2013年10月

矯正ラボラトリー日高アプライアンス  小川智亮   

No.4

その秋、大阪で日本矯正歯科学会の大会が開催されました。私はこの大会で何かの情報を得ることを

期待しながら、各会場を巡りました。そしてなんと偶然にも、来日した故ビムラー博士のご息女夫妻と

機能矯正装置の専門家である先生方に出会ったのです。


私は元々恥知らずな性格から、その権威ある先生方に胡散臭く見られるのを覚悟で今回の開発を資料

で見せながら、ありのままに伝えましたが、どうやら先生方は、その効果もトラブルの発生もすでに私が

経験する前に知っていた様です。討論の中で鉄壁の様な理論武装を持つ先生から「・・・だから、やら

ないのだよ。」の説明は絶望感と同時に、越えられない知性の壁を思わせる内容でした。後にドイツの

歯科器材輸入会社の社員さんから聞いて知った事ですが、その先生方の中には、やはり某大学教授

がいたそうです。

この開発は民間が足を踏み入れる領域ではないのかどうか迷っていました。



このような状況なのに、皮肉にも新しい患者さんが次々に来院してきました。普通なら、もう

この時点で、無難に従来の旧型装置を選択するのが当然のことです。でも私はそして仲間の先生方も

、なぜか懲りずに、新型機能矯正装置を選択しました。それは互いに言葉では表現できない何かを感

じていた暗黙の了解でした。



不安とトラブルを抱えて約半年が過ぎ、2008年春のある日、私は用事で遠方に向かっていました。

その時、高速道路を運転中に高速道路のつり橋のワイヤーがなぜか目に入りそれが気になり仕方が

ありませんでした。実にそれは突破口の入り口だつたのです。一本の太いワイヤーよりも細い複数の

ワイヤーを束ねた方が耐久性は強い事を思い出し、それに続くかのように家電のコードが切れにくい事

にも気がつき早速、形状の開発に取りかかり完成後、臨床で使用している装置の破損しそうなワイヤー

を次々とそのワイヤーに交換しました。

それからじっくりと先生方と経過を見守りながらも、あまり期待はしていませんでした。

もう、裏切られるのはコリゴリだったからです。

しかしその後、この幻を見ているような感動の月日はつかの間で、崩れだしました。それは時間の経過と

共に重要な部分である上下の装置を繋ぐ結束ワイヤーが筋の反発力により、想定外の金属疲労で破損

するトラブルが徐々に多発しだしたのです。矯正装置は部品が消耗しますから修理は当たり前ですが、

このトラブルは致命的でした。新しいワイヤーに交換しても歯ぎしり等の為に、わずか約1ヶ月で破損す

る患者さんも出て来たのです。


雲行きが怪しくなる中で、私達は修理に追われながら破損しないワイヤーの形状を次々と考案しながら

も、あきらめない信念が徐々に崩れていく自分自身を感じていました。そして改善策も成果が余り得られ

ず、この状況から何とか抜け出そうと他力本願でドイツを中心に海外の歯科器材輸入会社からもさまざま

なワイヤーのサンプルを取り寄せましたが、このトラブルに対応できる強度がある材質のワイヤーは

やはりありませんでした。



どれほどすばらしい画期的な治療の効果を発揮しても、このトラブルを抱えながら続ければ、患者さんが

増えれば増えるほど収集がつかなくなる事は言うまでもなく、新型機能矯正装置の運命は臨床での使用

を中止する方向に傾いていました。

まるで、消えてゆく幻を追いかけているような、時間が続いた2007年でした。




No.3

ビムラー装置の下顎部分にプレートを装備することは、過去に文献もデータも何も無い空想上でのテクノ

ロジーでしたが、もし実現できれば新型機能矯正装置が誕生することを理論上では心のどこかに確信して

いました。実際の臨床でクレームが発生すれば、中止する予定で未知なる開発が始まりました。












しばらくの期間、あらゆるデータを基にそれぞれの各パーツをバランス良く組み込む形状を考え、機能が

正常に作動するかを確認しながら、分解したり、組みなおしたり試行錯誤を繰り返す日が続きました。そして

ようやく試作装置が完成しました。しかし、そのときの私はこの装置には形状と機能だけで無く、長期間の

過酷な使用での耐久性が必要であることをあまり意識していませんでした。のちにそれが致命傷になるこ

とも知らずに


そして2006年、念願の新型機能矯正装置を臨床で実用化する日が来ました。まず、患者さん達から聞い

た装着感はやはり抜群でした。これから、毎日患者さん達は自分で装置のネジ(歯が並ぶスペースを

空ける拡大スクリューの作動部分)を少しずつ回して行きます。


その数ヶ月後、結果は予想を超えていました。受け口や出っ歯を改善しながら、なんと歯が並ぶスペース

が、これまでにありえなかった早さで拡がり出していました。私と各医院の院長先生方は床矯正装置による

歯列矯正の常識の壁を破った心境でした。






実際の臨床の前に、自分の歯型で試作を始めました。筋の反発力の概念を理解し上顎と下顎の位置

関係を微妙に合わせながら装置を設計製作するのは、確かに一筋縄に行かない難解な技術でした。

どんな装置の製作にも自信のあった私ですが、さすがにこれは逃げ腰になっていました。でも何かに

後押しされているかのごとくビムラー装置の原型は完成しました。完成した装置を自分の口腔内には

めたときの装着感は、これまでの装置の中では抜群で、メカニズムのすばらしさを体感で更に確信し

ました。


まもなく各医院の先生方と受け口と出っ歯の症例である数人の患者さんの経過観察が始まりました。


数ヶ月後、結果は予想通りでした。そのときの私達はまるで大きなゴールに近づいたかの様に歓喜

にわいていました。でも、それは困難なプロジェクトの始まりに過ぎなかったのです。当時の私達が

構想していた内容は、このビムラー装置を私達がこれまでに開発した装置と合体させる予測不可能な

計画でした。つまり、この装置の下顎にプレート(床矯正装置本体)など、さまざまなパーツを装備する

大改造でした。追究すれば底知れず奥の深い床矯正装置による歯列矯正は、このすばらしいビムラー

装置でさえも限界を感じたからです。

No.2

それでも時間が経つにつれビムラー博士の装置の謎に対して、ふつふつとわきあがる情熱はとどまる

ところを知らず、私はわずかな期待を感じながら某国立医科大学病院の図書館へ向かっていました。

そこには大学関係者以外は入る事が出来ずあんのじょう、警備員の方々に入館を阻止されましたが、

無理を承知でドア越しにいた医局員の方々に事情を詳しく話し、当時、入会させてもらったばかりの、

日本矯正歯科学会員の身分証明書を提示すると熱意が通じたのか、なぜか入館させてくれました。

そこには個人で入手出来ない医学図書どころか、見ていると気味が悪くなる様な解剖写真の医学図書

が多数並んでいて異様な刺激の中、しばらくそこに通う日が続きました。

気が遠くなるような文献探しで、ついに答えを見つけました。それは、私が想像していたものとは、

かけ離れていました。実は受け口や出っ歯が自然に改善される原理は、装置をはめられた上顎の

歯列が装置から延長されたワイヤーで繋いだ下顎の歯列を、なんと患者さん自身が無意識に動く

顎の筋力を利用し、歯列どころか顔面までを改善するメカニズムだったのです。前に動かした分は

後ろに、右に動かした分は左に、斜めのあらゆる角度も全て逆に働く、まるで鏡の様な筋の反発力

を利用したメカニズムでした。

私は、「よくこんな事を考え出したものだ」とドイツ人の博士達に脅威を感じました。それと同時に、

なぜ先進国であるアメリカも日本もこのメカニズムをあまり取り入れていないのか疑問に思いました。

また、私は学生時代に授業で簡単な機能矯正装置のレプリカを製作しましたが、こんなとんでもない

メカニズムがある解説は教科書には当然ありませんでした。そしてメカニズムは解読出来ても、この

特殊形状の装置を臨床にて精確に設計製作できるかどうか不安が多少有りましたが、早く取り入れ

たい思いが全ての不安を消していました。

それは、既にメカニズムを知っている方々よりも、一歩遅れた出発でした。

それから時は2009年になり私達は、この装置の運命を変える展開をゆっくりと実感していました。それは

半年を過ぎた今、誰もワイヤーが破損していませんでした。その後、一年以上経過しても破損していない

患者さんが殆どでした。消えかかっていた幻は、甦りつつありました。


私達は日が経つに連れ、徐々に安心感が不動のものになり、臨床での画期的効果を見ながら新型機能

矯正装置H21型の構想をようやく実現しました。






更に、安定した月日が経ち治療終了後は、トラブルもあったとはいえ、取り外し式の装置を使用した費用

の安い治療で、これだけの結果がでれば患者さんたちも十分満足な笑顔でした。


そして、いまでも忘れられないことがあります。

それは、心細さを抱えながらも最後まで、こんな私に付き合ってくれた、先生方とスタッフの方々そして、

小学生も含む患者さんたちに、申し訳なかった気持ちと同時に、愛おしさが込み上げてきた思い出です。

<つづく>


研究の傍ら、私達が共感して思っていたのが、これがいつか実り治療する症例範囲が少しでも広がれ

ば経済的に余裕がなく、治療が受けられない患者さんでも、ある程度の矯正治療をみんなが受けられ

る可能性があるかも知れない望みでした。しかし、難症例の患者さんが次々に来院するにあたり、当時

の自分たちの技術的な知識と装置の性能にはそろそろ限界が来ていた2004年頃までの出来事でし

た。

翌年の夏、私は世界的に有名なドイツのビムラー博士やフレンケル博士が考案した機能矯正装置に

分類される上下一体型の床矯正装置を見た事がきっかけとなり、特にビムラー博士の装置を取り入れ

たい思いが集中しました。その理由は、とてつもない情報を聞き、私の好奇心の強い血が騒ぎ出したか

らです。内容は、頭や顔に器具を着けなくても、装置を口にはめているだけで受け口や出っ歯が勝手に

自然に治っていくと噂される、信じがたい内容でした。そのメカニズムに関しては国内では殆ど情報が

少なく、装置の形を見ただけでは、なぜ自然に治るのか全く解りませんでした。専門書で機能矯正装置

に関する文献を見ても、ネットで海外のサイトを翻訳して調べても、漠然とした説明で的を突いた答えは

ありませんでした。それでもしつこく、情報を探す日が続いていました。


知る人は知っているものでしょうが、私ごときが、そう簡単にこの暗号を解読する様な答えを見つけられ

ないのはわかっていました。

           あきらめと絶望の中で、小さな突破口が‥ 新型機能矯正装置開発記録

No.1

 全国の矯正歯科の件数が現在よりも少なかった頃より始まる話ですが、当時私は地方の一般歯科の

先生方と共に豊富とは言えない知識のなかで症例を分析しながら、さまざまな矯正装置の設計製作を

していましたが臨床では手探りの状態で期待と不安が続く日を繰り返していました。。

特に力を入れていたのが未成年の患者さんに需要が多い床矯正装置とよばれる上顎又は下顎に本人

が自由に取り外し可能である入れ歯の様な矯正装置でした。但し、当時のそれは治療ができる症例も

わずかに限られ、少しでも難しい症例になると、効果が出ないのは当たり前で受け口や出っ歯を治療

するなどは、ありえない事であり、やはり専門的なブラケット(金具を歯に接着)や頭や顔に器具を

着けるなどの矯正歯科の高額な治療が主流でした。

ただ、この床矯正装置による治療は患者さん本人が取り外せるので安全であり医院側が背負うリスク

や時間的コストが、かなり少ない為に患者さんの負担費用もかなり安くすみました。その魅力から常に

試行錯誤を繰り返し、歯が並ぶスペースを拡げるスクリュー(4〜8ミリの万力の様な器具)の配置部を

工夫するなど積み重なる臨床での経験を基に、細部にまで、こだわりの床矯正テクノロジーを研究する

情熱が当時の私と先生方にはありました。



更に、自分達で考案し投稿した、いくつかの矯正装置が、のちに専門的な学術情報誌


(東京臨床出版)の記事に掲載される事は予想外でした。

ただ、ひたすらに熱中していました。
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