S・A・D・I・S・T




いつも通りの気安い気持ちで上がってみたら、そこに漂っていたのは嗅ぎ慣れない甘い香りだった。
シャワーの後の爽快感を思わせるようなスッキリとした甘さではなく、男を前後不覚にさせて愉しむワルい女の胸元から立ち昇る系統の香りだ。
何のつもりか知らないが、正直に言って似合わない、と俺は思うんだが。




香りが強くなっている方向へ向かって、俺は喉元まで出掛かっていたその感想を呑み込んだ。








「どうした?」

寝室のドレッサーの鏡越しに見たの顔は、見慣れない濃い化粧に彩られていた。
東洋人特有の幼さを覆い隠すような長い睫毛と濃い色のシャドウに。
いや、化粧だけじゃない。
着ている物もいつもとは明らかに違う、背中の大きく開いた大人な感じのドレスだ。
そして多分首筋に、例のあのワルそうな香りがする香水。
が香水をつける場所はいつもそこだから。


「なに?もしかして、俺を悦ばせる為のイメージチェンジ?」

いつもは気取らないパジャマ姿で迎えてくれるが、今夜は気分を変えてちょっとエロティックな装いをしようと思ったのだろうか。
それはそれで嬉しいし、これはこれでなかなかに魅力的なのだが、気になるのはの顔付き、
その刺激的な姿とマッチしていない表情だった。


「何にしても珍しいな。がそんなに塗りたくるのは。」

ドレッサーの椅子に腰掛けたまま振り返ったの顔は、俺を見て益々その姿に似合っていない表情をする。
つまり・・・・・

「・・・・・塗りたくるって言わないでよ。」
「取り敢えず、余計なお世話だろうが一言アドバイスだ。そういう化粧をしている時は、もっとツンと澄まして堂々とした表情でいないと。」

つまりの表情は、俺のアドバイスとは正反対のものだという事だ。
折角気の強そうな感じに引かれたアイラインの効果も虚しくその目はしょんぼりと伏せられ、挑発的な色合いのルージュで光る唇は、今にも泣き出してしまいそうな少女のように小さく引き結ばれていて。


「・・・・・・・・・どうせ似合ってないわよ。」


この表情にマッチしているものは、か細い呟き声だけだった。










何だ、俺を悦ばせる為のイメージチェンジじゃなかったのか。つまらん。
・・・・・嘘、ちょっと冗談で言ってみただけだ。冗談じゃないか。そう怒るなよ。
何か事情があるんだろ、言ってみろ。


「・・・・・・・場違いなんだって。」

と、抱き寄せて優しく訊いてみたところ、はこう言った。


「社交界は大人の世界だから、ティーンエイジのお嬢ちゃん達が仲良く遊びに来る所じゃないんだって。ハンバーガーショップか何かと間違えられちゃ困るって。」
「ティーンエイジのお嬢ちゃん達?」
「沙織ちゃんと・・・・・私の事。」
「誰だ、そんな事を言った奴は?」
「同じパーティーの列席者。」
「そいつは女神にそう言ったのか?」
「・・・・・・・・私にだけ。ボソッと。」

断片的な情報からでも、大体の話の筋は読めた。
つまり、こういう事だ。
女神と、その付き添いでパーティーに出席したが、下らない嫌味を言われた訳だ。


「でもね、沙織ちゃんが若くても凄い立場の人なんだって事は周知の事実でしょう。なのにそんな事を言う人が居るって事は・・・・・」
「事は?」
「・・・・・・・私のせいなのかなって。」
「どうして?」
「付き添いの私が幼稚で頼りなさそうだから、沙織ちゃんまで見くびられたのかな、って。」
「・・・・・なるほど、それも一理あるかもしれないな。」
「でしょう?」
「だが、多分違うと思うぞ。」
「・・・・・・・・・・どうして?」
「多分そいつは元々、女神を快くは思っていないんだ。本当なら自分の下に位置付けておきたい。でも、正攻法じゃ女神には到底敵わない。だから、唯一勝っている年齢の事を持ち出して女神を子供扱いして笑い、束の間の優越感に浸りたかっただけだろう。」

よくいるだろう、何かにつけて『自分の方が年上だ』と威張る奴が、と付け加えてやると、は黙った。


「そんなものは只の負け惜しみだ。何か言わなきゃ気が済まないから、悔し紛れにに嫌味を言っただけだ。」
「そうなの・・・・・かな?」
「ああ。その証拠に、そいつはにしか言えなかったじゃないか。もしその場に居てはいけない正当な理由があるのなら、女神本人に筋の通った説明をすれば済む話だろう?」
「それは・・・・・・・」
「俺達がお供をする時もそうだし、もそうだし、世間の連中も皆そうだが、付き添い役というのは色んな意味で『添え物』だ。皆、付き添い役がエスコートして来た主役しか見ていない。付き添いなんて眼中にないんだ。それでいて、主役を快く思わない奴等はその付き添いに難癖をつけたりして、遠回しに主役を貶してケチをつける。そういうものだ。いちいち気にしていたら『添え物』の身がもたないぞ。」

こんな話をしに来た訳じゃないのに、ふと気が付くと真剣に説教してしまっていた。
何をやっているんだ、俺は。
は真摯に聞いて受け止めているが、この話はもうやめだ。
こんな事、真面目に考えなくても良い。
そんな程度の低い連中の言葉を深読みして落ち込むより、他にやる事があるだろう?



「・・・・・・・・で?」
「え?」
「下らない嫌味を真に受けて、本気で気にしていた訳だ?」
「・・・・・・・・・」
「少しでも大人の女に見えるように研究していたんだろ?」
「う゛・・・・・・・・わ、悪い!?」
「そんな服着て、そんな化粧して・・・・・・・」

すっかりしょげてしまっているを抱き寄せて、首筋を嗅いでみる。


「・・・・・・こんな匂いさせて。」
「っ・・・・・・・!」

やたらに甘い香りのする其処をやんわりと噛んだ時、が突然ぽろりと涙を零した。

「涙?」
「ちっ、違っ・・・・!ちょっと吃驚して・・・・・!今のは不可抗力だから・・・・!」

縁まで水で満たされているコップに、あと一滴でも水を加えれば中身が零れてしまうのと同じで、
俺の与えた微かな刺激が、張り詰めていたの気持ちと涙腺に止めを刺したみたいだった。
今のは泣いたんじゃない、不可抗力だ生理現象だとは喚いているが。



そうでもどうでも。



「・・・・・ふぅん?」
「きゃっ、ちょっ、ミロ・・・・・・!」

俺の理性もたった今止めを刺されたから、悪いが何を言っても無駄だと思うぞ。












「あっ・・・・やっ・・・・ぁん・・・・・・・!」

有無を言わせずベッドに組み敷いて、まずは大きく開いた背中にキス。
俺が覆い被さっているせいで動けないは、擽ったそうに身を捩る事しか出来ない。
その姿が何とも。

「あっ・・・・ん・・・・・・!」

俺の目には色っぽく映る訳だ。


「身体・・・・・、少し浮かせて・・・・・・」
「え・・・・・?んっ・・・・・・!ちょっ・・・・・!ドレス伸びちゃう・・・・・!」
「大丈夫だ。加減するから。」

ベッドの上掛けとの身体の隙間から這わせた手をそのままの胸元へと差し入れると、指先に小さな突起が当たる。
捉えた其処を捏ねながら、俺はという女の事を改めて考えてみた。

確かにはしっとりとした大人の女・・・・・というタイプではない。
ましてや、男好きのする色気溢れるタイプでもない。
だが、正直な女だ。
楽しければ楽しそうに笑い、落ち込めば寂しそうな横顔になり。


「あぁっ・・・・・・・!」

こうして俺に抱かれている時は、ちゃんと『女』の顔をする。
そう見せようと作っている訳ではない自然なその表情が、俺としてはどんなセクシーなドレスよりも甘い香りの香水よりも、女の色気を感じられるものなのだが。


「そんなに落ち込む程気になったか・・・・・・?」
「んっ・・・・・・!ん・・・・・・・?」
「子供っぽいと馬鹿にされた事。」
「ん・・・・・っ・・・ぁ・・・・・・!」
「女神は本物のティーンエイジャーだが・・・・・、フッ、が本当にティーンエイジのお嬢ちゃんに見える筈ないだろう?」

それを分かっていないのは当の一人。これには少々感心しない。
自分の魅力を知る事は、女としての(男もだが)基本だぞ?
、お前がそれを心得ていないなら、このミロが教えてやる。



「考えてもみろ。ティーンエイジのお嬢ちゃんが、こんなそそる声を出すか?」
「やっ・・・・・・・・!なっ、何言って・・・・・・!?それはミロが・・・・・!」
「俺が、何?」
「ミロが・・・・・・・」

そっぽを向くの視線を追いかけて、リピート。

「俺が、何?」
「ミロ・・・・が・・・・・・・」
「言えよ。」
「・・・・・・・・・・触る・・・・・から・・・・・・・」
「・・・・・・ふぅん?」

頬を染めながら蚊の鳴くような声で答えたを、俺は一思いに仰向けに転がした。

「きゃっ!」
「・・・・・・・・で?俺に触られて・・・・・・・」
「やめっ・・・・・・・!」

遠慮なく片脚を持ち上げて、その中心をぐいと指で押すと、其処は既に熱く湿り気を帯びている。
ショーツを引き摺り下ろし、その湿り気の発生源に中指を深々と沈めながらもう一押し。


「こんな風に脚を開いて・・・・・・・・」
「ぃっ・・・・・あ・・・・・!」
「こんなに濡らして・・・・・・・」
「やめっ・・・・・、駄目ッ・・・・・・・!あっ・・・・も・・・・・・!」
「俺をゾクゾクさせるイイ女になってるのに・・・・・・」

指から伝い落ちて来る滴の筋を掌にまで感じながら、最後の仕上げ。
茂みから顔を出している花芽に親指を押し当てて、の耳元でわざと意地の悪い声を出して囁きかける。

「・・・・・・・これの何処が幼稚な小娘なんだ?」
「んああぁッッ・・・・・!!!」

ぎゅっと花芽を押し潰した瞬間、俺の中指を通してが達したのが分かった。











何だかんだと理由をつけて、要は愉しみたいんだろう、って?
何を言う。俺はに、もっと自分自身の事を分かって欲しいと思っているだけだ。
下らない中傷に負けない自信をつけて、今よりもっとイイ女になって貰いたい、とな。


ただ、その過程において結果的に俺も良い思いをする、というだけであって。





「ああああっ!!きょ・・・・・・、激し・・・・・・よ・・・・・、ミロ・・・・・・!」
「気のせいだろう?」
「違っ・・・・、絶対ちが・・・・・、やあぁっ!!」

はなかなか勘が良い。
実のところ俺は、普段のとセックスしている時ののギャップがとてつもなく好きだったりする。
は普段難しい顔をして働いていたり、俺達に説教したり俺達に交じって下らない馬鹿騒ぎをしていたりするのに、俺とセックスしている時は正真正銘の『女』になっているんだ。
その顔を知らない連中がいると思うと(知られていても困るが)、妙に勝ち誇った気分になる。
『貴様らが知らないだけで、はこんな顔の出来る女だぞ』と、意味もなく威張ってやりたくなる。

良いと思わないか?
愛する男(つまり俺)に抱かれる時だけ極上の『女』の顔をする女。
光栄というか、有り難みがあるというか、妙にそそられるというか。


「ほら、この音聞こえるか・・・・?『お嬢ちゃん』はこんなに奔放に乱れないだろう?」
「あ、あ・・・・・っ!んっ、あっ・・・・んんッ・・・・・!!」

だからついつい攻め立てたくなる。
俺の大好きなそのギャップをもっと見せて欲しくて。
わざとその表情をトロトロに蕩けさせたくて、腰を高く抱え上げて、奥まで届くように貫く。

もっと乱れて、俺を受け入れて。
肌蹴たドレスの隙間から、もっと俺を誘ってくれ。


「やっ、ぅあぁぁっ!深・・・・・・・・・・・!もっ・・・・・、ゆっくり・・・・・!」
「それは只の嫌味、は幼稚なお嬢ちゃんじゃない・・・・・」
「も・・・・・・、だ・・・・・・、めぇぇぇっ・・・・・・!」












「・・・・・・・・・・分かったか?」

爆ぜた欲望での下腹部を白く染めながら、その耳元で尋ねてみた。
するとは、身体を震わせながら無言でコクリと頷いた。
理解してくれたようで良かった。これで問題解決だな。


「ミロ・・・・・・・・・」
「ん?」
「今日・・・・・・、凄く意地悪でやらしい・・・・・・・」

またまた。お陰で結構吹っ切れたんだろう?顔がスッキリしたじゃないか。
それに、だってかなり悦んでいた癖に。
などと言ったら凄まじい勢いで否定されて怒られそうだからな。


「気のせいだろう?」


取り敢えず、すっとぼけておこう。




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後書き

甘くセクシーな感じの話、というリクエストを頂いてお送りしました。
自信家で少々意地悪なミロを書きたくなりまして。
でも、タイトルに直結する程サディスティックな雰囲気は出ていないような・・・・(汗)。
リクエスト下さった宝来弥桜様、有難うございました!
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。