MUMMERY, A.F. & HOBSON, J.A.,
The Physiology of Industry; Being an Exposure of certain Fallacies in existing Theories of Economics. , London, John Murray, 1889, pp.ix+215, 12mo.

 ホブスン・ママリー共著『産業の生理学』初版。
 今日ホブスンの名声は、二十世紀を代表する大経済学者に称えられた「帝国主義論」と「過少消費説」によるところ大といえよう。前者はレーニンがお墨付き与えたそのままの題名の著書があり、後者をケインズが持ち上げるに際しては本書を取り上げた。
 ホブソンには、『産業制度』、『富の科学』等の著書があるにもかかわらず、ケインズが彼の過少消費説を称えるのに『産業の生理学』を挙げたのは、ケインズはホブスンよりママリーを評価していたという説がある(自伝邦訳、訳者解説)。
 ママリーは、実業家にして高名な登山家である。マッターホルン登頂の新ルートを開拓するなどアルピニズムの「銀の時代」を代表する人物。「より高く、より困難を」を求める「ママリズム」という登山用語がある。1895年ヒマラヤのナンガ・パルバットで遭難死。著書に『アルプス・コーカサス登攀記』(筑摩ノンフィクション全集所収)あり。
 「彼はまた精神の登攀者であり、生まれながらにして自分で見つけた路を求める情熱と知的権威の凛呼たる無視を備えていた。この人物が過剰貯蓄にかんする議論で私を混乱に陥れた――彼はそれが不況期の資本と労働の過少雇用の原因だとしたのである。長い間私は正統派経済学の武器を使って彼の議論を反駁しようと試みた。しかし、ついに彼は私を説得し切り、私は彼に協力して過剰貯蓄論を精密化し、それは『産業の生理学』という題で1889年に公刊された。」(自伝邦訳P.27)
 その過少消費(過剰貯蓄)説もセイの法則から決別していなくて、実際には過大投資説あるいは過剰貯蓄の投資理論である欠陥を有していた。しかし、この本は時代の中心問題でありながら正統派が解決済みとしていた諸問題を明らかにし、後のマクロ経済学諸理論の先駆といえる炯眼な分析がある。
 本書を著したことでホブスンは、「地球が平らであることを立証する試みに等しいものであると考えた一経済学者」(自伝訳者によるとエジワースであるのこと)により教職を失った。しかし、ホブスンが異端者として学会から排斥されながら、多くの本を出版し安穏に生活できたのは、地方新聞社主である父の財産があったからだとT・W・ハチスンは皮肉っている。

 「限界主義の棚」にあるWICKSTEED, P. H., Alphabet of Economic Scienceと同時に米国の古書店からの購入。”NEW SOUTH WALES LIBRARY OF PARLIAMENT”のEx-Library。ただし、図書館の徽章は表紙一箇所のみ。半革装。小口・見返しともマーブル模様の美本。

(参考文献)
  1. ハチスン 長守善他訳 『近代経済学説史(上)』 1957年 年東洋経済新報社 第7章 
  2. J・A・ホブスン 高橋哲雄訳 『異端の経済学者の告白 ホブスン自伝』 1983年新評論 他




標題紙(拡大可能)

(H19.8.15記)



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