GOSSEN, HERMANN HEINRICH,
Entwickelung der Gesetze des menschlichen Verkehrs, und der daraus fließenden Regeln für menschliches Handeln. Neue Ausgabe. , Berlin, Verlag von R. L. Prager, 1889, viii+277, 8vo.

 ゴッセン『人間交易論』(『人間交通の法則の発展』とも)、1889年刊新版(初版は1854年)。
 著者略歴:ゴッセンGossen, H. H.(1810-1858)。著者の伝記的事実についてはよく判っていない。市井の人として生涯を過ごし、大学にも籍を置いてないので、記録類が少ないせいであるらしい。ジェヴォンズの当時(1879年)では、生死さえ明らかでないとしている(『経済学の理論』第二版序文)。
 1810年、ドイツのデューレンで生まれる。当時はナポレオン(1世)のもと、ライン左岸はフランスに併合されていたのでフランス国境に近いこの町もフランス領であった。父親はフランスの政府に勤務する収税吏(後プロシアの同職に転ずる)。彼自身は、ギムナジューム時代は数学の才能を示したとある。ボン大学に学んだ後、父親の勧めで「陪審官」についたが、役人には適さなかったようで、職を辞した。一時、保険会社にも関係したりしたが、これにも失敗し、父親の遺産を頼りに1850年頃から研究に専念するようになった。亡くなった時は、看取ったのは姉だけという失意の生涯であった。
 本書序文では、自らをコペルニクスになぞらえるほど自分の発見には、自負があった。そして、いつかケプラーやニュートンのような人が現れ、理論を精緻化してくれることを期待している。ジェヴォンズやワルラスがそれにあたるかどうか。
 生前は知られることはなかったが、1870年代の限界革命トリオが出るに及んで、初版出版(1854年)の二十数年後、「限界革命の祖」として再発見される。少し時代はずれるが、ちょうど遺伝学のメンデルの如くである。
 ワルラスは、「私はこの人を、いままでに生存した最も非凡な経済学者のうちのひとりに考えている」(ワルラス、1952、P.44)とし、ジェヴォンズは、「経済学の一般原理と方法に関してゴッセンが完全に私に先駆していることは十分に明らかである。私の理解しうるかぎりでは、彼の基本原理の扱い方は、私が構想しえたよりもさらにより一般的かつ徹底的である」と評価している。(ジェヴォンズ、1981、p.xxxii:強調原文)

 ゴッセンは、「数学によらないで真の国民経済学を講ずることはできない」(序文)としている。微分も少し使っているが、ほとんどは、簡単な数式と図表と数値例による説明である。ただ、数式の説明のごたつきが、余計に読者を敬遠させたとは多くの論者(エッジワース、ブローグ等)のいうところである。もって回った官僚的な文体、神や創造主をやたらに持ち出すことも、本書の普及を妨げた。
 限界効用が逓減する法則、いわゆるゴッセンの第一法則(この命名は第二法則も含め、ウィーザーによるものである)と呼ばれるもの、および効用の総計を最大にするためは個々の享楽の限界効用が均等すべしとするゴッセンの第二法則を、本書で明らかにした。ただし、ゴッセンにあっては限界効用「直線」(曲線でないことにジェヴォンズの批判あり)を説明する際、縦軸は享楽の大きさであるが、横軸は商品の量ではなく時間である。もっとも、後のページでは商品量を消費持続時間に比例するとしているが。
 その他に、目を引くのは次の部分であろうか。
 まずは、完成財の価値から生産要素に価値が移転することを述べている。しかし「それが個々の部分にいかに分かれるかということについては、詳細な規定は不可能である」(ゴッセン、2002、p.32)としている。「こうした下部の概念は、無限に続けていくことができる」(同、p.34)とメンガーの帰属理論のN次財を思わせる表現もある。ゴッセンは、主観的帰属を発見したおそらく最初の著者であるとカウダーは評価している。
 次に、ジェヴォンズ理論と本質的に同じとされる、労働の限界不効用の理論がある。労働は、最初は運動と同じで効用があるが、継続するうちに限界効用はゼロになり、ついには不効用となる。ゴッセンは生産物の限界効用直線と、それを生産するのに必要な労働の限界(不)効用直線とを巧みに重ねて、両者が一致する時間で効用が最大になることを示している(同、p.48)。

 (新版について)
 著者のみならず、本書も数奇な運命をたどっている。
 ジェヴォンズやワルラスが本書(初版)を博捜し、やっとのことで入手した話はよく知られている(注)。当時数部しか残っていなかったとされる。それは、著者が世に認められないことに絶望し、本書を回収し廃棄したせいであると多くの本に書かれている(例えば、ブローグ)。
 しかし、そうでもないらしい。世間に受け入れられなかった(一部も売れなかったという説もあるが、わずかな図書館に入ったものや、少数の学者の目に止まった本もあるから、少数は流通したのは事実である)ので、ゴッセンはその死の一月前に本を回収した。しかしそれは、廃棄されずに手元に保管されていたのだった。ゴッセン死後は、ゴッセンの甥である数学者ヘルマン・コルトゥム (Hermann Kortum)の手に渡った。製本されないまま裸本で保存されたようである。やがて本書が広く知られるようになると、初版出版社フィーヴェーク(Vieweg)を承継したプラガー(Prager)社がコルトゥムから、くだんのストックを買い取った。そして、ストック本の標題紙・半標題紙を付替え、序言をつけ、新しい表紙にして、「新版」として発行した。本文であるテキスト部分は、初版本そのものである。よって、初版と「新版」を併せても1千部は超えない、いや出版費用をゴッセンが負担したことを考えると併せて500部かも知れないとされている。
 こうして、新版を単なる復刻本とした高橋誠一郎「ゴッセン『人間交通の法則』の発見」の説明は誤りであるし、邦訳の解説では各版の相違を記述しながら、この点の説明はないのは物足りない。初版は稀覯書としてよく知られているが、こう知ってみると、新版もなかなかの本である。
 以上の事実はドイツの複数の古書店のカタログから知ったのだが、出典がどこにあるのか分からなかった。MeijerとVogel(メィヤー、フォーゲルと表記するのだろうか)論文に載っているのが見つけ出せたので、主に該論文に拠って記述した。

 上記の「新版」の事実を知ってから、この本が欲しくなって購入した。値段が高いので、Ex-library本しか買えなかった。テキスト部分は全くきれいなので、満足することにした。

 (注)ワルラスは本書探究の過程でフィーヴェーク出版に照会し、「同社は彼の請求により「委託品にすぎなかった」その著書の残部をすべて彼に返却したしたということを私に知らせて来た」と書いている。そして、本書を苦労してミュンヘンの図書館から借りて、熟読したとも書いている(ワルラス、1952、P.50)。一方では,コルトゥムとも文通(1880年:同、P.62)しながらストック本の話題は出なかったのだろうか。不可解である。

 (参考文献)
  1. エミール・カウダー 斧田好雄訳 『限界効用理論の歴史』 嵯峨野書院、1979年
  2. ゴッセン 池田幸弘訳 『人間交易論』 日本経済評論社、2002年
  3. ジェヴォンズ 小泉信三他訳 『経済学の理論』 日本経済評論社、1981年
  4. G・J・スティグラー 丸山徹訳 『効用理論の発展』 日本経済新聞社、1979年
  5. 高橋誠一郎「ゴッセン 『人間交通の法則』の発見」(『西洋経済古書漫筆』好学社、1947年所収)
  6. ブローグ 中矢俊博訳 『ケインズ以前の100大経済学者』 同文館、1989年
  7. 松浦保 『現代経済学の潮流』 日本経済新聞社、1976年
  8. ワルラス 石崎昭彦訳 「ゴッセン論」(スピ-ゲル編『限界効用学派』 東洋経済新報社、1952年所収)
  9. Gerrit Meijer, Richard F. A. Vogel "The Fate of new ideas: Hermann Heinrich Gossen, his life, work and influence" Journal of Economic studies. Glasgow: 2000. Vol. 27, Iss. 4/5; p.416




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(H21.2.14 記。2022/5/19HP内の形式統一のための改訂、記事内容に変化はない)



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