「でね、カノンったらね・・・・・」
が楽しそうに口にするのは、あいつの事ばかり。
誰の邪魔も入らない、二人きりの折角の夜なのに。
私が何故君一人を夕食に招待したのか、君はやはり気付いていないのだな。
「それでね、その時にさ・・・・」
「は、随分カノンと仲が良いのだな。」
「そうかな?あ、でも一緒に遊びに行く回数は、ちょっと多いかもね。」
かも、じゃない。
多いのだ。
私も奴のように、もう少し自由な身であったなら。
そうしたら、あいつに負けない位、いやそれ以上に、何処にだって連れて行ってやるものを。
「カノンと一緒に遊びに行くと、色々楽しいのよね〜。クールそうに見えて、実はつまんない冗談も結構いけるクチだしさ。気取らなくて良いから楽なの。ふふっ。」
「、スープの替りは?」
「あ、頂きま〜す!」
カノンの話をこれ以上聞きたくなくて、話をはぐらかす。
こんな自分が、我ながら情けない。
、君が楽しそうに話せば話す程、私がどんどん惨めになっていくのが、君にはきっと分からないのだろうな。
聖域を束ねる者として忙しい身だから。
そんな事が只の言い訳である事など、私自身が一番良く分かっている。
本当は・・・・・・・・・・・
「サガ!お鍋噴いてるよ!?」
「・・・・・・っ!しまった・・・・・、あっつ・・・・・!」
「やだ!ちょっと大丈夫!?」
温め直すどころか沸騰させてしまったスープの鍋で火傷するなんて、ますますもって情けない。
即座に飛んできたが、幼子にやるように私の手を掴んで水で冷やし始めたが、痛みは余計に増すだけだ。
「痛い・・・・・・・・」
「痛む?でも何ともなってないよ?なぁに?ジェミニ様ともあろうお方がこんな小さな火傷ぐらいで。ふふふっ、おっかしい〜!」
心に刺さる棘の、何と痛い事か。
有るか無いか分からないような、こんなちっぽけな火傷の痛みなど、比べ物にもならない。
そうだ。
本当は怖いのだ。
アイツと比べられる事が。比べられて、負ける事が。
三人を二組に分けるとするならば、必ず二人と一人になる。
その時、一人になるのはきっと私なのだろう。
そう考えると、とても二人の間に割って入る事は出来なかった。
「痛いんだ・・・・・・・」
「えぇ?そんなに痛いの?もう、しょうがないなあ。え〜と、薬・薬は、と・・・・・・」
私が奴から奪ったものと、私が奴に奪われるもの、どちらが大きいのだろうか。
そう言えば、カノンは『比べられる事か』と憤慨するだろうか。
だが、何もかもを掴む代わりに気の狂いそうな苦悩を舐めてきた私にとって、この安らぎは唯一の光なのだ。
やっと手に入れた、やっと感じる事の出来た安堵感。それを手放したくない。
私の持つ全てのものをやるから、を私にくれと言えば。
カノン。
お前は私を憎むか。
「あったあった。はい、手出して。」
「・・・・・・・・」
「どうしたの?痛むんでしょ?薬塗ってあげるから手・・・」
の黒い瞳を、こんなに間近に見たのは初めてだった。
そんなに驚かないでくれ。
私はずっと、君にこうして口付けたかったのだから。
一度タガが外れたら、後はもう簡単だ。
今までの躊躇いが嘘のように、貪欲に君を求めていける。
抱き上げた腕の中で君が幾らもがこうとも、私には通用しない。
だからどうか、拒まないでくれ。
「やめて、サガ!ちょっと待って!」
ベッドに沈んだが、怯えたように身を硬くする。
「何で急にこんな事するの!?どうしたのよ!?」
「気でも触れたように言うのはやめてくれ。自分が何をしているか位、分かっている。」
「だったら何で・・・・・・」
「何故?簡単な事だ。もうこれ以上黙って見ていられない、耐えられないのだ。」
「な、何が・・・・・?」
「カノンが好きか?」
「え・・・・・・!?」
に覆い被さりながら、私はその目をじっと見つめた。
「カノンが好きなのか?」
「何・・・・、言って・・・・・」
「だがな。君がカノンを想うより、奴が君を想うより・・・・・」
そうだ。言ってしまえば良い。
ずっと言いたかったのだ。何を躊躇う事がある。
抱いたら最後、を永久に失うかもしれないなどと考えるな。
「私が君を想う気持ちの方が、ずっと強い・・・・・・・・!」
考えるな。
「サ・・・・・ガ、待って・・・・ぅんッ・・・・・!」
何か言いかけたの甘い唇を無我夢中で貪りながら、私の手を阻もうとする細い腕をかわして、いつか私が『良く似合う』と褒めた淡いピンクのコットンシャツのボタンを外した。
本当に良く似合っている。カノンもそう言っていた。
そう、カノンも。
そう考えると無性に腹が立って、私はそれまでボタンを丁寧に外していた手に力を込め、引き千切るようにシャツを毟り取ってしまった。
小さな飴玉のような透き通った薔薇色のボタンが、弾け飛んでそこら中に散らばる。
「何するの!?やめて!!」
「済まない、カノンのお気に入りを台無しにしてしまったな。」
「え!?何言ってるの・・・・・?」
皮肉な笑みを浮かべる私を、が呆然とした表情で見つめている。
私は構わず、肌蹴た白い胸に顔を埋めた。
「サガ、ちょっと待って!今日は本当に何か変よ!?」
「待たない。」
「な・・・・・」
「待てないんだ。もう私は既に、限界まで自分を抑えてきた。これ以上はもう・・・・・」
肌蹴た服から、滑らかな肌が惜しみなく露出されている。
大事そうに下着に包まれた胸も、時折こくりと動く喉も、微かに震えている白い太腿も。
その何処にも、まだカノンの手が触れられていない事を願いながら。
私はと共に、深く深く沈んでいった。
「ふ・・・・・あッ・・・・・・・!」
は初め幾分抵抗していたものの、今ではもう抗わない。
私の指を、舌を受け入れて、そして今は、耳に甘く響く声を漏らしながら、頬を上気させて私の腕に身体を預けている。
深く繋がった部分は熱く熱を帯びて、そこから溶けてしまいそうだ。
「あ・・・・・、サ、ガ・・・・・・、ぅっ・・・・・!」
膝の上に跨ったを思いきり突き上げてやりたくなるのを堪えて、その代わりに何度も何度もその唇を吸った。
絶頂を急ぐ事はない。いや、急ぎたくない。
今は私を見上げているの濡れた瞳。
果てて身体が離れたら、もうこの目は私を見てくれなくなるかもしれない。
それが怖くて。
「はっ・・・・・、あん・・・・・!んっ・・・・・・!」
柔らかな髪を掻き分けて、首筋にも背中にも、口付けの雨を降らせる。
私のものだと印を刻み付けるように。
密着した胸から、の乳房の先端が固くしこっているのが伝わってくる。
それを指先で苛むと、は身を捩って喘いだ。
「あん、あぁ・・・・・ッん・・・・・!」
「くっ・・・・・・・」
私を包む熱い花弁が、柔らかく強く、私を締め付けてくる。
ああそうだ。
今私は、を抱いている。
言い様もない程高揚して、私はの身体を強く胸の中に抱き締めた。
「愛してる・・・・・・・、愛してるんだ・・・・・・」
「・・・・・・本当に・・・・・・?」
「ああ・・・・・・・・」
恐る恐る見たの顔は、思った通り困惑していた。
していたが、何故だろうか。
愛してもいない男に無理矢理抱かれ、一方的な愛情を告白されたにしては、嬉しそうに見えない事もない。
「・・・・・・?」
「・・・・・・・なんだ・・・・・、早く言ってよ・・・・・」
「なに?」
「そうならそうと早く言ってよ・・・・!そしたら私、あんなに悩まないで済んだのに!」
微かに震えつつも弾んだ声でそう言ったは、緩く握った拳で私の胸を何度か叩いた。
勿論、痛くなどない。
痛くはないが、訳が分からない。
私はの肩を掴んでそっと引き離すと、恐る恐る尋ねた。
「、その・・・・・・・、それはどういう・・・・・?」
「だってサガ、いつも冷たかったじゃない。」
「なっ・・・・!?何を言う!?」
「だってそうなんだもの!いつも誘ったって忙しいって断っちゃうし、終いには『余り近付かないでくれ』みたいな空気出してるし・・・・・!」
「そんな馬鹿な・・・・・」
「本当よ・・・・。私一人じゃ誘い難いから、カノンと一緒ならって思ったけど、それでも駄目だし・・・・・」
私の嫉妬心が、全て裏目に出ていたというのか。
カノンとの楽しそうな姿を見たくないという思いから取った行動が、にとってみれば、私に避けられている様に見えたなどとは。
「だから今日・・・・・・、誘ってくれて凄く嬉しかったの・・・・・」
呆然としていた私は、の消え入りそうな声で我に返った。
はっと顔を上げてその視線を辿ってみれば、そこには私が引き裂いたのシャツがあった。
”私”が似合うと褒めた、あのシャツが。
何と馬鹿な事をしてしまったのだろう。
のいじらしい女心を、私は下らない嫉妬心で引き裂いてしまった。
そこにあるのは只の服・只の『物』なのに、私はこんなにも、後悔と罪悪感を感じている。
こんな事は初めてだった。
「・・・・・・・悪かった。折角良く似合っていたのに、台無しにしてしまったな。」
「良いよ・・・・・・。どうせバーゲンで買ったものだから。」
小さく笑ってみせるに、私は救われた。
一体私は、君のその笑顔に何度救われ、癒されるのだろうな。
「フッ・・・・・・、なら今度、街に買い物に行こう。これよりももっとに似合うシャツを買いに。」
「本当・・・・・?」
「ああ。君に似合う物は、きっと沢山ある。二人で探しに行こう。」
「うん・・・・・」
嬉しそうに微笑むに、私はもどかしい程の愛情を込めて口付けた。
まだ抱き合ったまま、繋がったままの身体には、静かな炎が燻っている。
それは『どうにかしてくれ』と私に訴えかけてくるが、私はそれを理性で消そうとした。
今回はの意思を尊重せずに、己の先走った欲望だけで結ばれたのだ。
こんな形で結ばれる事を、愛とは呼ばない。
また今度、が私を求めてくれた時に。
そう考えて、を放そうとした時だった。
「嫌!」
「・・・・・・」
「ちゃんと・・・・・、最後まで抱いて・・・・・、んっ・・・・・!」
は浮き上がりかけた腰を自ら沈め、私に再びその身を預けてきた。
「だが・・・・・・・」
「嫌なの?」
「まさか・・・・!だが私は・・・・・」
「良いの。私だってずっと・・・・・、サガが好きだったから。ずっとこうしたかったから・・・・・」
は、照れたように俯いて呟いた。
「・・・・・・そんな事を言われては、もう止められんぞ?」
「ん・・・・・・、止めないで・・・・・」
しがみ付いてくるをしっかりと抱きしめて、ゆっくりとベッドに横たえてみれば、が優しい眼差しで微笑んでくれる。
君も私も、もう何も迷う事はない。
愛するのではなく、愛し合う為に、私達はもう一度強く抱き合った。
そして、出口のない迷路を抜けた私達が辿り着いた場所は。
夢にまでみた楽園だった。