夏の終わりの思ひ出(中編)
激しい雨の中をトレノとケンメリは水しぶきをあげて駆け抜けていく。ケンメリはコーナー
の出口でテールを左右に揺らしながら立ち上がる。ストレートではトレノを引き離すが、カ
ーブの多いこの道ではすぐにトレノに追いつかれてしまう。いつなもら既に引き離されてし
まっているはずの俺のハコスカも、雨のおかげで結構余裕をもってついていける。
次の左カーブはかなり長く、コーナーの出口に向かって徐々に曲がりがきつくなっている。
ケンメリが最初に緩いコーナーの入り口へ突入した、少し離れてトレノと俺のハコスカが入
っていく、徐々に曲がりがきつくなってくる。
トレノはケンメリに接触寸前まで近づいている、凄い水しぶきでテールランプがにじんで見
える、ケンメリのブレーキランプが点灯した、その横をトレノと俺はすり抜け、トレノの内
側にいた俺はトレノの前に出た、コナーの出口はかなり急に左に曲がっている、いつもなら
重いハンドルもまるで氷の上を走っているかのように軽い、ブレーキを踏み3速にシフトダ
ウンした瞬間、俺のハコスカはテールをガードレールに擦りつけながらスピンした。凄いク ラッシュ音がなっていたような気がする、エンジンは止まっていた。
女が俺のひだの上に横たわっている、いくつものヘッドライトが此方を照らしている、車は
逆方向を向いていた。俺は女を座席に座らせながら聞いた「大丈夫か!」「うん 何ともな
い」
斜め前にはトレノがガードレールとは反対側の側壁にぶつかり、フロントウインドウが割れ
、車の左側がつぶれている、俺は車から降りてトレノに近づこうとしたその時、何台か止ま
っている車の後ろの方で赤いランプを回しながらマイクで、なりやら喚きながら車が近づい
てきた「パトか!何でこんなに早よ来るんや」。
斜め後ろにいたカリーナがいきなり発進した、続いてその前にいたケンメリも激しくホイー
ルスピンしながら逃げ出した。俺も慌てて車に乗りセルを何度か回したがエンジンがかから
ない、アクセルを思いっきり踏み込み、セルを回してみる、マフラーからボコボコ詰まった
ような音を鳴らしながら、いっきにエンジンが吹き上がった、ハンドルを思いっきり切りU
ターンする。
トレノを俺のヘッドライトが照らした瞬間、座席に座っている白い服を着た男が目に入った
、肩から胸にかけて赤いものが見える「血!死んでんのか」そう思いながらも俺は車を走ら
せた。
体中が震えている「死んどる!死んどった、そんな事あるはずない絶対生きとる」頭の中で
何度も同じ言葉を繰り返しながら、車を走らせた、隣で女が何か喋っていたがほとんど耳に
入らなかった。
バックミラーを見た、他に車はついてきていない、その時やっと右のリヤタイヤが(ゴ・ゴ
・ゴ・ゴ)と音を立てているのに気づいた、俺はすぐに、タイヤに覆い被さったリヤフェン
ダーが潰れ、タイヤと擦りあっているのが解った。いつタイヤがバーストするか解らない、
そう思いながら車を止める事も出来ず、そのまま走らせた。前方にモーテルのネオンが見え
る、俺は速度を上げ迷わずモーテルへ飛び込んだ。
何台か車が止まっていた、出来るだけ目に付かない奥の方の車庫を選び車を止め、すぐに車
から降りてリヤタイヤを見た、思っていた通り、リヤフェンダーの後方からテールランプに
かけて塗装がハゲ、かなりへこんでいた、俺はすぐにフェンダーとタイヤの間に手を入れ引
っ張ろうとしたが指が入らない、いつの間に車から降りてきたのか、俺の後ろで女が「あ〜
あ こんなにへこんでる」と言った。
「おまえ何言うとんねん、トレノに乗っとった奴、死んどるかもしれへんねんど」「大丈夫
やて」、「何でそんな事わかんのや!」俺は怒りながら女に近づいた女は少し後ろに下がり
ながら「だって動いとったもん」「おまえ見えたんか!その男どないしとった!いつ見たん
や!血流してなかったか!」俺は女に言い寄った。「Uターンするときに見えたの」と言い
ながら、女は自分の肩に手をかけ肩を動かし「なんかこうやって動いてた」
それを聞いたとき俺は「シートベルトか!あの赤いのはシートベルトやったんか」と大きな
声で言いながら嬉しくなってきた「生きとる、あいつは生きとる、絶対に生きとる、もしか
したら、たいした怪我もしてないかもしれん。間違いないあの時肩から胸にかけて見えた赤
いのは、レース用のシートベルトや!」俺は女にもう一度聞いた「なんか赤いもん引っ張る
ような格好してなかったか?」女は「引っ張ってたかどうかは解らんかったけど、なんかこ
う赤いのを持って、こうやっとった」女はまた肩を動かしながら言った。「間違いないあい
つは大丈夫や、レース用のシートベルトが付いとるレカロかなんかのシートやろ、しかしお
前短い時間で、そんな所までよう見とったな」女は「だってUターンするまでだいぶ時間あ
ったもん」俺はあの時必死でエンジンをかけ、車をUターンさせる間ほとんど何も見えてな
い状態だった、しかし女は壊れたトレノをずっと見ていたらしい。「よかった」俺はホッと
し、少し笑いながら女の方を見た、女も笑った。
俺はトランクを開け道具箱からタイヤレンチを取り出し、タイヤとフェンダーの間に差し込
み、何とか指が入るまでこじ開けた、そこへ指を突っ込み、足でタイヤを抑えながら思いっ
きり後ろに引っ張った、ボコっとフェンダーが膨れた。女が笑いながら「なにこれさっきよ
り変な格好になったやんか、ブサイク〜」「格好なんか関係あるか、走れりゃええんや」と
言いながらも、妙に膨れたフェンダーを見て俺も可笑しくなった「チョット引っ張りすぎた
」と言いながら軽くフェンダーを蹴飛ばした、女がまた笑った、とにかく明るい女だ。道具
を片付け、車の中に散らばっていたショートホープを探し出しドアを閉め、モーテルの部屋
の方へ向かった、振り向くと女は辺りをキョロキョロ見回しながら、チョット笑ってついて
来た。
つづく
|