さっきまで良い天気だったのに、いきなり大雨が降り出した。
は、手に持っている書類が濡れないように服の下に入れて庇い、雨宿りできる場所目掛けて走った。
「おい!!!」
「カノン!!」
呼ばれて振り返ると、カノンも自分と同じように雨に打たれていた。
「急に降って来たな!!」
「早くどっか雨の当たらない所に行かないと!書類が!!」
「来い!!」
強引に手を掴まれて、一瞬心臓が跳ねる。
半ば引き摺られるように連れて行かれたのは、双児宮であった。
「っあー、ひでぇ雨だな、びしょ濡れだ・・・・。大丈夫か?」
「うん、書類は何とか。」
「ちょっと待ってろ。」
そう言って、カノンは大きなバスタオルと自分の物らしいシャツを持って来た。
持って来たものをに投げて寄越す。
「ほら、それ使え。」
「ありがと。」
「俺も着替えてくる。」
カノンは自室へと入って行く。その間には、濡れた服を脱いで身体を拭き、カノンのシャツを着た。
自分には大きすぎるそのシャツは、カノンの匂いがする。
指先まですっぽりと隠す袖が暖かくて、少し嬉しくなる。
しばらくして、着替えを済ませたカノンが、タオルで髪を拭きながら戻って来た。
冷蔵庫からビールの缶を取り出す。
「お前も飲むか?」
「ううん、昼間っからは遠慮しとく。」
「なら、これでいいか。」
カノンはにジンジャーエールの缶を見せた。
「うん、ありがと。」
「ほらよ。」
リビングのソファに座って、髪を拭きつつ二人で飲む。
「小さいな、お前。シャツがブカブカだぞ。」
「小さくありません〜!私は標準なんです、カノンがデカすぎるの!!」
からかうようにが着ているシャツの裾を摘んで笑うカノン。
その手をばしっと叩く。
「お前あんなとこで何してたんだ?」
「サガに頼まれてここに書類を持ってくる途中だったの。カノンこそ何してたの?」
「俺はミロのとこから帰ってくる途中だったんだよ。」
「あんなにいい天気だったのにねー。」
「通り雨だろ。直に止む。まぁゆっくりしていけよ。」
「ありがと。」
「退屈だな、何かするか。」
カノンは立ち上がり、トランプを手に戻って来た。
「ポーカーでもやるか?」
「いいね。」
「金賭けるか?」
「えー、何で!?」
「何だ、自信ないのか?まあお前じゃ俺には勝てないだろうがな、フフン。」
「言ったわね、受けて立ってやろうじゃないの!」
「お、そうこなくちゃ。」
「これでどうよ!?フラーーッシュ!!!」
「甘いな、フルハウス。」
「もーーー!!何でーーーー!!?イカサマじゃないの!?」
「人聞き悪いこと言うな。」
「だってさっきからいい手ばっかり・・・・」
「偶然だ。日頃の行いが良いからじゃないか。」
「それってどういう意味!?」
「ほら、次行くぞ。」
つい時間を忘れてポーカーに夢中になるカノンと。
「うう〜、負けた・・・・・」
ボロ負けしたが、悔しそうにむくれている。
拗ねた顔に苦笑するカノン。
「残念だったな。じゃあ負けた分払ってもらおうか。」
「今財布持ってない・・・・」
「じゃあツケてやる。近々払えよ。」
「くっ・・・・、分かったわよ・・・・。」
「お、もうすっかり雨上がったな。」
「え?あ、ほんとだー。うわー、夕焼け綺麗!!」
は窓に駆け寄って空を見た。
さっきまでの大雨は何だったのかというぐらい綺麗に晴れ渡り、夕焼けが広がっている。
カノンもの傍で一緒に空を見る。
「眩しいな。」
「本当。部屋の中がオレンジ色になってるね。」
「ああ。」
夕日が部屋に射し込み、すっかり気の抜けたビールとジンジャーエールの缶に反射している。
缶から垂れる水滴が、テーブルで水溜りを作っている。
オレンジ色に染まるカノンの横顔に、の心臓が再び小さく跳ねた。
それを隠すように、は帰り支度を始める。
「じゃあ私そろそろ行くね。すっかり長居しちゃって。」
「いや。楽しかったぜ。ツケ払えよ。」
意地悪く口の端を吊り上げて笑うカノン。
「分かってるわよ!!」
「ククク。そうむくれるなよ。」
「むくれてない!!」
盛大にふくれながら玄関へ向かうの後ろを歩くカノン。
「じゃあね。服貸してくれてありがと。洗って返すから。」
「ああ。」
それじゃあ、と帰りかけたを、ふいにカノンが引き寄せた。
重ねた唇を離して、からかうような、でも優しい微笑みをに向けるカノン。
は放心したようにその場に立ち尽くす。
「ほら、早く行けよ。」
「・・・うん。」
言われるまま双児宮を後にする。
後ろを振り返ってみると、カノンが手を振った。
自分も軽く手を振り返し、また背を向けて前へと進む。
触れた唇の感触が残っている。
言葉に出来ないような切なさに襲われる。
さっき別れたばかりなのに、今すぐカノンに会いたくなる。
そうか、私、カノンの事・・・・・・
は今、自分が恋に落ちていることに気が付いた。
言いようの無い感情に零れ落ちた涙が一粒、足元の水溜りに混じって溶けた。