RICARDO, D.
, An Essay on the Influence of a low Price of Corn on the Profits of Stock; shewing the inexpediency of restriction on importation: with remarks on Mr. Malthus’s two last publications: "An Inquiry into the Nature and Progress of Rent” and “The Grounds of an Opinion on the Policy of restricting the Importation of Foreign Corn”, London, Printed for John Murray, Albemable street. 1815, p.50, 8vo.: Ex-' Treasury Library ', bound with tracts by Malthus.

 リカード『利潤論』(『穀物の低価格が資本の利潤におよぼす影響についての一試論』;『穀物価格論』、『試論』とも略される)、1815年刊初版。
 1815年には、国会での論議と時を同じくして、多くの穀物法関連のパンフレットが発行された。この年の2月だけでも、本編の他、マルサス(2編)、ウェスト、トレンズのものが発行されているのである。本編は、序文によると、2週間前に発行されたマルサスの『見解の根拠』(The Grounds of an Opinion on the policy of Restricting the Importation of Foreign Corn)等に対する反論として出された。すごいスピードに見えるが、すでに1814年の春から、マルサスとの間に穀物法を巡って書簡で意見を交換していたのである。あるいはマルサスと1813年の後半から交わされた通貨及び外国為替に関する討論に本編の起源を求める見方もある。
 ブローグに従って、リカード体系の核心は、単位土地あたりの穀物収穫量が、分配シェアの趨勢的変化のみならず投下資本に対する一般収益率も支配するという命題にあるとするならば、この『利潤論』においてすでにリカード経済学は確立したことになる。『利潤論』が『経済学および課税の原理』(1817)のプロトタイプ(原型)とされる所以である。
 リカード自身の言葉によって、本編の核心をもう少し敷衍するなら「資本の利潤の低下するのは、ただ食糧の生産に等しくよく適した土地を得ることができないという理由だけによるのであって、したがって利潤の低下と地代の上昇の度合いはまったく生産の費用の増加によるのである。それゆえ、もし諸国の富と人口とが増進している場合、資本が増加するごとに、肥えた土地の新しい部分がこのような国に付加されるならば、利潤は決して低下しないし、地代も上昇しないであろう」(リカード,1970,p.25)となろうか。利潤低下・地代上昇の部分を補足すると、人口の増加につれて耕作地が生産力の低い劣等地にまで拡張されると、全体の利益率は最劣等地の利潤率に調整され、最劣等地以外の土地には生産力に応じて地代が発生する(差額地代論)。―地代は、可耕地が拡大する場合のみでなく、既存耕地に資本を追加投資する場合も同様に発生する。だから、リカードは、地代は新たな富の創造ではなく、既存の富の移転にすぎないとする。
 『利潤論』本文は、リカードの名と不可分の「差額地代論」から始まる。リカードは、この理論をマルサスの『地代にかんする研究』(An Inquiry into the Nature and Progress of Rent,1815)に負っていることを明示しているが、説明はリカード流の数値例のモデルである。
 読んでみると、投入に対する産出の逓減を例示しているのだが、総生産物一定の仮定が置かれており、産出は純生産物で表示しているため、投入・産出量ともに変化しており、投入量(あるいは産出量)が一定の普通の収穫逓減の表を見なれた目にはちょっと分かりづらいところがある。『原理』の例では、ちゃんと投入量が一定になっているのだが。
 ともあれ、本編所収の収穫逓減を表示する表(「仮定的に資本を増加したばあいにおける地代および利潤の増進を示す表」)では、小麦の生産に投入されるのは、産出と同じ小麦である。スラッファのいわゆる「穀物比率理論」(注1)であり、利潤率=純生産物/投入資本量であるから、分子・分母とも実物の小麦の量で表示されるので、価格変化に煩わせられることなく利潤率が求められる。あるいは、価値論と切断された形で利潤率が産出されていると表現されることもある。ここでいう、リカードの価値とは自然価格といっていいと思う。
 そして、この「利潤にかんする穀物理論」は、「農業利潤が総利潤を決定する」という仮定とセットになっている。この仮定により、製造業の利潤率が農業利潤率と均等になり、総利潤率(=農業利潤率)も穀物比率で表示できるのである(注2)。耕地の劣等地への拡大に従い、増大する投入量・減少する純産出の物量からストレートに利潤率が算出できる。こうして、資本利潤の低下、地代の高騰という分配論が展開されるのである。
 しかし、『利潤論』には、もう一つの分配論の論理の形があるとされる(これもスラッファによる。もって、彼のリカード解釈についての影響の大きさを知るべし)。『利潤論』の中には、価値論と利潤論を結びつけている章句がある。リカードは、投下労働量を交換価値の源泉とする考えも示している。劣等地耕作の拡大が生産に必要な投入労働量を増大させ、穀物価格が高騰し(この部分が労働価値論である)、賃金も騰貴し、一般利潤率が低下するというのである。投下労働量増大→穀物価格高騰→賃金高騰の分だけ論理の道筋が伸びた訳である。なるほど、「穀物比率理論」のままなら、穀物価格の出る余地がないから、『穀物の低価格が資本の利潤におよぼす影響についての一試論』という長い標題も必要なかったと思ったりする。
 ともかく、後の『原理』で展開される労働価値論が、この『利潤論』では中途半端なまま終わっており、その意味でも 『利潤論』は 『原理』の原型といわれるのだろう。
 本編では以上が理論的な準備で、後半に本題の自由貿易を求め穀物法に反対する論旨が展開されるが、時論的なもののため省略する。一般的にはマルサスが、なお政治的な力を持つ地主階級の立場に立ち、リカードは新興の資本家階級を代表すると書かれている。しかし、マルサスも単に地主の立場というより、農業と工業の均衡のとれた発展を希求した(ボーナー)という見方もあるし、リカードは数世紀の時間のスパンでの「理念的な静止状況」を穀物の輸入制限による短期の停滞均衡とを混同していると意見(ブローグ)があることだけを記しておく。

 英国の書店より購入。本編、マルサスの穀物条例に関する3論文及び『価値尺度論』の計5編が”Tracts by Malthus and Ricardo”の標題で合冊されている。’Treasury Library / Financial room’なる蔵書票が貼付してあるが、大蔵省図書館のいいだろうか。購入書店のコンピューター上のサイバー・カタログには3編の合本と表示してあり、標題紙の写真を送付してもらった時も3編のものだけだったが、届いたのを調べると5編あり、もうけものだった。いずれも初版で、稀覯書である。他の編も、マルサス『穀物条例論』および『価値尺度論』として本HPに登載しています。

 以上記述後の知見を付記する。"Treasury Library / Financial room" は、やはり「財務省文庫」であった。そのカタログである「英国財務省文庫目録」Catalogue of the Books forming the Treasury Library なるものが、’Stationery office' (あのマカロックが晩年長官を務めた文具調達局と訳される役所である)により、1859年と1910年に出版されている。他の年の版も、上梓されているどうかは知らない。1859年版には、この ”Tracts by Malthus and Ricardo” は、480番として登載されている(1910年版は、未確認)。合冊製本されたパンフレットの順も、その記載と全く同じである。私蔵本は英国財務省旧蔵本(ex - ' Treasury Library ')であることが明らかになったのである。

(注1)スラッファによる。「穀物比率理論」が、スラッファ体系の単一商品生産モデルに相当するのかはよく判らないが、リカードは物量タームではなく小麦を価値尺度とした価値タームで表現しているとの説もある(羽島)。
(注2)この仮定は、『利潤論』のみにある、『原理』では消えている。

(参考文献)
  1. 小林時三郎 『古典学派の考察 マルサスとリカアドウ』 未来社、1966年
  2. P・スラッファ編 堀経夫訳 『リカード全集Ⅰ経済学および課税の原理』 雄松堂、1972年
  3. P・スラッファ編 玉野井芳郎監訳 『リカード全集Ⅳ 後期論文集1815-1823年』 雄松堂、1970年
  4. モリース・ドッブ 岸本重陳訳 『価値と分配の理論』 新評論、1976年
  5. 羽島卓也 『古典派経済学の基本問題』 未来社、1972年
  6. 菱山泉 『リカード 経済学者と現代2』 日本経済新聞社、1979年
  7. マーク・ブローグ 馬渡尚憲・島博保訳 『リカァドウ派の経済学』 木鐸社、1981年
  8. (Annonymous) Catalogue of the Books forming the Treadury Library, London, Printed for H. M. Stationery Office by Harrison & sons, 1858



(2009.7.1記. 2015.4.22 「財務省文庫」記事を追記)
(2022/5/10 様式統一のため、書名のイタッリク表現、数字の半角化を行う。内容に変化なし。)




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