『誘惑の紫』

夜も深けてきた時間、シュラが風呂から上がると
は 磨羯宮のリビングで 少し大きめの本を開いていた。

「何、読んでいるんだ?」

髪の毛を拭きつつ目を向けると それは世界地図だった。

「旅行行きたいな、なんて思ってたんだけどね。
ギリシアを中心にすると何処までが許容範囲なのかなあと」

「…地球一周旅行に連れて行けるが?」

尤も、高速移動などすれば の身が持たないので
適当にテレポーテーションを繰り返すことになるが。

「や。優雅に、乗り物も楽しみたいの」

シュラと行くなんて 言ってないし〜?
などと 地図から 目をそらさずに 悪戯に呟く。

「それに そんなんじゃ、旅行の楽しみも半減だよ。現地につくまでが ドキドキしていいんじゃない」
「遅刻しそうな時に 人をアシに使う奴が偉そうに言うな」

この間は 日本の同窓会とやらの時間を時差で間違えただのと 変な時間に叩き起こされ
問答無用で 日本に送る羽目になった。

「旅行で無くても ドキドキ感を味わってるじゃないか」
「あれはドキドキというより ハラハラよ!会費払ったんだから その分食べないと損じゃない」

あの会場の料理は 評判いいんだからね。

「あー、でも あの時は感謝よ〜。自家製プリンの美味しかった事ったら!幹事さんに拍手よね」
「お役に立てて何よりだ」

やれやれ。
シュラは 風呂上りの喉の渇きを潤すために 冷蔵庫から 缶ビールを取り出した。

「飲むか?」
「んー、一口 貰えればいいや」

小さめのグラスに 缶の中身を移して に手渡し、自分は そのまま缶に口をつけた。
対面の ソファに腰を下ろす。

「シュラは 普通のことなんだろうけど」

軽く ビールを含んでから は顔を上げた。

「道路を走ってて、違う国になっちゃうって感覚が 私にはないのよ。
だから トンネルをくぐったら『ハイ 通貨替わります』とかいうのが おかしな感じでね」

「まあ 今でこそ ユーロだが…。通貨は結構面倒だったな」
「島国、日本人には 無い感覚だと思うわ」
「成る程な」

地図の今 開かれている場所は ヨーロッパ。
長い間、領土を巡り どれだけの血が流れたことか。

「地図に 線が引かれてるだけだもんね」

他国と自国とを そこで分ける。
実際に その場に行っても、線は無く、同じ空気が流れているというのに。

「じっと 見てたら、不思議だなーって。今も領土問題で、抗争してるところもあるものね」

日本の領土も、近隣国で問題になっているし。

境界線を巡って 人と人が殺しあう。
人種の違い、宗教の違い、性別の違いが。

シュラは一気に 缶を煽った。

「聖戦も、神様レベルの 陣取りゲームだったってことだ」

その台詞は チェスをしていた時の、酒に酔った銀髪の男だったか。
それに異議を唱えなかった。
お互いそのチェス盤の上に居るのは 満更でもないのだ。

我が女神は 自分達 聖闘士の事を チェス駒のように 無機質に 扱っているわけではないのだから。

あくまでも自分は人間である。
どんなに能力がそれとかけ離れていたとしても。

それを 尊重されていると判っているから、自分は 女神に忠義を尽くすのだ。
平和の為に。出来る限りの事を。

「シュラ?どうかした?」

急にシュラが黙り込んだので、 が その顔を見つめる。
少し、険しい顔をしていたようだ。

「境界線か。いや、何でもない」
「そぉ?それならいいけど…。まあ、私達がどうこう言っても 机上の空論。仕方無いことだけどね」

パタン、と地図を閉じる。

「身近な所から その問題はクリアしていこうぜ」
「その問題って、境界線の話?」


頷きながら、シュラはソファから立つ。
それに 釣られて、 も 腰を上げる。

「人種はともかく 性別が違うから、混ざり合えることもあるってモンだ」

つぅ、と 長い男の指が 柔らかい女の頬を撫でる。

「!」
「…ふ、中々いい反応だ」

風呂上り 独特の石鹸の香りをさせながら シュラは を抱き寄せて 口付ける。

「俺達だけでも、境界線を無くそうぜ」
「どゆこと?」

抱き上げられたかと思ったら、紫の瞳が真直ぐに射抜いてくる。
は 反射的に 見返した。

「机上じゃなくて、ベッドがいいだろ?」
「はいぃ?」

自分とお前と 分け隔てているものを 無くすように。

まるで 元から ひとつのものだと 錯覚させるように。

「平和的、解決策だよな」

ゆっくりと シュラは歩きだす。
その腕の中で 発言内容の意味を 理解した は あさっての方向を見る。

「平和的、に お願いしますよ?」
「前向きに善処したく」

リビングの電気を消して 軽口を叩きながら、足音は寝室に向かった。



甘美を伴い、ふたつのものが ひとつになる。

お互いが お互いの中で 溶け合って
自分の鼓動と 相手の鼓動の区別がつかないくらいに。


2006.02.22<山羊誕2006主催/COMMAND/りょーち>

どうか 少しでも 山羊座のシュラが 皆さんに好かれますように!


ボーダレス、難しいテーマですよね。
しかし出来る事から一つ一つ、シュラ氏の言動に拍手です!
いつもながら、りょーち様の書かれるシュラは男前ですわん♪
山羊誕主催お疲れ様でした & こんなに素敵なお土産を有難うございました!