IS IT SECRET?




胸の奥深くで温め続けた想いがようやく花開いた。
そして『恋心』という名の甘い秘密を共有した二人は、遂に結ばれる事となった。


にも関わらず、二人は今また新たな秘密を抱えているのである。




実は二人が恋愛関係にある事を、未だ誰にも明かしていないのだ。
別に大した理由はなかったのだが、何となく自分達の関係を周囲に言えずにここまで来て、気が付けば完全に言うタイミングを逃していた。
そんなこんなで今ではすっかり『秘密』の域にまで達しているのである。

お陰で二人が『恋人』でいられる時間は細切れ状態。
当然二人の仲は天使の如く清らかなまま。
せいぜい時折交わす軽いキスが関の山である。
おおっぴらに睦み合うなどは当然ご法度中のご法度で、周囲の目を恐れるあまり、外でのデートもままならない。

だが、健全な成人カップルがいつまでもそんなプラトニックラブに満足出来る筈もない。
当然の欲求を抑え込むのもいい加減辛くなってきた。
しかしそんなある日、予期せぬチャンスが舞い込んできたのである。




「カノン、帰るなら夕飯の支度を頼む。」

帰る素振りを見せたカノンに、サガは目線を書類に落としたまま声を掛けた。
しかし。

「俺は今日は双児宮へは戻らん。」
「何処へ行く?」
「ヤボ用だ。詮索はよせ。」
「・・・・勝手にしろ。」
「言われなくともそうする。、お前もまだ残るのか?」
「うん、もうちょっと。」
「そうか。まあ適当にしておくんだな。じゃあな。」
「はーい。お疲れ様ー!」

背中越しに軽く手を上げてみせて、カノンは執務室から出て行ってしまった。
他の者達はもう既に帰っており、執務室にはいつものようにサガとの二人きりになってしまった。

― これをみすみす逃す手はない!

モニターに向かうを見つめながら、サガは猛烈な勢いで考えを巡らせていた。

二人っきりで残業というだけならば、決して珍しくない。
だが今日はいつもと状況が違う。全く違う。

― でかしたぞ、カノン!今日ばかりは褒めてやろう!!

サガは内心、同居の弟の外泊を今か今かと密かに待ち侘びていたのだ。

以前は散々夜遊びしていたくせに、最近めっきり大人しくしていた彼には随分苛々させられてきた。
いい加減任務なり異次元なりに追いやってしまおうかとまで思い詰めていた矢先に、このラッキーハプニング。
フイにするぐらいなら、いっそ『男』を辞めるべきであろう。

― 時は来た!!

サガはカッと目を見開くと、に歩み寄った。



「どうだ。片付きそうか?」
「うーん、そうねえ。あと少しってとこ。」
「そうか。」
「サガは?」
「ああ、私もあと少しという所だな。それより・・・・」
「何?」

はモニターから視線を逸らして、サガの方を見た。

「その・・・、執務が済んだらお前の所へ行っても構わないか?」
「うちへ?でもカノ・・・、あ、そっか。」

カノンが今夜帰らないと言っていた事を思い出し、は嬉しそうに微笑んで頷いた。

「うん、来て来て!!」
「今夜はゆっくり過ごそう。・・・・二人で。」

サガの表情や口調からある意思を読み取ったは、心持ち恥ずかしそうに目線を落とした。
だがそれはあくまでも照れているだけであって、嫌だなどと思っている訳ではない。

「・・・・うん。」
「ではさっさと執務を片付けてしまおう。」
「そうね。」

名残惜しげに視線を絡ませて、二人はそれぞれの執務に戻った。
勿論双方とも頭の中はこの後の事で一杯で、正直言って執務どころではない。
だがそれでもどうにか区切りをつけると、片付けもそこそこに執務室を転がり出た。




双児宮に着くと、サガは敢えて先にだけを行かせた。

このままノコノコ二人で向かえば、下の住人に感付かれる恐れがある。
なので、時間差で向かう事によりカムフラージュしようという寸法だ。
それを聞いたは、すぐに納得して一人で階段を下って行った。

それからもう一つ。
には言わなかったが、実は他にも訳はあった。
女程ではないが、男にだって準備は要る。
装備を整える様まで無防備に見せるには、二人の仲はまだ浅い。

という訳で、の姿が見えなくなるまで見送った後、サガはマッハで支度を始めた。




それから数十分後、ついに夢のような時間が始まった。

二人で仲良くキッチンに立って料理をし、ささやかながらも温かいディナーを楽しんだ後は、食後のコーヒーを片手に会話を楽しむ。
こんなにゆったりと誰の目も気にせず寄り添っていられるなど、初めてである。
楽しくない訳がない。幸せでない訳がない。

だが、これで満足する訳にはいかないのである。




楽しい会話が次第に途切れていく代わりに、何とも濃密な空気が漂い始める。

「その・・・、もう夜、だな。」
「・・・・うん。」
「「今日は・・・・・」」

同じタイミングで同じ台詞を口にした二人は、一瞬互いの声に驚いて黙り込んだ。
だがそこはやはり恋人同士。
その台詞と表情で、互いの考えている事が分かったようである。

「・・・・そろそろ休もうか。」
「じゃあお風呂・・・、入れてくるね。」

サガの絶妙なリードで緊張を解されたは、照れながらも嬉しそうに微笑んで浴室に向かった。




程なくして、が再びリビングに戻ってきた。

「お待たせ。今お湯張ってるから、もう少し待ってね。」
「ああ。」

益々高まる期待と緊張で、サガの顔がまともに見られない。
こんな時は意識すまいとすればする程逆効果で、一挙一動がぎこちなくなる。

「どうした?」
「え?ううん別に、何も・・・・・」
「そうか。」
「「でも・・・・」」

またしても先程と同じ状況である。
あまりにも滑稽に感じて、は思わず笑いを零してしまった。

「アハハ、何かさっきからこんなのばっかりね!」
「フッ、そうだな。ところで、何を言おうとしていたのだ?」
「え?ああ・・・・、なんかいざとなると変に緊張しちゃうね、って。」

笑った事が効果的だったのか、二人は少し落ち着きを取り戻したようだ。
ようやく口数が増えてくる。

「奇遇だな。実は私もそう思っていたところだ。」
「嘘〜〜!?全然そんな風に見えないよ?」
「そんな事はない。」
「えーー!?だってほら、顔が余裕綽綽じゃない。」
「とんでもない!嘘だと思うなら、ほら。」

そう言ってサガはの手を取り、自分の胸に当てた。

「・・・・あ、すごい早い・・・」
「だろう?顔に出ないのは恐らく体質だ。」
「ふふっ、何それ。」

胸に手を当てたまま屈託無く笑うに、サガは目が眩む程の愛しさを感じた。
そっと顎をもたげ、その唇に口付ける。

「あ・・・・」

不意に唇を奪われたが、小さく溜息を漏らす。
暫くはそのまま互いの唇を堪能していたが、このままなし崩しになる事を少し躊躇ったは、サガの服を引っ張って訴えかけた。

「何だ?」
「お風呂・・・、もう沸くよ?」
「後でいい。」
「でも・・・・。んっ・・・・」

二度目のキスが完全に火をつけた。
座っている事もままならず、どちらからともなくソファに倒れ込む。
もうどうにも止まらない。

心のままに互いを求め合おうとしたその時。




コンコン。

玄関ドアがノックされる音に驚いて、二人はソファから跳ね起きた。

「ど、どうしよう!?」
「とにかく出るんだ。普通にな。」
「うん。じゃあサガはどこかに隠れてて!」

は乱れた髪を撫で付けると、そそくさと玄関へ向かった。
そしてサガの靴を見えない所に隠して、深呼吸を一回してからドアを開けた。

「カノン。どうしたの、こんな時間に?」

我ながら良い演技であると、は内心自画自賛した。
しかし、その自信はあっという間に打ち砕かれた。

「遅くに済まんな。うちの愚兄を迎えに来たのだが。」
え゛!?

思わず声が上擦ったに、カノンはニヤリと笑った。

― この男、確信犯だ!

は瞬時に悟ったが、バレていると分かっていてもシラを切るしかない。

「な、何の事?サガなんて来てないよ?」
「そうか。双児宮に居なかったから、てっきりここだと思ったのだがな。」
「さ、さぁ・・・。とにかくうちには来てないから。」
「ほほう。ん?そこに居たか、サガ。」
えぇっ!?サガ駄目・・・!

は思わずカノンの視線に釣られて振り返ったが、背後には誰もいなかった。
カノンはしてやったりとばかりにほくそ笑んでいる。
どうやら嵌められたらしいと悟ったは、引き攣った笑顔を浮かべるしかなかった。

「夜分に邪魔したな。」
「・・・・い、いいえぇ・・・」
サガ!邪魔はせんからせいぜい楽しめ!!
「なっ!!??」

部屋の奥に聞こえるように大きな声で言うと、カノンはさも愉快そうに笑いながら去っていった。
その途端、部屋の奥からサガが猛然と飛び出して来て、カノンを追って出て行った。

後にはぽつんと残されただけが、呆然と立っていた。




それからしばらくしてサガが戻って来たので、はようやく我に返った。

「ど、どうだった!?何か言ってた!?」
「・・・・いや何も。ちゃんと口止めもしておいたから大丈夫だ。」

『口止め』ではなく、正確には『口封じ』であったのだが。

「そう、カノン黙っててくれるって!?」
「あ、ああ。勿論だ。快く承知してくれた。」

ゆすられたので頭に来て異次元に葬った、とは言い難い。
しかも本気で殺しにかかったなどとはもっと言い難い。
男としては、愛する女性に暴力的な事は言いたくないものである。

「・・・・さあ、今夜はもう寝よう。」
「そうね・・・・。」

どっと疲れて今更仕切り直す気分にもなれない二人は、悶々としたまま寝る破目になった。



数日後。

奇蹟の生還を果たしたカノンが洗いざらい暴露してしまった為、サガとの関係は白日の下に晒される事となった。
自分達の与り知らぬ所で他者からあっさり公表されるという実に不本意な状況に置かれた二人は、
これまでの努力にとてつもない空しさを感じずにはいられなかったのであった。




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後書き

成立後間もないカップルの苦労、如何でしたでしょうか?
私としては、後書きを書く気力もなくなりそうな感じです(笑)。
ああぁ、また一つ無駄話が増えてしまった・・・(涙)。