インターネット集書  

 古本マニアには、古書店廻りから古書展ヘ通い、目録買いに至るという定番のコースがあるが、最近はその先にネット集書の世界が開けて来た。私が最初に洋古書を買ったのは1978年と記録があるが、意識的に集めだしたのは1993年頃である。その頃から洋古書を扱う都丸書店(現在発行なし)や崇文荘の目録を送付して貰うようになった。目録買いは、ほぼ年2回発行の目録の早期入手・発注が勝負だから、地方在住者は不利。集書の楽しみもボーナス時期に合わせられた年2回に限られてしまう。
 ネット収集をはじめたのは、2000年頃からになるが、いつでも本を探せるという楽しみが増えた。もっとも、投入資金の方もそれにつれて大きく増えるようになったが。最初に注文を出した時は、初めて丸善に入った高校生のごとくドキドキしていたが、今や毎週1~2冊が配達されて来る。ごく日常的な営みとなってしまった。
 ここでは、これから始めようとされる方々、また初心者のために参考になりそうな事を書いてみます。内容は経済書についてですが、他のジャンルにも応用できると思います。

Ⅰ.必要なもの

1.パソコン このホームページを見て頂いているからには、インターネット接続パソコンが利用できる状況にあるはずである。
 但し、職場(個人自業主及びこれに類する方は別)での、発注は拙いだろうし、時差の関係もあるので、個人用の一台は必要。

2.クレジット・カード
 代金の決済にぜひ必要。欧州系のサイトでは、VISAかMasterCardが広く使えるようだから、どちらかから選ぶのが無難だと思う。
 為替送金もできぬことはないが、費用が高い。銀行を利用すると振込み手数料が3,000円以上かかるようだ。以前は、郵便局の「国際送金」が1.000円ほどだったので、大いに利用していた。民営化後、銀行並みの手数料になり、今は利用していない。よほどの出物で、本屋がクレジット・カードを受付けない場合には利用すると思うが、幸か不幸か最近はそういう例はない。
 クレジット・カードの場合、多少換算レートは悪いが、送金手数料は不要である。

3.語学力
 心配する必要はない。私は、会社では外国語が必要となる部門の経験はなかった。ちなみに、小生の英語は中学生級(それもあやしい?)だし、あとは大学で習った(はずの)ドイツ語は、かろうじて辞書が引ける程度である。
 一旦、どの古書店連合サイトの Book Searchにするかを決めて、初期設定しまえば、あとは項目にチエックを入れるだけで、文字を一字も使わずに発注することもできる。一番最初の発注時には、文面を理解し住所・クレジットナンバー等を登録する必要があるが、これが出来ればあとは簡単である。
 外国語(以下英語とする)が必要とされるのは、質問がある場合である。“Question“や“Inquiry”欄に内容を打ち込んだり、メールを送る必要がある。問い合わせ内容は本に関することだから、単語の羅列でも用は足りる。私が書くのは、“Hello, Is this copy the first edition?”程度である。
 ワードやメール(OUTLOOK EXPRESS)のツールには、スペル・チェックがあるので、単語の誤りはすぐ見つけてくれる。ワード等で作文し、チエックの後、質問欄に貼り付ければよい。
 英米の書店以外でも、アメリカが運営する書店連合に加盟している店は大体英語が通じる。困るのは、仏・独・伊のナショナルブランドの書店連合サイトに入って行く場合である。サイトの説明には英語バージョンはあるが、個々の加盟店に英語メールで質問しても返事が返って来ない経験を度々した。最近は、フリーの翻訳ソフトのサイトがあるので、これを利用させていただいている。一旦、英語で原文を作りこれを翻訳ソフトにかけて現地語に翻訳したものを併せて送付すると、回答率がよいようである。私が使っているのは、グーグルの翻訳ツールである。

4.資金
 一番の難問である。小生の場合、在職中はゴルフ・競馬等もせず、小遣いとボーナスをやり繰りして、年間に息子の私大授業料(一番下の子の卒業以降)くらいを投入していた。もちろん普通の本も大好きで買うから他の物は極力始末、家族からはサービスが足らず、ケチだと思われているようだ。
 退職後は、退職金のプール資金と個人年金で買う事になるが、日も経っていないので、現在試行錯誤中というところである。

Ⅱ.インターネット集書に掘り出し物はあるか

 現在もあるし、将来もなくならないと思う。
 ソフトが発達すれば、古書店が売りに出すべく書名をサイトに登録すれば、過去の取引価格が自動的に参照され、価格付けがなされるようになるだろう。いや、すでにそうなっていると思われるふしもある。でも、心配は要らない。
 第一に古書店がその価値を認識していないか、商売気がない場合である。初版であっても、そんなのは考慮していない本屋もある。自分の専門領域以外のジャンルの本については値付けが安いのは、日本の古書店と同様である。サイトにあげておいたシュンペーター書簡は10万円以上はすると思うが、本の説明に明示(本に書簡が挟みこまれている云々)してあったものの、何ら値段には反映していなかった。有名人の手沢本が、本文に書込みがあったので、値引きをしておくとのメッセージを付けて送付されて来た本もある。
 第二に、いつの世にもなくならないと思うが、誤記入(インプットミス)がある。実際あった例では、著者のVinerがVineとされていた。ワインでも飲みながら書いたのであろうか。また、ハンガリー生まれの高名な経済学者であるMorgensternの名前を現地読み(に近い?)綴りMorgensteinと入れたところ、ドイツの本屋で、長年探していた“On the Accuracy of economic Observations”が見つかった。本にはちゃんと著者名がMorgenstern書かれていたにもかかわらずである。
 これらは、コンピュターの過去のデーターと合致しないから、いくらシステムが発達しても、値段参照のバックアップを受けられないに違いない。
 これは日本の業者に聞いた話だが、最近のようにネット販売が盛んになって来ると、以前は仲間の市に出していた自分の専門外の本も、なんでもかんでも直接ネットに載せるようになったと。掘り出し物とは、素人は市価の三分の一(だったと思う)、業者の場合十分の一で購入した場合とどこかに書いてあったが、このスキマを狙えるチャンスは確実に増えて来ていると思う。


Ⅲ.実践


 さて、それでは実際のインターネット集書の世界に入ってみよう。まだ、現役のコレクターであるから、「企業秘密」の部分は伏せてあるので悪しからず。といっても、大したものがあるわけでもないが。

1.サーチエンジン
 まず、サーチエンジンとしてどこの古書店連合を使うかである。現在私の良く使っているのは、BookfinderとABEである。それにADDallを補助として使っている。以前はBibliofindを主に使っていたが、これがAmazonに吸収されてからは使い勝手が悪くなって、使っていない。
 下に主なサーチエンジンの特徴を書いておいたから、自分に一番合ったものを探して見てください。ただ、これらのエンジンは時々バージョン・アップされるので、御贔屓のもの以外も、たまに覗いてみると大進化していることがあるので要注意である。
 慣れて来るとサーチエンジンにリンクされている各書店連合サイトの中に自分に適したサイトが見つかると思います。そこをまた探して見て下さい。
 こうして何店かネットで取引していると、自然と海外からカタログが送られてくるようになり、また世界が広がります、

ABE―――アメリカを中心とする書店連合(現在アマゾン傘下に入ったようである。),以前13,500店加盟との数字を見たが、現在の加盟店数を調べられていない。いずれにしても、最大規模と思う。検索条件が細かくできるし、発注・発送が半自動で出来る。発注品の現状もトレースできるので非常に便利。初心者向けにお勧め。
ADDall――書店連合をリンクしたサイト。リンクのカバーが広いのが特徴。欠点は、一つの書店で複数の書店連合に加盟している場合、二重・三重に搭載されるので見にくい。特定の本に絞って検索する場合によいだろう。
bookfinder――これも、書店連合をリンクしたサイト。本の題名毎に整理されて出てくるので、ある著者の本を題名を限定せずに探す場合に重宝している。

2.いかに買うか 
 当然に値段の割りに良い本は直ぐに売れていく。“Sold Out”の連絡を受けないためには、直ぐに決断しなければならない。現地の人は書店に電話して特にとお願いする奥の手が使えるだろうから、日本からの発注は不利である。時差の問題もある。
 ABEは、発注するとリストから消えていくので、書店が他の書店連合のサイトに併載していなければ、発注できれば買える可能性が高い。反対にこれはと思う本が、発注過程に目の前で消えていくという経験もある。潜在的競争者に先を越されぬためには、買いたい本の購入価格帯を前もって研究しておき、自分ならここまではというリストを持つのが良いと思う。
 本の状態の記述については、サイトの”Glossary”で勉強するほかない。辞書にも載ってない略号も多いが、参考になる日本の本もあるので末尾に挙げておきます。
 出物は、状態など確認していると売れてしまうので、えいやっと決断する他ないが、多くの掘り出し物も手に入れた代わりに、グズを拾ったのも度々である。死屍累々と「ハズレ本」がころがっている。これも集書の楽しみと割切ることにしている。
 また、最近はデジタル・カメラが普及したので、コンディションが判りにくい時には、メールで写真を添付してもらうよう、本屋さんに依頼することが可能となった。かなりの確率で返信が来る。もちろん、一刻を争うような本では無理だが、状態次第では購入してよいと、気持ちの余裕がある時は積極的に利用すべきと思う。

3.図書館旧蔵本について
 “Ex-Library”本は、状態も価格も巾が大きい。ライブラリイ・マークもほとんどないものから、標題紙や背に印やラベルがべったりあるものまで様々である。書店の値付けも出自の怪しいものもあるせいか、普通の本と変わらぬ価格のものから、ビックリする位の安値まである。ただ、古い本(特にドイツ)は図書館旧蔵本でないと容易に手に入らぬ場合が多く、書込みの危険はあるが、最適の場所で保管されていたから綺麗な本が多い。私は、積極派である。

4.私の集書方針
 鹿島茂氏は『子供より古書が大事と思いたい』のなかで、荒木一郎(今の若い人は知るまい)の教訓として三か条をあげている。
① 蒐集のフィールドを限定すること。
② 一件についての購入価格の上限を設定すること。
③ 狙っているものが、むこうからあらわれてくるまで気長に待つ。
 私もこの第一原則の伝でいけば、経済学書それも古典派のごとき高いものは手が出ないから限界革命(1870年代)以降に収集範囲も的を絞っている。そこで、何冊かの参考書から名著とされるものを抜き出し、集書リストを作成している。ただし、第二原則でいえば上限を15万円としているから、以下の如き高価な本は対象外となる。

1.ワルラス『純粋経済学要論((1874-77)めったに、1・2分冊と揃ったものは出ないが、出れば100万円はするようだ。
2.ヴェブレン『有閑階級の理論』(1899)、50万円ほどの値段で常にネットにでている。
3.ノイマン、モルゲンシュテルン『ゲームの理論と経済行動』1944ここ数年で急激に値段が上がったように思う。20~40万円でネットに常に出ている。
 豊かではない小生のごときは、資金の代わりに知恵と根気勝負する他ない。なにせ一物一価の成立しない世界であり、第三原則に従えば、気長に待てば本の方でやって来てくれるかも知れないのだから。100万円以上するワルラスの本も一度は1万円ほどの値段でチラリと姿をかいま見せたこともある。せいぜいインターネット「せどり」に励むこととしたい。

 上記の「集書方針」の部分を書いたのは、2009年のことだが、訂正せずに最近の収集状況を書く。
 収集範囲の「限界革命(1870年代)以降」限定については、主要な本はほぼ収集できたので、現在は「黎明期」の16世紀本が主要な収書領域である。
 高価収集対象外の本の部分については、下記のとおり。上記第三原則である、高い本でも気長に待てば、手頃なものが出て来る(場合もある)実例として参考下さい。

1.『純粋経済学要論』は、その後初版で300万円、100万円のものが売りに出ているのは見た。入手できたのは、第二版(約5万円以下で入手)と第四版(4冊)である。
2.『有閑階級の理論』は、設定上限価格を少し越えて入手。別に、図書館旧蔵本で標題紙にハンコが押されたものは、2万円以下で入手。
3.『ゲームの理論と経済行動』は2万円以下で入手。その後、ネット上で10万円以下の本を2回見たことがある。いずれも直ぐに売れたようだ。ざっと、こんな具合である。 (2016/8月 追記)

 最近は「黎明期」の収集が主たるものになってきたので、さすがに上限は15万というわけにいかない。古書価格の上昇もある。現在は上限は40万円台というところか(1冊だけ例外あり)。購入冊数はぐっと減っているので、トータルの出費はそれほど増大していない(と自らに言訳している)。

(参考文献)    
 インターネットの書誌記述の理解および当サイトの「稀覯本棚」等の記述に参考としたのは。
1.ジョン・カーター横山千晶訳 『西洋書誌学入門』 図書出版社、1994年
2.エスデイル 高野彰訳『西洋の書物』 雄松堂、1972年

 経済学書リスト作成に参照したのは、
3.根井雅弘編 『経済学88物語』 新書館、1997年
4.田中敏弘・山下博編 『テキストブック近代経済学史 [改訂版]』 有斐閣、1994年
5.早坂忠編著 『経済学史』 ミネルヴァ書房、1989年
6.杉原四郎他編 『限界思想の経済思想』 有斐閣、1977年
7.都留重人編 『岩波経済学小事典 弟3版』 岩波書店、1994年
 この事典の新版からはなぜか経済学年表が消えている。
8.高橋泰蔵他編 『体系経済学事典 改定新版』 東洋経済新報社、1975年
9.経済学史学会編 『経済思想史辞典』 丸善、2000年 

(2001/8月 記、2009/7/9、2016/8/21、2017/4/20改訂)