罪と罰




ここは聖域・獅子宮。
宮の主は、今日も元気に鍛錬中。
間もなくこのリビングに戻ってくるであろうその人を、は待っていた。

恋人と過ごす時間は、取り立てて何をしなくても楽しい。
だが、今日は少し特別だ。
は、後ろ手に隠した焦げ茶色の小瓶を握り締めた。


とある人物から貰ったこの小瓶、中身は男性用の精力増強剤との事である。
それをここに持って来た理由は、勿論この宮の主・アイオリアに飲ませる為であった。
といっても、彼とのセックスに悩んでいる訳ではない。
そんな物に頼らずとも、二人は十分に満足出来る関係を育めている。

ならば何故、そんな物を飲ませようと思ったのかというと。
その薬の原料はライオンの睾丸らしく、恋人の象徴とオーバーラップしている、只単にそれが面白かったからである。
そもそも、精力増強剤がてきめんに効くのは枯れかけた壮年男性だと、は思っていた。
元々から精力に溢れている若者には、はっきりそれと分かる程の効果は出まい。
何の根拠もなく、はそう信じ込んでいたのだ。

つまり、ほんのお遊びのつもりだったのだ。





そうこうしていると、遂にアイオリアが戻って来た。
首に掛けたタオルで額の汗を拭いつつ、慌しく大きな歩幅で近付いてくる。

「やあ、。待たせたな。」
「ううん。トレーニングはもう終わり?」
「ああ。腹が減っているだろう?昼食にしよう。ああ、でもその前にシャワーを浴びた方が良いな。済まないが、もう少し待っていてくれ。」

笑顔を一つ残すと、アイオリアは浴室の方へ歩いて行こうとした。
だがその背中を、は咄嗟に呼び止めた。

「あ、待って!」
「何だ?」
「あのね・・・・・・、これ。」
「ん?何だこれは。ジュースか?」
「ん〜、栄養ドリンク、かな?貰い物なんだけどね。私には必要ないから、アイオリアに上げようと思って。」

差し出された小瓶を受け取りつつ、アイオリアは曖昧な笑顔を浮かべた。

「ありがとう。だが俺は、サプリメントやらこの類の栄養剤は・・・・・・」
「嫌いなの?」
「いや、嫌いというか・・・・・、飲んだ事がない。どうも今一つ、嘘臭い気がしてな。」

アイオリアは、申し訳なさそうに目尻を下げて笑っている。

「だが、折角がくれたからな・・・・・・。」
「そっ、そうよ、折角だから飲んでよ!捨てるのも勿体無いし!」
「そうだな・・・・・・・・」
「肉体疲労時の栄養補給に、ね!?」

一般的なキャッチコピーを口にして、はアイオリアに飲めと促した。
勧められるまま瓶の蓋を開けたアイオリアは、恐る恐るそれを口元に運び、一瞬嫌そうな顔をしてから・・・・・・・・、一息に中身を飲み干した。

「ふぅっ・・・・・・・・・・・、ご馳走様・・・・・。美味かった。」
「プッ・・・・・・!気を遣わなくても良いよ〜!嘘って顔に書いてるよ?」
「え!?あ、いやその・・・・・!別に嘘では・・・・!そんなに不味くもなかったから、その・・・・・、特別美味い、と・・・・思った訳でもないんだが・・・・・・」
「あははは!リアって本当に嘘つけないね〜!」
「す、済まん・・・・・。さ、先に汗を流してくる。」
「は〜い、行ってらっしゃい。」

気の弱そうな笑顔で浴室に向かったアイオリアを見送った後もまだ、の笑いは治まらなかった。

の前では、アイオリアはいつもあんな顔をする。
他の事に関しては雄々しく威風堂々とした獅子の如くであるが、二人きりになるとまるで借りてきた猫、いや、借りてきたハムスターのように穏やかで大人しい。
それはセックスにおいても同じ、いや、その時にこそ顕著に現れる。
彼の行為は、時折遠慮しすぎだと感じる位に優しい。


それがまさかあのような事になるとは、この時のには思ってもみない事だった。





変化が現れたのは、昼食を済ませた後すぐだった。
アイオリアの口から、しきりに重い溜息が発せられ始めたのである。

「アイオリア?どうしたの、具合でも悪い?」
「いや・・・・・、そうではないんだが・・・・・・」
「でも何か辛そうよ、大丈夫・・・・・?」

身体に害は無かった筈だが、まさかあの一服に当たったのだろうか。
ほんの出来心の悪戯でアイオリアが寝込むような事になれば、何と言って詫びれば良いのだろう。
は大いに動揺しながら、アイオリアの周囲で右往左往した。
ところが、それは余計にアイオリアを苦しめる事になったようであった。

・・・・・、その・・・・・・、あまり俺に近付かないでくれ・・・・・・」
「え?な、なんで?急にどうしたの?」
「いや、その・・・・・・・・・」

危ないんだ。
そう言いかけて、アイオリアはどうにか口を噤んだ。

には、いつも魅力を感じている。
それが恋人というものだろう。当然の気持ちだ。
だが、今日は何かが明らかにおかしい。
水を飲んで僅かに濡れた唇や、ブラウスの襟から少しだけ覗く白い喉元に、言い様もない程欲情している。
必死で自分を抑えていないと、今にも見境無く襲い掛かってしまいそうになるのだ。

だが、そんな狼藉は働きたくない。
原因が何であれ、己の欲望のままに抱くなど言語道断だ。男の風上にも置けない。
頭ではそう分かっているのに。

「大丈夫?ね、ベッドでちょっと横になったら?」
「・・・・・・・・・・」
「アイオリア?」
「・・・・・・・・・・・、済まん、許してくれ、・・・・・・!」
「え・・・・・、ちょっ・・・・・!?」

身体は言う事をきかなかった。
最後の理性を振り絞って詫びた後、アイオリアは差し出されたの手を強く掴み、冷静な思考を完全に手放した。






何という事だろう。
あのシャイなアイオリアが、まだこんなに日の高い内から求めてくるとは。
しかも、日頃の穏やかさは欠片も感じられない程に荒々しく。

「やぁっ!」

アイオリアは、毟り取るようにの服を脱がせていく。
その顔は確かに申し訳なさそうに曇っているのだが、瞳は熱く滾ったように潤んでいる。
彼のそんな表情は、今までに見た事のないものだった。
そしては、そこでようやく自分がしでかした事の大変さに気付いたのであるが。

「待って、アイオリア!!お願い、ちょっと待っ・・・」
「済まん、済まん・・・・・・!!」
「待っ・・・・、あぁん!」

気付いた時には既に遅し。
どんなに抵抗しようが懇願しようが、アイオリアの昂りは治まらなかった。
何かに追い立てられるように首筋に慌しくキスを繰り返し、乳房の先端に吸い付く。
その行為の激しさとは裏腹に、心底申し訳なさそうに詫びの言葉を繰り返しているのが、には居た堪れなかった。
申し訳ないのは、むしろこちらなのだから。

今から真相を話して詫びれば、ひとまず止めてくれるだろうか。
だが、そんな事を考えている間にもアイオリアの性急な愛撫は続き、はっと気付いた時には、花弁に猛り狂った彼自身が押し当てられていた。
割り開いた両脚の間で、肩で息をしつつこちらを見下ろすアイオリアに、は戦慄さえ感じた。


「あ・・・・・、アイオリア・・・・・・・」
「済まん、・・・・・!もう限界なんだ・・・・・!」
「んっ、あぁぁ・・・・・・・!!」

一瞬身を固くしたものの、それはアイオリアにとって何の障害にもならなかった。
いとも簡単に侵入され、は瞬く間に翻弄されていく。

「あんっ、あんっ、んんっ!!」
「はぁっ、はぁっ、はっ・・・・・!」

アイオリアは、の腰を掴んで激しく奥を突き上げ始めた。
初めから余りにハイピッチな律動が、に脳天を突き抜けるような衝撃を与える。
いつもなら徐々に強く速くなっていくのに、今日は余程興奮しているのだろうか。
全くといっていい程手加減がない。

それにしても、あの薬がまさかこれ程効くとは思っていなかった。
少し前の自分を恨みながら、はアイオリアに揺さぶられ続けた。



「んあぁッ!はっ、あぅっ・・・・ん!あぁん、やぁッ・・・・・!」
「くっ・・・・、・・・・・!もう・・・・・・!」
「えっ・・・・・!?あっ、あぁぁ!!」

そんな時、突然アイオリアが絶頂の到来を告げた。
いつもより興奮した状態で、尚且つ最初からあれだけ飛ばしていたのだから、普段より早く達するのも無理はない。そうさせたのは、他ならぬ自分なのだ。
物足りないなどと不平を言うつもりなどなく、むしろこれでようやく解放されると内心安堵したは、アイオリアが果てるのを待つべく、気力を奮い立たせて彼を受け入れ続けた。

「あぁっん、んっ、あんッ!」
・・・・・、もう・・・・・、駄目だッ・・・・・・!」
「うぁっ、あぁぁんッ・・・・・!」

の膝頭を掴んで数回腰を強く打ち付けた後、アイオリアは一息に自身を抜き去った。
その最後にして最大の快感と楔が引き抜かれる感触に、甘い痺れを感じた途端、アイオリアの分身から熱い欲望の証が大量に迸る。
勢いよく飛び散ったそれは、の下腹部を白く染め抜いていった。






「あ・・・・・・あぁ・・・・・・・・」

余韻に浸りながら、は深々と息をついた。

身体は澱んだように重く、先程の行為の名残を拭き取る事さえ億劫に感じる。
それ程に激しい交接だった。
残念ながら絶頂を感じるまでには至らなかったが、アイオリアを責める権利は自分にはない。はそれを良く自覚していた。
ともかく、彼が落ち着きを取り戻したら、洗いざらい白状して謝ろうと思っていたのだ。

それなのに。



、済まない・・・・・・・・」
「ううん。あのね、実は・・・・・・・」
「済まない、まだ・・・・・・・、足りないんだ・・・・・・」
「・・・・・・え!?」
「済まん、!!許してくれ!!」
「や・・・・・、あぁっ!!」

それなのに。
まだアイオリアの熱は、冷めていなかった。
ちらりと見たアイオリアの楔は、つい先程果てたにも関わらず、恐ろしい程の回復力でその強度を取り戻していたのだ。
それに慄いたのも束の間、あっという間にアイオリアに組み敷かれ、はまた果て無き快楽への道を辿る破目になったのである。



これは罰なのだろうか。
愛する人を欺き、得体の知れない物を飲ませた事への。


「済まん、、済まん・・・・・・!」

アイオリアは再び自身をの中に深く穿ち、律動を始めた。
未だ火照りの鎮まっていない身体に、その強すぎる刺激は少々毒である。
百歩譲って二回戦に突入するならするで、せめてもう少ししてからにして欲しい。

だが、良心の呵責と強い欲望に苦悩しているような顔のアイオリアを見てしまったら、止めてくれとは言えないではないか。
彼をこうさせたのは、自分(が盛った薬)のせいなのだから。

だから、圧し掛かるアイオリアの重みに耐え、良心の重みに耐え、は喘ぎ続けた。



「はぁっっん!!あうっ、あんッ!!」
「はぁッ、はぁッ、済まん・・・・!済まん・・・・・!」
「リア・・・・・・、ごめ・・・・・、許して、許してぇ・・・・・!」

アイオリアはまるで、自分が悪いのだと言わんばかりに何度も謝る。
それに居た堪れなくなったは、とうとう自己嫌悪に耐えきれなくなり、許しを乞い始めた。

だが、それは違う方向に捉えられた。

生理的に流れる涙とうわ言のように繰り返すその言葉を、アイオリアは誤解したようだ。
自分の欲望のせいで、が辛い思いをしていると、そう思い込んだらしい。
実際そうなのだが、許して欲しい内容が違う事に、彼は気付いていないようだ。


っ・・・・・・!!」
「あんっ!」

アイオリアは繋がったままを起こし、その身体を胸に掻き抱いた。

・・・・・・!」
「はうっ、あ・・・・・、ふっ・・・・!ぅ・・・・・ッ」

そして、喘ぐの唇を夢中で吸った。
せめてもの、ありったけの愛情を込めて。
確かに信じられない程の欲望に捉われてはいるが、決してそれだけではない。
愛しているからこそなのだと、伝えるように。

「はっ、あぁっ!あっ、やぁっ・・・・!」
「くっ、うっ・・・・!」

無防備に晒されている白い首筋に顔を埋めて、アイオリアは夢中でを突き上げた。
その度に跳ね上がる身体を、熱い腕で押さえ込んで。
間髪を入れず交わっているのに、じりじりと焦げ付くような刺激が少しも緩まないのが、それどころか、むしろ強くなっていくのが、自分でも不思議だった。

「ひ、あっ・・・・・!はぁぁッん・・・・・!!」
「くそっ・・・・・・、どうにか・・・・・、なりそうだ・・・・・!」
「あっ、リア・・・・・!?あっ、駄目、あぁぁッ!!」

楔の強度が、律動の激しさが、どんどん増していく。
二度目の絶頂が近いのだと、は弾けそうになる意識の片隅で薄らと悟った。
一度目の時にはあった余裕が、もう今は無い。
もまた、じりじりと絶頂の淵へ押し寄せられていたのである。
口をついて出る喘ぎ声を抑える事も出来ず、は突き動かされるがままに啼き叫んだ。

「やぁぁッ!あんっ、んっ・・・・、あ、はあぁッ・・・・・!!」
「駄目だ・・・・・、もうッ・・・・・・、くっ・・・・・・!」
「んっ、あぁぁーーーッ!」

体内で弾ける熱の塊によって絶頂へ押し上げられながら、は今度こそようやく終わったと、再び安堵した。




やっと終わった。
ほんのちょっとした悪戯のつもりが大変な事になってしまったが、これでようやく始末をつけられた。
とにかく、今はもう何も考えられない。
少し眠りたい。



膝の上から崩れ落ちるようにして床に転がったは、そのままぐったりと瞳を閉じたまま動かない。
汗をかき、自分が放った欲望で太腿を濡らしているを、アイオリアは肩で息をしながら暫し見つめた。

神に誓って、には申し訳ないと思っている。
償いなら、後でどんな事でもするつもりだ。
いや、それならせめて、このままベッドに運んでゆっくり寝かせてやるのが、唯一の償いなのかもしれない。

だが、それが出来ないから困っている。
まだ火種が身体の奥で燻っていて、それはしどけなく横たわっているの刺激的な姿によって、またもや発火を始めたのだ。


「俺は一体どうしたんだ・・・・、自分で自分が手に負えん・・・・・・!」
「ん・・・・・・、リア・・・・・・・?どうし・・・」
「済まん、!済まん!!もう一度だけ!!」
「え・・・・・、えぇっ!?」

アイオリアのまさかの台詞に、それまでの眠気も一瞬で吹き飛ぶ。
あれだけしても、罪滅ぼしにはまだ足りないというのか。
いや。
あれだけしても、まだ治まらない程あの薬の威力は絶大だったのか。

てんで信用していなかった薬の恐るべき効力をひしひしと思い知らされ、は顔を恐怖に引き攣らせた。

「待ってリア!もう無理!!お願い、もう許して!!謝るから!!」
「違うんだ、が謝る事はない!!俺が悪いんだ!!」
「違うの、そうじゃなくて聞いて!あのね・・・・」
「済まん!!この償いは必ず!!だから今は・・・・!!」
「ちょっと待っ・・・、聞いてってば、あっ、やぁぁッ!!」

謝りながらも、アイオリアは問答無用で腰を掴んでくる。
借りてきたハムスターどころか、獅子も真っ青な程の猛々しさでもって再び組み敷かれながら、はもう二度と、彼に精力剤などは飲ませるまいと固く心に誓った。
そして、次に彼が果てたら、その時こそ真相を話して詫びようと。


ところが。


次もその次もそのまた次も、に謝罪のチャンスは来なかった。
その理由は、薬の効果が恐ろしい程絶大だったから、とだけ述べておこう。
そしてその効き目がようやく切れた時には、再びハムスターに戻ったアイオリアの涙の土下座ラッシュに圧倒され、は謝るタイミングを完全に失ったのであった。




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後書き

ヒロインが悪戯で盛った一服によって、えらい事になる話を、というリクエストで
お送りしました。
男がそのテの薬を盛られたら、前戯もそこそこに速攻本番になるんじゃないかという、
非常に下品な個人的見解により、前戯は大幅にカット(笑)。
その代わりに、本番シーンを2回挟んでみました(笑)。
良いんかな、こんなんで(苦笑)。
ちなみにどうでも良いですが、アイオリアは、薬がどえらく効きやすそうなイメージが
あります。私的に(笑)。殆ど飲んだ事ないけど、飲んだら凄い効く、みたいな(笑)。
リクエスト下さった七架様、有難うございました!
すみません、下品で(笑)。