年度では、消費財生産が 1,400 (同 980 と 420 )であり、総商品生産量が 3,260 である。両者を比較すれば、総商品生産は大きく増加したが、消費財生産は減少している。「それは、資本主義経済においては、商品の需要が社会的消費の総規模とは、ある意味において無関係であるという結論、すなわち、「常識」の見解からすれば、いかに不条理に見えようとも、社会的消費の総規模が縮小しながら、それと同時に、商品に対する社会的総需要が増大することがあり得るという結論である」(p.33)(注9)。そして、この表式では極めて重要な契機を考慮していない。技術の進歩である。技術の進歩により、生産過程で機械の需要性が増大する。労働者の重要性ひいては、労働者消費財の需要が、生産手段需要に比べて減退する。「人間の欲望を充たす手段としての生産と、資本の創出における技術的契機としての、すなわち自己目的としての生産との間の矛盾が、資本主義経済秩序の根本矛盾」(p.35)となる。資本主義経済では、資本家ですら生産の召使いと化す。
 このように、資本主義経済は、矛盾を孕みながら生産力を増大させる。資本主義経済は、「すでに見た通り、社会的生産の比例的配分が存在する場合には、商品の需要が供給自体によって創出される。しかし、完全な比例に到達することは、克服しがたい困難をそこに含んでいる。社会的資本が比例的に配分されなければ、それ以外のあらゆる配分は、一部の商品の過剰生産を生じせしめる。しかも、すべての生産部門が互いに密接な関連を持っているから、一部の商品における部分的な過剰生産が、全般的な商品過剰生産に容易に転化する」(p.39)であろう。「もし社会的生産が計画的に組織されているとすれば、もし生産の指揮者が需要について完全な知識と、労働と資本を或る生産部門から他の生産部門へ移動させる勢力とを併せ有しているならば、いかに社会的消費が減少しようとも、商品の供給が需要を上回るということは起こり得ないだろう。ところが、社会的生産がまったく、無計画な場合、無政府性が商品市場を支配している場合には、資本の蓄積が不可避的に恐慌の原因となるのである」(p.41)。こうして、無計画・無政府的な資本主義経済にとって、再生産表式どおりの生産は不可能であり、不比例生産とならざるを得ない。従って、恐慌は不可避となるのである。ツガンは最初に、表式を用いて、ある一定条件下で(可能性にすぎないが)一般的過剰生産が起こり得ないことを示した。今や、それを元に、その一定の条件が成立しないことにより、一般的過剰生産の不可避を論証するのである。

 これまでが、第一章の分析である。「不比例生産説」が真実であるならば、一般的過剰生産は恒常的現象ではないのだろうか。しかしながら、現実には、景気変動は周期的に起こっているのである。周期性の説明は別に必要である。これは、「第八章 産業循環と恐慌の周期性の諸原因」でなされる。「ある一生産部門における生産拡大が、他の産業によって生産される商品需要を強める。このようにして、生産拡大の推進力が次々と一産業部門から他の部門に伝わり、したがって、生産拡大が伝染的に作用し、つねに総国民経済をとらえる傾向をもつ。この理由によって、固定資本の新創出期には、すべての商品の需要が増大する」(p.254)。「しかしなぜに、新固定資本の生産が漸次的でなしに、痙攣的に大幅の飛躍をとげるのであろうか。この原因は、資本主義経済秩序における資本蓄積の諸条件から説明される」(p.255)。
 今日の発達した資本主義経済においては、富裕層がどの産業とも結びつくことのない自由な資本を急速に蓄積する。それらは、貨幣市場において貸付資本に転化する。私人の手持資金や投資先を見つけられなかった資本である。当然ながら、貸付可能な貨幣資本の増加は、必ずしも現実の資本蓄積、または再生産の拡大を意味するものではない。「貸付資本の蓄積は、生産および生産資本の現実的増加とは、全く異なるものである。貸付可能な貨幣資本は、生産拡大の場合のみならず、生産の停滞・縮小の場合においても、蓄積が可能である。しかもこれはこのような状況にもとで蓄積の可能性があるというだけでなく、実際に蓄積される」(p.256)。その理由は次の通り。企業者の利得は景気変動に影響を受ける。それよりも少ないであろうが、労働者所得も影響を受ける。しかし、それ以外の財産所有による所得は景気変動の影響が少ない。国債・各種債権等に対する利子収入は固定的である。地代収入も長期的にしか景気変動の影響を受けない。不況期には生活費が低下するから、金利生活者は、むしろ貯蓄を増加させることができる。しかも、「イギリス全国の所得税統計によれば、土地・家屋・国債・外国債・植民地債による所得の総額が、イギリスの課税国民所得総額のほとんど半分を占めるものと判断される。」(p.256)のである。
 貸付可能な貨幣資本の蓄積は、比較的一様に進行するのに比べて、その生産資本への転化は断続的に現れる。貸付資本の生産資本への転化、すなわち産業への資本投下は抵抗を受ける。不況期には資本が充満している、過剰生産を生じないように生産資本を比例性を保持しつつ配分投下するのは容易ではない。間断なく蓄積される貸付資本は、投資先を求める。しかし、それは見つからない。投下されない資本は利子を生まないから、ますます熱烈に投資先を求めて殺到する。一方では産業がそれ以上の新資本を受け入れようとしないし、他方では、新資本がますます強い力で産業界に押し入ろうと努める。「ついには産業の抵抗が征服せられ、蓄積された貸付資本が産業界に投資先を見つけて、生産資本に転化するにいたるような時機が到来するに違いない。ここで高揚期に入るのである」(p.259)。
 産業高揚期が不況に終わる原因としては、「信用の緊張と投機思惑とは、それだけでも不可避的に、信用破綻とパニックを引き起こす」(p.262)ことをあげるだけでよい。産業高揚の原因は、過去数年間に蓄積された、潜在的購買力としての貸付資本が支出され、新しい商品需要となることによる。物価が騰貴し、やがて市況は正常な限度を越えて、投機に変化し、暴落で終わる。物価騰貴が暴落を招くほどでない場合でも、反動は避けられない。以上のメカニズム全体の作用を、ツガンは蒸気機関に例えて、次のように「美しく説明している」(青山)。「シリンダー内の蒸気の役割を果たすのは、自由な貸付資本の蓄積である。ピストンに対する蒸気圧が一定の大きさ達すると、ピストンが動き、シリンダーの端まで行って、蒸気に自由に発散する出口を開いてやり、ピストンは元の位置に戻る。これと同じことで、蓄積された自由な貸付資本は、一定の大きさに達したのち、産業界に侵入し、産業を稼働させ、この資本が支出され、産業がふたたび以前の状態に戻る。このような条件のもとで恐慌が必ず周期的に反復されるのは当然である。資本主義産業は、つねに同じ発展の輪を回らねばならない」(p.266)。以上の景気変動の説明は、アフタリオンによって、「貯蓄学説」と呼ばれた。ツガンの学説は貨幣面と実物面との関連が有機的に説明されていないという批判がある。投資資金の動きと不比例生産が統一的に扱われていないということであろう。

 最後に、ツガンの資本主義観について。「概して私はマルクス学派に属しており、『資本論』の天才的著作に最大の尊敬を払っている者である。」とする著者は、「本書で展開した販売市場および恐慌の理論は、著者の見解によれば、古典学派国民経済学の学説と、『資本論』第二巻におけるマルクスの業績の総合たるべきものである。」(p.2)と自ら評価している。恐慌については、「資本主義経済を廃絶することなしには、不況の周期的反復を予防することが不可能である。」(p.443)との認識を示している。しかし、マルクスの恐慌理論は欠点があるとする。資本の有機的構成の高度化による「利潤率の傾向的低下の法則」は、真の法則ではないとする。その「論証」も示している。「マルクスが特徴づけた、資本主義的生産の諸限界も、やはり現実に存在しない。」(p.245)のである。そして、資本主義的経済秩序から社会主義への転化は、強制の資格を帯びない。社会主義の必然性は、資本主義が社会的総生産力を十分発揮することができない無能力による。「したがって、純経済的に考察すれば、この発展段階においては、社会主義の方が資本主義よりも高度の経済秩序なのである。しかし、それにもかかわらず、この場合においても、資本主義経済が不可能になるのではなくて、社会主義経済よりも進歩的でなくなるのであり、社会的生産力の発展を促進する力が社会主義経済よりも劣るようになるのである。」(p.246)と。

 救仁郷の訳書解説によれば、「わが国ではこのドイツ語版原書がロシア語版の単なる翻訳であるかのように、誤伝または誤解されてきた。このドイツ語版が他の諸版と異なる独特の価値をもつ、再生産論および恐慌理論に関する古典的名著」である。
 ドイツの古書店からの購入。製本されていない、出版された紙装のままの状態である。コンデションは非常に良い。
 
(注1) 経済学辞典等には、ラーダを反革命評議会、臨時政府を中央評議会反革命政府等記されているが、余りに「官軍」用語だと思えるため、こう表記した。
(注2) 蔵相就任を、訳本の救仁郷の「解説」では1918年と、『経済思想史辞典』は1919年と記載されている。ラーダの活動は1917年が最盛期で、1918年4月には終焉しているので、ここでは、1917年とした。
 なお、最高執行委員の辞任が蔵相辞任と同時であるかはよく解らなかった。
(注3) 鍵本博訳の仏訳本は、見られなかった。救仁郷の解説によると、仏訳版では、ツガンの理論部分は第二篇第三章部分のみである。
(注4) 「私は通例のマルクスの用語法(不変資本、可変資本、剰余価値)を用いない。というのは、私はマルクスの剰余価値説を基礎としていないからである。」(p.26)
(注5) 青山(1950、p.3)参照。但し、この本には仮定3は書かれていない。
 青山によると(p.13-14), 
 (1) pi + ai + ri  =  wi
 (2) pi : ai : ri  =  2 : 1 : 1  (i=1,2,3)         {仮定(1)}
 (3) (w1 - Σpi) +  (w2 -Σai)  =  1/2Σri   {仮定(2)}
 (4) (今年度の Σpi) - (前年度の Σpi) = 前年度の (w1 - Σpi
    (今年度の Σai) - (前年度の Σai) = 前年度の (w2 - Σai
の式から、w1 : w2  =  2 : 1 および w2 : w3  =  7 : 3  が導出できる。
むしろ、(4)を仮定とすべきかも知れない。そうすれば、(下記の)置塩の「トートロジー」の意味が明確になるのかも知れない。
(注6) ついでながら、置塩はツガンを論じた2ページの文章の中、その4分の1ほどを費やして、『英国産業恐慌史』邦訳 p.215 からとする興味い記述を長々と引用をしている。しかし、この文章は、本書には見当たらない。市原の本を参考するに、ツガンの雑誌論文「国民経済学から見た資本主義経済制度の崩壊」(1904:詳細は本文で後述及び(注8)参照)中の文章と思われる。
(注7) 市原の本(2000、p.69)には「各年度の部門Ⅰ、Ⅱの総生産物はそれぞれ、次年度の p (不変資本)、a (可変資本)総額と等しく、また、剰余価値の半分が蓄積されるとの前提から、部門Ⅲの総生産物は次年度の r (剰余価値)総額の半分に等しくなるように作成されている。」(下線は引用者)と書かれている。利潤(市原は剰余価値と表記)も、次年度と関連付けているのである。しかしながら、ツガンの表式の数値はそのようになっていない。勘違いだと思われる。
 なお、山田盛太郎『再生産過程表式分析』においても、第三部門生産財の次年度に消費されることを書いているが、結論的には「ツガンの表式は維持しがたい」としている(中田、2011参照)。山田の対象としたのは、雑誌論文掲載の表式である。
(注8) ツガンの修正された雑誌論文中の表式は下記の通り。市原と中田の本を参照して作成。第二部門の資本の消耗および利潤の中資本家消費財生産に用いられない貯蓄で、第一部門の資本蓄積がなされている。

 第Ⅱ表式 社会的資本の拡大再生産第二表
 第一年度
 第一部門 1632p + 544a + 544r = 2720 (+320)
 第二部門  408p + 136a + 136r = 680 (-120)
 第三部門  360p + 120a + 120r = 600 (-200)
 ―――――――――――――――――――――――――
        2400   800   800   4000

 第二年度
 第一部門
   1987.4p + 496.8a + 828.1r = 3312.3 (+592.3)
 第二部門 
    372.6p + 93.2a + 155.2r =  621 (- 59)
 第三部門
    360p  +  90a + 150r  =  600 (-533.3)
 ―――――――――――――――――――――――――
   2720    680   1133.3    4533.3

 第三年度
 第一部門 
  2585.6p +484.6a + 123.9r = 4309 (996.7)
 第二部門 
  366.9p + 68.9a + 177.5r = 611.3 (-9.7)
 第三部門 
    360p + 67.5a + 177.5r = 600 ( -987)
 ―――――――――――――――――――――――――
  3312.3   621    1587   5520.3

*()内は、その年度の投入量との比較した増減額。原表にはない。

(注9) ツガンは、第Ⅰ表式と第Ⅱ表式第二年度とを比較してこの結論を出した。しかし、第Ⅱ表の第一年度と第二年度、第二年度と第三年度等拡大再生産の場合を比較すると、総需要と消費財需要が共に拡大する。消費財消費が減少するのは、単純再生から拡大再生産への移行期だけであって、拡大再生産へ入ればツガンの云うようなことは起こらない。こうカウツキーは批判(波多野も同じことを指摘している)した。この批判に答えて、ツガンは拡大再生産においても、消費財消費が減少する表式を作成した。これが、(注7)にあげた論文である。

(参考文献)

1.
青山秀夫 『景気変動理論の研究 (第二巻)』 日本評論社、1950年
2.市原健志 『再生産論史研究』 八朔社、2000年
3.置塩信雄 『蓄積論』 筑摩書房、第二版1976年
4.ツガン・バラノーフスキー 救仁郷繁訳 『英国恐慌史論』 ぺりかん社、1972年
5.中田常男 『金融資本論と恐慌・産業循環』 八朔社、2011年
6.波多野鼎 『景気学説批判』 日本評論社、1937年
7.ハチスン 『近代経済学説史 (下)』 東洋経済新報社
8.W・C・ミッチェル 春日井薫訳 『景気循環Ⅰ 問題とその設定』 文雅堂書店、1961(原著は1927発行で、1913年発行の同名Business Cycles とは別の本である)
9.Nove, Alec “ Tugan-Baranovsky, Mikhail Ivanovich (1865-1919) ” in The New Palgrave Dictionary of Economics, Macmillan, 1998
10.“ Mikhail Tugan-Baranovsky " from Wikipedia (2012) <http://en.wikipedia.org/wiki/Mikhail_Tugan-Baranovsky> (2012/6/13アクセス)





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