〜おん祭の記録〜
Believe In Snow

おん祭の記録をエッセー風にまとめていきたいと思っています。
記録のサイトとして「夢幻おん祭」と名づけました。

平成12年第865回

遷幸の夜

遷幸の道楽、それほど寒くない。若宮を出て、万葉植物園へ向かう。参道のカーブをまわる。すこし行ったところで、背後に明かりを感じる。前を歩く楽人の背中の直垂に「藤立涌(ふじたてわく)」の文様が薄紫に浮き上がる。春日の森から顔を出した半月が東の空に浮かび、雅楽を演奏する僕たちの背後を照らしはじめた。参道を、そこから、月光に淡くきらめく中天のスバルに向かって進む。オリオンの見える南の空、霧のぼんやりとたまった飛火野で鹿がゆっくりと首をあげている。
10年程前までは、おん祭の夜は寒くて手がかじかんで、指穴を抑えるのがやっとだった。今は暖冬で12月だというのにそれほどでもない。

道楽

「オー」「オーー」重なり合う、けいひつの声と「慶雲楽(きょううんらく)」の音、沈香(じんこう)の匂いが霧と混ざり合い、春日の若い神が榊で囲んだ中から、いよいよ、あふれそうになる。
お旅所が近付いた。だ太鼓の大音響が春日野の大気を震わせている。春日の若宮の神を迎える新楽乱声の龍笛(りゅうてき)の声、だ太鼓の音に目覚めた魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちが恐れをなして、退散していくときに生じる摩擦だろうか、ただならぬ空気が、生まれる。その何にも属さない異空間に、やがて慶雲楽の楽が入り込む。荷太鼓(にないだいこ)の「ばすん、ばすん、」という響きが、現実の空間の時間を刻みはじめる。迎えの乱声(らんじょう)と、けいひつの声が残り、やがて、仮御殿に若宮(わかみや)の神はおさめられる。
ひたすら澄んだ空気と、闇。星明りが再び芝の舞台にさしかかりかけたころ、明かりがともる。ぱちぱちと燃え始めた薪からあがる煙が星空とお旅所の芝舞台をつなぐ。

暁祭

衣冠の神官が立ち並び、若宮の神に食べ物を供える儀式。献饌(けんせん)が合歓塩(がっかんえん)の楽にのせてはじまる。春日社の「みかんこ」とよばれる巫女(みこ)に伝えられる神楽がしずしずと、舞われる。神楽が終わる頃、急に冷え込んでくる。火鉢の火がきかない。やがて、抜頭(ばとう)の楽を足早に済ませると、幕の上がった芝の舞台をしばし離れて眠る。


平成12年12月17日のおん祭は完全雨儀

お渡り

朝、雨が降っている。昼になってもますます強くなるばかり、陪従(べいじゅう)、十列児(とおつら)ともに馬には乗らなかった。地面は濡れて、下駄でもつらい。だ太鼓に幕がかけられた姿が悲しい。強く打たれた和傘の油のにおいが、悲しく芝に吸い込まれていった。

お旅所祭

楽舎から舞台までの間をどしゃ降りの雨がさえぎり始める。舞とつながろうとする楽と縦に流れ落ちる雨の線が交差する。神楽に続いて東遊(あずまあそび)になっても、薪に火はいれられない。幄舎(あくしゃ)を半分に仕切って舞台とした。振鉾(えんぶ)三節の合鉾(あわせぼこ)は舞台が狭いため舞わず、左右の舞人一人ずつが舞う二節までになる。平舞の萬歳楽(まんざいらく)から地久(ちきゅう)までは4人のところを2人の片舞、走舞で鉾を使う貴徳(きとく)、散手(さんじゅ)は舞わなかった。落蹲を最後にして、あまりにはやすぎるお旅所の芸能が終わった。

還幸

けいひつの声があがりはじめる。太食調の音取(ねとり)を吹く。はげしく雨が降る音を確認する。還城楽を灯火の落とされた楽舎で吹く。楽で神様を送る。やがて、声が遠のいていった。再び雨音が神の去ったお旅所を支配する。二手に分かれたもう一方の楽人は若宮神社の石段の上で還城楽の楽でお迎えする。雨にけむる中、神様の一団が闇の中を上がってくる。雨のおん祭は幕を閉じた。

 

 

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