「欲の無さ過ぎる人ってのも困りものよね〜・・・・・・」
真剣な顔で修行に励むシュラを遠くから眺めつつ、は溜息をついた。
今日は一年の内でも特別な日・誕生日だというのに、それを迎えたシュラ本人は、全く意に介する事なく普段通りに過ごしているのだ。
パーティーは不要、プレゼントも不要。
ましてやケーキに蝋燭を立てて『フ〜ッ』など論外。
このように、提案をことごとく却下されては、もはやどうにも打つ手がない。
恋人の誕生日を祝いたいと思うささやかな女心は、哀れ無惨にも砕かれてしまったかのように見えていた。
今、この瞬間までは。
「あ、終わったの、シュラ?」
「ああ。シャワーで汗を流して来たら昼飯を作ってやるから、もう少し待っていてくれ。」
「え、シュラが作るの?」
せめてプレゼント代わりにそれ位させてよ、そう言いかけて、はふと気付いた。
普段髪など構わないシュラが、やたらと髪を掻き上げる仕草を見せていたのである。
それは格好をつける類のものではなく・・・・・・
「髪、鬱陶しそうね?」
「あ?ああ、そうなんだ。忙しさにかまけて少しばかり放っておいたら、好き放題に伸びてしまってな・・・・・」
「そういえば、シュラ最近忙しかったもんね。結構伸びてる。」
「だろう?鬱陶しくて堪らん。」
シュラは顔に掛かる髪を心底鬱陶しそうに、バサバサと払い除けている。
その姿を見て、は閃いた。
「ねえシュラ、私良い事思いついちゃった。シュラへの誕生日プレゼント代わりに。」
「プレゼント代わりに良い事?何だ?」
「ふっふっふ〜・・・・・・、まずはシャワーを浴びて来たら?」
とっておきの、『シュラ・お誕生日おめでとう作戦』を。
シュラがシャワーを浴びている間にが用意したものは、ゴミ袋の底を丸く切り抜いたもの。
それに鋏と櫛にドライヤー。
これだけのものが揃えば、その作戦が何かは容易に想像がつくであろう。
「・・・・・・・・一体何をする気なんだ?」
プレゼント代わりの良い事、そしてシャワーを浴びて来いと言われれば、男ならつい何事かと想像を膨らませてしまうというものだ。
しかし、その想像とは余りに違う光景に、シュラは思わず怪訝そうに眉を顰めてしまった。
「また盛大に散らかしてくれて・・・・・;」
「あ、シュラ上がったの?じゃあそのままで良いからこっちに来て。」
シャワーを終えたばかりで上半身裸のままのシュラを呼び寄せて、は頭からゴミ袋を被せた。
「おい!?一体何の真似だ!?このゴミ袋は一体・・・・」
「ケープ代わりよ。はい、じゃあそこの椅子に座って。」
「せ、せめて何をするつもりなのか位、教えてくれないか・・・・・?」
「何って・・・・」
恐る恐るそう尋ねてくるシュラに向かって、は笑顔で鋏をちらつかせた。
「誕生日プレゼントの代わりに、私がシュラの髪を切ってあげようと思って♪」
「・・・・・・・・;」
ギラリと光ったステンレスの鋏の光に、シュラが怯えたような目付きをしたのだが、残念ながらがそれに気付く事はなかった。
「ほ、本当に大丈夫なんだろうな!?」
「だーいじょうぶだって♪私を信じて!」
「あ、ああ・・・・・・」
テーブルに置かれたスタンドミラーに、濡れた髪を櫛で撫で付けられたシュラが映っている。
ぺたんとした髪型と怖気付いた表情のせいで、鏡の中のシュラはまるで普段の彼とは別人のようだ。
そんなシュラに鏡越しに微笑んでみせてから、は勇ましく鋏を構えた。
「ま、待て!!待て待て待て!!!」
「え、なぁに?」
「鋏はそんなに豪快に開くものか!?まさかいきなりバッサリいく気じゃ・・・・」
大胆に大きく開いた鋏を見て引き攣るシュラに、は唇を尖らせた。
「だーいじょうぶだったら!!プロじゃないけど、これでも私、人の髪の毛は切り慣れてるのよ!?」
「そ、そうなのか?」
「そうよ。孤児院に居た頃は、いつも私が子供達の髪の毛切ってたんだから!」
「そ、そうか・・・・・・」
「ちゃんと考えて切ってあげるから!ほら、動かないで!!」
「うう・・・・・・、お手柔らかに頼むぞ・・・・・・」
「まっかせなさい。」
自信たっぷりに請け負うを見て、シュラはようやく覚悟を決めた。
いや、覚悟を決めざるを得なかったと言った方が正しいかも知れない。
何しろは自信に満ちていて、断れる雰囲気ではなかったのだから。
しかし、本人曰く実績はあると言っているのだから、ここはひとまず恋人の腕を信用するべきだと、シュラは考えたのであった。
チョキ、チョキチョキチョキ、と、軽快な鋏の音が鳴り始めて何十分が経過したであろうか。
足元に敷かれてある新聞紙の上に落ちていく黒い髪が増えるにつれて、頭が軽くなっていく気がする。
それが髪に触れる優しい指の感触と相まって心地良く感じられ、ついウトウトとしていたその時であった。
「シュラ、シュラ。終わったよ。」
というの声で、シュラはハッと目を開けた。
「ん・・・・・・・、もう出来たのか?随分早いな。」
「そうかな?シュラってば途中から寝ちゃってたから、そう思うんじゃない?」
「ハハ、かもな。つい気持ち良くて、うたた寝してしまったから。」
ふと周りを見ると、が引っ張り出していた散髪道具がいつの間にか片付けられている。
仕上がると同時に起こされたものだとばかり思っていたが、自分で思っていたよりほんの少し長く眠っていたらしい。
鬱陶しかった髪を整えてくれた上に、片付ける間起こすのを待ってくれたの優しさに、シュラは口に出させど幸福を感じていた。
街の理髪店では、こうはいかない。
どんなに気持ち良く眠っていても、用が済んだらとっとと起こされ追い出されてしまう。
商売である以上、それは店を回転させる為に仕方のない事なのだが、少々味気ないではないか。
それに引き換えて、やはり恋人というのは。
「・・・・・有難う。」
欲しい物など特に何もないが、恋人の真心は別だ。
シュラは微笑みながら、軽くなった髪に指を通した。
「お陰で随分軽くなった。」
「そう?良かった♪喜んで貰えて。」
「どれ、出来はどんなものだ?」
「はい、鏡。」
ニコニコと差し出された鏡を受け取ってそれを覗き込むまで、シュラは確かに笑顔だった。
だが、鏡を見た瞬間、シュラのその微笑は凍りついた。
「なっ・・・・・!?」
「え、何?どうしたの?」
「い、いや・・・・・・・」
鏡に映る自分がやけに幼く間抜けに感じるのは、明らかに髪型のせいである。
パッツンと眉の少し上辺りで綺麗に切り揃えられた前髪と、勘弁して欲しい位スッキリとなくなってしまったもみ上げ、そして、全体的に何処となくまん丸い感じのするこの髪型は。
まるで幼い少年のする髪型、所謂『坊ちゃんカット』というやつではなかろうか。
道理で頭が軽い筈だと思いながら、シュラは呆然とを振り返った。
「あの・・・・・・、これが・・・・・・仕上がりか?」
「そうよ?え、まだどこか長い所ある?もう少し切り足そうか?」
「いや、いやいやいやいや。もう十分だ。十分だとも・・・・・」
の申し出を優しく、かつ必死で断り、シュラは小さく溜息をついた。
純粋に善意でやってくれた事なのは分かるが。
今更どうにも出来ない事も承知してはいるが。
「それにしたってこれはあんまり・・・・・・・」
「も、もしかして気に入らなかった!?」
「い、いや、そうじゃない!そうじゃないが!!・・・・・・ちょっと・・・・・・、幼い感じがしないか・・・・・・と・・・・・・・。」
「そ、そうかな・・・・・・・?」
「いやっ、決して気に入らんという訳ではないのだが・・・・・・!」
ショックを受けたようなを、シュラはしどろもどろで慰めた。
するとは、益々傷ついたように俯いて、ボソボソと弁解を始めた。
「ごめん、ごめんね、シュラ?孤児院の子達にいつもやってあげてたカットを、子供っぽくならないように大人用にアレンジしたつもりだったんだけど・・・・・・・」
「そ、そうなのか?いや、いやいや、確かに言われてみればそう幼くもないか・・・・な?」
「ごめん・・・・・。プレゼント代わりだったのに、変にしちゃって・・・・・・・」
「いやいやいやいや!良いんだ、これで!!多分、初挑戦の髪型な上に、俺の顔が老けて見えるからそう感じるだけだろう!」
「そ・・・・・かな・・・・・・」
「ああ、絶対そうに決まっている!とにかく、短くなってスッキリした事だけは間違いないから、そう落ち込むな、な!?」
客観的に聞くとフォローになっていないかもしれないが、これでもシュラとしては誠心誠意フォローしたつもりであった。
確かにこの髪型にショックを受けはしたが、髪はまたすぐに伸びる。
そんな取るに足りないものの為に、愛するから折角貰った真心を台無しにする方が余程惜しかった。
「・・・・・・有難う、。こいつは礼代わりだ。」
「あ・・・・・・」
驚いたように小さく声を上げるを抱き寄せて、シュラはその唇にそっと口付けた。
唇を離した後、二人は暫し黙ったまま見つめあっていたが、やがてがシュラの髪にそっと触れて口元を綻ばせた。
「・・・・・・・ふふっ、やっぱりちょっと変かもね。ごめんね、シュラ。失敗しちゃって。」
「フッ・・・・、折角フォローしたのに、お前が台無しにしてどうする?」
「ふふっ、それもそうね。」
少し決まりが悪そうに笑うに苦笑してみせて、シュラは切りたての髪をクシャクシャと掻き回した。
それから暫くの間、シュラが珍しく毎朝念入りに髪をセットするようになったのは、
ほんのおまけの後日談。