「お姉ちゃん、遊んでよー。」
「貴鬼、我侭を言うんじゃありません。」
「いいのよ、ムウ。そうねぇ、じゃあ何しようか?」
は手にしていたカップを受け皿に置いて、貴鬼に振り返った。
「何か珍しいことがしたい!!」
「珍しいこと・・・・。また難しい注文ね〜。」
「貴鬼、を困らせるんじゃありません。」
貴鬼を窘めるムウ。
「そうね〜、子供の遊び・・・・、鬼ごっこ、かくれんぼ、おままごと・・・・」
「おままごと?」
「うん。お父さんとかお母さんとか役を決めて遊ぶのよ。」
「それがいい!!それしたい!!」
貴鬼が選んだのは、何故か女の子の遊びの定番・おままごとであった。
「じゃあ外に行こう!外の方がいろいろ材料が豊富だからね。」
「材料?」
「そう。ご飯のおかずとかね。」
「??よく分かんないけど、じゃあ早く行こうよ!!」
貴鬼は待ちきれない様子で、外へ駆け出して行く。
「やれやれ。全く困ったものです。すみませんね、。」
「いいんだってばー。そうだ、ムウも一緒にどう?」
「いや、私は・・・・」
「人数多い方が面白いのよ!来て来て!!」
強引にムウの手を掴んで外へ引っ張って行く。
繋がれた手の温もりに、ムウの頬が少々赤くなった。
「さあ、まずは家の準備ね。」
「家?」
「そう。座り込んでも大丈夫なように、地面にシートとか何か敷物を敷くのよ。」
「ちょっと待ってて下さいね。探してきますから。」
そう言って、ムウは一旦白羊宮に戻る。
「家にはこれぐらいしかないんですが、大丈夫ですか?」
戻ってきたムウが手にしていたものは、ざっくりと織られた生成りの綿織物であった。
「うん、バッチリ!!地面に敷いちゃってもいいの?」
「ええ、どうぞ。」
「それで次はねー。ちゃぶ台とか食器とか料理を作る道具とかが必要ね。
あと料理の材料も要るわ。それからお好みに応じて人形やぬいぐるみ、そんなとこかしら。」
「ちゃぶ台って?」
「低いテーブルよ。なければ箱でもなんでもいいのよ。」
「料理の材料って本物が要るの?」
「遊びだから、そこら辺の雑草とかで十分よ。」
貴鬼の質問に答える。
「人形やらぬいぐるみは何に使うのですか?」
ムウからも質問が上がる。
「赤ちゃん役とか、ペット役をしてもらうの。人間がやるんなら必要ないけどね。」
「なるほど。」
ムウも貴鬼も、おままごとなんてしたことがない。
にはありふれた遊びでも、二人にとってはとても新鮮であった。
「それじゃあ、貴鬼は料理の材料を集めてきてちょうだい。草でも花でも土でもいいから。
あ、でも生き物はダメよ。虫とかは絶対イヤ!!
それから、ムウと私は台になるものとか道具類を探しましょ。では解散!!」
の号令に従い、貴鬼はさっそく森の方へと駆けて行った。
「道具は何が必要ですか?」
「そうねぇ、基本的に汚れても構わないものじゃないと困ると思うのよ。だから欠けたお皿とか、
もう要らないってもので十分よ。あとバケツに水を汲んできて欲しいな。私も一旦家に戻って何か探してくるわ。」
「じゃあ後ほど。」
「はいは〜い♪」
しばらくして再び現場へと戻ってきた3人。
ムウが持ってきたものは、植木鉢の下に敷く受け皿、木の柄のついたスプーンやフォーク、
小さなボウルがいくつか、それから木の箱とバケツ一杯の水であった。
貴鬼は森で見つけた植物。青々とした草の束や、散った後の花、柔らかそうな湿った土やさらさらの砂もあった。
は台に掛ける布、プラスチックのコップ、小さなザル、スコップ、タオルが数枚、それから
ピンクの象のぬいぐるみを持参した。
「ふう、結構物入りですね、おままごととやらも。」
揃えられた小物を見て、少し驚いたように言うムウ。
「そうねー。所帯持つには何かと物入りだからね。」
「ショタイって?」
「んー?家のことよ。家族がいる家。さ、始めよっか!」
「まず役を決めなきゃね。ベーシックにお父さんとお母さんと子供で行こうか。
じゃあお父さんやりたい人〜!!」
「おいらムウ様がいい!!そんでお母さんがお姉ちゃん!!」
「貴鬼子供でいいの?」
「うん!!」
「じゃあそれでいきますか。」
「そうね。」
配役も決まり、いよいよ本番となった。
「じゃあ靴を脱いで敷物の上に上がってちょうだい。」
「お父さんとは一体何をすれば良いものなのでしょうか?」
「そうねー。基本は外から帰ってきてご飯を食べるってとこかしら。」
「そうですか。じゃあ早速。」
と貴鬼が敷物の上に座り、ムウが二人の前に立った。
「『ただいま〜』って言って、こっちに上がってちょうだい。」
「はい。・・・・ただいま〜。・・・・、これで宜しいですか?」
「プププッ、超棒読み・・・!いいよいいよ、上がって♪じゃあ貴鬼、お父さんをお迎えして。」
「はーい!お父さんお帰りなさい!!」
貴鬼が満面の笑みでムウを迎え入れる。
「お帰りなさい、あなた。」
「!!!!」
「何驚いてんの?」
に『あなた』と呼ばれ、驚きのあまり目を大きく見開くムウ。
「ほらほら、入った入った。今日はあなたの好きなハンバーグよ。」
ムウを座らせ、ご飯の準備に取り掛かる。
「お姉ちゃん、じゃなかった、お母さん何してるの?」
「ご飯を作ってるのよ。貴鬼も手伝ってちょうだい。」
「わーい!やるやる!!」
と一緒になって、土団子を作ったり、草や花を器に盛り付ける貴鬼。
ムウはその様子を微笑ましく見守っていたが、自分もやってみたくなり、二人に混じる。
「出来た〜!!じゃあこれで手を拭いてね。」
タオルを配り、台の上に作った物を並べる。
白い砂のご飯。
土団子のハンバーグ。
葉っぱと小花のサラダ。
草のおひたしに削り節のつもりのタンポポの綿毛。
花の汁を混ぜいれた色水のスープ。
ペットの象には柔らかい草。
「今日はご馳走よ〜!さぁ、食べましょう♪いただきます!」
「「いただきます。」」
3人で食べ始める。もちろん食べる振りなのだが。
「ほら貴鬼、こぼさないで食べなさい。」
「お母さん、食べさせて〜!」
「甘えんぼね〜、ふふっ、はいあ〜ん。」
「あ〜〜〜ん。」
「おいしい?」
「うん!」
二人のやりとりを見て、何となく気恥ずかしくなるムウ。
大の男がやって楽しい遊びではないので、その反応は至極当然である。
「はいあなたも。あ〜ん♪」
「え?私ですか!?」
「そうよ、ほら早く。」
「うぅ・・・、ぁーん・・・・」
引き攣った口元を小さく開けたムウに、土団子を食べさせる振りをする。
「おいしい?」
「・・・・はい。」
ニコニコと聞いてくるに返事をする。
はすっかり子供に戻ったように無邪気に遊びに興じている。
いや、『お母さん』という役に徹しているのであろうか。
ムウにはどちらとも判断がつかなかった。
「お母さん、抱っこしてー!」
「はいはい。ほらおいで。」
「わーーい!!」
膝の上に座った貴鬼を擽る。
貴鬼は大声で笑い転げる。
貴鬼との無邪気な笑顔に、ムウの心が明るくなる。
ちょっと馴染みきれない部分もあるが、今日ぐらいは子供に戻るのもいいかもしれない。
「あなた!今度はあなたが肩車してあげて。」
「貴鬼、いらっしゃい。」
「わーい!肩車だーー!!」
貴鬼を肩に乗せて立ち上がり、軽く走る。
も靴を履いて追いかけて来て、3人ではしゃぎ転げる。
「ねぇ!たまにはいいでしょ、こうやって思いっきりはしゃぐのも!!」
眩しい笑顔でが話しかける。
「そうですね、なかなか楽しいですよ!」
、あなたがいてくれるから。
私にこんな平和な時間が訪れるとは思わなかった。
願わくば、この幸せが永遠であるように。