月夜の睦言




今は夜。
仄明るい月の光が、聖域を優しく照らしている。
別に特別でも何でもない、只の夜。
皆が寝静まった、静かな夜。
そんな夜にも関わらず、12宮の麓が何やら騒がしかった。




「良いかぁ、後出しはなしだぞ!それから、最初はグーで!分かったな!?」

それなりに酔いが回って良い気分になっているらしいデスマスクが握った拳を突き上げて見せると、他の黄金聖闘士達が『うおーっ!』という、これまたハイテンションなリアクションを返す。
彼等は一体何をしているのか?
それは、盛り上がっている黄金聖闘士達と、食べ散らかされた皿や山程のグラスと酒瓶でぐっちゃぐちゃのカオス状態になっているテーブルの上が物語っている。
そう、彼等は今、宅にて飲み会の真っ最中だった。


っよぉぉぉーーしゃッッ!!!じゃいくぞオラァ!!
さ〜いしょ〜はグー!!!
じゃーんけーんホーーーイッッッ!!!

聖戦以降、黄金聖闘士達は公私共に結束が固くなった。
真面目な意味でも、おバカな意味でも。
全員でへべれけに酔いどれて、挙句の果てには仲良くノリノリでジャンケンゲームなど、聖戦以前には、まず無かった事だ。
やや弾けすぎな感じがしないでもないが、これも世の中が多少は平和になった証拠、少なくとも聖域は今のところ平穏だという証と考えれば、結構な事である。


ぃよっしゃーーー!!!
ぐおおーーー!!!

アルデバランの歓喜の声やら、サガの無念の叫びに混じって、『イヤーーー!!!』という女の悲鳴が上がった。


負けちゃったーーっ!!

声の主は、紅一点の
このような集いの場に、最早は欠かせない存在になっている。
それはともかく、何故は、こんな悲痛な声を上げたのか?
負けたからか?
しかし、敗者は他にも沢山居る。
まだ勝負は終わっていないのだ。



『じゃーんけーんホーーーイッッッ!!!』
「ふぅ・・・・・、危なかった!」
「ククク・・・・・、これからが本番よ・・・・・!」

アフロディーテが安堵の溜息を吐き、カノンが負け惜しみと共に強がりの笑みを浮かべる中、は先程より一層切羽詰った悲鳴を上げた。


「やっばーい!!また負けた!ど、どうしよう・・・・・・・!」

また負けた者は、他にも何人か居る。
それなのに何故は、これ程焦り、怯えているのか?


「もしこのまま負け続けて、罰ゲームしなきゃいけなくなったら・・・・・!」

罰ゲームとは何か?
脱衣か?
キスか?
いや、違う。
今回の罰ゲームは、まるで別ジャンルだった。


「おう、負け犬諸君!忘れんなよ、キングオブ負け犬には、このキャンサーのデスマスク様特製カクテル@罰ゲーム仕様が待ってんだからなー!気合入れて頑張れよー!」

デスマスクが掲げて見せるのは、おどろおどろしい液体が満ちたグラス。
と言っても、見た目は特別悪くない。
中身もゲテモノなどではなく、普通の酒だ。
但し、アルコール度数の強烈に高い酒ばかりをでたらめにミックスした、恐怖のちゃんぽんカクテルだが。
デスマスクが皆の眼前でバーテンダーと化した為、その製造過程を見ていたが本気で恐怖するのも無理はなかった。
何しろは、酒に弱い性質なのだ。
弱いなりに、酔いが十分回る程飲んだ後でこんな物を飲まされては、一体どうなるか。


「こんな物飲まされたら、タダじゃ済まないわ・・・・・!」

は心の底から戦慄しながら、何が何でも勝つぞと固く心に誓い、何が何でも勝たせてくれと必死で祈りながら、引き続き勝負に挑んでいった。
しかし、そんなの祈りは無情にも天に通じる事はなく、は順調に負け続け、
とうとうラストバトルにまで残ってしまったのだった。
そして、その相手は。


「手柔らかに頼む。」

の目の前に居る男は、バルゴの黄金聖闘士、シャカ。
この男がのラストバトルの相手であると同時に、の対マン相手であった。
他の者は全て勝ち抜けていて、最後は二人の一騎打ちとなったのだ。
それがよりにもよってシャカとは・・・・・と、は内心で嘆いていた。

紳士なムウなら、その超能力での出す手を読み、わざと負けてくれるだろう。(※希望的予測
優しいアルデバランやアイオリア、大人な童虎やサガやカミュなら、勝負を放棄して不戦敗に甘んじ、自らグラスを手にとってくれるだろう。(※これも希望的予測
意地悪という程ではないが悪ふざけもいけるクチのシュラやアフロディーテ、ノリが良くこういう場では先陣を切って弾けるタイプのミロなら、負けてベソベソチビチビと地獄のちゃんぽんカクテルを舐めるを冷やかしてから、本当に危なくなる前に、余裕の笑みを浮かべてサッとグラスを奪い取ってくれるだろう。(※やっぱり希望的予測
悪ふざけ大好き、むしろ悪ふざけ担当のデスマスクやカノンでさえ、恐らくそうしてくれるに違いない。(※やや自信のない希望的予測

しかし、シャカならどうだろうか。


「どうしたのかね、。早く勝負をつけようではないか。」

この飄々と掴み所のないポーカーフェイス。
なまじ顔の造りが端整なだけに、余計に恐ろしい。
しかも彼は、酒に酔っても素面の状態とさほど変わらない性質なのだ。
相変わらず落ち着き払った表情と口調で淡々と勝負を挑まれて、は絶望した。

彼はきっと、わざと負けてくれたり代わって罰ゲームを受けてくれる事はないだろう。
自ら承知した上での勝負なので、彼が負ければ潔く罰ゲームを受けるだろうが、勝てば容赦なく勝者となるに違いない。


「う・・・・、うん・・・・・・・!」

は決死の覚悟をもって、今、勝負に挑もうとしていた。



「じゃ、いくわよ・・・・・・。最初はグー、じゃーんけーん・・・・」

ホイ。


「・・・・・・・うそ・・・・・・・」

勝負の瞬間、思わず瞑っていた目を恐る恐る開いてみると、の拳がシャカのハサミを打ち負かしている様が目に飛び込んで来た。


「勝っ・・・た?・・・・勝った、やった、やったぁーッ!!」

は無事罰ゲームを逃れた事に心の底から安堵し、思わずはしゃいで飛び跳ねた。
しかし、キングオブ負け犬となったシャカは。


「むう・・・・・、仕方がないな。では。」

などと呟いて、さっさと罰ゲームカクテルを飲み干してしまっていた。


「ちょ、ちょっとシャカ、大丈夫!?そんな一気に!?」
「・・・・別に。」

シャカは、が止める暇もなく一息に飲み干してから、相変わらず淡々とした素面そのものの口調でそう答えた。
まさか、わざと負けてくれたのだろうか?
そう思って訊いてみたが、シャカはいつも通りの素っ気無い口調で、


「わざと負けて、私に一体何の得があるのかね?」

と、ある意味予想通りの反応を返しただけだった。


「そ、そりゃそうよねぇ・・・・・・」
「勝負に余計な情けをかけるのは、私の主義に反する。たとえそれが酒の席での下らない余興であろうと、やると決めたからには情け容赦はせぬ。しかし結果、私が負けた。ただそれだけだ。」
「そ、そうよねぇ・・・・・・」

それにしても恐ろしいのは、依然として変わらないこのテンションだ。
それなりに飲んだ後でトドメまで刺されて、それでも尚この落ち着きぶり、この淡白さ。
KY』と表現しても良い程のこの素っ気無いリアクションに一同は気を削がれて、丁度酔いも回っていた事もあり、この後少しして宴は終了、そして解散となった。










しかし、真に恐ろしいのは、この後であった。










「ふわぁ〜あ・・・・・・・・」

黄金聖闘士達が帰った後、は眠そうに欠伸をしながらも食器を洗っていた。
本当はさっさと寝てしまいたいのだが、何せ人数が多かったので、汚れた食器はシンクに文字通り山積みになっているのだ。
これをこのまま放って寝てしまったら、明日の朝、きっと後悔する。
そう思って、せっせと一人で皿洗いに励んでいたその時、ふと背後に気配を感じた。


「わっ!シャカ!?ど、どうしたの!?」

振り返ってみれば、そこにはシャカが一人で立っていた。


「帰ったんじゃなかったの!?」
「誰が帰ると言ったかね。私は君と飲み直そうと思って、酒を取りに戻っていただけだ。」

シャカはそう言って、持っていたワインのボトルを軽く掲げてみせた。


「えー!?まだ飲むの!?」
「嫌かね?」
「う・・・・・う〜ん・・・・・・」

は暫し口籠った。
シャカには済まなく思うし、折角なのだから付き合いたいのも山々ではあるのだが、
如何せん、もう十分に酔ってしまった後だ。
これ以上飲んだら具合が悪くなる。明日の執務にも差し支えるだろう。


「・・・・ごめん、折角だけど私は・・・・・。明日も朝から執務だし。」
「むう・・・・・・・」
「本当、ごめんね!」

やや気を悪くしたようなシャカに、は両手を合わせて謝った。
しかしシャカは、意外にもあっさりと機嫌を直すと、頷きながら言った。


「まあ、それもそうだな。仕方あるまい。君も何かと忙しい人だ。」
「そう仰って頂けると助かりマス・・・・・。」
「では、一人でやらせて貰うとしよう。折角わざわざ持って来たのだ、一杯ぐらい飲まねば報われん。」
「それもそうね。」

は苦笑すると、洗ったばかりのグラスを一つ、シャカにどうぞと差し出した。


「好きに寛いでてね。私はまだ片付け物が残ってるから・・・・。」
「片付け物など後で良かろう。今片付けても、どうせまた洗い物が出るのだ。」

シャカはそう言って、に手渡されたグラスを掲げて見せた。


「私が一杯飲む間、せめて話に付き合う位はしてくれても良いだろう?」
「あっ・・・・・・」

シャカは有無を言わせずの手を引いて、リビングに移動した。
そして、掃き出し窓を大きく開け放つと、その場にと共に腰を下ろした。
夜空には、丸い月がぽっかりと浮かんでいる。
その淡い光を見上げながら、シャカは静かに呟いた。


「・・・・良い月だな。」

シャカは持参したワインを手酌で注ぎ、ゆっくりと飲んだ。
月の光を肴にワインを嗜むシャカは、何処となく儚げに、しかし楽しそうに見えた。


「そうね。」
「見たまえ、あの柔らかく清らかな光を。」
「ほんと、綺麗。」
「まるで君のようだ。」
「うんう・・・・、え?

頷きかけて、の目は点になった。


「そして、月のすぐ横にそっと寄り添っている星、あれが私だ。」
「え・・・・、あれ乙女座だっけ?」
「そういう意味ではない。とにかく、あれは私なのだ。」
「はぁ・・・・・・」

が首を捻ると、シャカは幾分呆れたように溜息を吐いてみせた。


「分からないかね?良く見たまえ。あの月とあの星、まるで今の私達ではないか。」

ほら、とシャカはの肩を優しく抱いた。


「なっ、何っ!?どうしたの・・・・!?」
「こうやって、人知れずひっそりと、肩を寄せ合って佇んでいる。まるで今の私達そのものだ。」
「え・・・・、えぇ!?」
「このまま、夜が永遠に続けば良いのに。そうすれば、あの月と星も、私達も、ずっとずっと寄り添っていられるのに。」
「あ、あの〜・・・・・??」

はじめは空耳か、或いは聞き間違いかと思ったが、どうもそうではないらしい。
シャカの言動がいよいよおかしい事に気付き、は軽くパニックに陥った。
しかしシャカは、構わずに語り続けた。


「しかし、時は無情なものよ。あと数時間もすれば、時は私達を優しく包む闇色のシーツを引き剥がし、何もかもを赤裸々に照らし出す無粋な太陽を連れて来る。そして、恥らう私達を笑いながら、残酷に引き離してしまうのだ。」

意味不明だが、とにかく気障な台詞の数々。
これらがシャカの口から次々と飛び出して来るという事が、には信じられなかった。


「ああ、君よ。行き給うな。私は君が居なければ、生きてはゆけぬというのに。」

この展開についていけない。
は慄きながら、『だ、大丈夫?』と声を掛けた。
するとシャカは静かに微笑んで、首を振った。


「どうやら私は、君の虜になってしまったようだ。」
「は、はぁ・・・・!?」
君の瞳に乾杯。

青く静かな炎が灯ったようなシャカの瞳にまっすぐ見つめられて、は絶句した。
と同時に、シャカはグラスの中のワインを一息に飲み干した。
そして。


「わっ、ちょっと・・・・・!」

身体がグラリと傾いだかと思うと、シャカはグラスを取り落とし、の肩にもたれ掛かってスウスウと寝息を立て始めた。


「ね、寝ちゃった・・・・・」

あの情熱的な青い瞳は、今はもう瞼に閉ざされている。
伏せられた長い睫毛を眺めながら、は小さく溜息を吐いた。


「何だ、酔ってたんだ・・・・・。」

やはりシャカは、相当酔っていたのだ。
パッと見はこれといった変化がないから分からなかったが、さっきの台詞の数々を考えると、そうとしか思えない。
最後のグラス1杯分のワインがいけなかったのだろうか。
それともやはり、恐怖の蟹特製カクテルが決定打だったのか。
どちらにせよ、シャカは前後不覚に、へべれけに泥酔していたのだ。


「何事かと思ったじゃない、全くもう・・・・・!」

思い出して今頃顔を赤らめながら、はシャカを床に寝かせた。
余程酔いが深かったのか、シャカはフローリングの床の固さにも、ふわりと投げ掛けられたタオルケットにも気付く事なく、そのまま朝まで宅のリビングでぐっすりと眠りこけたのであった。







そして、翌朝。


「・・・・・・ここは何処だ?」

目覚めるや否や、シャカは真顔でこう尋ね、を苦笑いさせた。


「私んちよ。」
「何故?」
「何故って・・・・・・・、シャカが来たからここに居るんじゃない。解散した後にまた来た事、覚えてないの?」
「いや全く。」

確か処女宮に帰った筈なのにとブツブツ呟くシャカを見ていると、とても演技をしているようには見えなかった。
どうやら全員で解散した後からの記憶は本当にないらしく、昨夜口走った『迷言』の数々も素で覚えていないようだ。
しかし、ははっきりと覚えていた。


「・・・・ぷぷっ・・・・・・・」

昨夜、こっ恥ずかしい台詞の数々を吐いたシャカと、今、目の前で真剣に首を捻っているシャカとのギャップがおかしくてつい吹き出すと、シャカは怪訝な顔をした。


「朝っぱらから何を一人でニタニタ笑っているのかね。」
「う、ううん、別に何も・・・・・!」

は一瞬、言ってやろうかどうしようか迷ったが、やめておく事にした。
言ったところでシャカは信じないかも知れないし、どうしても知らせておかねばならない話でもないのだ。無用にショックを受けさせる必要もあるまい。
昨夜の愉快なシャカの言動は、偶然自分だけが見る事の出来た超常現象として、このまま自分一人の胸にそっとしまっておこうと、そう考えたのである。


「そんな事より、少々頭が痛いのだがな。この家にはバファ○ンか何かないのかね?」
「はいはい、あるわよ。」
「ならばさっさと持って来たまえ。それから、腹も減ったな。何かあるだろう?」
「パンで良い?」
「パンだと?笑止。こういう時にはあっさりした白粥が一番なのだ。君は米を食う民族の癖に、そんな事も分からないのかね?さっさと作って来たまえ。」
「あの、私これから執務・・・」
ああ、その前に水を一杯。
「・・・・・」

しかし、そんなのささやかな思いやりなど知る由もないシャカは、いつも通り遠慮なしに我侭を炸裂させた。
至って普段通りの、腹立たしい位にいつも通りのシャカの言動に、はいっそ黄金聖闘士達全員に暴露してやろうかと思ったのであった。




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後書き

ふと思い立って書いてみた、アホ話でした〜!
シャカにワケの分からん事を口走らせたいな〜と思いまして。
4年振りの新作なのに、まー見事にワケの分からん話になりましたね、すいません(笑)。