聖域の外れの一画、私はそこが嫌い。
威圧的だからじゃない。
それならこの聖域は、どこもかしこも多かれ少なかれそういう雰囲気がある。
華がないからでもない。
むしろそこは花が多い。
死んでいった聖闘士達の魂を慰める為の、手向けの花が。
嫌いな理由は、そんな事じゃない。
嫌いな理由は、そこに見たくないものがあるから。
「どうした、?」
低い声も、私を抱く腕の温もりも、はっきりと感じられる。
いつも側に居て、その存在を感じさせてくれる人間に、どうしてあんな物が必要なのだろう。
「疲れたか?」
「・・・・・・・ううん。」
「じゃあ機嫌でも悪いのか?」
「・・・・・・・ううん。」
そうじゃない。
愛する人に抱かれた後の気だるい疲労感は決して不快なものじゃないし、ましてや機嫌の悪くなる女なんていない。
そう、貴方は私の愛する人。
貴方にまつわるものは、大抵どれも愛しい。
長く着続けて少しくたびれてきたシャツも、偶に吸う煙草の吸殻でさえ、貴方の存在を感じられて愛しい。
でも、あれだけは嫌い。
あれだけは見たくない。
「・・・・・・・・・ねえ」
「ん?」
「どうして・・・・・・」
「何だ?」
「どうして・・・・・・・・・シュラのお墓なんてあるの?」
「何かと思えば・・・・・、急にどうした?」
「急じゃないよ。ずっと気になってたんだから。」
聖域のあの一画にある、黄金聖闘士達の墓。
私はそれが嫌い。
中でもシュラの墓は特別嫌いだった。
「どうしてあんな物があるの?」
「どうして、って・・・・・、お前も知っているだろう?俺達は一度・・・・」
「その事なら知ってる。でも、今はここにこうして生きてるじゃない。」
「それはそうだが・・・・・・」
「もうあんなの必要ないでしょう?生きてる人間のお墓があるなんておかしいわよ。」
生前に自分の墓を用意する習慣なら、日本にだってある。
そうする方がむしろ縁起が良い、なんて言い伝えがある事だって知っている。
だから別に、その習慣を肯定する気も否定する気もない。
でも、シュラ達は別。
彼は、彼らは、普通の人間より死が身近にあるから。
いつでも死と隣り合わせだから。
聖闘士じゃない私にも、それ位は分かる。
「どうしてそんなにムキになるんだ?」
どうして?
どうしてそんな当然の事を訊くの?
貴方の胸に巻かれた赤黒い血の滲んだ包帯を見て、動揺しない訳ないじゃない。
貴方は平気な顔をして『心配するな、かすり傷だ』なんて言っていたけど、私から見ればそれは大怪我。
もしもその怪我がもう少し深かったら、そう考えるとぞっとする。
「・・・・・・・縁起が悪いからよ。一度入って出て来たお墓なんて、後生大事に取っておくような物じゃないわ。」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・ごめん。嫌な言い方して。」
押し黙ったシュラの表情を見て、少しだけ冷静になれた。
今のは少し言葉が過ぎていたと思う。
でも、嘘じゃない。
嫌なのよ。
あんな物があったら、貴方が死に急ぎそうで。
いつ死んでも構わないという気持ちで、これからを生きていきそうで。
「でも・・・・・・・・、壊して欲しいの。」
「・・・・・・・」
「私はあれ・・・・・、壊して欲しい。」
怖いのよ。
「・・・・・・・・・・それは出来ない。」
「・・・・・・」
「お前が嫌がる気持ちは分かるし、有り難いとも思う。が、それは出来ない。」
「・・・・・・どうして?」
「俺は・・・・・・、一度死んだ男だ。本来ならここにこうして居られる筈がない。」
「・・・・・・・・」
「今ここにこうして居られるのは奇跡なんだ。俺にはその奇跡に報いる義務がある。再び与えられた生の全てを懸けて聖闘士としての責務を果たさねばならん。」
シュラの話を、私はただ黙って聞く事しか出来なかった。
シュラの表情が余りにも真剣だったから。
真剣な私以上に、もっと真剣だったから。
「あの墓はその証なんだ。本来なら俺の魂は、あの下でただ無に還るのを待つばかりだった。
たとえ外界にどんな事が起きようと、どんなに歯痒い思いをしようと、何も出来ないままにな。」
「・・・・・・・」
「そうなっていた場合の無念さを思えば、何だって出来る。どんなに困難な任務だって果たしてみせる。聖闘士としての役割を全うし終えるその日までな。俺にはそうする義務があるし、俺はその為に蘇ったのだと思っている。だからあの墓はその決意の証、授かった奇跡の意味を忘れない為の、俺自身への戒めなんだ。」
だからお前が心配するような事は何もない、なんて笑って。
「それに、その奇跡のお陰で、こうしてに逢えた。」
「シュラ・・・・・・・・」
「お前との事も含めて、俺は受けた恩恵の意味を忘れてはならないんだ。」
普段は言わない殺し文句を、今この状況でさらりと吐いて誤魔化すなんて。
反則よ。ずるい。
そんな風に言うなんて。
意識しているのかいないのか、分からないところがまたずるい。
でも、結局貴方は。
要するに、聖闘士として生きて死のうとしているのでしょう?
「分かってくれるか、?」
要するに、貴方の生き方に私の存在は何の影響も及ぼさないのでしょう?
「・・・・・・・・分かった。」
貴方が生きる目的は、授かった奇跡に報いる為。
再び与えられた生の全てを懸けて、聖闘士としての役割を全うする為。
いつか貴方が再びその命を投げ出すのは、やっぱり闘いの中。
だって、貴方は聖闘士以外の何者でもないから。
危険な任務は放棄して、とは言わない。
私だけの為に生きてよ、とも言えない。
そんな我侭が通らない事ぐらい、そんな陳腐な台詞でどうにか出来る程貴方の生きている世界は甘くないって事ぐらい、私にだって分かっているから。
ただ。
「困らせてごめんね。もう言わない。」
ただ、せめて。
私の為に、死なずにいて。
私を悲しませないで。
心の中でそう願う位は、許してくれますか。