西山小鼓子 (にしやま しょうこし)


西山小鼓子は 本名を謙三と言い 明治42年 市島町中竹田に生まれました
父は西山酒造の経営者でもあり 高浜虚子の主宰する「ホトトギス」の重鎮でも
あった俳人の西山泊雲で 謙三が中学3年の時に この泊雲の薦めで「ホトトギス」
に投句し 以来俳句の道へと入りました 謙三の俳号「小鼓子」の由来にもなっている
西山酒造の銘酒「小鼓」は そもそも西山酒造が破産の憂き目に遭った時 もともと
西山酒造にあった銘酒「國の礎」を高浜虚子が「小鼓」と 名づけ 平福百穂の
揮亳レッテルで「ホトトギス」発行所を通じて 全国的に 売り出して家運を挽回した
と言う逸話の酒です 謙三は三菱地所会社に10年間 勤務の後 昭和19年 泊雲亡き後
家業を継ぎ 傍ら作句活動も続け その間 竹田村村長なども努めました 昭和20年
11月7日 泊雲の墓参のため丹波を 訪れた 高浜虚子・年尾・星野立子らを迎えて
追悼句会を開き その席で虚子の詠んだ「丹波路も 草紅葉して 時雨かな」の句に
ちなみ「草紅葉句会」を創立して 月刊誌「草紅葉」を発行しました 俳号の
「小鼓子」は この時 虚子が命名したものだそうです そして 昭和24年には
ホトトギスの同人となり「草紅葉」の会員も 丹波だけでなく但馬や丹後にも広がり
盛会となりました また小鼓子は県立丹波文化会館OB大学俳句講座の講師を
会館創立以来勤められるなど 丹波の俳句文化の発展に貢献されて来ましたが
平成12年11月18日に 91歳で亡くなりました

「丹波Web美術館」に作品を掲載しています ⇒ こちらです

 

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