その日、サガは朝から悩んでいた。
「おはようサガ。って、どうしたの難しい顔して?」
「ああ、か。おはよう。」
に気付いたサガは微笑んで挨拶を返したが、すぐに深い溜息をついた。
「何か厄介な仕事でもあるの?」
「いや、・・・・うむ、或いはそういう見方も出来るな。実はな・・・」
サガはに椅子を勧めると、訳を話し始めた。
なんでも先日沙織がやって来た際、突然執務室の内装について文句をつけられたらしい。
殺風景極まりないから、もう少し気の利いたものに替えるようにと。
「なるほどね〜。」
「しかしそう言われてもな、私はインテリアなどには全く詳しくないし、どうすれば良いものかと・・・」
「どんな感じがいいとか、具体的な希望は訊いたの?」
「ああ。しかしそれがまた漠然としたものでな。『楽しそうな感じ』と仰られた。」
「それはまた本当に漠然としてるわね。」
「どうしたものか・・・。、これから私に付き合ってくれないか?」
「模様替えの事?」
「ああ。私だけでは何をどう替えれば良いのか分からん。頼む。」
「分かったわ。」
助っ人を得たところで詳細を打ち合わせるべく、サガはを連れて会議室へ篭った。
「コンセプトは『楽しい』だ。絵画でも飾れば良いか?」
「そうねえ・・・、視覚的なものは重要よね。」
現状、装飾品等は一切なく、銀行で貰った地味なカレンダーが無造作に掛かってあるだけだ。
ファブリック類も味気ない色模様である。
まずはその辺りから改善していくのが妥当であろう。
「楽しいとなると、油絵よりはポップな感じの絵が良いのかしら?」
「なるほど。あとは何だ?」
「カーペットを取り替えるのは大変だから、良いアクセントになるような色合いのラグでも敷いて・・・」
「ふむ。となるとカーテンも、だな。」
「だね。」
は揃える物をメモに起こしていく。
「あとは・・・・、そうだ、植物!」
「アフロディーテに薔薇でも飾らせるか?」
「それも良いけどね。でもそれとは別に鉢植えのグリーンを飾るといい感じになるわよ。」
「なるほど。」
「グリーンはね、電磁波とかも吸収するらしいし、マイナスイオンも出してくれるんだって。リラクゼーション効果は抜群よ。」
「ほほう。それは知らなかった。では鉢植えもだな。」
買い物リストは順調に増えていく。
「しかし、これだけではまだ足りない気がするな。」
「でもデスクとか棚の色を塗り替えたりするのは大変だしね・・・。」
「ああ、そこまで徹底するのはこの際無しにしておこう。執務が滞ってしまうからな。」
「となると、小物類でカバーしなきゃね。う〜〜ん・・・・」
サガとは眉を寄せて考え込んだ。
「何か女神のお気に召しそうな物でも飾るか・・・・」
「何だろう・・・、やっぱり女の子だから、可愛いものとか?」
「・・・ならば人形などはどうだ?」
「人形?」
「何だかんだ言っても女神はまだティーンエイジャーだ。そういったものに興味がお有りかもしれない。」
微妙なところだが、あながちハズレでもないかもしれない。
愛嬌のある縫いぐるみの一つ二つでも置いておけば、楽しく取っ付き易い雰囲気が出るであろう。
「そうね。いくつか適当に飾っておくのもいいかも。」
「では人形も用意しよう。他には何かないか?」
「そうねえ・・・・、BGMでも鳴らす?」
「そうだな。クラシックか?」
「リラックス出来るけど、眠くなったりしないかしら?」
「ううむ・・・、α波が曲者だな。リラックスのし過ぎで居眠りばかりになるのも困る。」
「適度にノリの良い曲を小さなボリュームで流してみるとか?」
サガはの案に納得したらしい。
即座に頷いて即決した。
「それでいこう。・・・・うむ、こんなところだな。」
「大体決まった?」
「ああ。礼を言うぞ!本当に助かった。」
「いいえ〜、どういたしまして。そんな大した案も出してないし。」
「いやいや、そんな事はない。私一人では途方に暮れていたところだ。」
サガは早くも一仕事終えたような充実した表情をしている。
「さあ、あとはこれを仕入れる手配をするだけだな。」
「そうね。私が行ってこようか?」
「いや、一緒に決めてくれただけで十分だ。後は私が。といっても雑兵達に指示を出すだけだがな。」
「そう。でもさ、実際にやったらどんな風になるかな?楽しみだね。」
「そうだな。きっと随分印象が変わるだろうな。」
サガとは、まだ見ぬニュー執務室とそれを見て喜ぶ沙織の顔を想像して、満足そうに微笑んだ。
それから数日後。
サガの指示を即座に実行した雑兵達により、執務室は休日の間で素早くリニューアルされた。
リニューアル後最初の執務の日、サガはを誘っていち早く執務室を訪れた。
「どんな風になってるのかしら?」
「さあ、それは見てのお楽しみだな。」
自分達のマネージメントで生まれ変わった執務室である。
期待のあまり、声が弾んでしまうのも無理はない。
「さあ、開けるぞ。」
「うん!」
サガは勿体つけて執務室の扉を開けた。
「なんだこれは!?」
「えぇ!?」
部屋の中は、恐ろしいまでの無秩序さでコーディネイトされていた。
白壁に掛かる原色が多用されたやかましい絵、窓にかかる素っ頓狂なヒマワリ柄がプリントされたレモンイエローのカーテン。
ちなみに銀行のカレンダーはそのまま。
「なっ・・・、なんていうか・・・凄い部屋だね・・・」
「なんなのだこの状態は・・・、それにこの床も・・・」
元々あった紺色の毛足のないカーペットの上には、目に染みる色でその存在を主張しているカーテンと同色のラグ。
そこにも大輪のヒマワリがどどんと咲き誇っている。
「何故こんな事になっているのだ!?」
「・・・黄色のヒマワリ柄にしろって言ったの?」
「言うわけないだろう!カーテンもラグも、カーペットの色に合わせろと言ったのだ。まさかこんな突拍子もないものを選んでくるとは・・・」
紺色に黄色。
全く合わないとは言わないが、何もここまで真っ黄色にしなくても。
サガとは、目線でそう会話した。
「うわっ、サガあれ!!」
「何だ?・・・・うっ・・・!!」
が指差した方向を見て、サガは硬直した。
部屋の隅に小ぶりの椰子の木の鉢植えがいくつか置いてある。
それは良いのだが、問題はその近くの飾り棚であった。
アフロディーテから仕入れたらしい大輪の薔薇を活けている花瓶の隣で座っている人形、やたらリアルな顔のマリオネット数体である。
揃ってこちらを見ている様は、愛嬌どころか不気味さすら感じる。
「人形ってコレ!?何て言って注文したの!?」
「私はビスクドールのつもりで言ったのだ!まさかこんな奇妙な物を用意するとは・・・」
「つもりってことは、人形の種類は指定しなかったのね。」
「ああ、不覚だった。」
「っていうかビスクドールのつもりだったのね・・・」
人形の事については、サガとの間からして既にイメージの相違があったようである。
あとはどうやらサガの出した指示が間違った方向に伝わっていたようだ。
多分、一事が万事こうなっていたのだろう。
でなければ、ここまで想像と違うものに仕上がる筈がない。
「何これ?ラジカセ?」
「きっとBGM用のものだな。中は・・・、入っているようだな。」
CDの取り出しボタンを押して中身の確認をしたサガは、嫌そうにそう告げた。
あるのなら中身を確認せねばならないだろう。
「再生・・・してみる?」
「そうして・・・みるか。いくぞ・・・」
「うん・・・・」
サガは躊躇いながらも再生ボタンを押した。
その途端、耳に馴染みのあるメロディーが流れ始める。
チャラララララ〜、チャラララララ〜ララ〜♪
「これか!!!」
「なんでコレ!?」
そう、流れて来たのはかの名曲、『オリーブの首飾り』であった。
少なくとも日本では手品のBGMとして誰もが知っている、あの曲である。
「確かにテンポは良いが・・・・」
「これじゃマジックショーじゃない・・・・」
「おのれ雑兵共め・・・・!」
自分の指示が悪かったのか、間違った方向に捕らえた雑兵達が悪かったのか。
自分でもよく分からないまま、サガは取り敢えず雑兵達に恨み言を呟いてみた。
しかし時既に遅し。
間もなく他の黄金聖闘士達がやって来る頃だ。
今更隠し立てる術はない。
「どうしよう・・・・、皆に何て説明すればいいの!?」
「・・・・もはやどうしようもないな。」
他の黄金聖闘士達の反応が怖い。
いっそ笑いでも取れれば良いが、素で流されたり冷ややかに一瞥されたりするのは耐えられない。
その時、誰かが来る気配を感じたサガの表情が緊迫した。
「むっ、来たぞ!」
「うぅ〜〜・・・、どうしようサガ〜〜!」
「大丈夫、笑われる時は私も一緒だ。出来る限りに被害が及ばないよう善処する。」
「・・・笑ってくれなかったらどうする?」
「そ、それはその時だ・・・・!」
しかし、しばらくして入ってきた黄金聖闘士達の反応は、案外それ程酷くなかった。
センスの悪さは散々からかわれたものの、最悪のリアクションではなかった事に、二人は心の底から安堵した。
ただ、しばらくの間、執務をサボって例のマリオネットで遊んだり、手品が流行ってしまった事が問題になったとか。
ちなみに後日、事の発端である沙織が様子を見にやって来たのだが、開口一番『愉快な部屋になりましたね』とのたまったらしい。