洞窟の中のプウ

(平成20年8月25日〜27日 井戸端掲示板にて掲載!)




 平成20年8月 お盆も過ぎたと言うのに ここ丹波地方は依然として30℃を超える
 暑い毎日が続いていた それでも朝夕は秋の気配を感じて ひと頃の猛暑とは違い
 確実に季節は秋へと変わりつつあった そんなある日のこと 小学校6年生の
 きよしくんと妹で小学校4年生のみずほちゃんは 残り少なくなった夏休みを満喫
 しようとお父さんに連れられて近所の川代公園へ水遊びに来ていた

 「お〜い あんまり流れの速い所へ近づくと危ないぞ〜」お父さんのそんな声など
 御構い無しに二人の兄妹は水遊びに興じていた
 「お兄ちゃん見て あそこに大きな魚がいるぅ〜」妹のみずほちゃんが興奮気味に叫ぶと
 兄のきよしくんが「どこだっ」「ほら あそこっ」
 「ホントだっスゴイ よ〜し捕まえるぞ」「危ないよ お兄ちゃん」
 「大丈夫さ 兄ちゃんに任せとけ」そう言うと きよしくんは膝まで水に入り 前かがみに
 なって魚を捕まえようと深みに手を入れた・・・とその時だった
 「わぁぁ〜 助けてお兄ちゃ〜ん」後ろからみずほちゃんの悲鳴が聞こえてきた
 きよしくんが振り返ると岩場から足を踏み外したみずほちゃんが深みにハマリ
 流されようとしていのだ 「大丈夫か みずほ〜」慌てて助けようとして咄嗟に
 みずほちゃんの服を掴んだきよしくんだったが 自分自身も魚を捕ろうと既に深みに
 入っていたため足を踏ん張ることが出来ず二人はそのまま下流へと流されて
 しまったのだった

 どれくらいの時間が経っただろうか? 気が付くと二人は仲良く川岸に仰向けになって
 打ち上げられていた 最初に目を覚ましたのは みずほちゃんだった
 「・・・んっ? ここは何処?」「お兄ちゃん起きて」
 みずほちゃんは 隣にいたきよしくんの体を揺すって起した
 「おぉ〜 みずほ大丈夫か?」
 「私は大丈夫だけど お兄ちゃん手から血が出てるよ」見れば きよしくんの左手首には
 何かに噛まれたような歯型がクッキリと見られ そこから出血していたのである
 「みずほ おまえも手首から血が出てるぞ」言われて見てみると みずほちゃんの
 左手首にも きよしくんと同じような歯型が付き そこから出血していた
 「一体どうしたんだろうなぁ?」きよしくんは しばらく不思議そうにその傷を眺めていたが
 ふと我に返り「・・・でも どうやら二人とも助かったみたいで良かったよ ところで一体
 ここは どの辺だろう?」 きよしくんが言うと「お兄ちゃん見て あそこに上滝の
 発電所跡が見えるからそんなに遠くまでは流されてないよ」そういって みずほちゃんは
 上流に見えるレンガ造りの建物を指差した それは川代公園の少し下流にあって
 二人が普段見慣れている上滝発電所跡であった 自分たちがいる場所がわかったことで
 二人は とりあえずホッとして笑顔にもどった

 そしてもう一度 二人が不思議な顔で手首の傷を見ていたその時だった 二人の背後から
 「ごめんね〜」「・・・んっ?みずほ 今何か言ったか?」「うぅ〜ん? 私じゃないよ」
 二人は互いに目を合わせ声の主が自分たちではないことを確認した するとまた
 「ごめんね〜」という声が二人の背後から聞こえてきた 恐る恐る二人が後ろを振り返ると
 そこには何と体長50cmにも満たない小さな恐竜の子供がいた それは大きさこそ
 違えど昨年丹波で発見された「ティタノサウルス」にソックリだった 一瞬驚いた二人
 だったが その恐竜の小さくてクルクルとした目の愛くるしい姿に恐怖感はなく 直ぐに
 冷静さを取り戻し きよしくんが笑顔でその恐竜に「君 名前は何ていうの?」と問いかけると
 「プウだよ!」そう答えると更にその恐竜は・・・ 「二人を助けなきゃと思って川から岸へ
 引っ張り揚げようとしたんだけど僕の手は物を掴むことができないんだ だから咄嗟に
 君たちの手首を噛んで引っ張ったんだ その時に歯型が付いて傷になってしまったんだよ
 ホントにごめんね」「そうだったのかぁ〜 それならプウは僕たち兄妹の命の恩人じゃないか
 これくらいの傷なんてどォーッてことないよ むしろお礼を言わなきゃ ありがとうね プウ!」
 ・・・こうして不思議な出会いによって三人は仲良しの親友となったのだった

 「ねぇねぇ プウは何処に住んでるの?」みずほちゃんが聞くと
 「ほら あそこの洞窟の中でお母さんと一緒に住んでるんだよ」そう言われてプウが指差す
 方向を見てみると 川岸の崖に子供一人が入れるくらいの小さな穴が開いていた
 「お母さんに紹介するからおいでよ」そう言われて二人の兄妹は その崖の穴の中へと
 入って行ったのだった 中に入ると入口からは想像も付かないような大きな空間が
 広がっていて 地面にはたくさんの枯れ草が敷かれていた

 「お母さ〜ん」プウが呼ぶと きよしくんとみずほちゃんが立っていた地面が急に動きだし
 二人は その弾みで枯れ草の上に尻餅をついて倒れこんでしまった すると今度は
 倒れこんだ二人めがけて 洞窟の天井の方から長〜い首の先についた大きな顔が
 こっちを向いて「大丈夫?」そう言うと その大きな顔は長い首を器用にくねらせて二人の
 目の前まで接近してきた それは体長20メートルほどもある大きな恐竜だった 二人が
 立っていたのは その恐竜の尻尾の上だったのである 口調は優しいけどその大きさに
 圧倒されて 二人の兄妹は思わず抱き合って恐竜の顔から目をそらしガタガタと震えだした
 「怖がらなくても大丈夫だよ 僕のお母さんだから・・・。」プウの言葉にようやく落ち着きを
 取り戻した二人は恐る恐る目を開けて恐竜の顔を振り返った「ビックリさせてごめんなさいね
 何もしないから安心して」そう言われて二人は「こんにちは」と初めて挨拶を交わすのだった
 「お母さん 今僕 この二人とお友だちになったんだ」「そう 良かったね」
 「二人とも プウのお友だちになってくれてありがとう」お母さんはそう言って
 きよしくんとみずほちゃんにやさしく微笑みかけた

 「ねぇプウ お父さんはどうしたの?」みずほちゃんがそう問いかけるとプウは それまでの
 明るい表情が一変して悲しそうな顔に変わり「お父さんは 僕たちの食料を探しに行ったまま  まだ帰ってこないんだ」そう答えた 「恐らくこの前の大きな地震で何らかの事故に
 遭ったんだと思うんだ」 それを聞いてきよしくんは不思議そうに「大きな地震って何時の
 地震?」そう問い返すと今度はお母さんが「多分ずっ〜と昔の地震だと思うの 私たちは
 その地震によってこの洞窟の中の崖から落ちて来た岩が頭に当たり気を失って長い間
 眠ったままだったの ところが2週間ほど前の夜に突然“ドォ〜ン ドォ〜ン”という
 大きな音がして目が覚めたのよ でも気がついた時には洞窟の入口が土砂で埋まって
 しまって小さくなり プウは出られたけれど体の大きな私は出られなくなってしまったの」
 それを聞いたみずほちゃんが「ねぇねぇ お兄ちゃん“ドォ〜ン ドォ〜ン”っていう音って
 この前の花火大会の時の音じゃない?」「なるほど!みずほ お前なかなか冴えてるじゃ
 ないか 多分そうだよ」みずほちゃんの推理を受けてきよしくんは名探偵コナンの如く更に
 推理を始めた 「多分プウとお母さんが大地震に遭ったのは 今から一億四千万年前
 くらい前なんじゃないかなぁ? その時 落ちて来た岩が頭に当たって気絶して
 一億四千万年の間眠ったまま歳をとることなく時間が過ぎたんだよ そして2週間前に
 行なわれた花火大会の音で目が覚めた」「じゃあ  お父さんは?」プウが心配そうな顔で
 きよしくんに聞くと きよしくんは その表情を曇らせながら小さな声で「多分プウのお父さんは 
 その時の大地震で大きな岩が頭の上からたくさん落ちて来て亡くなったんだと思う」
 「えっ お父さんは死んじゃったの?」きよしくんの答えにプウは大粒の涙を流しながら
 洞窟中に響き渡る大きな声で泣き叫んだ お母さんも大きな目からボロボロと涙を流し
 泣き崩れた しばらくしてようやくプウとお母さんが落ち着いた頃 きよしくんは また話を
 始めた「実はねプウ!去年この少し上流の川岸から恐竜の化石が発見されたんだ それが
 多分プウのお父さんだと思うんだ」「えっ お父さんの骨が発見されたの?それは今何処に
 あるの?」「この先の丹波竜化石工房」へ行けばあるよ命を助けてくれたお礼に僕らが
 連れて行ってあげるよ」「ええ〜 ホント」泣きじゃくっていたプウだったがきよしくんの
 この一言でようやく笑顔が戻った

 
きよしくんは背負っていたリュックサックを下ろすと「さぁプウ この中へ隠れて」そういって
 プウをリュックに入れるとそれを再び背中に背負った 「気をつけて行ってくるんだよ」
 お母さんがプウに優しく語りかけると「うん 必ずお父さんの骨を持って帰ってくるから
 待っててね」と頼もしい返事で返した「きよしくん みずほちゃん プウをお願いしますね」
 「ハイ!」きよしくんとみずほちゃんも大きな返事でお母さんにそう答えたのだった
 こうしてプウときよしくん みずほちゃんの三人はプウのお父さんに会いに行くべく
 いざ“丹波竜化石工房”へと向かった

 プウのいた洞窟から丹波竜化石工房のある山南住民センターまではかなりの距離が
 あったが きよしくんとみずほちゃんは全速力で走り閉館間際の夕方4時近くには
 なんとかたどり着いたのだった
「ほら見てごらんプウ あそこで掘り出した化石を綺麗に
 クリーニングしてるだろ あれが君のお父さんの骨だよ」きよしくんの説明にプウは
 見つからないようにリュックから大きな目玉だけを出して その作業の様子にしばらく
 見入っていた やがて大粒の涙をひとつ流して小さな声で「お父さん!」そうつぶやいた
 「ねぇ お兄ちゃん どうやってプウのお父さんの骨を持って帰るの?」「うん とりあえず
 人がいなくなる夜まで何処かに隠れて待とう」 こうして三人は夜まで館内のトイレに
 隠れてその時を待った 夜7時を過ぎて ようやく館内で作業をしていた人たちもいくなった
 「よし もう大丈夫だぞ」きよしくんの合図でプウとみずほちゃんもトイレから出てきた
 部屋の電気を点けると見つかってしまうかもしれないので きよしくんは事務所に
 置いてあった懐中電灯を取り出して真っ暗な作業場へと向かいプウのお父さんの骨を
 捜すのだった 「あったよプウ これが君のお父さんの骨だ」そういってきよしくんが
 プウに手渡したのは30cmほどの長さの肋骨部分の骨だった プウはそれを大事そうに
 抱えるとポロポロと涙を流して大声で泣きだしてしまった「ダメだよプウ 大きな声を出すと
 見つかってしまうよ 気持ちは分かるけどもう少しの間我慢して」みずほちゃんは
 そういってプウを優しく抱きかかえて慰めてやった「うん ありがとう みずほちゃん」
 プウは泣き止むとニッコリと微笑んで みずほちゃんと目を合わすのだった
 「よし 一刻も早くこの骨をお母さんのところへ持って帰ろうよ」きよしくんの一言で
 三人は また全速力で洞窟へと急いだ

 きよしくんたちが洞窟へ到着したのは もう真夜中だった 洞窟の中ではお母さんが
 心配そうに三人の帰りを待っていた 「お母さん只今ぁ〜」プウの元気な声が洞窟に
 響くとお母さんは「無事だったのね 良かったぁ〜」そういって薄っすらと目に涙を
 浮かべてプウの帰りをよろこんだのだった プウは早速持って帰って来たお父さんの
 骨を取り出し「ほらお母さん これがお父さんの骨だよ」そういって手渡すとお母さんは
 その骨を抱きしめてボロボロと涙を流し声をあげて泣きだした 見ていたプウもまた
 一緒になって泣いたのだった 「きよしくん みずほちゃん ホントにありがとう」
 お母さんは何度も何度もそういって二人にお礼を言った「僕たちこそプウに命を
 助けてもらったんだ お礼をいうのはこっちの方です」そういって にこやかに握手を
 かわしたその時だった「ゴゴゴゴォ〜」という音が洞窟に響いたかと思うとグラグラと
 地面が揺れ始めて洞窟の壁の小さな岩が崩れ始めた「三人とも危ないから早く外へ出て」
 お母さんの声に促されて三人は思わず外へ飛び出した しかし お母さんの大きな体は
 洞窟からは出ることが出来なかった「お母さ〜ん!」一旦は外へ避難したプウだったが
 お母さんを心配したプウは再び洞窟の中へと飛び込んでいった・・・と同時に洞窟
 入口の上にあった大きな岩が「ドドドドォ〜」という音を立てて崩れはじめあっと言う間に
 洞窟の入口を塞いでしまったのだ 「プウ〜〜」きよしくんとみずほちゃんは大声で
 叫んだがプウとお母さんは洞窟の中に閉じ込められてしまい 二人が外から呼んでも
 全く返事が無かった・・・。「どうしよう お兄ちゃん」みずほちゃんがそう言って心配げに
 きよしくんの方を見た その瞬間 洞窟の入口上に残っていた岩が またパラパラと
 落ち始め これが運悪くきよしくんとみずほちゃんの頭に当たってしまい 二人は
 その場で気絶してしまったのだった

 それからしばらくが経ち ようやく周りは薄っすらと明るくなってきた
 「きよし〜 みずほ〜」遠くから二人の名前を呼ぶ声する やがてそれは少しずつ二人に
 近づいて来た きよしくんとみずほちゃんは その声に気がついて目を覚ましたのだった

 「おっ きよし! みずほ!二人とも大丈夫だったか?」
 ・・・その声の主は二人を探しに来たお父さんだった 「一晩中探したんだぞ 二人とも
 怪我はないか?」「うん 大丈夫だよ それよりプウが・・・。」そう言ってきよしくんは
 崖の下の洞窟を指さしたが・・・。「プウ? 一体なんのことだ?」お父さんは
 不思議そうな顔で問いかえした すると今度は みずほちゃんが・・・「丹波竜の子供だよ」
 「丹波竜の子供だって?二人とも気絶してて夢をみたんだなぁ〜」「夢なんかじゃないよ
 お父さん ほら そこの洞窟の中に・・・。」そういってみずほちゃんも崖の下を指差したが
 そこには ただ大きな岩肌があるだけで 洞窟も洞窟の跡らしき物も崩れた岩の欠けらも
 何も無かったのである 「そんなはずはないよ 確かにココに洞窟があってさっきの地震で
 入口が塞がったんだ」「二人とも何言ってんだよ 洞窟なんて何処にもないし それに
 地震なんて無かったぞ」「さぁ早く車に乗って・・・。お母さんも心配してるから早く家に帰ろう」

 二人は狐につままれたような顔で呆然として崖の下を眺めていた 「ねぇお兄ちゃん プウは
 ホントにいないの? あれは夢だったの?」「そんなはずはないよ みずほ! 二人揃って
 同じ夢を見るなんてありえると思うか? きっとこの川の何処かにプウの洞窟があるに
 違いないよ」二人は心にそう言い聞かせるとプウの洞窟があった辺りを名残惜しそうに
 振り返りながらお父さんの車の後部座席に乗り込んだ しばらく走った頃みずほちゃんが
 あることに気がついた「あっ お兄ちゃんこれ見て」そういってみずほちゃんは自分の
 左手をきよしくんの目の前に持ってきた するとそこにはクッキリと歯型のような傷跡が
 残っていたのだった  みずほちゃんに言われてきよしくんも自分の左手を確認してみると
 きよしくんの左手にもクッキリと同じ歯型があった そう それは紛れもなくプウが二人を
 川から助けあげた時についた歯型の跡だった「お兄ちゃん やっぱり夢じゃなかったんだね」
 「うん!」そういって満面の笑みで顔を見合わした二人の目からは何とも言いようのない
 涙が溢れ出てきた

 そんな事件から数日が経ち 長かった夏休みもようやく終わり きょうから新学期が始まる
 
 「きよし〜 みずほ〜 早くしないと学校に遅れるわよ〜」お母さんの大きな声が
 家中に響き渡り またいつもの朝が始まった 二人の兄妹が眠そうにあくびをしながら
 食卓につくと新聞を読んでいた お父さんが突然「おい!丹波竜化石工房から丹波竜の
 肋骨の化石が一本無くなったそうだぞ」 そうつぶやいた それを聞いたきよしくんと
 みずほちゃんは うれしそうに顔を見合わせニッコリと微笑むと 二人ともテーブルの
 上にあった食パンを口にくわえ そのまま「行ってきま〜す」と元気に学校へと
 飛び出して行った

 「ねぇ お兄ちゃん プウはきっと生きてるよね」「あぁ 絶対生きてるさ一億四千万年も
 眠ったまま生きてたんだぞ そう簡単に死ぬ訳ない!来年の花火大会の頃には
 また目覚めて僕らの目の前に現れるに違いないよ」「来年かぁ〜 早くまた夏休みが
 来るといいね」少しずつ薄くなって消えて行く左手の歯型の傷を撫でながら静かに
 つぶやくみずほちゃんだった

 稲の穂は何時の間にか色付き その上をたくさんの赤とんぼが舞っていた
 二人が見上げた空にはきれいなウロコ雲が並び 夏の面影は二人の手首の歯型と共に
 少しずつ消え去ろうとしていた
 

                                         〜完〜

 




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