MENGER C., GRUNDSÄTZE DER VOLKSWIRTHSCHAFTSLEHRE, Wien, Wilhelm Braumüller, 1871, pp.xii+285,8vo

 カール・メンガー『国民経済学原理』初版である。
 標題紙の書名VOLKSWIRT<H>SCHAFTSLEHREにはHがある。念のため別本の標題紙を写真(以前図書館で撮影させてもらった)で確認したが、同様にHがあった。所蔵本には半標題紙(half title)が欠けているようであり、半標題紙の表記がどうなっているかは不明。Hは余分のように思うが、なにせドイツ語は3分の1世紀ほど、ご無沙汰しているので良く解らない。
 手元の本で確認した範囲ではあるが、経済学史書等ほとんどの書籍は本書を「Hなし」(まじめな話である)で表記している。原書の第2版の標題も「Hなし」である。「H付き」表記は安井琢磨の旧訳および第2版の翻訳『一般理論経済学』(みすず書房)――玉井芳郎による「刊行にあたって」で標題紙を論じた箇所――に見られただけだった。ちなみに、一橋の「メンガー文庫」本には、メンガー自身が初版の標題に手を入れているが(ネット上でも見られる)、Hは残したままである。標題紙による限りは、書名は「H付き」(依然としてまじめな話である)が「正当」と思うが、いかがであろう。

 1870年代に限界効用逓減の法則定式化をなした限界革命トリオの一冊。すでに、著者若年の新聞記者時代に市況記事を書いていた時から、伝統的な価格理論と経験を積んだ実務家の考えの間に違和感を持っていた。しかし、限界革命を成し遂げた「トリオのなかで、いかなるばあいにおいてもC・メンガーだけは、確かに一歩はみでた男(odd man out)であった。・・・彼は数学的な定式化を避け、極値問題(extremum problem)のような純粋理論の展開を慎んでいたことは確かである」(M・ブローグ)。ハイエクによると、書籍の大コレクターであった彼の引用リストに空隙があり、これがジェヴォンズやワルラスとの接近法の違いを説明する。特に顕著なのは、クルーノーやチューネンの業績に無知であったことであり、息子が著名な数学者であったことから考えて、彼に数理的な才能がなかったとは考えられないとしている。――ちなみに、今一橋のメンガー文庫を見ると、クルノー・チューネンとも収蔵されている。後年の収集本かも知れない。
 メンガーにとっては、経済学の最重要課題は価格現象の解明であり、統一的価格論の確立であったが、むしろその価値論の基礎、経済諸現象を人間の経済行為について、哲学的基礎から十全に説明する必要を感じた(上宮)。さらには、『原理』は、経済発展の理論を素描する一つの試みであり、「限界主義が導入されるのは、メンガーの『原理』の中程であるが、まさにこの理由からして、限界主義は理論構成上中心となるものではなかったし、楔ともならなかったのである。」(E・ストライスラー)とするものもある。
 メンガーがやり残した部分やアイデアだけで残された不十分な部分は、後継者のウィーザー、ベーム=バヴェルクの仕事となっていく。このことが、限界トリオの他2者とは違って、オーストリア学派を形成して行ったのかもしれない。先達は、完全な理論体系に仕上げるよりも仕事をし残す方が後進のために利する事は、本朝の空海と最澄の関係の如しか。

 けちなコレクターである私に興味があるのは、彼の蔵書の方である。一橋大学に入った約2万冊の他、息子のカールへ残した本、その他東大等に一部入っているようだから、全体で何冊あったのだろう。当時から見ても古典が多数あるから、かなりのものいりだったと思う。没落貴族の出で、遺産はあったようには思えない。ただ、大学教授の給与は高かったらしい。そのほとんどを書籍購入に費やしたようだ(上宮、八木による)。その上、シシ(エリザベート皇后)のお声掛りでハプスブルグ家皇太子ルドルフの家庭教師にもなったので、かなりの実入りがあったと思う。皇太子は例の宝塚歌劇にもなった「うたかたの恋」のマイヤーリンク事件で早世したから期間は短かったはずだが。などと、つい下世話なことを考えてしまう。

 続巻が予定された第一巻として発行されたせいか、意外に薄手の本である。オーストリアの本屋より購入。「掘り出し物」価格で出ていたもの。他人の手に渡りそうだったため、奥の手を使って入手した。ほとぼりが冷めてから経緯を書いて見たい。

(参考文献)
  1. 上宮正一郎「メンガー」同氏他『近代経済学の群像』有斐閣 1998年 所収
  2. 八木紀一郎「カール・メンガー ――精密的理論と主観主義」websiteより入手
  3. ハイエク「メンガー論」 スピーゲル編・越村信三郎他訳『限界効用学派』東洋経済新報社 1954年 所収
  4. C・ブラック編著・岡田純一他訳『経済学と限界革命』日本経済新聞社 1975年




標題紙(拡大可能)


(H17.12.23記.H20.11参考文献の表示の仕方を改めました。内容は従前のまま)




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