RICARDO, D., On the Principles of Political Economy and Taxation. Second edition, London, John Murray, Albemarle-street, 1819, pp.viii+550+(2). Ex-'Bank of England`
RICARDO, D.
, On the Principles of Political Economy and Taxation. Third edition, London, John Murray, Albemarle-street, 1821, pp.xii+538, 8vo
 

 リカード『経済学および課税の原理』、第二版(英蘭銀行旧蔵)および第三版(生前最終版)。
 著者(1772-1823)の主著。オランダから英国に帰化したユダヤ人株式仲買人を父として、15人(あるいは20人とも)の子供の第三子として英国に出生。学歴はオランダのユダヤ人幼年学校タルムード・トーラ(これで固有名詞、スピノザも通ったとされるが、定かでない。第二次大戦独軍侵攻により閉鎖されるまで存続)と英国の小学校のみ。14歳の頃から父の仕事に従事するも、異教徒(クェーカー教徒)との結婚により、義絶された。この結婚は妻側の家族からも反対にあったという。このため、徒手空拳で、独立して株式仲買業を営む。幸い仕事は充分すぎるほど成功し、証券取引所を代表する国債引受人にまで登り詰める。40過ぎに仕事を引退、田園に土地を購入して大地主となった。この頃から経済学に専心する。1819年には資産を背景として無所属の下院議員に選出された。一代で築いた遺産額は、スラッファの推計で、約70万ポンド(注1)。
 妻と療養のため訪れた温泉地バースで、巡回文庫のスミス『国富論』に出会った。これが、著者が経済学に興味を持った端緒であることは、よく知られている。親友ジェームス・ミルの教導と論敵マルサスとの討議が、元々アマチュアの彼を大経済学者に育てた。遺言書で、親族以外の友人で遺贈を受けたものは3人しかいないが、その内の2人がミルとマルサスである(各100ポンド)。
 リカードは、実務家出身でありながら、事物を抽象し、本質に焦点を合わせ、原理を導出するという理論的性格が強い。マルサスの短期的・経験的方法に対置されるところである。しかし、彼が学んだアダム・スミスが具体的事例を多くあげるのに比べても、そうであり、理論経済学は彼に始まるともいわれる。アングロサクソン気質とは少し異質で、これをユダヤ的思考と称するひともいる。ただ、リカードの悪文は自身も認めるところで、文脈は、どうも理解しづらいところがある(翻訳は最近のものは、さすがにこなれている)。マカロックによれば、会話での説明はずっと明瞭だったそうである。

 マルクスは『原理』の核心部分は、価値論と地代論にありとした。リカードは、本書で両者を結合して、賃金・利潤・地代の長期的な趨勢、すなわち労働者・資本家・地主三階級の社会的分配動向を明らかにした。地代論は先に『利潤論』に概要を書いたのでそれをご参照いただくとして、ここでは価値論を主として書いてみる(本書第一章に展開されている)。
 アダム・スミスが労働価値説の適用は、「資本の蓄積にも土地の占有にも先立つ社会の初期未開の状態に」限定されるとしたのに対し、リカードは資本の蓄積によっては影響されず、労働価値説は成立するとする。初期状態にも後期状態にも、投下労働量が交換価値を決定するというのである。しかしながら、なぜ労働価値説が成立するかについて充分な説明のないまま、第三節のいわゆる「価値修正論」(注2)に入ってしまう。
 私などは、この修正論の理解に気を取られてすぐ忘れてしまうが、大本の労働価値説の証明の方はどうしたのだろうというのが、読むたびに気になっていたことである。リカードが「人間の労働によって増加しえないものを除外するかぎり、これ[労働]が実際にすべての物の交換価値の根底である、ということは経済学のおけるもっとも重要な学説である。」(堀訳, 1972 ,p.15)とまでいっているのに説明がないと思われるのである。
 この点に関して、モーリス・ドッブは以下のように説明している。リカードが、その労働価値論で特に反対したのはスミスの説く価値構成要素の「加算理論」(ドッブの命名)であった。商品の価値(自然価格としてよい)は、賃金・利潤・地代を加算することにより決定できるという理論である。加算理論によれば、賃金の上昇は当然価値増加となるであろう。しかし、リカードは大きな固定資本の使用されている産業では、賃金の上昇が生み出す「奇妙な効果」を発見したのである。「かれはこれを(労働価値説に対する:記者)譲歩と見なすのではなく、逆に、アダム・スミスに反対する彼の議論の補強材料を示す彼自身の発見だと見なしていたのだった。賃金の上昇は、たんに諸商品の価格を上げないだけではなく、それはじっさいに、いくつかの商品の価格を低下させるのであった。」(下線原文傍点)(ドッブ, 1976, p.100)。
 賃金の高騰は価値を上昇させない(注3)、価値が上がるのは労働投入量の増加によるものであるとリカードは考えた。こうして、労働量が価値決定の第一義的原因である。資本比率と耐久性の相違は第二義的原因であり、第一義的原因に代替するものではなく、あくまでそれの修正にすぎないとするのである。リカードは第一義的原因による価値の変動は20%を超えることがあるが、賃金上昇→利潤率低下を通じて現れる第二義的原因の変動は、6-7%を超えないとしている(堀訳 ,1972, p.40-41)。スティグラーをして、「93%の労働価値論」といわしめたところである。
 しかしいずれにせよ、労働価値説の明確な証明はなく、これが後に価値に対するさまざまな解釈を生むことになったのであろう。結局は「リカードの労働価値説とは、個々の商品の価格がそれぞれの生産に投じられた相対的労働量に比例するという単純な命題をあらわすものではなく、それらの価格が経済体系の生産的諸条件つまりは「生産方法」に規定されて決まるという含意をもつものとみなしてよいかもしれない。」(菱山, 1979, p.145)というはなはだ漠然とした結論に落ち着かざるをえないのだろうか。もちろん、リカード自身も満足せず、死にいたるまで、交換価値の計測のための「不変の価値尺度」を求め続けた。

 リカードは「差額地代論」により、最劣等の可耕地は地代を生じないとし、そこでは純生産物は、利潤と賃金のみからなるとする。ここで、リカードは、賃金(率)はマルサス流の生存賃金水準に決まると考えるので、残余として利潤が決定することとなる。資本蓄積が進み、労働需要が増え、食糧需要の増加となり、新たに可耕地が拡大される。収穫逓減の法則が働くから、最劣等地の労働投入が増え、穀物価格高騰、地代・賃金騰貴と続き、そして利潤(率)低下という図式である。リカードは、資本蓄積に従い利潤率が逓減していく長期的な「理念的な静止状況」を使って、穀物の輸入制限による短期の停滞均衡を論じたわけだが、これは経済的というより政治的企図に出たものかもしれない(ブローグは、こけおどしとまで称している)。リカードの反対にもかかわらず、穀物法は1836年まで存続した。この間その「予言」に反して、英国経済は30年代40年代と高度成長を続けた。リカードには、ダーウィンに対するハクスレイのごとき、「番犬」ともいうべき経済学者マカロックがいた。その彼でさえ、リカードは原理の応用に際して相殺する諸事情を見逃したとしている。劣等地開墾による収穫逓減には、土地改良による強力な相殺作用があったのである。
 経済分析のツールとして、比較生産費説、機械論等も触れるべきではあろうが、長くなりますので略します。

 第三版には、新たに「機械論」が付け加えられたことで知られる。第一版750部、第二版・第三版は1,000部の発行。
 
 第二版は、英蘭銀行旧蔵本で。表紙の革に”BANK OF ENGLAND”と金文字の箔押しがされている。英国の古書店より購入。第三版も、英国古書店よりの購入。サイバーカタログで、1921年発行第二版と誤った説明がなされていた、値段も安いのでどうせろくな本ではなかろうと思いつつ、問い合わせたら、本は友達の業者が持っているとのこと。送付された写真を見ると、装丁はご覧のとおりなかなか立派。すぐに発注した。


(注1)「不変の価値尺度」(?)がないので、換算の基準が難しいが、手近なところで『原理』(第二版)が、当時14シリング(堀訳,1972,lxviii)とあるから、この本が現在の5千円にあたるとして計算すると、現在価格で50億円くらいか。
(注2)念のため、「価値修正論」とは、各商品の①生産に要する固定・流動資本比率②固定資本の耐久性③流動資本の回収期間 が異なる場合、投下労働量で価値は決定されず、修正が必要になるというもの。
(注3)特に第一版の記載「その生産に固定資本が参加するすべての商品は、賃金の上昇とともに騰貴しないばかりでなく、かえって絶対的に下落する。」(堀, 1072, p73,下線は記者)からは、より納得しやすい。

(参考文献)
  1. P.スラッファ編 堀経夫訳『リカード全集Ⅰ 経済学および課税の原理』 雄松堂、1972年
  2. P.スラッファ編 堀経夫訳『リカード全集Ⅹ 伝記および大陸紀行』 雄松堂、1970年
  3. モーリス・ドッブ 岸本重陳訳 『価値と分配の理論』新評論、1976年
  4. 菱山泉『リカード 経済学者と現代2』 日本経済新聞社、1979年
  5. マーク・ブローグ 馬渡尚憲・島博保訳 『リカァドウ派の経済学』木鐸社、1981年
  6. マカロック 長洲一二訳「リカードー論」(スピーゲル編 越村信三郎、長洲一二監訳『古典学派 経済思想発展発展史Ⅱ』 東洋経済新報社、1954年 所収)
  7. 真実一男 『増補版 リカード経済学入門』 新評論、1983年



(第二版)

同標題紙(拡大可能)

(第三版)

同標題紙(拡大可能)

(2009.7.10 記.2014.4.28 第二版の写真掲載とそれに伴う修正。誤字訂正も実施)




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