MALTHUS, T. R.
,The Measure of Value stated and illustrated, with an application of it to the alteration in value of English currencey since 1790, London, John Murray, 1823, pp.v+81, 8vo

 マルサス『価値尺度論』、初版。
 『経済学原理』(1820)および『経済学における諸定義』(1827)とともに、マルサス(1766-1834)の経済学上の主著とされる。リカードの「投下労働価値説」に対するに「支配労働価値説」を主張した著として知られる。本書の構成は、タイトル(正式標題は『価値尺度の叙述と例証―併せて、1790年以降のイングランド通貨価値変動についてのその適用を付す』)とおり本論・数値モデル・統計適用からなる。
 リカードは、価値(交換価値のこと)は、投下労働にほぼ比例して決定されると考えていた。資本の回収の遅速と、固定・流動資本比率の差による修正は必要だと考えていたが、この影響は軽微だと考えていた。スティグラーのいう「93%の労働価値論」である。これをマルサスは批判する。リカードは「その大いさをはなはだしく過小評価している。この影響は、理論上も、実際上も、管理上も、非常に大きくて、諸商品がこれに使用された労働量にしたがって相互に交換されるという命題を抹殺してしまうほどである。」と(マルサス、1949年、p.21)。
 しからばマルサスは何を価値の尺度とするか。どんな商品でも真実の交換価値の尺度とはならないことを承知しているが、先の『経済学原理』初版(1820年)では、一定量の「労働と穀物の和半(mean)」を尺度に選んだ。一つ一つでは、満足な価値尺度ではないが、二つを結びつけることによって、より正確な尺度に近づけるというわけである。この二つが通時的には、反対方向に変動する傾向があるとマルサスが考えたことも、選んだ理由であろう。
 さて、本書では商品の支配する労働量を価値尺度としている。そして、本書の段階では価値はその商品に固有な内在的なものと考えられている。投下労働量は商品の原価部分しか計算していない。直接投入された労働量の他、原料や設備に体化された労働量を加えても、利潤部分(地代部分も)は入っていない。利潤(と地代)部分を労働量に換算して付加すれば完全な価値となるというわけである。マルサスはいう「そこでつぎのことが明らかになる。すなわち同じ国で同じ時期をとってみると、労働と利潤にだけ分解されうる諸商品の交換価値は、それに現実に投ぜられた蓄積労働と直接労働に、一切の前払いに対して労働で見積もった利潤の変化量を加えた結果得られる労働量によって正しく測定せられるということである。しかしこの労働量は、…諸商品が支配する労働量と必然的にひとしくなければならない。」(マルサス、1949年、p.23)と。支配(command)という言葉は当たり前過ぎるのか、詳しい説明がされていない。支配労働量は、普通購買できる労働量とも書かれているから、商品の価格を賃金率で除したものと考えて間違いないと思う。
 そもそも、交換価値を上記のように分解して考えるなら、価値尺度は労働量でなくても、毛織物・綿布・鉄等どんな商品で測定しても良いはずである。ただ、マルサスは交換価値といっても、再生産の継続が可能な「自然価格」を考えている。そして、マルサスは古典派経済学者として、生産費用の前払いが前提である。毛織物等の商品は価格変動が激しく、前期の毛織物で計測した価値を今期保持していたとしても、価格低下が激しければ再生産は可能と限らない。その点労働量は前払費用のほとんどの部分を構成するから、前期の労働量を確保できれば、賃金の高低にかかわらず再生産は可能である。よって、労働量を価値尺度に選ぶとしている。
 しかしながら、時代を超えたインターテンポラル(通時的な)価値尺度を求めるのなら、尺度の価値不変性の証明が必要であろう。そして、マルサス自身も「わたくしは、かなりくわしく立ちいって、労働の価値の必然的不変性を証明してきたのである」(マルサス、1949、p.36)と言明しているにもかかわらず、その証明は明確ではない。証明はもともと労働価値の不変を前提としているか、彼の反対するリカード方式の投下労働価値説から導出される「賃金+労働」の合計価値が一定であることを前提にしているように私には思える。「但し、この証明は失敗している。」(遊部、1964,p.229)と判断して、誤りはないだろう。あるいは、「実は彼の論述は、労働を価値の尺度とすればこうなるという説明に止まっている。」というべきか(南方寛一,1968,p.15)。
 さらには、証明を補強すべくマルサスが持ち出した数字モデルである「労働の不変的価値とその諸結果を例証する表」についても、S・ベイリーによってはっきりと批判されている。マルサスは、前提として導入した数字をひねくり廻して、証明の結果算出された数字のごとく扱っているというのである(注)。
 結局不変の価値尺度はリカードにもマルサスにも発見されず、スラッファの『商品による商品の生産』で示された標準商品までお預けであったのである。

 合本されているため、本の外観写真はリカード『利潤論』と同じ。

(注)本文の証明、数字例とも理解しづらい。訳者も同様なのか、邦訳の訳者解説でもベイリーの引用で逃げて、判断は記されていない。

(参考文献)
  1. 遊部久蔵 『労働価値論史研究』 世界書院、1968年
  2. 南方寛一 「マルサスの価値尺度論」 国民経済雑誌118巻3号 1968年、p.1-7
  3. サミュエル・ベイリー 鈴木鴻一郎訳 『リカード価値論の批判』 日本評論社、1941年
  4. マルサス 小林時三郎訳 『マルサス 経済学原理 上』 岩波書店、1968年
  5. マルサス 玉野井芳郎訳 『価値尺度論』 岩波書店、1949年




標題紙(拡大可能)

(H21.9.9記.)



稀書自慢 西洋経済古書収集 copyright ⓒbookman