第二部 江蘇省の歴史を歩く
7.白果樹村に学生の家を訪ねる

私が、休日などに、好んで郊外へ出かけて行くのを知っているOは、「先生は田舎が好きなんでしょう。今、私の家、新築しているので、出来上がったら来てください。私の村と附近の名所を案内します」、と前々から言ってくれていた。しかし、家の完成が春で、私が1月中に帰国すると分かると、Oは非常に残念がった。それが、年が明けて、帰国の日が近づいたある日、「引越しはまだですが、生活の一部は、新しい家でできるので、ぜひ来てください」と誘ってくれた。その頃、私は、私が担当した「高級日語(一)」の期末考査とその成績処理という大きな仕事を残していたが、Oの気持ちが嬉しく、行ってみたく、最優先で一日を空けた。
  1月15日、朝7時、大学前からOとOの友人Qと3人、タクシーに乗る。連雲港には600m級の山が二つある。私たちの生活圏に近い方が前雲台山、連雲港港に迫った山が後雲台山。孫悟空が生まれた山、花果山は前者にあり、Oの村は後者の麓にあった。20分ほどでOの家のある白果樹村に着く。

村名の由来となった白果樹(銀杏) 村の風景。むこう向きで携帯電話をしているO
白果樹の前で、O(向かって左)と友人Q 連雲港の銘茶、「雲山雲霧」

「どうして白果樹村なの?」と私。「大きな白果樹があるから」とO。ということで、村名の由来となった白果樹(銀杏)を見に行く。銀杏といっても、御堂筋の銀杏並木の銀杏などとは違い、四方に延びた枝を持つ一本の大木であった。次は、Oの叔母さんの勤める村役場訪問。みやげに「雲山雲霧」のお茶をもらう。Oの説明によると、「雲山雲霧」は中国でも名前の通ったブランドで高級茶とのことである。上品な、深みのある味で、大変気に入り、私は、今もこの茶を愛飲している。  
 この後、私たちは、Oの友人Kの車で行動。まず、後雲台山の中腹まで登る。“留雲嶺”の碑のところで記念撮影。石碑には、冒頭、「留雲嶺
虎口嶺改名」と記されている。これについて、Oが補足説明をしてくれる。「土地の人は、その嶺を“虎口嶺”と呼んでいました。あるとき、役人が巡察にきて、不吉な名前だといって、“留雲嶺”と変えました。でも、土地の人は、この後も、“虎口嶺”と呼び続けています」

宿城へ下る途中の茶畑 この辺りの景色は抜群!

車は、茶畑や水庫(ダム、貯水池)を見ながら山を下る。麓の村は宿城郷。「唐の太宗李世民が東征の途中、この地に来て、臨時の城を築き夜宿したから“宿城”と言われるようになりました」とO。宿城には、“船山飛瀑”などの景勝地があり、“世外桃源(桃源郷)”と称せられている。

桃源郷の入口、「船山飛瀑」

この宿城を走っていると、突然、レストランやカラオケやディスコの立ち並ぶ街並みが出現。それも、建物だけ残りさびれた感じ。後で分かったことだけれど、この地域は、田湾原子力発電所の工事が行われた期間の労働者の憩いの場所だったのだ。それが、今は、大きな建築工事は終わり、運転の調整の段階に入っているから、多くの建築労働者はもういないのだ。
Oのご両親と  O宅に昼食を摂りに戻る。O宅は、まだ完成していないが、3階建ての立派な家である。村全体が、新旧、立て替えの時期なのか、附近では、あっちこっち、同じようなレンガ造りの家の建設が進んでいる。Oのご両親は、私を温かく迎え、歓待してくださる。昼食だというのに、次々、たくさんの料理が出てきて恐縮する。私は、ご両親とは初対面なのに、すぐに打ち解け、初めて訪問した家と思えないほどくつろげた。
  中国の四大原子力発電所の一つといわれる田湾原子力発電所は連雲区の雲台山隧道という長いトンネルを抜けたところ、三方を山に囲まれた海岸にある。どんなところか様子を見に行く。中国では、いろんなところで写真を撮ってよく怒られた。深センから香港へ出る海関、福建省と江西省の省境の検問所などではひどく怒られた上、フィルムも取られそうになった。深センのときは、私一人であったので、「対不起!(ごめんなさい)」を連発、恭順の態度を表し、その場を凌いだ。福建省と江西省の省境の検問所では、同行の中国人の友人が謝ってくれて無事、放免された。共に、フィルムは渡さずに済んだ。中国旅行でフィルムは、命の次に大切なものである。最近は、私も、もう若くないので、相当、慎重にしている。それに、発電所の門のところには、「田湾核電歓迎nin」(nin ni「あなた」の敬称)と大きな看板まで掲げられているので、安心してカメラを向け、怒られた。素直に引き下がり、建物の影から写す。田湾原子力発電所この日は、靄っていたし、目の届く範囲に、原子力発電所特有の建物もなく、あまり良い写真は撮れなかった。
  この後、夕方から別の予定が入っていたので、白果樹村訪問はここまでとし、Kに大学まで送ってもらう。
  いよいよ帰国である。いつも、私のことを気にかけてくれた彼女に深く感謝!