ENGEL, E. ,
Die Lebenskosten bergischer Arbeiter-Familien frűher und jetzt. Ermittelt aus Familien-Haushaltrechnungen und vergleichend zusammengestellt., Dresden, C. Heinrich, 1895, pp.viii+124+54, 4to.

 エンゲル『ベルギー労働者家族の生活費』、1895年刊初版。正式標題は、『家族家計から確認せられ、対照的に総括された前代及び現時におけるベルギー労働者家族の生活費』である。
 著者略歴:エンゲルChristian Lorenz Ernst Engel(1821-1896)。ザクセン王国の首府ドレスデンに生まれる。1842-45年フライブルグの鉱業専門学校(Bergakademie zu Freiberg i. S.)において採鉱冶金学を習得。卒業後、実務をさらに研鑽するために、ベルギー・英・仏を研修旅行した。その際、ブリュッセルで近代統計学の父ケトレーに、パリで社会改革家・社会学者のル・プレ(彼も鉱山学校で学んだ)に邂逅して、大きな影響を受ける。
 1848年ザクセン政府から新設の工業および労働事情調査委員(後に委員長)に委嘱される。50年にはライプチッヒの「一般ドイツ工業博覧会」準備・指導を任されて、大きな成功を収めた。この功により、同年ザクセン統計協会設立の統計局がザクセン王国統計局に改組されるや、その局長となる。1858年ザクセン議会でエンゲルの改革意見が批判されるまで、その職に留まった。
 一時、彼の提案に基づいて設立されたザクセン抵当保険会社の経営に携わる。1860年にドイツ統一以前の大国であるプロシア王国の統計局長に招聘され、1882年まで22年間在職する。二つの枢要な領邦の統計局長として30年に亘って官庁統計を確立することに多大な功績があった。のみならず、国際統計整備の他、統計学そのものにも大きく貢献した。その他の活動としては、プロシア議会に議席を持ったこと(1867-70年)とドイツ社会政策学会の設立(1872年)に関係したことがある。
 先に、エンゲルは官庁統計の確立に功績があったと書いたが、彼は単に官庁統計の組織及び運営を整備しただけではない。それに関連して統計思想の普及にも努めた。統計は行政だけのものではなく、公共性をもつものだとの考えから、その公開性を重視した。統計の公表のため、『ザクセン王国統計報告』、『ザクセン王国統計および経済年鑑』、および『ザクセン王国内務省統計局雑誌』を発刊(1851~55)し、原資料、年鑑、雑誌の三部作体系を完成した。各国統計局活動の模範となった。さらには、統計の実務家と学者の養成のために、統計局に「統計ゼミナール」を開設した。当時全く新しい試みで、ドイツの社会科学セミナーの原点となったとされている。ここから、クナップ、ブレンターノ等多くの学者が育つことになった。
 プロシア統計局長を退職後は、ドレスデン近郊のセルコヴィッツ村で、妻のために建てた「数から遠ざかって」(procul numeeris)とラテン語で名付けた「数外荘」に隠棲する。そこで、村のための水道等公共事業に関係しながら、青年時代以来関心を保持続けた人間の福祉測定のための学問、消費の経済・社会・統計的研究を終生続ける。ただし、一人の助手もなく、参考資料も充分でなく、老齢に抗いながら、計算機を唯一の味方として。「私は官吏の職を退いて以来、労作にあたっては、ただ私自身だけにたよらざるをえないのだ。比較的機械的な仕事にたいしても、殊に計算の仕事にたいしても、私は何ら補助者を使うことができない。私の最善の援助者」(p.7)として、トマス・ブルックハルト計算機とビレッタア式計算機と当時の計算機をあげている。死の前年に出された絶筆が本書である。

 エンゲルの統計研究は、現代統計の始祖ケトレーに比べて、社会に対しての興味と研究を一段と深化した。具体的には、人口や犯罪統計等よりも、より社会経済的なもの、社会と消費の統計的研究に関心を移した。
 エンゲルの研究の範囲は、大きくは、個人福祉・家族福祉及び国家福祉の測定に関するものに及んでいた。個人福祉の測定については、欲望充足の観点ではなく、人間を教育の生産物であり人的資本とみて、その資本価値の観点から個人福祉を計算しようとした。一方で、資本として諸出費による費用価値を算出し、労働によって費用価値を完全に償却する必要ありとして、その正当価格を算出し、他方で現実の賃金に基づく収益価値を求め、双方の価値のバランスに個人福祉の程度を計算しようと試みた(『労働の価値』(1866)及び『人間の価値』(1883))。
 家族・国家の福祉の測定については、国民の福祉は生活欲望の充足即ち消費によって決定され、消費の場が家族・家庭であるがゆえに家族福祉測定が最重要であると見る。そして、人間の福祉を決定するものが消費となれば、消費の研究を進める必要がある。経済学の教科と統計の部門とがあまたあるなかで、「人間のなす一切が消費のために行われる」という意味で、「人間の消費の教科部門が最も完全に発達せしめられるに値するものであるのに、現在、非常にみすぼらしい発達状態にある」(エンゲル、1968、p.5:以下本書邦訳からの引用はページのみを表示)。
 『ザクセン王国の生産及消費事情』(1857)や本書『ベルギー労働者家族の生活費』によって、なされたエンゲルの業績として、森戸(1942、p.61)は、次の三点をあげている
(1)家族福祉測定の可能であり重要であることを明らかにしたこと(2)そのために特殊の方法を提唱したこと(3)この方法の適用によって重要な結果、そのうちでも特にいわゆるエンゲル法則を導出したこと、である。
 エンゲルの法則といえば本書の名があげられるが、エンゲル法則を知らしめたのは、『ザクセン王国の生産及消費事情』の方であろう。既に本書中において「そしてエンゲルの法則の名のもとに知られている消費の中数が」(p.59)云々の記載がある。

 本書は、緒論、第1編と付録よりなる。付録は、付録1.が1857年の雑誌論文『ザクセン王国の生産及消費事情』をそのままリプリントして収録したものである。付録2.は本文でも引用され、目次にはあるが「付載する運びにはならなかった」として省略されている。
 緒論は、「第1章 目標」が邦訳で2頁ほどのものであるので割愛する。緒論の前半を占める「第2章 方法論について」は、章末に次のように要約されている。必要と思われる説明は後回しにして、まずその要約をあげる。
(1)主体:ケットに分解された家族まで下降し、ケット当たり費用を算出せねばならない。
(2)客体:収入は源泉別、支出は目的別に、できるだけ詳細に明らかにすべきである。
(3)方法:収入と支出は、現実の計算から取られるべきで、それがない場合のみ標準計算(予算)が使われる。
(4)時間契機:必要な報告は、できるだけ長い、中断されぬ期間から獲得されねばならない(p.37-38)。
 まず、(1)のエンゲル独自の主張である主体に関する「ケット」から説明を始める。ある程度以上の人口を持つ国家について、すべての家族生活費と世帯消費を年々調査することは、現実的に不可能である。唯一可能な方法は、典型家族(ティーピシュ・ファミリエン)を調査することだけであろう。しかし、両親と三児より構成される家庭のような典型家族を、例えば細分化された職業別のごとく、あらゆる分野で見つけ出すことは簡単ではない。しかも、家族は時間によって変化し、現在の状態は過去とも未来のそれとも異なる。「あらゆる基準の耐用性の根本条件はその不変性なのだ」(p.21)。そこで、著者は、家族構成の如何にかかわらず、家族の自然的特質をも考慮しながら、家族をその倍数に、迅速かつ確実に、分解できる計算単位を提唱する。それが「ケット」である。
 具体的には、新生児の数値を一単位(1.0)とし、男子は25歳まで(最高3.5)、女子は20歳まで(最高3.0)、年々0.1だけ増大させる、という方法を推奨するのである。例えば10歳児は、2.0ケットである。これにより、人間の自然的成長にうまく適応させて、家族内の各個人を容易にかつ的確に単位へ還元することができるとする。
 家族の個人ごとのケット数を加えれば、家族の合計ケット数が求められる。成人の両親と10歳児からなる家庭なら、8.5(=3.5+3.0+2.0)ケットというようにである。あるジャンルに属する家族の食料費支出が知りたければ、一方で家族構成が様々に異なる家族のケット数を総計し、他方でそれら家族の食料費支出を合計し、後者を前者で割れば、1ケット当たりの食料費支出が求められる。
 このケットなる計算単位は、エンゲルが『人間の価値』(1883)で初めて採用した「組成単位」(Gliedeinheit)を改良したものである(エンゲル、1942、p.310以下)。ケットの命名の由来は、電気工学の単位に、研究者ボルタを讃えてボルトが、アンペールをアンペアとして採用されたように、「近代統計学の父」ケトレーを讃えて、つづめてケットとしたという。
 エンゲルの目論見にも関わらず、ケットはその後普及しなかった。その理由として、年齢別の細かい区分がその目的にとってあまりに微細過ぎること、食料費はさておき住居費や光熱費等については年齢に関係することが少ない点等があげられている。しかしながら、この消費単位の理念は修正された形で今日でも用いられている。我が国の「家計調査」でも、「世帯人員調整係数」が使われている。世帯人員と消費額の間に回帰直線を算出し、それによって対象家族の人員を4人家族に換算した消費額を求める方法である。
 次に(3)の方法について、彼の推奨する「家計簿法」の説明を加える。従来は、第一に租税徴収資料からの「財政的方法」があった。第二に、「公共世帯または営造物うちで生活している」(p.34)住民の事務当局による会計資料からの「行政的方法」によっていた。ここで、「営造物」が判りにくいが、原語はAnstaltenとなっており、施設の意味である。他の箇所では(p.53)、公共営造物居住者として、兵士、水夫、患者、囚徒が書かれており大体のところが推察される。
 これらに対し、エンゲルは、「生活費を調査するための自然なそしてそれゆえに唯一正当な方法は[中略]長期にわたる、少なくとも全1年間にわたる、全家族所属員の生活欲望を支弁するための収入支出の全部を含む文書的報告を原資料として利用する方法」(p.34)を採る。いわゆる家計簿を利用する方法であり、「家計的方法」と呼ぶ。ところが、家計簿は作成されること自体が稀で、あっても容易に家族外に公開されないから、入手が困難である。そこで、アンケート法や口頭順問の方法が用いられてきたが多くの欠点を免れない。そこで、「断然最善」の方法である「家計簿法」が提唱される。「よく記帳された家族家計簿の専門家的調整から」なる「家計簿法」である(p.37)。あまり詳細に書かれていないが、懸賞募集の方法によって家計簿を入手し、専門家が必要な再計算をする方法である。
 緒論の後半は「第3章 来歴について」であり、これまでの家計統計調査の歴史が述べられている。エンゲルは先行する著書のデュックブティヨー『ベルギーにおける労働者階級の家計。1855年』(1855)とル・プレー『ヨーロッパの労働者。パリ、1855年』(1855)を特筆している。エンゲルが1857年に発表した『ザクセン王国』も、両書を利用して書かれた。そこでは、これらの本について次のように評価している。公表した事実から普遍的結論を帰納的に導出し、妥当性を証明することは簡単なことであったろう、「しかるに両著者のいずれもは、前者の方法がいかに称揚されたにしても、このことをしなかった。これらの家計を合算し、それらを比較するだけでも、驚くべき結果に導いたであろうのに」(p.194-195)と。「エンゲルの法則」を導出できなかったことを不満にも不思議にも思っているごとくである。

 第1編は、「ベルギーにおける生活費」と題されている。そもそも、この本の標題が、「ベルギー労働者家族の」と謳っているように、統計データーはベルギーで調査されたものに基づく。「けだし、この国から1853年に、特定の予め定められた形式のいわゆる家計(ファミリー・ビューゼ)を収集することによって、[中略]生活水準と生活費を討査するための、最初の官的調査の先鞭がつけられたからである」(p.67)。それは、国際統計会議の決議によって実施された。その決議とはベルギー統計中央委員会の提案した「収集されるべき家計が等質的な構成を持つ典型的性質を持つが、同じ社会的地位に立つものではなく、三つの異なった資力または社会階級からなる家族から徴集され、加工され、公表されるべき」(p.67:強調原文)との決議である。ここに書かれている「国際統計会議」とは、ケトレーが統計の国際的比較のために、その実現に努力したもので、ブルッセルで1853年に開催された第1回会議のことである。とまれ、決議の提案者であるベルギー統計中央員会は自ら模範を示してみた訳である。ヨーロッパの他の国は、1世代にわたって何らそれらの調査を実施することはなかった。
 ベルギーでは、その後、1886年に勅令で創設された「工業及び労働事情調査委員会」の労働者家計アンケート調査、1891年に「産業及び労働会議」による労働者階級の生活費調査が行われた。特に後者は、1853年との比較を前提に調査票が調製された。こうして、1853年と1891年の家計統計の分析が本書の中心となるのである。
 もっとも、エンゲルはベルギーの統計だけで満足するものではなかった。「いとも慈悲深い神がなお今後私に十分な力と健康とを許し給うならば、私はこの手始めに続いてなお本年内に、アメリカ合衆国においてずっと、より大きい規模で行われた類似の調査を発表するであろう」(p.7)と予告し、そしてその姉妹篇として更に、ドイツ、フランス・スイス・イギリス・オランダ・スカンジナビア・ロシアの家族の生活費の研究を発表する心積もりであった。惜しいかな、歳月は人を待たず、この本が遺作となった。

 エンゲルは、社会階級別(年間総支出額別)に、総支出に占める各支出費目(いずれも1ケット当たり)の百分率を比較して、いわゆる「エンゲルの法則」を明らかにした。エンゲルの法則は、依然、時代を通じてまた世界各国において成立する、社会科学では稀有の「法則」とされている。エンゲル自身も、「表の数字は疑いもなく、その食物選択に当たって人間を思うままに動かすところの一定の自然法則の支配を支持する」(p.175)とか「それは数学的堅実性をもつ真理であり、かつそれが地上の諸権力をもってしてもこれに対抗することのできない自然法則の所産である」(p.223-224)とか表現している。
 エンゲルの法則として一般に理解されているのは、収入の小さい家計ほど総支出額に占める食料品支出割合(エンゲル係数)が大きいというものである。エンゲル自身の言葉で言えば、「純粋の帰納法によって発見された命題、すなわち一つの家族が貧乏であればあるだけ、総支出のいよいよ多くの分け前が、飲食物の調達のために充当されねばならぬ、という命題」(p.224:強調原文)である。もう少し法則を拡大していえば、家計支出の内、家族の肉体維持に関係する費用は、処分できる総支出額が少ないほど大きな占率を占める。生存のためのこれらの支出中でも飲食物のためのものが最上位を占める、といえる。これもエンゲル自身の言葉では、「この自然法則は『個々人または家族または国民が貧乏であればあるだけ、彼らはその所得のますますより大きな割合を肉体維持のために、しかもさらにそのうちの最大部分を飲食物のために充当しなければならぬ』という形で表現できる。[中略]そしてこの証拠はその後、さまざまな国々で調べられた多くの家計において完全に認識された」(p.72)ということになる。
 それは、人間の第1位の欲望が飲食物であり、被服の欲望がこれに次ぎ、さらには住居の欲望等々の欲望が続くことについての「これら一切は多くの人がとうの昔から熟知している陳腐な真理であるように見える。しかしそれは数学的堅実性をもつ真理」(p.223)であることが帰納的に明らかにされたのである。
 ただエンゲルが、これらの事実だけをもって「法則」としたのではない。これら事実はまた、家族(国民)の福祉的尺度であるとしたのである。エンゲル係数は,家計の逼迫・余裕を示すものだから、家族の物的状況を表すものでもある。少し長くなるが、まとめの言葉として引いておく。「私が1857年にザクセン王国統計局長としての私の当時の地位においてデュックブティヨーの著作中に報告されている199の家計について項目を分合し、計算をやり直すことに決定した[中略]この整理された計算は時を同じくして公表されたル・プレーの古典的著作『ヨーロッパの労働者』中における家計とあいまって、次の法則の認識に私を導いた。この法則というのは、家族が貧しければ貧しいだけ、総支出中のいよいよ大きな部分を飲食物の調達のために充当しなければならぬということ、そしてさらに同じ事情のもとにあっては、栄養のための支出の度合いが一般に人口の物質的状態の適格な尺度である、ということである」(p.53:強調原文)。

 稀覯書である。CiNiiによると、東大と京大の図書館に各1本が蔵されているだけである。長い間の探求本であった。標題紙に"BIBLIOTHEK Königl. Oberbergamts zu DORTMUND"のゴム印の押印あり。「ドルトムンド王立高級鉱業役所図書室」の意味であろうか。著者は鉱業専門学校の卒業生である。その縁で鉱業役所の図書館に蔵書として収まったのか、と想像するのも一興である。こういう著名な本は、リプリントが出ているので、こうしたゴム印がある方が、かえって本物と分かって安心である。紙装で表紙の一部が破れてない。ドイツの古書店からの入手。

    (参考文献)
  1. 足利末男 『社会統計学史』 三一書房、1966年
  2. エンゲル 森戸辰男訳 『労働の価値・人間の価値』栗田書店、1942年
  3. エンゲル 森戸辰男訳 『ベルギー労働者家族の生活費』栗田出版会、1968年
  4. 総理府統計局 『家計調査のしくみと見方 第6版』 H5
  5. 成島辰巳 『社会科学のための平均論』 法政出版、1995年
  6. 森戸辰男 「エンゲルの生涯と業績」(上記『労働の価値・人間の価値』1942年に収録)




標題紙(拡大可能)

(2018/9/10記。2022/5/19書名の脱字訂正とHP内の形式統一のための改定、記事内容に変化なし)



稀書自慢 西洋経済古書収集 copyright ©bookman