心秘めて




永く無人の宮に薄らと積もった埃を、掃いては捨て、掃いては捨て。
掃除など雑兵にやらせておけば良いと言う奴も居るし、
俺自身、別に掃除が趣味な訳ではないのだが、ここだけは譲れない。
ここだけは特別なのだ。



「シュ〜ラ。」
・・・・・・」
「やっぱりここに居た。」

振り返れば、そこには微笑を湛えたが立っていた。


「何処にも居なかったからここかなと思って来たんだけど、ビンゴ。またここの掃除してたのね。」
「まあな。何か用か?」
「うん。別に用って程じゃないんだけど。」

曖昧に笑ったは、ごく自然な動作で何気なく俺の手伝いを始めた。
いつからだろう。
がこんな風に、気付けば俺の近くに居るようになったのは。
さり気なく、それとなく、俺の視界の中に入るようになったのは。


「美味しいコーヒー豆を貰ったの。一人で味わうのも勿体無いから、一緒にどうかなと思って。」
「わざわざ誘いに来てくれたのか?」
「まあ、そんな感じ。駄目?」
「いや。有り難く馳走になろう。ここの掃除が終わったらな。」
「うん。」

そして俺はいつも、そんなからそっと目を逸らす。
何も知らない振りをして、何とも思っていないかのように装って。
そうして俺は、この心を秘めるのだ。
にも、誰にも、決して知られないように。









「・・・・・・・ねぇ、一つ訊いても良い?」
「何だ?」
「どうして、この人馬宮だけはシュラが掃除するの?他は全部、雑兵さん達が掃除しているのに。」
「・・・・・・・そんな事はないだろう?女神像の周辺だって俺達黄金聖闘士が当番で掃除しているじゃないか。」
「あ、そっか。そうよね。」
「要するに・・・・・・、アレだ。礼を尽くすべきものに対して礼を尽くしているだけだ。別に深い意味はない。」
「・・・・そっか。」

こんな答えで、は納得しているのだろうか。
それとも、納得したように見せているだけだろうか。
嘘ではないが、100%の本音でもない、こんな答えで。
俺が人馬宮の管理を誰にも任せず、時間を見つけてはせっせと掃除をしに通うのは、
礼儀云々の為だけではない。
だが、本音を語り、俺の本心を見せる事など、どうして出来ようか。
本当はただ、極めて個人的な、下らない自己満足に過ぎないというのに。

この人馬宮の主がいつ戻って来ても良いように、いつか戻って来る彼の為に、という訳ではない。
そんな日は来ない。
何故なら彼は自身の人生を全うしたと言い、自ら望んで奇跡を授からなかったのだから。
だからせめて、誰よりも気高かった彼の遺したこの宮を、この手で綺麗に保っていたい、
そんな只の自己満足なのだ。
聖闘士も何も関係ない、あらゆる肩書きを無くした、シュラという只の一人の男の。



そしてもう一つ。






「・・・・・・・そうだ。コーヒーならアイオリアの奴も好きじゃないのか?呼んでやれよ。」

は多分気付いていないが、アイオリアはを密かに愛している。
それを知った時から、俺はに対する気持ちを自制し始めた。


「うん、良い案なんだけど。」
「けど?」
「その豆、実はアイオリアから貰ったものだったりするのよね。」
「はは、何だそういう事か。」
「ふふっ、そういう事。」

俺は、奴の唯一の肉親を殺めた。
事情が何であれ、聖戦を経て過去の蟠りが解けたとはいえ、その事実は変わらない。
だからと言って、今更罪滅ぼしも何もない。
俺個人の罪悪感で今更そんな事をやらかしても、それはもはや只の独り善がり、
却って要らぬ波風を立てる事にしかならない。
全てを赦し合うと、未来だけを見据えて、再び与えられたこの命を共に生きていこうと、
皆で女神に誓ったのだから。
今更女々しく過去の事を掘り返し、それを覆すような真似は、幾らそれが贖罪のつもりだとしても、
女神への、そして仲間への裏切りにしかならない。
そんな事は分かっているし、するつもりもない。

しかし、こんな俺の本心を曝け出したところで、理解して貰える事はないだろう。
罪滅ぼしや、まして情けのつもりなどでは断じてないとどれだけ訴えたところで、奴はきっと本気で怒る。
亡き兄に負けずとも劣らない、誇り高い男だから。



「まあ良いじゃないか。二人より三人の方が話は盛り上がるだろう。」

だが、俺は決めたのだ。
ニ度とは起こり得ない奇跡を授かり、再び生きてこの地上に戻って来た時に。
贖う機会を、永遠に逃してしまったその時に。
せめて、もう二度と奴から大切なものを奪いはしないと。
俺自身に、そう誓ったのだ。


「そうね。じゃあ、アイオリアにも声掛けて来るわ。」
「俺の方はもう少しかかるから、二人で先にやっててくれ。掃除が済んだらすぐに行く。」
「分かった。じゃあ、私んちで待ってるね。」
「ああ。」

誰も気付かなくて良い。
誰も知る必要は無い。
これは俺の、シュラという一人の男の心の中だけに秘められた、
只の下らない自己満足のような誓いなのだから。
だから俺は、この心を秘め続ける。
今までも、そしてこれからも。




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後書き

新年早々、暗い&短い夢で済みません(汗)。
ほぼ完成していたものの、タイトルがどうしても、どぉぉぉしても
思い付かずに放り出してあったハンパ夢を仕上げてみました。
ちなみに元々は2006年5月作。ようやく日の目が見られて良かったです。
ヒロインをすり抜けてシュラ→ロスリア兄弟みたいな話になってる上に、
こんだけ時間かかってつけたタイトルがコレかい、というツッコミはありますが、
その辺は心に秘めて公開してみました(笑)。