カタカタカタ。
一人の部屋に鳴り響く映写機の音。
もう幾度となく見たフィルムを再生する。
青い空の下、白いワンピースを着て麦わら帽子を被ったが、笑って手招きする。
いつか二人で行った小さな島。
忙しい執務の合間を縫って、二人で一緒に取った休暇を利用した旅行だ。
最初で、最後の。
この映写機とカメラは、旅行の少し前に街で手に入れた。
に見せたら、古いと言って笑っていた。
波打ち際ではしゃぐ。
サンダルを脱いで、ワンピースの裾が濡れるのも構わずに海に入る。
『サガもおいでよ〜!!』
壁に映るに呼びかけられ、吸い寄せられるように側に寄る。
花が咲いたようなの笑顔を、指で撫でる。
『すっごく気持ちいいよ〜!!早く早く!!』
『はは、分かった分かった。』
もうすっかり覚えてしまった、いつかの二人のやりとり。
の顔がアップになる。
『やだー!!そんな近くで撮らないでよ〜!!』
『いいじゃないか、記念だ。』
『じゃあ私もサガのこと撮ってあげる!カメラ貸して!!』
『私はいい。』
『だめーー!!』
一瞬壁が紺碧の海になり、次に自分の顔が映し出される。
『私はいい!ほらカメラを返しなさい!』
『遠慮しないで!ほらほら、笑って?』
『全く・・・。』
壁に映る自分は、困ったような、でも嬉しそうな顔で微笑んでいる。
『ほら、あんまり下がりすぎると危ないぞ・・・・って!!』
『バシャーン!!』と派手な水飛沫の音がする。
が足を滑らせ、水の中に尻餅をついた音だ。
『だから言っただろう。ほら。』
『あたた・・ありがと。うわーん、びしょびしょ〜!!』
『着替えに戻ろう?』
『うーん、じゃあ濡れついでにちょっと泳いでからでもいい?帽子とカメラ持っててね!』
『!足が届かないところまで行くんじゃないぞ!』
『は〜い!!』
気持ち良さそうに泳ぐがいる。
海に揺蕩う白いワンピースが、太陽の下で羽ばたく紋白蝶のように見える。
『!もう戻っておいで!着替えに戻ろう!』
『まだ〜!もうちょっといいでしょ!?』
『ダメだ。泳ぎたいなら水着に着替えなさい。さあ!』
『はーーい・・・。』
が近付いてくる。
白いワンピースがすっかり濡れて、身体に張り付いている。
『全くそんな格好で・・・。ほら、これを羽織って。』
『ありがと〜。・・・・ねぇ、楽しいね?』
『あぁ。来て良かったな。』
『うん!』
そう、楽しかった。二人で過ごした日々の全てが。
『ねえサガ?私の事好き?』
『当たり前だ。どうしたんだ突然?』
『ここに来たら、なんだかすごくロマンチックな気分になっちゃった。ガラじゃないよね?』
『いや、そんなことはない。私だって同じだ。』
『本当?』
『ああ。』
『ねぇ、じゃあ私の事好き?』
『ああ。愛している。』
『私も。愛してる。フフッ、なんだか改まるとくすぐったいね!』
『ははっ、そうだな。』
開け放していた窓から、強い風が吹き込む。
ほんのりと温かい、乾いた空気。
閉めようとしたが、一瞬考えてそのままテラスへ出る。
夏の始まりの爽やかな風。
青い空にいくつも雲が浮かんでいる。
二人でいた時と何も変わらない空と風。
よくここからと空を眺めた。
今でも横にの姿がある気がする。
手すりに肘をついてこの空を見つめていたを、はっきりと思い出せる。
いつかここで永遠の愛を誓った。
今でも変わらないその思いが、この手を離れて風に乗って飛んでいく。
空も雲も風も、あの頃と同じままで、取り残された自分だけが、時を止めている。
フィルムを止めていなかった。
部屋の中からの楽しげな声が聞こえる。
その声が、その笑顔が、頭から離れない。
この心が、この身体が、今でもを求めている。
今日もまた、昨日と同じ一日を過ごす。
壁に映るを、あの頃の二人を見つめて。
何も変わらないこの部屋で、今はもういない君をこの腕に抱いて。