まどろみの夏

(平成15年8月8日〜11日 古美術 大下の掲示板にて掲載!)




 気温34℃ その日の広島は目まいがするほど厳しい暑さの一日を向かえていた
 夕べは あまりの暑さに一睡もできなかった美紗枝は どうしようもない睡魔に襲われながらも
 いつものようにパソコンに向いネット取引のメール送信に追われていた

 大木美紗枝 ○○歳(知ってるけど 言うともう遊んでもらえなくなる)
 夫 信道と共に広島市内で「アンティークハウス 大木」を経営する極普通の主婦であった
 そしてもう一人 このアンティークハウスを間借りして店を出す女性がいた「アンティーク
 ショップ ねこハウス」の女店主 森上裕美子 ○○歳(私より数ヶ月だけお姉さん) その日は
 丁度 週末の土曜日!信道と裕美子の二人は仕入れに出かけ美紗枝一人が店番をしていた

 「これを“送信”っと・・・やれやれ やっと終わったよ」そう言ってパソコンの電源を切ると
 美紗枝は窓の外に目をやった「こう暑いと誰も来ないよなぁ」そうつぶやくと パソコンの前に
 座ったまま うつらうつらとまどろみ始めた・・・どれくらい時間が経っただろう 眠っていたのか
 眠っていなかったのか 自分でもハッキリしない時間が過ぎ 寝ぼけ眼で何気なくパソコンの
 画面に目をやると 電源の切れた真っ暗な画面に映る自分の顔の後ろに肩越しから覗く
 女の顔が見えた「きゃぁ〜〜〜」美紗枝は あまりの恐怖に全身の身の毛が逆立ち
 イスからスベリ落ちると その場にうずくまった「ちょっと ちょっと美紗枝さん 私ですよ」
 「エッ?」美紗枝が恐る恐る振り返と そこにいたのは ねこハウスの馴染み客 河島純江
 (かわしますみえ)であった 「なぁ〜んだ かわしまちゃんだったのぉ〜 もう〜
 ビックリさせないでよ」「ごめんなさい 声かけたんだけど返事が無かったもんだから・・・。」
 「裕美子さんは?」「きょうは うちの主人と一緒に仕入れに行ってるのよ」「そ〜かぁ〜
 それじゃ仕方ない また来ます」「何なら連絡してみようか?」「いや!急がないから また
 来ますよ」そう言って帰ろうとする河島を美紗枝が呼び止めた「ねぇ かわしまちゃん!
 お昼まだなんでしょ 一緒にお蕎麦でも食べない? 折角 来てくれたんだし 今日は
 私がおごるから・・・。一人で食べるのってなんか淋しいんだよね」「うれしい〜 暑い中
 わざわざ来た甲斐があったと言うもんだ」「よし じゃぁちょっと電話してくるね」
 そう言うと美紗枝は 早速 近所の蕎麦屋へ出前注文の電話をかけた

 美紗枝はこの時 後に起こる恐怖の出来事をまだ知る由もなかった

 美紗枝が電話をし終わって振り返ると そこにさっきまでいたはずの河島の姿が無くなっていた
 「あれ?トイレにでも行ったのかなぁ?」そう思ってしばらく待ってみたが帰って来ない
 心配になった美紗枝がトイレを確認に行くとカギは開いたままで中には誰もいない・・・?
 電話は店の入口の直ぐ近くだし 美紗枝は入口の方を向いて電話をしていたから もし河島が
 帰ったのなら その姿が必ず目に入るはずだった「あれぇ?一体何処へ行ったんだろう?」
 訳が解らないまま美紗枝は静まり返ったアンティークハウスの中で しばらく呆然と立ち尽くして
 いたが黙って立ってても事は解決しないし 気を取り直して大声で叫んでみた
 「かわしまちゃぁ〜ん」 しかし その声はアンティークハウスの店内にむなしく響き渡るだけで
 いくら叫んでも何の返事もなく 表で鳴く蝉の声だけが依り一層大きく美紗枝の耳に鳴り響いた

 ・・・と 次の瞬間「カタン」と言う わずかな物音が聞こえた それは紛れも無く2階からだった
 直ぐに2階を見上げた美紗枝の目に一瞬ではあったが黒い人影のようなものが見えた
 「なぁ〜んだ 2階にいるの?かわしまちゃぁ〜ん」呼んでみたがやはり返事は無い
 「もう悪い冗談はやめてよ〜 それでなくても私 怖がりなんだから・・・。」 美紗枝は
 半分泣きそうになりながらも思い切って2階へと上がって行った 両手でしっかりと手すりを掴み
 少〜しずつ 少〜しずつ そして体は いつでも走って逃げられる態勢で360度を気にしながら・・・。

 ようやく2階まで上がった美紗枝は 最後の段を上がりきった所に立ち止まり 両手で手すりを
 掴んだまま奥の暗がりに向ってもう一度呼んでみた「かわしまちゃぁ〜ん」 しかし人の気配
 らしきものは やはり無い! この瞬間「一体何処へ?」と言う疑問よりも 美紗枝は既に恐怖に
 取り憑かれていた「一刻も早く下へ降りよう」 そう思って階段を降りかけた美紗枝だったが
 半分まで下りかけたところで背後に何やら嫌〜な気配を感じ立ち止まった
 「かわしまちゃんなの?」振り返るのが怖かった美紗枝は自分の右肩越し やや後方下に
 目線を向けたままそう問いかけた すると「痛ぁ〜い」消え入りそうにかすかな声だったが
 確かに河島の声が返って来た 美紗枝は恐る恐るスローモーションのようにゆっくりと
 振り返った・・・ すると・・・。 きゃぁ〜〜 かかっ、かわしまちゃん どうしたの?そのケガは・・・。」
 美紗枝が驚いたのも無理はない そこには頭から血を流した河島が無表情でジッと美紗枝の
 方を凝視して立っていたのだった 河島が見つかったと言う安堵感で一瞬恐怖から開放された
 美紗枝だったが 河島の余りにも変わり果てたその姿に もう訳が解らなくなっていた
 「一体何があったの?とにかく救急車を呼ぶからちょっと待っててね」 そう叫ぶ美紗枝に
 対して河島は何もしゃべらず 静かに首を横に振りそれを拒否した すると次の瞬間
 なんと河島の姿は美紗枝の目の前から“スゥ〜”と消えたのである
 「かわしまちゃん かわしまちぁゃ〜ん 一体何なのよ これ〜」

 恐怖に震えた美紗枝だったが 次の瞬間・・・。

 「おい 美紗枝 起きろ!」信道に肩を叩かれ美紗枝が目を覚ますとそこはパソコンの前だった
 目の前には信道と裕美子がいた「どうしたの?えらく うなされてたよ」裕美子の一言で美紗枝は
 ようやく自分が夢を見ていたことに気が付いた「怖かったぁ〜 でも夢だったんだぁ〜」
 そう思って安心し一息ついた美紗枝だったが 我に変った瞬間 信道と裕美子の只事ではない
 様子に気が付いた 見れば裕美子の目は泣き腫らして真っ赤になっていたのだ
 「何かあったの?そう言えば まだ帰ってくる時間じゃないよね」そう尋ねる美紗枝に信道が
 静かに告げた「かわしまちゃんが ここへ来ようとして そこの信号の所で交通事故に
 遭ったらしくて ついさっき亡くなったそうなんだ それで市(いち)の途中だったんだけど急いで
 帰ってきたんだよ」「エェ〜 そそ、そんなぁ〜」美紗枝は一瞬 魂を抜かれたかのように全身の
 力が抜けその場でオイオイと子供のように泣き崩れた

 しばらくして少し落ち着きを取り戻した美紗枝は今見た夢の一部始終を二人に話して聞かせた

 「かわしまちゃんは きっと美紗枝ちゃんにも自分が亡くなった事を知らせたくて夢の中に
 出たんだね」 裕美子は そう言って震える美紗枝をそっと抱きしめた 「とにかく みんなで
 お悔やみに行こう」信道がカバンから車のキーを取り出し 三人が店を出ようとしたその時
 入口の戸が開いて近所の蕎麦屋観音寺美紀が入って来た 「ごめんね遅くなって きょう
 お店の方が忙しくてやっと今手が空いたとこなの ざる蕎麦二つでしたよね ・・・どーしたの?」

 美紗枝は再びその場に座り込むと今度は声も出なかった

                                           〜完〜

 




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