「月樹学園の赤い薔薇」
(平成15年6月5日〜7日 井戸端掲示板にて掲載!) 「あの薔薇は先生が手入れされているんですよね」美術室の窓の外に目をやると あくる朝 学校へ登校してきた古家を基喜のクラス担任 墨田誠司が呼び止めた その日の放課後
どうしてもきのうの着メロの一件が気になった古家は再び美術室へ 教室のドアを開けるとそこには誰もいなかった しかし準備室のドアが10cmほど開いて そんな西田の背中を眺めながら 動揺している自分の頭の中を懸命に整理していた 〜完〜
初夏の風が清々しいある日の放課後だった
月樹学園2年1組古家聡美(ふるいえさとみ)は
この学園の美術教師で2年1組の担任西田真美に絵のモデルを頼まれ美術室に来ていた
「ごめんなさいね古家さん 無理なことお願いして・・・。」 いえいえ
私はどうせ暇ですから・・・。
それに先生の絵のモデルにしてもらえるなんて光栄ですよ」
「ありがとう古家さん じゃあ とびっきり美人に描かないとね」
「もちろん そう願います」 そう言い返した古家に対して西田は「分かりました では精一杯
心をこめて描かせて頂きます」そう言ってニッコリと微笑んだ
「その前にコーヒーでも
入れるから ちょっと待ってて」そう言うと西田は準備室の方へと入っていった
独り美術室に
残された古家は「そうだ すずちゃんにメールしなきゃ」 そう言うと
カバンから携帯を取り出し
親友の“すず”にメールを打ち始めた“すず”こと“基喜すず”古家と彼女は幼い頃からの
友人で
同じ月樹学園の2年2組に在籍していたが この日
何故か無断欠席していたのである
「これで良し・・・っと 送信!」
メールを送信した次の瞬間 古家の耳がそばだった
何処から
聞こえてくるのかは分からなかったが
すずの携帯の「着メロ」が遠くの方から聞こえてきた
のである それは一瞬だったが確かにすずの携帯の音だった
しばらくして西田が準備から
コーヒーを持って出てきた
「先生!今そっちで携帯が鳴りませんでしたか?」
「携帯?いや 私は聞こえなかったけど・・・。」
「やっぱり
私の空耳だったのかなぁ?」疑問に思いながらも「きっと空耳だったのだろう」
と自分に言い聞かせ古家は話題を変えた
そこには
綺麗に手入れされた真っ赤な薔薇の花が今を盛りに咲いていた
「綺麗ですよね〜」
「古家さんは花が好きなのね」
「ハイ!少しですけど私も自宅のベランダで園芸の真似事をしてるんです」
西田は
そう答える古家の顔を見ながらニッコリと微笑み返した
「でもね
一輪だけがまだ咲かないのよ ほら あの一番左にある蕾」
「ホントだ
他の花はみんな綺麗に咲いてるのに・・・。」
・・・とそんな話をしていた
次の瞬間 古家が突然
大声をあげた「あっ!」
「どうしたの古家さん?急に大きな声出して ・・・ビックリするじゃない」
「すみません先生!塾へ行く日がきょうに変更になったのをすっかり忘れてました」
「あらあらそれは大変 私の方は何時でもいいんだから早く行きなさい」
そう言われて
古家は大急ぎで熱いコーヒーを啜ると猛ダッシュで美術室を飛び出していった
「古家 実は一昨日から基喜が行方不明なんだが お前
何か知ってることはなか?」
「えっ! すずちゃんが行方不明ですって」
「一昨日の午後まで私
すずちゃんと一緒でした」
古家の説明によると その日は授業が午前中で終了だったため午後から二人でショッピングに
出かけたとのこと
駅前のファンシーショップでお揃いのカチューシャを買って
その後
「お茶でもしようか?」と言った時 急に基喜が「大事な約束を思い出した」と言って
そのまま
帰ってしまったのだとか・・・。
「どこへ行くのか聞かなかったのか?」
「すごく急いでたみたいだったので聞く間もなかったんです
きのう
携帯にもメールしてみたんですが返事がなくて・・・電話もかけてみたんですが
ずっと圏外みたいなんです
「・・・また謎の失踪かぁ〜」墨田は
つぶやくようにそう言った
「“また”ってどう言うことですか先生!」
「実は3年前にも 私のクラスの生徒で讃岐純子って言う生徒が行方不明になったまま
未だに見つかっていないんだよ
その子は歌の好きな子でね 放課後よく 音楽室で
ピアノを弾きながら歌ってた!明るい性格でクラスでも人気者だったんだけど
それが
ある日 突然いなくなったんだ」 そう言えば彼女がいなくなったのも
今時分の季節
だったよなぁ〜」
行こうとしていた
渡り廊下に差し掛かったところで ふと掃除用具の納屋の方に目をやると
陰から古家を
手招きをする一人の女性がいた
それはこの春に月樹学園の用務員として勤務になった
ばかりの多西時子(たにしときこ)であった 「お友だちが行方不明なんですって?」
「ハイ そうなんです」
「実は同じような事件が前にもあったの」
古家は
さっき墨田から聞いた讃岐純子のことだろうと思ったが ここは素直に多西の話を
聞くことにした しかし彼女の口から出た話はそれとは全く別の話だった
聞けば担任の
西田がまだ新任教師で 月樹学園に来る以前に勤務していた
なでしこ女子学園と言う
ところでも今回と同じような失踪事件が起こっていて
結局まだ未解決のままだと言うのだ
多西によるとその生徒は 30年前 西田の担任だったクラスの生徒で大木美紗枝と言う
生徒だということだった
「30年前ですってぇ〜」古家は「こんな時にふざけるなんて・・・。」と思い 少し憮然とした
表情で多西に目をやった 何故そんなことを知っているかと言うと多西が言うには
自分と
西田は高校時代の同級生だというのだ お互い話をしたこともなかったし
向こうも多分
私のことを覚えてはいないだろうけど 確かに同級生だと多西は言う
でもそんなはず絶対ない 多西はどう見ても50代半ば 方や西田は多く見積もっても30歳
小さな子供が判断しても
その年の差は明らかだったからだ
古家は多西の話を軽く聞き流し美術室へと向かった
いたので
中に西田がいると思い声をかけた「西田先生〜 古家です〜」
・・・がしかし
返事は無かった
恐る恐る部屋の中を覗くと
そこにはイーゼルに載せられたままの
一枚の絵が置かれてあった
古家は多少の罪悪感に駆られながらも回り込んでその絵を
覗き見た 「こっ
これは!!」古家が驚いたのは無理もなかった
そこに描かれていたのは
基喜の姿だったのだ しかも絵の中の基喜が頭につけているカチューシャは あの日
古家と
お揃いで買ったあのカチューシャだった 「あの後 すずちゃんは ここに来たんだわ
でも
一体どう言うことなの?そうだ!」
古家は気を取り直して基喜の携帯にメールを送ってみた
すると準備室に置かれた西田の机の引き出しの中から基喜の携帯の着メロ(大学堂のテーマ)が
聞こえてきたのである 古家は その音のする引き出しを恐々開けてみた するとそこには
やはり携帯があった そしてそれは紛れもなく基喜の携帯だった「でも
なんで西田先生の
机の中に・・・?」そんな疑問に駆られていたその時
古家の目に意外なものが飛び込んできた
それは準備室の床の上に無数に置かれているうちの一枚の油絵のキャンバスの裏側に書かれた
「2000、5、讃岐純子肖像」と言う文字だった「これは確か墨田先生が言ってた
3年前に
行方不明になった人の名前?」その絵を良く見ようと手にとった瞬間
また古家の目が凍りついた
讃岐純子の肖像画と重なっていた
もう一枚のキャンバスの裏側に書かれた「大木美紗枝肖像」 と言う文字が目に入ったのだ「これは
さっき用務員の多西さんが言ってた
30年前に
行方不明になったと言う人だっ
・・・と言うことは多西さんの話は嘘じゃなかったと言うことなの?
それにしても行方不明になった人たちの絵ばかりが何故ここに?」古家はそう思った瞬間
自分が「とんでもないものを見てしまったのではないか・・・。」と思って全身に鳥肌が立った
・・・と次の瞬間 古家は背中に人の気配を感じて振り返った
するとそこには西田が立っていた
「ここで何をしているの古家さん」言われた古家はビックリして腰を抜かし床におしりを
ついて座り込んだ 古家はそのまま西田を見上げながら恐る恐る尋ねた「先生
この絵は?」
すると西田は「見たのねッ ・・・なら聞かせてあげる ・・・この生徒たちは
みんな花が大好
だったの それに若くて可愛くて・・・。」そんなことを聞いてるんじゃなくて
すずちゃんが何処へ
行ったのかを聞いてるんです 行方不明になったあの日
ここに来たんでしょ何処へ行ったですか 先生 答えてください」そう叫ぶ古家に西田は静かにこう言った「基喜さんなら
ほらそこに・・・。」
そう言って西田が指を差した方向は
あの真っ赤な薔薇の花壇だった「あの薔薇はね
み〜んな私の可愛い子供たちなの 基喜さんだけじゃないのよ
大木さんも讃岐さんも
み〜んな私の子供たちを“綺麗だ”と言って褒めてくれたの
子供たちもすっかり彼女たちが
気に入ってね
だから・・・。」「・・・だから どうしたと言うんですか?」その問いに西田は
古家に背中を向けると
窓の外の薔薇を眺めながらしばらく黙っていた
古家だったが次の瞬間すべてを悟った「まっ、まさか・・・。」思わず口をついて出た古家の
この言葉に黙っていた西田が口を開き「考えてみて古家さん!
人間はみんな歳をとると老いて
やがては死んでいくでしょ でもね こうして薔薇になることで毎年美しく咲き続けることが
出来るのよ 素晴らしいと思わない? さぁ
今度は古家さんが私の子供となって
最後に残った
あの蕾を綺麗に咲かせてやって・・・。」古家は
あまりに現実離れした西田の言葉に訳が
分からなくなっていたが
とにかくここから逃げなければ・・・と思い準備室のドアに手をかけ
外へ出ようとした・・・と その時
同時に準備室に入ろうとした墨田と鉢合わせになり 墨田に
ぶつかった古家は
また床の上に尻餅をついて倒れた「大丈夫か古家」そう言って手を
差し伸べた墨田の顔を見て今まで張り詰めていた恐怖心から一気に開放された安堵感からか
胸にしがみついてオイオイと泣き崩れた
「どうした古家」墨田の言葉にしばらくしていささかの
正気を取り戻した古家は事の一部始終を泣きながら墨田に話した
すると墨田は「そうか
大丈夫だ もう何も心配することは無いぞ古家
何も心配することは無い・・・。」そう言って
左腕でしっかりと古家を抱きしめると 古家の頭越しに西田と目を合わせ小さく微笑んで
うなづくと静かに右手で準備室のドアを閉めた
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