『私にもサンタさん、来てくれないかなぁ・・・・』
他愛のない、只の独り言だった。
ただ、それを聞き届けていた者が居た事を知らなかっただけで。
クリスマスも迫ったある日の昼下がり、突然誰かが訪ねて来た。
休日をまったりと過ごしていたは、読んでいた本を置いて玄関に向かった。
「はぁ〜い!・・・・なんだ、デス。」
「なんだとはご挨拶じゃねえか、コラ。」
「邪魔するぞ、。」
「シュラまで。どうしたの?っていうか本当にどうしたの、二人とも!?」
は、目を見開いて二人を凝視した。
というのも、今日の二人は、えらく気張った格好をしていたからだ。
デスマスクは、黒のスーツに深紅のシャツ。
シュラは殆ど黒に近いダークグレーのスーツに、濃いモスグリーンのシャツ。
只でさえ物々しいオーラを纏う二人が、こんな格好をすれば。
「マフィアみたいよ、二人とも。」
恐らく言われるであろうと予測していた通りの感想を聞かされた二人は、苦笑交じりにこう答えた。
「「クリスマスだからな。」」
「へ〜、二人でも浮かれたりするんだね〜!デスはともかく、シュラは興味なさそうって思ってたのに。」
「ともかくってどういう意味だよ。」
「浮かれている訳じゃないがな。」
デスマスクは心外そうに、シュラは苦笑を浮かべて、ラフな部屋着のままのを見つめた。
「な、何よ?」
「何ダラけた格好してやがる。とっとと着替えて来い。」
「別にいいでしょー!私の勝手じゃないの!そっちこそ、そんな格好して何しに来たのよ!?」
「お前の願いを叶えてやりにだ。」
「え?」
首を傾げるに、二人はニヤリと笑ってみせた。
「「サンタクロースのお迎えだ。」」
それから数時間後、はデスマスク・シュラと共にアテネに居た。
二人の格好に合わせて、というより二人に強制されて、今のは白いモヘアのニットとコート、スリットの入った赤いスカートに身を包んでいる。
これで一応、クリスマスカラーになっていると言えばそうなのであるが。
「あのさ、二人ともサンタっていうかその筋の人にしか見えないんだけど・・・・」
街行く人々の視線が刺さる。
それもその筈、サングラスをかけたデスマスクと眼光鋭いシュラに挟まれて歩けば当然というものだ。
だが二人は、特にデスマスクは、全く意に介していない。
「気にするな。放っておけ。」
「うん、でも・・・・・」
「ガタガタ言うんじゃねえよ。俺たちゃ素敵なサンタさんだぜ。」
「誰がよ・・・・」
サングラスの奥から鋭い視線で笑いかけると、デスマスクはの腕を組んで歩き出した。
ちなみに反対側の腕は、シュラの腕に絡め取られている。
これではサンタと言うよりも、マフィアとその情婦のようだと、はちらりと思った。
「で、これからどうするの?」
「決まってるだろう。サンタと言えばプレゼントだ。」
「今日は特別に、何でも欲しい物買ってやるぜ。」
「えぇ!?」
余りに気前の良い台詞に、は大いに驚いた。
「何急に!?どうしたの二人とも!?もしかして熱でもあるの!?」
「どういう意味だ;」
「ご挨拶じゃねえか。お前が『私にもサンタさん、来てくれないかなぁ・・・・』とか言ってたんじゃねえかよ。」
「えっ!?聞いてたの!?」
確かについこの間、何気なく口にした台詞だ。
だがそれは、独り言のつもりだったのだ。
まさか彼らに聞かれていたとは、露程も知らなかった。
それに、動機も何て事はない。
クリスマスや正月シーズンになると、プレゼントやお年玉を貰える子供達を羨ましく感じる事があろう。
ただそれだけの事だ。
「いやあれは只の独り言・・・」
「まあ遠慮するな。折角こうして出て来たんだ。」
「おうよ。俺たちゃ優し〜いサンタさんだからよ。」
「だから誰が・・・・」
上機嫌のサンタマフィア二人に挟まれて、は大通りを連行されていった。
なるほど、彼らの言い分は分かった。
彼らがそう言っている以上、遠慮なく買って貰えば良いのかもしれない。
実際、目を惹かれる物は、街の至る所に溢れている。
さっき通りすがったブティックで見かけた黒いパンツスーツも素敵だったし、向こうの通りにあったジュエリーショップの目玉商品、新作プラチナジュエリーとやらも心惹かれた。
だが。
「どうした?欲しい物は見つからんか?」
「何かねぇのかよ?」
「いやぁ・・・・・」
二人に何度促されても、はまだ決められずにいた。
彼らは『何でも』と言っているが、としては、物欲に任せて選ぶ事は出来ないからである。
何しろ事の発端は、『只言ってみただけ』程度の独り言なのだ。
流石に遠慮してしまう。
「ホント優柔不断な奴だな。何迷ってだよ?」
「そうじゃなくて・・・、なんかやっぱり・・・・悪いよ。」
「・・・・ふっ、そんな所だろうと思った。」
立ち止まって恐縮そうにするに、シュラは分かっていたとでも言うような笑みを見せた。
「別に気に病む必要はない。何でも気に入った物を選べば良いんだ。」
「でも・・・・。あ、じゃあさ!その分で何か美味しいもの食べに行こうよ!三人で!ね!?」
「それは既に予定に入っている。残念だったな。」
「あ・・・、そうですか・・・」
妙案だと思った事も、あっさり却下されてしまう。
顔に『どうしよう』という文字が見て取れる程困惑しているを、デスマスクとシュラはしばし愉快そうに見つめていた、が。
「馬鹿じゃねぇのかお前!あれだけ言ってんのによー!」
「なっ、何よー!」
「遠慮なく選べというのに、全く。仕方のない奴だな。」
「そんな事言ったって・・・・」
憮然としつつ、髪の一房を所在無く弄ぶに、二人はあくどいと言っていいような笑みを浮かべた。
そして。
「「今から1時間以内に欲しい物を選べ。これは強制だ。」」
と、きっぱり告げたのである。
「う〜〜・・・・」
愉快そうに歩く自称サンタ二人に挟まれ、は唸りに唸っていた。
何か買って貰う覚悟(?)自体は出来た。
只その後、その物に対する条件という、また別の問題にぶち当たったのである。
欲しいと思えるもので、かつ高くないもの。
それがの決めた条件であったのだが。
「まだ決まらんのか?」
「ん・・・・、これがなかなか難しくて・・・」
「お前の言う事は時々ワケ分からねぇな。何が難しいんだよ?」
「うるっさいわねぇ〜・・・・」
茶化すデスマスクを睨み付けたその時、の目にある店が止まった。
「あ・・・・」
「何だ?何か見つけたか?」
「うん、ちょっと。行ってもいい?」
「ああ。」
二人を誘導するように先頭に立って、はそこへ向かった。
差し出された物を見て、デスマスクとシュラは首を傾げた。
それは小さな陶器の天使が奏でる、クリスマスキャロルのオルゴールであった。
このチョイスは、洋服やアクセサリーなどを想定していた二人にとっては、意表をつくものであった。
「本当にこれだけで良いのか?」
「うん!見かけた時に一目惚れしたの!」
「オルゴールねぇ・・・、随分とまたお子ちゃまっぽい物だこって。」
「ほっといてよ!何でも良いって言ったでしょ!」
唇を尖らせるの手からオルゴールを受け取って、シュラは肩を竦めた。
「まあ、がこれが良いと言うのなら・・・」
「こういうのね、昔すっごく欲しかったの。でも思ったような物っていざとなるとなかなかなくてさ。その内すっかり忘れてたんだけど・・・」
「今見つけた、ってか?」
「そういう事。」
嬉しそうに微笑む。
デスマスクとシュラは小さく笑みを零すと、無言のまま店の奥へ歩いて行った。
ほんのりと滲むようなライトが灯るレストランで、三人はシャンパンで乾杯をした。
の傍らには、綺麗にラッピングして貰った包みが大事そうに置かれている。
「今日は有難う、二人とも!」
「なに、礼には及ばん。」
「お前って意外と安上がりな奴だな。」
「それってどういう意味?」
顔を顰めて見せつつも、上機嫌なのを隠せない。
デスマスクとシュラもまた、それに劣らぬ上機嫌でグラスを傾けた。
「しっかし欲のない奴だな。俺様ならもっと色々ふんだくるぜ?」
「世の中皆が皆、お前のように欲の塊という訳ではないという事だ。」
「あはは!そうそう!大体そうなったらなったで文句轟轟なんじゃないの〜?」
「バッカお前、俺様がそんなチンケな男に見えるか?」
「「見える。」」
「上等じゃねえか。二人してハモりやがって。」
笑顔を浮かべたまま、こめかみに青筋を浮かべるデスマスクをひとしきり笑った頃、ウェイターが料理を運んで来た。
それからひとしきり食べ、飲み、レストランを出た頃には既に夜も更けていた。
夜になっても、アテネ市街は賑やかだった。
店の軒先はどこもクリスマス一色で、夜の闇にイルミネーションが映える。
街路樹までもが綺麗にデコレーションされ、さながらクリスマスツリーの並木のようであった。
「綺麗・・・・」
「ああ、そうだな。」
「ま、クリスマスが終わりゃ跡形もなく消えちまうけどな。」
「まあね。」
デスマスクのつれない言葉に苦笑しながら、は通りを見回した。
ほんの束の間だからこそ、こんなにも綺麗に見えるのだろう。
無くなってしまうのは名残惜しいが、季節が移ろうにつれて、その時々の特別な風景がある。
今は今日というこの日を、胸に刻みつけておけばいい。
そんな事を考えながら、ふとある一角に目を向けた時。
の目に、小さな露店が飛び込んで来た。
それは他愛もないクリスマスの小物を売る小さな露店で、覗いている者は仕事帰りと見られる男性が2〜3人だけだった。
きっと、家で待つ子供達へのお土産にでもするのだろう。
はしばしその光景を見つめていたが、突如その方向へと足を向けた。
「おい、何処へ行く!?」
「うん、ちょっと!」
シュラの呼びかけに適当な返事を返し、は駆け足でその露店へと向かった。
「いきなりどうしたんだ?」
「何買いやがったんだよ?」
「これ。」
にこにこと差し出された物を見て、二人は訝しそうに眉を顰めた。
それは二頭のトナカイが引くソリに乗った、サンタクロースの人形であった。
サンタはプレゼントの袋を背負っており、中身はどうもキャンディーのようである。
その明らかに子供向けの飴菓子を、は口元を綻ばせながら広げてみせた。
「ちょうど一個ずつね。はい。」
「あ、ああ・・・・」
「デスも。」
「飴ぇ!?テメェ俺様を誰だと思って・・・」
「要らないの?」
「・・・・・チッ。」
複雑そうな表情で飴を一つずつ受け取った二人は、口をへの字に曲げつつもそれを口に入れた。
優しいミルクの味がする。
二人が食べたのを満足そうに見届けてから、も残った一つを口に入れた。
「あ、この飴美味しいね!」
「ううむ・・・、飴なんぞ食ったのは何年振りだろうな・・・」
「チッ、俺ぁ赤ん坊かよ・・・・」
「あはは!こんないかつい赤ちゃんなんか居たら怖すぎ!」
デスマスクの何気ない言葉に大ウケしたは、可笑しそうに笑いながら手の中の人形をごそごそと触った。
そして。
「はい、これ。」
「・・・・・これを・・・・俺にどうしろと??」
「飾ったりして可愛がって!はい、デスにもあげる。」
「テメェ・・・・、さてはおちょくってやがるな?」
渡されたのどかな表情のトナカイと見詰め合って、呆然とするシュラ。
同じ表情のトナカイに微笑みかけられて、口の中の飴を噛み砕くデスマスク。
そんな二人に、はそれまでの笑いではなく、擽ったそうな微笑みを見せた。
「今日のお礼と記念。今日は有難う。ちょっと吃驚したけど、凄く嬉しかった。」
それを見たシュラは照れくさそうに髪を掻き上げ、デスマスクは顔を顰めて煙草を吸い始めた。
二人とも苦い顔をしてはいるが、渡したトナカイをスーツのポケットにしまい込むのを、は見逃さなかった。
の顔に満面の笑みが広がる。
「クリスマス当日には、ちゃんとしたプレゼント用意するね!」
「「だったら今貰おうか。」」
「え?」
訝しむに、二人は口の端を吊り上げて顔を近付けて来た。
あっと思った時にはもう遅く、は代わる代わる二人に唇を奪われてしまった。
もう小さくなってしまった飴が、口の中でころころと揺れる。
「なっ・・・・!」
「クリスマスプレゼント、確かに貰ったぞ。」
「ま、こんなもんで勘弁しといてやるよ。」
「こんなって・・・・、舌まで入れたくせに!!こういう魂胆だったの!?ひどーい!!」
「サンタだってボランティアじゃねぇんだよ。こんぐらいのサービスはして貰わねぇとな。」
ニヤニヤと笑うデスマスクとシュラに、は顔を赤くして詰め寄った。
「やっぱり二人ともマフィアよマフィア!」
「おいおい、サンタだと何度言えば分かる?」
「おうよ、俺たちゃ優し〜いサンタなんだぜ?」
「何処の世界にディープキスするサンタが・・・!」
「これでもお前が選んだプレゼントに合わせて、安く上げてやったつもりだぜ?」
「え゛・・・・・」
拳を握ったまま固まったは、恐る恐る二人に問いかけた。
「って事は・・・、もし私が何個も欲しがったりとか、高い物を買って貰ってたとしたら・・・」
「今夜は帰さなかったな。」
「って事だ。まあ俺様としては、そっちの方が大歓迎だったんだけどよ。」
含み笑いを浮かべる二人とは対照的に、は口元を引き攣らせた。
「だからあんなに勧めてきたのね・・・!危なかったーー!もうちょっとで詐欺にかかるところだったじゃない!!」
遠慮なく焦りの表情を見せるに、二人は苦笑した。
別にそんな下心だけでサンタになった訳ではないのだが。
生憎二人とも、純粋な気持ちを素直に表すのが苦手な上に、をからかうのが好きときている。
「分かった分かった。さあ、そろそろ帰るぞ。」
「ちょっとー、まだ話は終わってないわよ!?」
「分かった分かった。帰りながらゆっくり聞くからよ。」
頬を染めて騒ぐの腕を取り、二人は上機嫌で歩き始めた。
舌に残る、甘いミルクの味の余韻に浸りながら。
その後、巨蟹宮と磨羯宮にはトナカイが。
の家には、天使のオルゴールとソリに乗ったサンタクロースが。
クリスマスを過ぎても飾られていた、らしい。