HEARN, W.E.
, Plutology on the Theory of the Efforts to satisfy Human Wants.
, Melbourne, G.Robertson, 1863, 8vo, pp xii+475.

 ハーン『財富学』(『富学』あるいは『経済学』とも訳されている)初版、メルボルン版。
 書名は、古代ギリシャ語の富を意味するploutosに学問のlogyを付加したもの(と思う)。
 著者は、アイルランド生まれ。オーストラリアのメルボルン大学創設時に主に古典語の教授として招聘され、他に文学・社会科学等の教鞭もとった。本書はメルボルンでアイルランド人の書肆により1863年に、ロンドンでは翌年にマクミランから出版。ロンドンでは、500部刷ったが、売れたのは2年間に87部だけ。出版の売れ行き不良と同時代の学者から無視されたため、著者の経済学への関心は薄れ、政治学等へ興味が移った。豪州での発行部数は調べた範囲では確認できなかったが、メルボルン大学の教科書として60年以上細々と使用され、1878年頃にロングマンから増刷されたようだ(現物が確認されてないらしい)。
 先に学者から無視されたと書いたが、例外として同時代ではジェヴォンズの好意的な紹介(『石炭問題』および『経済学の理論』、後者にはハーンの項目がある)があった。ジェヴォンズ自身がオーストラリアで若い時代暮したため、贔屓目があったのだろうか。死後であるがマーシャル(学生に奨めたと夫人の著書にあり)とエッジワース(パラグレイブ経済学辞典の項目)という、ともども19世紀を代表する経済学者に評価される。

 同時代の正統派経済学書が労働・資本等生産要素の分析から始まったのに対し、本書は消費者の必要からはじめて、それらの必要を満足させる諸種の生産要素の分析へと進めた。富の増大は競争的な用益の交換の結果だとし、競争が、便益・公正・平等化をもたらすとした。需要・供給により決定された用益の価格は、最低の生産費用に収束することを述べ、所得の分配は交換の一般理論から説明される。
 競争分析は後の限界主義ほど洗練されておらず、限界効用逓減の記述はあるが、限界生産力説までに達していない。古典派の生産費用説と新古典派の主観的限界効用価値説との過渡期のものと位置づけられる。稚拙な分析ツールよりも希少性と必要中心の本書ヴィジョンをより評価する向きもある。
 著者は博識の人で、当時の文献を広範囲にわたって渉猟していた。特に、バスチア等フランス経済学者とハーバート・スペンサーの社会進化論の影響が指摘される。その引用の多さから独創性を否定され、剽窃を疑われたこともある。

(本書がマイナーなせいで、邦語文献では注釈に押し込められている程度で詳しい記述がない。図書館に行く余裕がないので、主として辞典類と下記のインターネット上の資料を参考にさせて頂きました。
1. George C.G. Moore ‘Selling Plutology: Correspondence relating to the Failure of Australia’s First Economics Text’
2. ‘A Biographical Sketch of William Edward Hearn (1826-1888): A Slightly ‘Irish’ Perspective.’(著者不詳))

 豪州の書店より購入。革装、マーブル小口の美本である。オーストラリアドル換算レートの加減か豪州本の値付けは割安に感じる。大学図書館にはメルボルン版の蔵書はないようだ

 




標題紙(拡大可能)

(H19.6.9記)



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