FLEEMING JENKIN, The Graphic Representation of the Law of Supply and Demand, and Their Application to Labour in GRANT, Sir ALEXANDER edited, Recess Studies. pp.151-185: With ten papers including , Edinburgh, Edmonston & Douglas, 1870, pp(4)+409+advs,  8vo.
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 フレミング・ジェンキン「需給法則の図表的表現、ならびに労働についてのその適用」、『リセス・スタディズ』1870年刊所収(初出)。
 序文によるとRecess Studiesとは次のとおり。英国の議会の休会Recess時は、議員のみならず、各種専門職も休みを取り、時事問題をじっくりと冷静に考える期間である。その時期になされた研究を論文集に編んだもの。10編の論文はいずれも、社会経済問題に関したものであり、本論文の他にも「ミルの労働組合論批判」と題する経済論文もある。
 
 著者略歴:フレミング・ジェンキンFleeming Jenkin(1833-1885)。一般的には電気工学の技術者・大学教授であり、ここでは経済学者。あるいは、言語学者、批評家、俳優、劇作家、画家と続けても良い。
 イングランド・ケント州の港町ダンジネス近くの生まれ。父は海軍の大佐(Captain)であり、母(Henrietta Camilla Jackson[Jenkin])は数編の小説を書いている他、歌やスケッチが得意であった。著者の多能多芸ぶりは、母に由来すると記すものもある。初等教育は南スコットランドで受ける。ここでの級友にジェームズ・クラーク・マクスウェルがいたことは、著者の後の経歴を示唆するようで面白い。父の退職後は、経済面の急迫により、独・仏・伊で暮らすことになる。大学はジェノヴァ大学、電磁気学を専攻する。卒業試験はラテン語、口頭試問はイタリア語であったにもかかわらず、優等で卒業している(1850)。
 一家は翌1851年英国に帰国する。技術者(といっても菜っ葉服を着た油まみれの仕事だが)としての職を転々とした後、1855年頃から電信の海底ケーブルの仕事に携わる。まずは、敷設船の艤装や敷設機械の製作・調整の仕事である。地中海や大西洋を横断するケーブル敷設に関わったことから名を知られ、この間同じくケーブル通信にも関係した大物・物理学者W.トムソン(ケルヴィン卿)の知遇を得る。そして、トムソンと共同で電信事業を企てながら、論文を書くようになる。
 1866年(33歳)ロンドン大学、2年後エディンバラ大学の工学教授に就き、独・伊語にも翻訳された電磁気学教科書を執筆している。また実務面としては、協会の事務局長として電気技術者に対し、電気測定の実用基準の制定・普及活動を行う。telpherage(電動のロープウェイあるいはリフト、実用路線も設置)の発明者として本国ではよく知られている他、橋梁の変形計算で学会のメタルを受賞したり、都市の下水施設改良ための協会創設にも関与したりした。35の特許を持つという。工学以外(経済学を別にして)では、進化論についてその「混合遺伝」の学説批判論文を書いたことが有名。これによりダーウィンは、『種の起源』第六版で修正を行ったことが知られている。ダーウィンを終生悩ませたとのことである。1885年、健康回復の目的で訪れたイタリアの地で、足の小手術を受けたことが原因で客死。

 サムエルソンの教科書『経済学』は、各章の初めにエピグラムのようなものを掲げている。第4章(第13版)のそれは、
鸚鵡でさえも博学な経済学者に仕立てることができる。彼がおぼえなければならないのは「需要」と「供給」という二つの言葉だけである。
である。筆者不明としているが、サムエルソン自身の考えだしたものかも知れない。今回は、「本」ではないが、経済学の基本装置ともいうべき、需要・供給原理を図表化したパイオニアであるジェンキンの論文を取り上げてみた。
 ジェンキンの名は今日でさえ、知られる事が少ないが、一般にはジェヴォンズと学説の優先権を争い、ジェヴォンズに『経済学の理論』の上梓を早めさせた人物として記憶されているのではなかろうか。少なくとも私はそう記憶していた。いわば進化論(上記の如くジェンキン自身にも進化論に一家言がある)におけるダーウィンに対するウォーレスの役回りである(注)。
 しかし、ジェンキンが、英語圏において最初に需要関数を論議し、需要供給曲線を描いた人物であるのは明らかであり、ミルとマーシャルの中間に位置すると、つとに評価されている。今日教科書でお馴染みの需要・供給曲線図表は、「マーシャリアン・クロス」と呼ばれているように、マーシャルの発明と思われがちであるが、ジェンキンのこの論文が先行していた。「スティグラーの名称起源の法則」(Stigler’s Law of Eponymy )なるものがあって、科学的発見には発見者の名前が付けられないとのことである。これもそのケースであろうか。ただし、マーシャルはジェンキンを知らずに1868年から需給曲線を講義に使用しており、受講者からこの論文を示された時には、おおいに悔しがったとの記録がある。
 もっとも、ジェンキンの業績そのものが良く知られてはおらず、そしてジェンキンが英国における需給曲線使用の嚆矢だとしても、大陸には既に先達がいたのも確かである(大陸の先行者の学説については、主としてHumpherey論文によって、附論で簡単に書いておいた)。

 ジェンキンはエディンバラ時代の4年間に経済学の論文を3本書いている。「労働組合論」(1868)、本論文(1870)、及び「課税範囲論」(1872)である。需給論は主として前2論文で扱われている。本論文の理解の便宜ため、まず、第一論文を見ておく。元々この「労働組合論」は、ミルに代表される賃金基金説をソーントンやロンジが批判する流れの中で出てきたものである。著者も、労働組合の団結権や立法を巡る問題を考えることにより、賃金を決定するのは賃金基金説ではないとし、需給均等説を展開した。
 まず、需要と供給の概念を明確にするために、それらには二つの異なった意味があるとする。需要でいえば、「需要された数量」と「購入しようとする欲求の意味における需要」であり、供給では「販売に提供される数量」と「販売する用意または売りたくない意向」(readiness or reluctance to sell)である。ここに、一定の価格で実現した需給均等時の需要・供給と、その背後にある「欲求」と「用意」としての需要・供給が分離されたわけである。後者は価格の関数として別々の形態を持つものである。
 こうして、需給法則を次の3の式で定式化する。
 (1) Df A+1/x
 (2) SFBx
 (3) DS 
 ここで価格はxであり、(1)が需要関数、(2)が供給関数。(3)が需給均等式である。ABは価格以外の決定要素を表すパラメーター。(1)の右辺で単にxの関数とせず、1/xと表記しているのは、需要と価格が反対に動くことを明確に表すためのようである。
 そうして、ABFf の変化による均衡の移動と超過需要(供給)による価格上昇(下落)を通じての均衡の安定性が論じられている。ここまで来れば、需要・供給関数の図表化まであと一歩である。
 さて、前置きを終わって、本論文に入る。ジェンキンは、需要供給を論ずるに当たって、書き出しの部分を終えると、まず彼独自の概念である「全供給」を持ち出す。それは、「その時その場での販売用商品の全量」(本書、p.151)を意味する。手持ちの在庫量であり、販売可能額の最大限でもある。各販売者は、市場価格とその予想を考え、この在庫を分割して市場に出す商品量を決める。実際に価格に応じて販売する数量は「ある価格での供給」(supply at a price:強調原文ーイタリック、以下同様)とされ、「その時その場で、一定の価格で商品保有者がよろこんで売るを示す。」(同、p.152)
 需要面では、上記の供給2概念に対応するのが、「購買資金(the purchase fund)」と「ある価格での需要」である。前者は近代需要理論の予算制約(式)に相当するものであるが、商品の組合せでなく、一商品に関して予算制約が考えられている所が解りづらい。
 
 こうして、需要供給曲線のグラフが示される(Fig.1)。注意すべきは、現在の教科書記載の需給表(マーシャルの伝統の下にある)と異なり、縦軸が数量、横軸が価格となっていることである。右上がりの供給曲線は、全供給線(点線)との交点で切断されている。需要供給の第一法則(ジェンキンは、命題とも称す)として、「命題1一定の市場において、一定の時に、商品の市場価格は需要と供給の曲線が交差する点となるであろう。」(同、p.152)が提出される。需要供給が一致する価格である。しかし、実際には、この需給曲線は知られておらず、需給一致価格は競争において近似的に確認する他はないと、その理論的性格を認識していた。売手・買手が、この「理論的価格」以上及び以下で売買を申し込んだ場合、競争相手の存在が、命題1.を実現するよう働くのである。 






 ただし、「上記の法則は、各人が自分の心を知っている、すなわちその時その場において、各価格でどれほど商品を売買するかを知っており、彼の心の変化はない、と仮定されている。/こう仮定すると、市場価格は販売によって変化しない」(同、p.153-4)。こうして、販売が進むにつれて横軸がその販売量だけ上昇し、(図例では、800 Quarterの小麦)販売が終了すると、需給図はFig.1の赤の横線の所まで、横軸が上昇し、横軸の価格はそのままだが、縦軸の数量が800減少した数値になる。それが、Fig.2である。この時、現実の販売量はゼロだが、価格が上がるならば、超過供給が生じる。このあたりは、現在の教科書的な需給表の説明にないところである。
 
 命題1.では人心の一定が仮定されたが、「実際には人の心は5分と一定に留まらない」(同、p.154)。人心の変化により需要供給曲線の形態が変化することによって、均衡価格・数量も変化する。ジェンキン図は、全供給・購買資金一定として、需給曲線の出発点・終着点が同じままでの、形態変化を描いている(Fig3参照、この図は供給曲線の変化。需要曲線変化の図は省略)。ただし、全供給・購買資金が一定でも、始点・終点が同じとは思えないが、これは、市場価格近旁の変化のみを問題にしたためであろうか。
 次に全供給や購買資金が変化する場合を考える。「命題2.もし全供給が増加するなら、常にではないが、もっとも起りうるのは、全規模を通じて「ある価格での供給」の増加であろう;その時価格は、Fig5に示された如く、下落するだろう。/もし、購買資金が増加するなら、全規模を通じて「ある価格での需要」上昇が度々起るであろう;その時価格は、Fig6図に示された如く、高騰するだろう。」(同、p.154、文中の括弧は記者による)。
 
 Fig.5は、需要不変のまま、全供給の増加(水平点線の上方移動)により供給曲線が(実線から点線へ)上方にシフトした例である。需給曲線の交点変化により、価格が下がり、数量が増えることになる。同様にして、供給が不変で、購買資金増加による需要曲線の上方シフトの例図(Fig6;省略)も掲げられ、需給均衡の価格・数量とも増加する変化が示されている。
 この後、第一法則・第二法則を、当時ソーントン等が論争していた問題に適用する。普通の競売、最低入札価格のある競売、オランダ式競売、イギリス式競売、ソーントンの取り上げた馬の売買、これらの法則を適用できない取引への適用である。それぞれ、需要・供給曲線の図表を掲げて説明しているが、詳細は割愛する。
 そうして、これまでの要約がなされる。「第一と第二の法則が適用される場合でも、価格[中略]及び価格変化は[中略]単に買手と売手の心理状態のみに依存する。需要曲線と供給曲線は、買手側と売手側の一定の決意を示す。そしてそれゆえ、これら曲線はある限界内で変化し、当該商品についての人間の欲望に影響するあらゆる原因とともに変化する。限界は需要曲線では購入資金、供給曲線では全供給で設定される。しかし、どの価格で供給曲線の限界に達するのか、どの数量・価格で需要曲線の限界に達するかは、全体として買手・売手の競争の裡にある」(同、p.163)
 しかしながら、需要・供給の第一と第二法則は、対象品の長期価格決定には、ほとんどあるいは全く役立たないとする。供給が限定されている美術品に触れた後、生産が関係する製造品に移る。ここで、初めて生産の観点持ち出され、長期的な視点が導入される。生産の継続と生産量が、究極的には得られる価格(price obtainable)に依存するケースである。生産量の限界はあるが、得られる価格が増加する時のみ、それに応じて、「ある価格での供給」と「ある価格での需要」が一致するまで、生産量は増加すると考えられる。これは、ほとんどすべての製造商品に当てはまるものである。平均需要曲線は絶えず変化するが、平均供給曲線は長期的には単に生産費で決まる。生産費(正当な利潤を含む)価格でその生産物に需要がなければ、生産は止まる。生産費以上の価格で需要されれば生産者には、生産費価格で需要供給が一致する点まで、生産増大の誘因が働く。
 
 かくて、「命題3.長期においては、製造品の価格は主としてその生産費によって決定され、その生産量は主としてその価格での需要によって決定される」(同、p.165)ジェンキンが考えるほとんどの商品の長期供給曲線の形はFig.12の右側の右上がり曲線である。資本・労働・資源が有限であるので、生産の増加につれてその調達価格は上昇するためである。平均費用曲線の形と特徴は、統計により近似的に正しく決定できる。供給曲線が垂直な場合(Fig.12の左の供給曲線)に限って、命題三は「主として」(mainly)ではなく、厳密に真である。しかし、生産費が生産量によってほとんど変化しない場合にも、おおよそにおいて真であるといえる。平均需要曲線と平均供給曲線の交点が可能な平均価格を決定する。長期的には、需要・供給に命題1.の全供給・購入資金のような制限はなく、(利益に制約される)製造費用に従うだけである。
 以上見てきたように、ジェンキンの需給分析は三段階の時間区分があり、それが第一〜第三法則に対応している。森茂也の本では、それを短期・中期・長期と名付けている(長期についてはジェンキン自身が使用)。あるいは、第一法則のところの、心の変化を考えれば四段階の区分があると云って良いのかもしれない。特に長期の分析はマーシャルを彷彿とさせるものがある(ついでながら、マーシャルの長・短期区分は資本設備変化の有無による)。
 この論文のもう一つ目的は、その題名に明らかなように、需給表の労働問題への適用である。第二部「需要供給法則の賃金特別問題への適用」へと続く。ストライキ基金を積立て、保留賃金以下では労働を供給しない行動により、供給曲線の形を変えることによって、均衡賃金が上昇すること。長期的には、労働組合は保留賃金を設定し、生活水準の向上させることによって、労働の生産費用を増加できる。それは、労働の供給曲線シフトとなり、賃金上昇が可能となること等が述べられている。しかし、需給分析の原理的なものは第一部で終わっているので、詳細は省略する。
 最後に、第三論文についは、マーシャルのいう消費者余剰、生産者余剰の概念を使用していること。そして、課税負担は商品の需要供給曲線の傾斜に関係するとするクールノーの分析、および課税の厚生損失に関するデピュイの分析を、それらの著書を知らないまま、再発見した事のみを付け加えておく。 著者は、ジェヴォンズやマーシャルからは、必ずしも好意をもって扱われなかったし、プロパーの経済学者でなかったせいか、知られる事が少なかった。数少ない理解者であったシュンペーター(度々の引用で気が引けるが)の褒詞で拙文を締めくくる。「フレミング・ジェンキンがいまや近代賃金論の建設者のリストに加えられなければならない」(シュンペーター、1958、 P.1983)し、彼の「需要関数は、[中略]萌芽的な限界生産力説を含蓄しているのである」(シュンペーター、1958、P.1391)。

 英国の古書店からの購入。バーナード・クオリッチ他で10万円を超える高い値段が付いていたのは、この論文の初出本である以外の理由があるのであろうか。Ex-libraryのコンデションが悪いが、安い本を見つけたので購入。その後、革装でずっと状態の良い本が1万円ほどで出ていたので、これも購入してしまった。
 上掲の図の写真でも解るように、この論文の所だけであるが、図に赤線が使われた二色刷りになっている。最初は手彩色ならぬ手線引ではないかと疑ったが、私蔵本二冊を比べてみると、どうも印刷らしい。こんな古くから二色刷印刷があったようである。

(注)ジェヴォンズが優先権を巡って、『理論』の執筆・発行を急いだ事情は、経済学の数学的分析および図表的説明という主として表現に関わることであり、理論的内容に及ぶものではなかたとのことである(上宮)。


(附論:大陸における需要供給曲線使用の先駆者たち)

 フランスにおいては、クールノーが『富の理論の数学的原理に関する研究』(1838)において、初めて特定の一財に対する市場の需要・供給曲線を描いた。そこでは、価格が横軸に取られ、需要曲線が右下がり、供給曲線は右上がりにきれいに描かれている。需要曲線に関しては、収入(価格×販売量)の最大点を微分で計算し、図表的に求める方法も示している。また、価格の需要弾力性をマーシャルに先行して定義している。供給曲線は、利益最大化を図る企業(価格=限界費用)の合計として描かれ、両曲線の交点で均衡価格(数量)を示す。応用面では、課税が税金分だけ供給曲線を上方に移動させるが、需要曲線が垂直でない限り、価格上昇は課税額より少ないことを比較均衡の手法で明らかにしている。
 
 デピュイ(1844年論文「公共事業の効用の測定について」)は、クールノーと違い、需要曲線[デピュイの用語では、消費曲線]を現実の観察からの記述としてではなく、限界効用関数から理論的に導出した。そのため、その経済厚生的含意、すなわち総効用[絶対的効用]、消費者余剰[相対的効用]等の概念を造り出せた。彼の需要曲線は限界効用逓減を反映して右下がりである、そして曲線はP・Nで縦軸・横軸に接している(左図参照、デピュイも価格を横軸に取ったが、ここでは一般的な価格縦軸表示とする)。価格Opにより、最終購入単位の限界効用を測定できる。そして、総効用はOPnr(A+B)で示される。デピュイは云う、セーは効用をp×r(A)としたから、消費者余剰(B)の分だけ過小評価したことになると。Cの部分は「失われた効用」であり、競争条件下では、資源の希少性から必然的に生じるものである。しかしそれは、例えば自由財で独占により価格が付されている財なら、それは社会的損失を表すものとなろう。デピュイもまた、需要曲線を用いて課税の分析を行っている。課税は消費者余剰の損失を生み、課税による厚生損失[失われた効用]は課税額を2乗しただけ増大することを示している(それゆえ、課税は低率で多数の財に課すのが望ましい)。ラッファカーブのように課税が最大となる税率があることも明らかにしている。また、独占企業が異なった効用を持つ消費者に複数の価格付を行うことによって、利益を増やしたり厚生損失を減らせることも論じている。最後に、デピュイは需要曲線の分析のみで、供給曲線については論じていないことを付け加えておく
 次に、ドイツである。クールノーは、かの複占モデルでは均衡の安定分析を扱ったが、需給曲線に関しては均衡の安定性について触れなかった。ドイツのラウ(K.R.Rau)がクールノーを読んでいたかどうかは別にして、1841年の論文および教科書『国民経済学要綱』でこの見落としを取り上げた。均衡が撹乱された場合の回復過程を描いて需要・供給曲線による均衡の安定性を最初に論じたのである。需給の差が価格を上下させ均衡に導くことを需給曲線と代数を使って表現した。
 ラウの影響を受けたのが、マンゴルト(『経済学綱要』、1863)である。ラウ同様需給均衡の安定性を述べた後、彼は需要・供給曲線の詳細な分析を行った(彼の表記は縦軸が価格である)。需要曲線の各点は、消費量に応じた限界効用を表し、それは限界効用の低減により右下がりの傾きを持つ。価格上昇は、最終需要の限界効用が上昇価格に見合う迄、消費を削減させる。デピュイと異なる所は、デピュイが需要曲線を単に(原点に対し)凸としたのに対し、マンゴルドには、財の性質、代替性あるいは所得の不均等により、凸形、凹形がありうる。はたまた、虚栄や(将来の値上がりの)恐怖により、右上がりの部分も持つとした。供給曲線についても様々な形態がある。製造コスト一定で、完全に水平(完全弾力的)なもの、ある点の生産限界があり、水平から垂直に直角(完全非弾力性)に変化するもの。生産量に応じて完全弾力的から弾力的になり、完全非弾力的になるカーブをもって折れ曲がるもの。折れ曲がる前に、規模の利益でコストが下がりU字状の形態を持つもの等である。これらのさまざまな形態の需要曲線・供給曲線の組合せのシフトにより、生じる均衡点の価格・数量変化も様々である。マンゴルドは需給図表を使って、部分均衡の比較均衡分析手法により種々のケースを分析した。その他、需給図表を使った複数均衡や結合生産の分析も重要な貢献であるが、『経済学綱要』でも、触れたので省略する。これらマーシャルに先立つ業績はエッヂワースが1894年に言及するまで忘却されていた。

(参考文献)
  1. 上宮正一郎 「ジェヴォンズとフレミング・ジェンキン」 国民経済雑誌、140(2)、1979-08(神戸大学)
  2. クールノー 中山伊知郎訳 『富の理論の数学的原理に関する研究』 岩波書店、1936年
  3. シュンペーター 東畑精一訳 『経済分析の歴史 4』 岩波書店、1958年
  4. シュンペーター 東畑精一訳 『経済分析の歴史 5』 岩波書店、1958年
  5. デュピュイ 栗田啓子訳 『公共事業と経済学』 日本経済評論社、2001年
  6. ド・ビア 八杉貞雄訳 『ダーウィンの生涯』 東京図書、1978年
  7. 森茂也 『イギリス価格論史 古典派需給論の形成と展開』 1982年、同文館出版
  8. Black, R. D. Collison “Jenkin, Henry Charles Fleeming(1833-1885)” in The New Palgrave Dictionary of Economics, Macmillan, 1998
  9. Brownlie, A. D. & Lloyd Prichard, M. F. “Professor Fleeming Jenkin, 1833-1885, Pioneer in Engneering and Political Economy” Oxford economic papers, Vol.15. No.3, 1963, pp.204-216
  10. Humphrey, T. M. “Marshallian Cross Diagrams and Their uses before Alfred Marshall: the Origins of supply and Demand geometry” Economic Review, Mar/Apr, Federal Reserve bank of Richmond, 1992, pp.16-21
  11. “Fleeming Jenkin” in Wikipedia (http://en.wikipedia.org/wiki/Fleeming_jenkin)




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(2010/9/24記、2016/8/10 デピュイ論文刊行年を訂正、2022/5/11 HP内の形式統一のための改定。記事内容に変化はない)




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