EDGEWORTH,F.Y., MATHEMATICAL PSYCHICS AN ESSAY ON THE APPLICATION OF MATHEMATICS TO THE MORAL SCIENCE, London, C. Kegan Paul & Co., 1881, pp.viii+150,8vo エッジワース『数理心理学』初版である。 ”Psychics”が心理学と訳されているがどうもなじめない。心理学は普通”Psychology”だし、サイキックといえば、超能力のSFか怪奇小説を思い出してしまう。手元の辞書を何冊か引いて見ると、大体、超心理学と訳が付いており、「俗に心理学」と付け加えたものもあった。 ためしにWebcatで、タイトル・ワードに”Psychology”と入れると、17,505件出てくるのに対し、”Psychics”ではたった17件である。内、英語が14件あるが、エッジワースのこの本が半分の7件を占め、あとはタイトルから判断して、超能力の類の本と思われる。一般には心理学の意味では、用いられないように思えるが、著者は何か特殊な意味合いを込めたのであろうか。と、ここまで書いてきて、鈴木興太郎氏による訳の予告があったのを思い出して調べてみると、こちらは『数理精神科学』と題されていた。 エコノミック・ジャーナルの共同編集者であったケインズは云う、「エッジワースは、たとえ数学的用具の操作にかけては、しばしばぎこちなかったにしても、独創性において、業績において、またその生来の興味の傾くところにおいて、マーシャルよりもかなり偉大な数学者であった。四十年にわたってエッジワースが、彼みずから『数理心理学』と名付けたもの――社会科学における準数学的方法の適用の精密さと幅の広さ―――の、世界中で最も傑出した、最も多産的な代表者であったことは、争う余地が無いものと私はおもう。」 『数理心理学』の主要内容を諸書からまとめてみれば、次のようになるであろうか。 ①効用関数 それまでの加法的効用関数を2変数の関数と見なされるような一般形に初めて表示した。 現在では自明の事だと思われているが、一般的な効用関数の導入は、「下級財」や「連関財」の問題へ発展していった。 ②無差別曲線 「エッジワース・ボックス」で表示された無差別曲線・契約曲線の分析手法を開発したこと。は、これは、現在のミクロ経済学の基本的枠組みとなった。無差別曲線は、その後パレート等によって発展させられ効用関数の排除に向かった。 ③コア理論 取引参加者の数を増やして行くと、均衡が「収縮」して、個人の数が無限大になると競争均衡になる事を示した。これは、1960年代に発展した「コアの理論」の先駆的業績とされる。 この本は、私にとって長らく幻の本であった。摑まえたと思ったら、スルリと手からこぼれてしまう。最初に初版本の触れ込みで買ったのは4年前。到着した現物を見ると何かおかしい。印刷に活字のシャープさがなく、ページによっては、傾いて印刷されていたり影が写っていたりする。ゼロックスの私家版複製ではないので、写真製版の印刷と思われた。 その後、同じく初版本として買ったもう一冊の本を見て正体が解った。Kellyの”Economist’s Book Club”用の複製本だったのだ。これには紙カバーが付いていて、そこにリプリントの表示があったが、カバーを取れば一切リプリントの表示はない。これについては、さすがにクレームを付けて返金を願った。 この本を探してアイルランドのよく取引する書店(エッジワースはアイルランド人であるとの単純な発想)に尋ねてみたが、かなりの稀覯書で殆ど出ないだろうとの返事であった。 今回初めて「本物」にめぐり合えた。サイバーカタログの説明文を見た時、本物と確信できたが、これも大阪産業大学の稀覯書展で現物を見せてもらい、装丁等のイメージが頭に入っていたおかげである。 Webcatには、本書の初版本としてかなりの数の本が登録されているが、その中には複製本が紛れ込んでいるのではないかと、私はにらんでいる。 英国の本屋より購入。表紙の一部が欠けているが、本の中身は非常にきれいである。 (参考文献)
(H17.10.1記) (追記)たまたま、立花隆の近著『天皇と東大』を読んでいたら、下記のような記述に出くわした。自身の不明を恥じるばかりである。 心霊研究というと、日本語ではすでに名前からして怪しげなものに聞こえるが、原語のサイキカル・リサーチにはそれほど怪しげなイメージはない。サイキカル(psychical)は、フィジカル(physical=物理的、物質的、肉体的)の対語で、「霊魂の、心霊の、心霊現象の」といった意味もあるが、本来、もっと広く、「精神の、精神的、心的」といったことを意味し、物理法則だけでは説明できないと考えられる超常現象、人間の精神や心がかかわることによってひき起こされる常ならぬ現象を広く研究しようというのがサイキカル・リサーチである。(「山川健次郎と超能力者・千里眼事件」の章、同書p.325-6) (H18.3.19記) |