tea time




目の前に差し出される、素朴な紙の箱。


「じゃーん、今日のお茶請けは胡桃のパウンドケーキでーす♪」
「やあ、いつも悪いね。」

それを受け取って中を開いてみれば、微かに甘い、蜂蜜の香り。


「それは私の台詞。いつも美味しいお茶をご馳走になってるんだもの。」

お茶の支度は既に整っている。
今日のお茶は、体の芯をじわりと温めるような、ほの甘いミルクティー。
白いクロスを敷いたテーブルには、揃いのカップ&ソーサーが二客に、花瓶に生けた切りたての黄色い薔薇。
そこに君が差し入れてくれた本日のお茶菓子を添えて、ステレオからごく小さなボリュームでクラシックを流せば。




二人きりのティーパーティーが始まる。





「うん、美味しい。それ程甘くなくて、いい味だ。」
「そう?良かったー!」

二人で丁度食べきれるサイズのケーキは、一切れ、また一切れとなくなっていき、たっぷりと紅茶を詰めていたポットも、だんだんと軽くなっていく。
君が焼いてくれるお茶菓子のような、ふんわりとした陽射しが差し込む私のリビングでの、二人だけのティータイム。

私がお茶とテーブルの用意をし、君がお菓子を用意するというのは、一体いつから習慣になったか。
午後の一時を、こうして二人でテーブルに着いて過ごすようになったのも、一体いつからだったか。
それは思い出せないが、もう無くてはならない大切な時間だ。



「この時間がないと、一日に張りが出ない。」
「そうね。私もアフロとお茶する時間、大好きよ。」
「お茶を飲む時間、だけ?」
「・・・・・・・いやね、もう。」

テーブルの上に身を乗り出した、少し行儀の悪いキスを、君は嬉しそうに受け入れた。
今は二人の間に挟まっているテーブルが邪魔だけれど、あと何時間か後には、何にも邪魔されずに君を抱き締めてキス出来る。
紅茶よりはワインの方が似合いそうな時間になれば。


そんな時間も勿論大切だけれど。
こうして日の当たる場所で君と二人、ゆっくりとカップを傾ける。
こんな一時が、私にとっては一日の大事なアクセントだ。
執務が立て込んでいる時や任務で聖域を離れている時、つまり君と午後のティータイムを過ごせない時は、何となく一日が締まらない。
そんな時はまるで、うっかり昼過ぎまで眠り込んでしまって、知らぬ間に半分以上過ぎてしまった一日を、茫漠としたまま始めた時のような気分になる。



つまり、気が抜けて、面白くなくて、何処となく寂しい。



そんな気分に。

















今日もお茶の支度は既に整っている。
白いクロスを敷いたテーブルには、花瓶に生けた切りたての薄いピンクの薔薇。
それが一輪。


それが、今はここに居ない君の代わりのゲスト。


二人揃いのティーセットも、日替わりで目と鼻と舌を楽しませてくれた優しい味のお菓子も、
ステレオから流れるクラシックも、今はない。
寂しく味気ない、一人きりのティータイム。




なみなみと入る事だけが取り得のような、何の飾りもないマグカップを満たしているのは、インスタントのブラックコーヒー。
紅茶は飲む気がしなくなった。
私が淹れる紅茶に良く合う、仄かに甘い菓子は無いから。
良い茶葉を使って丁寧に淹れたところで、それを美味しそうに飲んでくれる君は居ないから。



「・・・・・・・不味い。」

コーヒーを一口飲んで、苦い溜息。
今まで馬鹿にして口にしてこなかった安物のインスタントコーヒーは、やはり不味い。

ただ、用意は格段に楽だ。
適当な量の豆をマグに放り込み、鍋に張った水を火にかけて投げやりな感じで放っておけば、
ものの数分でグラグラと沸騰した湯が出来る。
それを適当にマグに注いで乱暴にスプーンで掻き混ぜれば、それで出来上がり。
角砂糖もミルクもレモンも用意しなくて良い、退屈で気の抜けたティータイムにぴったりな飲物。


「無いよりはましか・・・・・」

その辺りにあるビスケットかチョコレートを一つ二つ摘めば、それで十分事は足りる。
ケーキ皿もナイフとフォークも出さなくて良い、怠惰で愛想のないティータイムにもってこいな茶菓子。
それを口に放り込み、マグに残ったコーヒーをさっさと飲み干せば、それでティータイムは終わる。
片付けは何とも簡単、マグとスプーンを洗うだけだ。
割ろうとてそう簡単に割れはしない丈夫な素材のマグは、少しささくれた心を込めて少々乱雑に扱ったところで、傷一つ付く事もない。






こんな風に、ぼんやりと退屈な午後を過ごすようになって、もう何日経つだろう。
毎日がどことなく締まらないまま、ダラダラと過ぎている。
お陰で私は、少しものぐさになってしまった。
張り合いがなければ、真心を込めて手間隙を掛けた何かをする気にはなれないからだ。
一人なら何でも手軽なもので十分、手間隙の方が惜しい。




しかし。




楽だけど味気ない一人のティータイムより、
少々手が掛かっても、味わい深い二人のティータイムが恋しい。


君に伝わるようにと願いを込めて、君の代わりを務めてくれている薔薇に告げてみよう。





「そろそろ美味い紅茶が飲みたい・・・・・・・、そうは思わないか、?」



君と二人の、お茶の時間が恋しい、と。




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後書き

ほのぼの甘いと見せかけて、微妙に寂しいテイストな一品でした。
今回はさっぱりあっさり短めに。
どうも私の書く話は、放っておくとしつこいめに仕上がるようなので(笑)、
偶にはすっきりさっぱりと。