リヤ王   

 

 

『リヤ王』(King Lear)は、シェイクスピア作四大の悲劇の一つ。16041606 年の作であ る。『リヤ王』には「四折版」で出版された『 The True Chronicle of the History of the Life and Death of King Lear and His Three Daughters1608 』と、シェイクスピアの 戯曲をまとめて出版した最初の作品集「 ファースト・フォリオ、 First Folio Mr. William Shakespeares Comedies, Histories & Tragedies )」の中に収められた『  The Tragedy of King Lear1623 』の二つがある。 ジェフリー・オブ・モンマス( Geoffrey of Monmouth, イングランドのキリスト教聖職 者、ca.1100 年-ca.1155 )が神話や古書を基に書いたブリタニア列王史 ( Historia Regum Britanniae;ブリテンに関する偽史書。『イーリヤス』に登場するトロイア人の子 孫のブリテン国家建設から始まり、600 年のアングロ・サクソン人のブリテン支配までの、 2000 年間のブリトン王の生涯を年代順に物語る。) の中にレイア王( Leir )物語があ る。シェイクスピアの『リヤ王』はこのレイア王物語にその筋の大部分を借用している。   

 

あらすじ  

古代ブリテン(英国)の支配者であったリヤ王は、高齢のため三人の娘たちに国の統治権と領土を譲ろうと考えた。その分配方法が、どれだけ自分のことを愛しているかによって決まると知ると、長女のゴネリルと次女のリーガンは、すでに夫のある身にもかかわらず、誰よりも父を一番愛していると言い競う。ただ一人、末娘のコーディーリヤは、素直で控えめな 性格のため、姉たちのように言い繕うことが出来ず、正直に“父への愛は子の務めとして持っている”と答えた。一番可愛がっていたコーディーリヤの期待外れな返答に腹を立てたリヤ王 は、ケントたち家臣の忠告も聞かず、かねてから申し出のあったフランス国王の元に、コー ディーリヤを縁付かせ、国から追い出してしまった。 一方、リヤの家臣の一人、グロスター伯爵には嫡子のエドガーと庶子のエドマンドの二人息子がいる。悪知恵の働くエドマンドは、人の良い父と兄を騙し、謀叛人に仕立て、リーガン の夫で気の荒いコーンウォール公爵に近づく。 隠居の身となったリヤは、一月ごとにゴネリルとリーガンの居城で世話になるはずだったが、次第に疎んじられ、僅かな家来と嵐の曠野を彷徨する。途中、トムと名乗る廃人に身を やつしたエドガーと出会い、行動をともにするが、リヤの心は姉娘二人に対する怒り、そし て末娘コーディーリヤに対する仕打ちの後悔から、次第に狂い始める。 リヤの窮状をフランスのコーディーリヤに知らせたグロスター伯はコーンウォール公に目を潰され、曠野に追放される。絶望し、ドーバー海峡の断崖から投身自殺を図ろうとするグロ スターをトム(エドガー)が救う。 エドマンドはコーンウォールの不慮の死後、リーガンに愛を誓い、軍の指揮権を手に入れた。そしてゴネリルとも密かに愛を誓っていた。ゴネリルの召使いオズワルドを討ったエドガーは、ゴネリルがエドマンドに宛てた手紙を手に入れ、ゴネリルの夫オルバニー公に忠言する。 コーディーリヤはフランス軍を指揮し、ドーバーを越えてブリテン国に乗り込み、父を救出 するが、エドマンドの率いる軍隊に負け、リヤとともに投獄される。エドマンドの悪計を知 ったオルバニーは、エドガーとエドマンドを対決させる。エドガーはエドマンドに父グロスターが今際に、弟を許してやってくれと言った事を伝える。瀕死のエドマンドは、死に際に 部下の兵に獄中のコーディーリヤを殺し、その罪をリヤにきせるよう命じたことを告白して息絶える。しかし時既に遅く、コーディーリヤの亡骸を背負って現れたリヤは、愛する者を失い悲しさに気が触れ死んでしまう。
   

第一幕第一場 リヤ王の宮殿から; ソネットが聞こえ、リヤ王が登場する。(Sonnet. Enter King Lear.)逍遙はこれを「セネット調の喇叭(ラッパ)が聞こえる。」と訳している。その通りであろう。これから始まるリ ヤ王劇の始まりを告げる喇叭の音でもある。そしてソネットに長けたシェイクスピア劇がこ れから始まることを知らせる喇叭でもある。 

領地を三つに分割し、三人の娘達に分け与えようとするリヤ王は、娘達に変わらぬ孝行を誓わせようとする。にもかかわらず末娘コーディーリヤは二人の姉とは異なり、結婚すれば 父上ばかりを愛するわけにはいかないと優しげの無い言葉を吐く。これを聞いてカッとなっ たリヤ王は思わず、高齢となった傲岸さから、『太陽の尊い光をも、ヘケートの神秘を も、夜の闇をも、人間が生死のもとたるあらゆる天体の働きをも誓いにかけて、予はここ に、父たる心づかひをも、近親たることをも、血族たることをも投げ捨てて、今日より永久 におのれをば勘当する。』と言ってしまう。ヘカテー ( Hecate ) はギリシャ神話では地上と 冥府 ( hades ) を支配する女神。中世になると、三つの体に、松明を持ち、地獄の猛犬を連れており、夜の十字路や三叉路に現れると考えられた。十字路や三叉路は神々や精霊が訪れ る場所であり、交差点のそばに犯罪者や自殺者を埋葬した。三つの体はヘカテーの力が天 上、地上、地下の三世界に及ぶこと、新月、半 月、満月の(または上弦、満月、下弦)月の三 相、処女、婦人、老婆の女性の三相、過去、現 在、未来の時の三相を表す。魔術の女神として 中世に至るまで魔術師達によって崇拝された。 マクベスに予言を行った三人の魔女達の支配者としても描かれている。他に真夏の夜の夢、ハムレット、ヘンリー六世いずれも魔女と繋がりがある。




                            

                                William Blake  ( 1757/11/28-1827/8/12 ) 1795

ソネット作家で最も有名な人物は、実は 154 篇のソネットを書いたウィリヤム・シェイクス ピアである。十三世紀にシチリヤのフリードリッヒⅡ世の宮廷で生まれた十四行からなる押 韻叙情詩は、16 世紀初期にトーマス・ワイアットとヘンリー・ハワードによってイングラン ドにもたらされた。同時にイタリヤ風ソネットは直ぐにイングランド風に変化する。詩形は 3 つの四行連と 1 つの二行連(合計十四行連)に分けられ、三番目の四行連は予想できない 展開(転)を提示する。一般的な押韻構成は「a-b-a-b, c-d-c-d, e-f-e-f, g-g」であり、弱強五 歩格 ( 1 行に 10、又は 11 9 の音節があり、音節は 1 つおきにアクセントが弱く・強くな )で書かれている。最後の 2 行は押韻する。シェイクスピアのソネットでは、二行連は 普通詩のテーマを述べるか、又はテーマに新鮮な見方を提示するのが特徴である。 

154 篇あるソネットから一例として、27 番を取り上げた。

     Sonnet XXVII
 
     Weary with toil, I haste me to my bed,              
疲れ果て倒れ込む臥褥 ガジョク
     The dear repose for limbs with travel tired;            
旅路に果てた四肢を伸ばす。
     But then begins a journey in my head,                そして始まる当て処もない旅路、
     To work my mind, when body's work's expired:          
体を通り抜け、心に至る闇路。
     For then my thoughts, from far where I abide,         思いは体を通り抜け、
     Intend a zealous pilgrimage to thee,                  向かうは貴方への巡礼の旅、
      And keep my drooping eyelids open wide,             瞼を挙げ目を開き、 
      Looking on darkness which the blind do see            
覗き込む メシイ の漆黒の闇
      Save that my soul's imaginary sight                  
魂は導く
      Presents thy shadow to my sightless view,          
見えぬ目に投影する貴方の面影、
      Which, like a jewel hung in ghastly night,            
蒼ざめた夜陰に浮かぶ宝石のように、
      Makes black night beauteous and her old face new.     
漆黒の闇に浮かび上がる若く美しい 老いた顔。  
      
Lo! thus, by day my limbs, by night my mind,         
このようにして昼は手足が、夜は心が、
     For thee and for myself no quiet find.                休まらないのです。

 

韻と意味を織り込んで訳することは本当に難しい。その難しいことを難なくこなしたのがシェイクスピアである。左の詩を声を出して読んで戴きたい。これを、(正確に言うならば、) ソネット調の文言を、役者にしゃべらせて芝居に奥行きをもたせたのがシェイクスピアであ る、リヤ王の他に恋の骨折り損、真夏の夜の夢にみられる。シェイクスピアは凄い。 

このソネット調の場面を第一幕第四場で見ることができる。赤と青の文字で引用した箇所に 注目してほしい。リヤ王は王位を婿二夫婦に譲り、最初にゴナリルの邸に同棲するが、次第 に冷遇されるようなる。「Fool」を逍遥は「阿呆」と訳しているのでそのまま使ったが、「道 化」と訳すのが一般的。 

第一幕第四場

     Fool  That lord that counsell'd thee
     To give away thy land,
     Come place him here by me,
     Do thou for him stand:
     The sweet and bitter fool
     Will presently appear;
     The one in motley here,
     The other found out there.
KING LEAR  Dost thou call me fool, boy?
Fool  All thy other titles thou hast given away; that thou wast born with.
KENT  This is not altogether fool, my lord. 

    阿呆 (節をつけて)
    田地をやれいとお前におしえへた其の殿さんを
    おいらの傍へつれておぢゃ。
   お前が仮に其の人ぢゃ。
     甘い阿呆と苦いのと
   たちまちここへ出て来ます。
   一人は此処に斑の衣、
     一人は此処にをりまする。 
 
歌ひおわると同時にリヤに指をさす。 リヤ やい、おぬしは俺を阿呆と呼んだな? 阿呆 でも、お前は、他の名はみんな他にやっちまったンだもの、持って生まれたのはみん な。 ケント こりゃまんざらの阿呆ぢゃこざいませんわい。 

と芝居の中で、ソネットはこのように使われている。時には不気味さを、時には真実を、時にはこれから起こる事件を予告するせりふはこの後も続く。

シェイクスピアのリヤ王第
4 幕第 6 場では、原文にある「サムファイアー」を「浜セリ」と訳 しているが、サムファイアーと浜セリは少し異なる。 パスティナカ・マリナ(  Pastinaca marina )は又の名をシー・パースニップ( Sea Parsnep )といい葉の先が分かれた、いわゆるセリの仲間と同じ形をしており、北東ケントのウイットスタブル、テネット島、ウエストチェスターの海岸、海岸 付近の砂場に生息している。

一方ロックサムファイアーは文字通り岩場の崖、特にドーヴァー、ウインチェルシィ、ライ、サウザンプトンなどイングランドの南海 岸、ワイト島、それにイングランド西、北部の岩場に生息する。 


                                           図省略


                                          
Sea Parsnip 

サムファイアー( Crithmum maritimum )、別名 samphire, rock samphire, sea fennel イギリス独特の食材で、クリスムム属に属するサムファイアーは

イギリスの南、西海岸、アイルランド、地中海、ヨーロッパ西海岸、北アフリカ,黒海に生息している。海岸の岩場に生える多年 草で高さ 3050cm になり、葉はやや肉厚でピクルスやサラダ、又はケイパーと同じように酢漬又は塩漬けにする。ジョン・ ムレルのニュー・ブック・オブ・クッカリィ( A new booke of Cookery 1615, John Murrel l)では;  



                                                図省略 

                                                        
samphire  


ハトをケイパー、サムファイアーといっしょにボイルするために; 土鍋の中にホワイトワインを1パイント、又はあと少しの量を、濃いブロスを少量、リブ又は仔牛肉を入れる。 ケイパー又はサムファイアーの塩を洗い落とす、冷水の中で切ったアーモンドを 1/2 ポンド、日乾しレーズンといっしょに土鍋に入れる。大きなメイス、スライスしたジンジャーを少量、 スライスしたナツメグをハーブといっしょに入れてボイルする。卵黄を丸ごと 34 個、バタ ーをサムファイアー又はケイパーの中に入れる。これはボイルしたウサギにもよく合う。 
 
又、別の仔牛の背骨肉をそのまま又はピースで料理するでは;

シチュにする。最初にローストしてからグレイヴィ、濃いブロス、ホワイトワイン、メイス、 ナツメグ、オイスターの汁、レモンのスライスを 23 切れ、塩を深いディッシュに入れて煮る。よく煮えたらシピットの上にのせる。ブロスとスライスしたレモン、グースベリー、バター、ボイルしたマロウ、フライしたホウレンソウなどをのせる。ケイパー又はサムファイアー をのせる。


 
劇中で浜セリは; 第四幕第六場

コーンヲールとリーガンに両目をくり抜かれ城を追放されたリヤ王の重鎮グロスターは、凶人乞食トムに仮装したエドガーにドーヴァーの断崖までの道案内を依頼する。ドーヴァーへと続く坂道を登っているとトムは説明するが、グロスターは「地面は平坦なようだが。」とトムに答える。「すごく急な坂道ですよ。お聞きなさい、海の唸りが聞こえるでしょう。」グロスターは答える「いいえ、何にも。」トムは「それじゃ、目の痛みで他の感覚もおかしくなったのかな。」しかし、グロスターは冷静だ。「本当にそうかもしれない。あなたの声も変わったようだが、そしてあなたの言葉遣いや話の内容も前と違うようだが。」グロスターとトムの遣り取りが更に続く。しかしついにトムの口から決死のせりふが発せられる。平坦な場所の真ん中で「さあ、着きました。動かないで。あの底まで覗き込むと、恐ろしくて目がくらむようだ。空中を飛んでいるカラスも甲虫くらいの大きさに見える。崖の中ほどにぶら下がって浜セリを摘んで いる人がいるが、恐るべき仕事だ。( half way down Hangs one that gathers samphire, dreadful trade! ) 頭くらいの大きさにしか見えない。海岸を歩いている漁師もネズミのようだ。沖合いに錨を下ろしている帆船もはしけのようだし、その姿もブイくらいになって、小さ

すぎて見えないくらいだ。小石を洗う波の音もこんなに高いところでは聞こえない。もう見な いようにしよう。頭がくらくらして、視界が傾いてまっさかさまに落ちるようだ」

息子の必死の芝居にグロスターの心がついに傾く。「あなたのいる処にわたしも立たせてくれ。」断崖絶壁の淵に立っていると信じ込んだグロスターは叫ぶ。「もしエドガーが生きていれ ば、あれに祝福あれ。さあ、友よ、さらばだ。」

しばらく後、エドガーは身投げのショックで気を失ったグロスターをやさしく起こすと、神々 の助けで死を免れたことを伝え、苦難に耐えて生き抜く決意を促す。 

崖の中程に自生している。断崖絶壁にかたまるように群生しているサムファイアーはおそらく英国人であればどこかで一度は見たことのある光景だろう。海から吹き上げる風を受けて、塩分がなければ生育できない為に葉は肉厚で、サボテンのように自らの体を変えて岩場にしがみ ついて生息している。ここに登場する Samphire/浜セリはロックサムファイアーを指す。 

1660 9 21 日のサムエル・ピープスの日記からロックサムファイアーの箇所を引用する。
 
“二時頃我々は別れて家路についた。その途中チャプリン氏の家に呼ばれ、そこでニコラウ ス・オズボーンからサムファイアーを一樽頂き、マーダイク砦 [ ダンカーク砦から 4 マイル東 にあり、恐らくルイ XIV 世の時代に売られて防備を撤去したはずである。] の鍵を見せられ た。[ サムファイアーは以前は上等なピクルスで ; その為リヤ王の四幕六場では、サムファイ アーを採るのは危ない仕事であるとのせりふがある。] ロンドンの町中で えー、ロックサム ファイアー、ロックサムファイアーは如何 と言って売っていた。“と書いている。


少し戻るが、三幕四場から、

コーディーリャ、リーガン、ゴナリルとの言い争いの末、リヤ王は風雨雷電が烈しい荒野へ飛び出す。乱心したリヤ王を陣営の近くで見掛けた者がいると聞いてコーディーリャが兵士らに命じて本陣へ迎えようとする。四幕四場は次の妃の独白から始まる。「リヤ王」の中での大きな 見せ場である。 

コーディーリャ あゝ、それは、きッと父上であらう。つい今がたも、暴風《あらし》の海のやうに亂心して、 唄を歌っておいで遊ばすのに逢ふたとの事です。 お頭《つむり》には野原や麥畠に生えてゐる 穢くるしい雜草や毒草で製《こさ》へた冠を冠って。/ 'Crown'd with rank Fumiter and Furrow-weeds, With Burdocks, Hemlocks, Nettles, Cuckoo-flowers.' ……百人組を派遣 《つかは》して、生ひのびてゐる畠の隅々《くま〜゛》を搜索させ、早うこゝへお伴れ申せ。  

そして四幕六場で雑草の花を冠ってリヤ王が舞台に登場する。四場でやがて現れるリヤ王の奇態を観客に告知している。リヤ王の扮装をしっかりと捉え、何を訴えているのかしっかりと見 て貰いたい為の独白である。被った冠で何かを伝えたいようだ。冠は麦畑の中に生えている 6 つの雑草で作られている。


カラクサケマン、Fumiter : (Fumaria officinalis )。別名, common fumitory, drug fumitory, earth smoke. ケマンソウ亜科  ケシ科 の亜科で果実にアルカロイドを含む )。ペダニウス・ディオスコリ デス ( Pedanius Dioscorides40-90 , 古代ギリシャの医者、薬理 学者、植物学者 ) が薬物誌 ( De Materia Medica ) に、ガイウ ス・プリニウス・セクンドゥス( Gaius Plinius Secundus2223-82497、古代ローマの博物学者、政治家、軍人 )が博物誌( Naturalis Historia )にこの植物について記載している。肝、胆のうに刺激作用があり、皮膚の疾患の治療、利尿薬、 穏やかな緩下薬として使われた。薬物誌からカラクサケマンを引用する。


                                図省略
            
                                Fumiter


Fumitory, Fumiterre ; コリダリス ( Corydals )をギリシャ語で fumitory [Loudon]という。Capnumは非常に柔らかい低木のハーブでコリヤンダーに似ているが、葉は淡く灰色をしている。花は紫でその汁は刺激がある。視力が回復する、催涙作用がある、ガムで擦り付けると生えてきた 眉毛が抜なくなる、ハーブを食べると胆汁性の尿が出る等の効用がある。花言葉-悪意。

ゴボウ、Hardocks: Arctium lappa )別名、greater burdock, gobō, edible burdock, lappa, beggar's buttons。干した根 ( Bardanae radix ) を血液浄化目的で利尿剤、発汗剤として用い た。花言葉-懇願。ドクニンジン、Hemlock: ( Conium maculatum ) ソクラテスの処刑に毒薬として用いられ、茎の赤い斑点は、ソクラテスの血と呼ばれる。潰すと葉と根は、カビ臭の不快な臭いがする。毒性アルカ ロイド(コニイン、N-メチルコニイン、コンヒドリン、N-プソイド コンヒドリン、Y-コニセインなど)を含む。毒性の高いコニインは 神経毒があり、中枢神経に働きかけて、呼吸筋を麻痺させる。人間、家畜共に有害である。 花言葉-貴方は私の命取り。



                                            図省略 

                                           Hardocks

イラクサ、Nettles: ( Urica dioica ) 、九つの薬草の呪文( 古英: Nigon Wyrta Galdor , The Nine Herbs Charm, 10 世紀のラクヌンガに記録された呪文。九種 の薬草を用いて毒や感染を治療することを目的とする。)の中に OE スティゼ( Stiðe。イラクサ属 )として登場する。 乳汁分泌促進物質、茎や葉の表面にあるとげの基部にはアセチルコリンとヒスタミンを含んだ嚢があり、とげに触れその嚢が破れて皮膚につくと強 い痛みがある。じんま疹形成の後炎症を起こす。花言葉-中傷。   



                                             図省略

                                             Nettles

ハナタネツケバナ, Cukooflower: ( Cardamine pratensis ), 別名、ladies smock, Flos Cuculino-ffo アブラナ科。古代ギリシャ、ローマでは精神病治療に使われた。ジョン・ゲラルドによれば、ハナ タネツケバナはカッコウが鳴き始める 45 月に花を付け、ノーフォークではカンタベリーベル、ナンプトウイッチではレディスモックと いう。花言葉-激情。


                                図省略


                                             Cukooflower


ドクムギ、Darnel: ( Lolium temulentum ), バッカクキン科のネオテ ィホディウム属 ( Neotyphodium ) の感染により、昆虫に対する神経毒ロリンアルカロイド、動物への毒性を持つ麦角アルカロイドが作ら れる。学名 Lolium はケルト語 loloa に由来する。新約聖書中のマタイ 13 2430 節、3443 節の「畑の毒麦のたとえ」に記述がある。直立した草型、非脱粒性、休眠からの覚醒など、生活史がムギ類 と同調したムギ類の擬態随伴雑草である。花言葉-悪徳。 花言葉は、ケイト・グリーナウエイの LANGUAGE OF FLOWERS 1884 から取った。( 花言葉に関しては「romeo2」を参照してください。) 


                                               図省略

                                               Darnel


正気に戻ったグロスターとエドガーの前に雑草の花を身に飾ったリヤ王が現れる。それを見てエドガーは、此の腹が裂けそうだ!リヤ王は構わず、幻影を相手に「褐色の矛を持って来い。おお、よう飛んだな、鳥めが!的に、的に!・・・・・・・・ひょう!・・・・・・(ふとエドガーに目をつけて)合い言葉を言へ。」と叫ぶ。エドガーは「甘いマーヂョラム」と応える。マジョラムの 花言葉は「赤面」である。

明らかに、役者と観客との間に花言葉を知っている者同士の間の呼応がある。恐らく照明も今とは違って、頭の上に被った花は、それほどはっきりとは確認できないだろうが、あらかじめ与えられていた知識で、花冠を飾る花からリヤ王の深く悲しい今の心情を観客はくみ取ったで あろう。 

もう一つスパイス-ハーブの類を取り上げる。麝香猫、麝香牛、麝香鼠、麝香アゲハ、ムスク ローズ(Rosa moschata 、ムスクシード(Abelmoschus moschatus)、 ジャコウソウ、龍涎香 と数々の麝香の香を持つものを挙げる事ができるほど、近世とりわけ 1600 年代はムスクの香 りが好まれた。この時代の料理書にしばしば登場する。ケネルン ディグビィ卿の The Closet of Sir Kenelm Digby Knight Opened 中にも入っている。メイはディグビィ卿の下で料理人として仕えていたと(事実は疑わしいが)、1660 年と 1665 年版の自らの料理書の緒言で述べている。メイもディグビィもムスクシードだけではなくほかのムスク香をもつ食材を数種使って いた。



             
                         図省略  

                          ムスクシードの花                        ムスクシードの種

              

ムスクシード(Abelmoschus moschatus

ドーヴァーの絶壁でエドガーに救われたグロースターは野の草花をまとった異様な格好をした リヤ王を見て、あの聲はよう記えてをる。王ぢゃないか?  リヤ さうぢゃ、悉く王ぢゃ。俺が睨むと、見い、臣下どもは皆ふるへをのゝくわい。…… そやつの 一命は赦し遣はす。……汝《そち》の訴訟《うつたへ》は何ぢゃ?姦通?…… 死刑には及ばん わい。姦通に死刑といふことはない。いや〜、鷦鷯《みそさゞい》もする、 小さな金ぴかりの 蠅も、予の面前で行ふてをるわい。……熾《さか》んに行《や》らせたがよい。 現にグロース ターの妾腹は、 正當な閨房《ねや》のうちで生せた予が女兒《むすめ》どもよりも其父に對し て孝行であったわい。 行《や》れ、好色徒等《いろごのみども》、めちゃ〜に行《や》れ! 兵士が足らんからなう。見い、あの作り笑ひをしてをる夫人《おくさん》を。 襟飾の間から、 妾《わし》ゃ雪よりも清淨《しやうじやう》ぢゃといはんばかりの貞女めかした顏を出して、 淫事《いろごと》なぞは聞くも穢はしいと氣取ってゐるが、……淫慾《あのみち》にかけて は、 臭猫や飽滿食った馬もそこのけぢゃ。胴から下は半人半馬《センター》ぢゃ。 上のはう は女でも、只帶際までを神にいたゞいて、其以下は悉く惡魔に貰ふたのぢゃ。 そこらは地獄ぢ ゃ。眞昏闇《まツくらやみ》の硫黄坑に火が炎々と燃えあがって、惡臭や腐爛や…… おゝ、穢な、おゝ、穢な!ペッ、ペッ!……麝香を一オンスばかり持って來てくらい。 おい、藥劑商 《きぐすりや》、心持を治してくれ。さァ〜、代を遣る。




                               図省略


                              ジャコウ猫
 

Civiet は麝香猫(ジャコウネコ科、Viverridae、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、インドネシア、スリランカ、フィリピン、マダガスカルに棲息する。)から得られ、会陰腺から分泌される液は香水の補強剤や持続剤、また制汗剤や催淫剤、皮膚病の薬として用いられることもあった。リヤ王が言う麝香はジャコウネコから得られる香料である。彼が言うとおり想像力を かきたてる力があったとされる。
ロバート・メイのレシピから麝香の香りを使った料理を数例引用する。この時代の“麝香” 好み が理解できるだろう。主として精力増強が目的である。 

黄色のタルトの詰め物 卵黄を 12 個用意してクリーム  1 クォートと混ぜる。弱いオーブンで焼く。焼けたら細かい砂糖、ローズウォーター、ムスク、龍涎香、少量のサックで濾す。又は焼く代わりにクリームと 卵をボイルする。 

ロイヤルペースト(パイのペーストの一種) 1 ガロン、砂糖 1 ポンド、アーモンドミルク 1 クォート、バター11/2 ポンド、サフランを少 量用意して冷たくして捏ねる。潰したシナモン、卵 23 個、ローズウォーター、龍涎香とム スクを 1 粒入れる。 

フローレンティン又はヤマウズラ又はシャポンの料理 ローストしたら同量のビーフの骨髄と一緒に非常に細かくミンスする。オレガノを 2 オンス、

同量のグリーンシトロンをミンスして入れる。潰した少量のクローヴ、メイス、ナツメグ、塩、砂糖を一緒に混ぜて調味する。パフペーストに入れて焼く。焼けたら開いて少量のローズ ウォーターに溶かしたムスク又は龍涎香を 1/2 粒、オレンジジュースを入れて肉の間でかき混 ぜる。再び蓋をしてテーブルにサーヴする。


 

ライジングコンフィット又はヴィシングコンフィットと呼ばれるムスクダインを作る細かい砂 糖を 1/2 ポンド用意して潰したら篩う。ムスクを 2 粒、ジャコウネコの麝香を 1 粒、龍涎香を 2 粒、白いニオイショウブの粉を少量入れてローズウォーターに漬したアラビアゴムと一緒に潰す。出来るだけ薄く延ばしてジャギング-アイアン(ペーストリィカッター)で菱形に切 る。暖かいオーブン又はストーヴに入れる。ボックスに入れると一年間保存できる。最後のレシピはムスクオンパレードの 4 種の麝香臭に力を借りた、臭い口臭をムスクの臭いで消し去るコンフィット或いは一晩中屹立、そびえ立たせてくれるコンフィット(オーバーナイトライジングコンフィット)のレシピである。
 

「リヤ王」はリヤ王とコーディーリャを主軸に展開されているが、これとは別に、エドマンドとゴナリルがまるで主軸に絡みつくような執拗さで重くのしかかっている。「リヤ王」は年寄りの 傲岸さが生み出した悲劇ではあるが、リヤ王の DNA を引き継いだ娘ゴナリルの運命に支配されたかのような行いが、哀しみを一層濃くしている。ゴナリルは父を城から追放し、夫を裏切り、妹を毒殺し、 (エドモンドが敗れ秘密が夫から暴露されると)最後は短剣で自らの命をも絶つ凄まじさを見せる。しかし、そこには自らの思いを貫き通した晴れ晴れとした達成感も、重 苦しい空気を一瞬でも払いのける晴れがましさも感じられない。どうにも引っ掛かる点だ。 

民族の持っていた色濃い精神性は時代を経るに従って薄れるが、その一部分は恰も伏流水のように時として地表に顔を出し古い昔の姿を見せることがある。ゴナリルはまさしくゲルマンの血を引き継いだ者であると感じ入ったのは四幕二場でエドマンドがオルバニー公爵邸に入った 時からである。 


ゴナリ (エドマンドに)ようお出なされた。ま、どうしたんだらう、内の聖人さんが出迎へもしない。 ……
(オズワルドに)殿は何處に?
 

オズワ
お奧にいらせられますが、あんなにお變りなされた方はありますまいと存じます。以下略。

ゴナリ
(エドマンドに)では最早《もう》、いらっしゃらないがよろしい。こりゃ、畢竟、 事を大膽 には能う爲《せ》ない夫の臆病根性からすることです。侮辱を受けたッても、 決鬪せにゃなら んやうになると思ふと、わざと知らない介《ふり》をしてゐる人です。 ……(聲をひそめて) 途々申し合せた事は、何れ實現されるやうになりませう。 ……エドマンド殿、貴下《あんた》 はコーンヲールどのゝ許《もと》へお歸りなさい、 急いで兵士を招集させて、其指揮をなさ い。わたしは、此處で、夫と武噐《えもの》の交換《とりかへツこ》をして、 あの人には紡絲 竿《いとつむぎざを》を持たせませう。(オズワルドを見返って) 此腹心の家來を二人の間の 通信者にします。程なく…… 若し貴下《あんた》が大膽に御自分の利益をお圖りなさる勇氣さ へありゃ…… 或夫人から今に或命令をお受けなさることでせう。……(窃かに指輪を渡して) これを附けていらっしゃい。 ね、何《なンに》もいはないで。……頭《つむり》をお傾げなさ い。……(接吻して)此 接吻《キツス》が物を言やァ、 あんたの勇氣は百倍するでせう。よう考へてね。さやうなら。 

エドマ(膝まづいたまゝで)御爲には一命をも獻じまする。
 

ゴナリ いとしい〜グロースターどの!……  エドマンド入る。
 
おゝ、同じ男でも、ま、何て違ひだらう!女が奉侍《かしづ》きたいと思ふのは、お前よ。 は、幇間《たいこもち》に予《わたし》の肉體《からだ》を横取りされてしまってゐる。

  

そして五幕三場では毒を盛ったリーガンの苦しむ姿を見て、

リーガン くるしや!おゝ、くるしや! 
先刻からリーガンの樣子を尻目にかけてゐたゴナリル 

ゴナリ (傍白)さうなくッちゃァ妙藥もあてにならない。 
 

ドクニンジンでも飲ませたのだろうか、苦しむ姿を見て「やっと薬が効いたかい。」とほくそ笑 む。・・・・・・・思い浮かぶのはゲルマンの詩である。 

ゲルマン神話、英雄伝説を集めた、『エッダ北欧歌謡集』谷口幸男訳、新潮社、1973 がある。「エッダ」 の写本 ( Codex Regius ) 1200 年代にアイスランドで書かれた詩学入門書であるが。その多くは民族大移動期に多くの英雄を輩出したゴート人、フランケンその他の種族を素材としたものである。彼らの英雄歌謡はドイツ、英国を経て北欧に入り、ノルウェー、アイスランドで愛好されたために、ゲルマン独特の異教的形態がそのまま残った。その神話詩は古代ゲルマンの神々についての創造と破壊を語り神話、英雄伝説、格言詩からなってい る。「考えすぎでは」 と言う声も聞こえてきそうだが、それはそれとして一読をお薦めする。

自らの思いを貫くためには、兄弟、親、友、最後には自らの命をも投げ出して完遂する凄まじいとも形容できる「ゲルマン魂」が描かれている。 

1643 年にブリュニョールヴル・スヴェインスソン ( Brynjólfur Sveinsson ,  9/14/1605 8/5/1675, アイスランドスカールホルトのルーテル派の司教 ) が、のちに古エッダと呼ばれる歌謡(詩)集が記された写本『王の写本』を発見したので、シェイクスピアは此の写本の存在 を知らないで亡くなっている。それだけに山裾から溢れ出した「泉」を思うのである。                                        







                                                                完


   
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