MANGOLDT, H. von
, Grudriß der Volkswirthschaftslehre. ; ein Leitfaden für Vorlesungen an Hochschulen und für das Privatstudium. , Stuttgart, Verlag von J. Engelhorn, 1863, ppxvi+224, 8vo

 マンゴルド『経済学綱要』、初版1863年刊。
 著者(1824-1868)は最高裁判所判事の子として、ドレスデンに生まれる。1842年ライプチッヒ大学に入学するも、自由主義と民主主義のために闘う違法な学生サークルに属したため、放校される。その後、ジュネーヴ、チュービンゲンで学び学位を受ける。故郷ザクセン公国に帰り、外務省の雑誌編集や内務省の著作物の仕事にかかわるも、自由主義思想のため辞職を繰返す。1854年学会に復帰、ゲッチンゲン大学でジョージ・ハッセン、ロッシャーの下に学ぶ。ここで、私講師時代『企業者利潤の理論』Die Lehre vom Unternehmergewinn(1855)のもととなる講義を行い、学者としての地位を確立し、フライブルグ大学の官房学教授となる。
 本書『要綱』 (1863)は主著である。副題のごとく「大学講義と自習のガイド」として書かれたため、簡潔であるものの、多くの独創的な理論を含んでいる。説明に図表を多用しているのも新しい。数年後、より判り易く書き直したものを分冊形式で発行中に、43歳にして心臓病で急死。仕事は中断してしまった。没後、既発行分を、一巻にまとめて『経済学』Volkswirtschaftslehre (1868)として出版された。1871年には友人が編者となって、『要綱』の第二版を出した。しかし、数式や図表は思考を冗漫にするとの理由から、この本の最も独創的な新機軸である多くの図表を削ってしまう。この削除が、当時一般的に肯定されたことは本書に対するシュモラーの書評において、それが歓迎されていることからも窺える。
 マンゴルドの主な仕事は二つに分かれる。第一に主として『企業者利潤の理論』による、企業家の役割と利益との理論である。第二に、『要綱』と『経済学』による経済理論の主要部分の再構成である。

 本書『綱要』は、冒頭「第一巻 国民経済学入門」と称し、まず「一般基礎概念」(第一章)を扱う。欲求,価値、財、経済、労働そして、交換、信用、流通、市場、交換価値、価格等が議論されている。従来の教科書通りの構成であるが、内容は斬新である。古い革に新しい酒を盛ったことは、価値の定義に明らかである。価値は財に内在する性向ではなく、特定の個人に寄与する関係であるとする。同じ財が異なる個人には異なる価値を持つ。ある個人にとって諸財の価値比較は可能である。しかし、人々が同じ欲求を共有するかあるいは「平均」人の存在を仮定する時にのみ個人間比較が可能である等々を明瞭簡潔に述べた。特定財の価値は満足を必要とする強度によって変わり、供給関係による希少性によっても変わるとしたのである。
 「第二巻 価値の起源について、特に生産による」は、主として生産が扱われるが、見るべきものはないとされる。生産に関してはむしろ、『経済学』の方が優れていて、数値例を使って、使用資本の量と分業拡がりを結びつけた説明がなされている。
 「第三巻 財の流通」は価格理論を扱っており、この巻においてマンゴルドの真の独創的才能が発揮されている。――もっとも、マンゴルド自身は直接的にはクルーノーの本を読まなかったが、当時最も流布したラウの教科書を通じてクルーノーを知った可能性は残る(シュナィーダーの指摘)。ラウの教科書第四版からは、需要・供給曲線が使われているそうである。同巻「第三章 財の交換比率」において、一連の仮定の下で、マーシャル流の需要・供給表を導入する。そして、ジェヴォンズの「無差別法則」(一物一価)と同等のものを導出し、詳しい需要・供給関数分析に入る。
 まず需要について見ると、単位毎の使用価値は、追加単位が増えるに従って小さくなるから、需要曲線は一般に右下がりとなる。価格上昇は、効用と価格が均等するまで、需要を減少させる。需要曲線の各点については、数量軸からの距離が需要された財の最終効用を示すことになる。また、必需品で代替性がない財か、あるいは需要が狭小で代替できる財かによって、需要曲線の傾きや凹凸の形態が決まる。富の分配が集中・平等かによっても、同じような形態変化が生ずるとしている。虚栄や恐怖のため、価格上昇により需要増となる可能性も言及されている。
 一方、供給曲線は生産費用の関数である。それは、規模の経済による費用逓減、希少性、生産の非弾力性および(本来の使用目的からの)代替による費用逓増の特徴を持つ。形は、(価格に対する)完全弾力的・弾力的・完全非弾力的の区分があり、一つの供給曲線の中でも価格ゾーンによりこの形の変化が見られる。
  こうして、需要・供給曲線を使って、比較静態分析の手法で価格形成が記述される。価格が生産費用に等しいのは、定常費用で生産可能な財のみであること。供給が制限されている場合、価格は需要で決定されることなど。そして、市場均衡が撹乱した場合の、均衡復帰への調整過程も言及されている。「需要と供給の数量が互いに同じになる点が、現実の価格が向おうとする点――自然価格または価格の重心である。そして、現実価格がこの重心以下に留まる時は、満たされぬ残存需要部分が上方に押し上げ、それが上回る時は、満たされぬ残存供給部分が下方へ押し下げるだろう」(本書、p.47)。
 次にマンゴルドの価格理論に対する最大の貢献(ジャック・モレ『経済学における数学の使用』(1915))とされる、結合需要と結合生産の理論が来る(§67関連価格の法則)。マンゴルドのモデルは二財のみである。ある財の価格決定要因が、今一つの財のそれに依存していると考える。まず、第一財の需要増が、第二財の需要増となる場合として、結合需要を研究した。第一財需要と第二財需要は定率の関係にあること、および総需要は一定であることを仮定する。前者の仮定は、第二財1単位の需要があれば、第二財がα単位需要されるということである。そうして、図表的手法により価格決定を分析した。次には、第一財の供給増が、第二財の供給増となる場合として、結合生産を扱った。この場合は、第一財の生産と第二財の生産が定率関係にあること、および複合単位当たり総生産費が一定の仮定が置かれる。後者の仮定は、第一財1単位と第二財n単位(定率倍)の生産に要する総費用が一定であり、それは生産量から独立しているとすることである。そして同様に、価格決定が分析されるのである。(注)
 その後のセクションで、複数均衡の可能性も論議されるが、それほど掘り下げたものではない。また、均衡の安定性については議論されていない。総じて、彼の議論は市場分析の視点に止まり、企業理論との結びつきがないのが弱点とされる。
 その他に、この巻で見るべきものとしては、第三章の「§107現実利子と均衡利子の乖離」の議論である。マンゴルドは恐慌を貨幣的原因による「信用循環」とみなす。そしてその根本原因は、需給変化に対する反応にタイムラグがあり、弾力性も異なるため、各人の経済行動が必ずしも正しく統合されない事実にあるとする。その分析の中で、市場利子率と均衡利子率(自然利子率)の乖離の可能性を論じている。ヴィクセルの学説に相当する多くの議論が見られるのである。最後に交換比率の尺度と貨幣価値について論じた後、この巻が終わる。
 「第四巻 財の分配」が続く。分配はマクロ経済の問題としてとらえられており、所得分配過程は、価格決定分析と関連付けられてはいない。マンゴルドは、前著『企業者利潤の理論』においては、「独占的状況により優位に立てる強み」であるレント概念を拡大することにより、企業家利潤を説明している。この巻でも、またレントが論じられている(第三章第二区分「第四節 レントと損失について」)。地代の如く、永続的なレントの他に、新機軸による果実のように一過性で臨時的なものもある。このレントは「経済発展を促進する鋭い認識と最善の機会のエネルギシュな使用に対する報酬」である。一方、「近視眼と怠惰に対する処罰」である負のレントもある。このレントは正負共に、新機軸による経済成長を促進のみならず、日常的な需要変化による資源の再配分機能をも担っている。マンゴルドはレントの一時的性質も強調しているけれど、経済は全体として変化を被りやすいので、全体として常にレントが存在すると考えていたようである。
 「第五巻 価値の消尽、特に消費について」も、取り立てて言う程の内容はないとされている。ただ、全巻の最後に「注釈」なる附論が付けられており、その第二(「§73.異なった市場における価格の多様性」に対する注釈)「国際需要の方程式について」は、エッジワースによって取り上げられた(「国際価値の理論」,1894)。マンゴルドが英語圏で認められた最初の例であろう。この問題を、J.S.ミルが文章で記述しているのに対し、マンゴルドは数値例を使って議論した。エッジワースによれば、それは3点でミルを超えている。第一に、二財以上の取り扱いを議論した。第二に、複数均衡の可能性を考えている。第三に輸送費をその理論に組入れるべく試みている点である。上述の結合需要・結合生産の理論と並んで、この国際貿易理論に対する貢献をマンゴルドの最も独創的な業績とする見方もある。

 マンゴルドには、限界分析技術とその生産要素への適用があり、需要・供給関数による部分市場均衡分析はある。しかし、需要関数は消費理論とは切り離されている。企業家の役割の認識はあったが、供給関数と生産要素の価格形成とは関連付けられていない。
 古典派と新古典派の分岐点をなすのは何か。最大化行動の仮説は共通である。古典派理論では、それが生産要素等の可動性を促進し、市場過程を安定させるとの仮説を支持するのに使われている。新古典派理論では、その基礎の上に、個人の生産・消費の経済行動(市場)理論を構成するのに使われている。「市場間の相互依存性、および均衡の存在、唯一性、安定性は、古典派理論では、多かれ少なかれ、当然のこととされる。新古典派理論では、それらが問題とされる。なぜなら、まさに、市場過程ではなく個人行動が分析の出発点であるからである」(Hennings,1980,p.676)。こういう観点から、マンゴルドは新古典派の方向に踏み出して、後の新古典派に見られる数々の新しい理論(の原型)を議論しているが、個人の選択にもとづく消費・生産理論を持たないために、やはり古典派に留まったとされるのである。
 天が彼にいま少し生の時間を与えていればとの悲運もあろう。マンゴルドは、自身が古典派の支持者であったこともあり、「ドイツ古典派経済学の完成者」とされ、その存在はほとんど無視されて来た。本国では、その後の歴史学派の隆盛もあり(少なくともメンガーの登場以前は)ほとんど忘れ去られた。外国ではまだしもであるが、死後四半世紀後エッジワースが取り上げ、(知られなかった上述モレを別として)更に四半世紀が経ってフランク・ナイトが『危険、不確実性、および利潤』1921で手短に触れた程度である。それでもようやく、ハチスンが、「ドイツ古典派理論家の最高の代表者」と評し、それを受けて、シュナイダーは、「 マンゴルドの仕事は一般的には「ドイツ理論経済学の最高峰」であり、特にドイツの理論的業績(チューネン、ヘルマン、ゴッセン、ラウンハルト)の一環をなしている。マンゴルドを忘却の淵から救い出す時である。」(Sneider,1960,p.392)と評価した。死後100年の後のことである。

 ドイツの古書店よりの購入。僅かばかりの箇所を拾い読みしただけであるが、本書は亀甲体の活字で印刷されているため、読む以前に文字を追うことに苦労した。「近代経済学古典選集」第二期で予告されている若田部昌澄訳の刊行を鶴首して待っている。
(注)シュナイダーはその論文の中で、4象限グラフを使って、マンゴルドの結合需要と結合生産の図形表示をしている。詳しくは、下記論文を参照下さい。

(参考文献)
  1. A・E・オット、H・ヴィンケル著 井上孝訳 『理論経済学の歴史』、東海大学出版会、1992年
  2. T・W・ハチスン著 長守善他訳 『近代経済学史』上巻、東洋経済新報社、1957年
  3. トマス・リハ著 原田哲史他訳 『ドイツ政治経済学』、ミネルヴァ書房、1992年
  4. Hennings, K. H., "The Transition from classical to neoclassical economic Theory: Hans von Mangoldt", Kyklos, Vol.33-1980-Fasc. 4, p.658-681
  5. Sneider, E., "Hans von Mangoldt on Price Theory: a Contribution to rhe History of mathematical Economics", Econometrica, Vol.28, 2 (April 1960). p.380-392




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(H22.4.23記)



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