「うわーー!!降って来た!!」
家へ帰る途中、通り雨に降られた 。
バケツをひっくり返したようなこの雨では、家まで帰れない。
ちょうど天秤宮を通りがかるところだったので、中へ駆け込んだ。
いつも天秤宮は無人である。
この宮の主・童虎は大抵五老峰にいるか、女神について世界中を回っているかのどちらかで、
は数える程度しか童虎に会ったことがなかった。
どうせ今日も無人であろうから、雨足が弱まるのを待って走って帰ろう。
その時、背後から人の声がした。
「ほっ、これは珍しい客人じゃのう。」
「童虎!!いたの!?」
「ちょっと用事があっての。久しぶりじゃの。」
「ほんと、お久しぶり〜!!あ、お邪魔してもいい?」
「構わんとも。さあ、入るがいい。おお、こんなに濡れて。」
「じゃ、お邪魔しま〜す。」
童虎の私室に通されたのは初めてであった。
部屋のインテリアは中国様式で統一されており、一瞬ここがギリシャであることを忘れかけた。
「ほれ、これで身体を拭きなさい。それと着替えじゃ。あっちで着替えて来るがええ。」
手渡されたタオルと薄桃色のチャイナ服を持って、隣室へと入る。
着替えを済ませて出てくると、童虎がお茶を入れて待っていてくれた。
「さあ、これでも飲んで温まるがええ。」
「ありがとう。・・・・おいしい〜!いい香り〜!」
「ほっほ、儂のとっときのジャスミン茶じゃからのう。」
「ところでさ、この服どうしたの?」
「あぁ、春麗への土産に買うたものじゃが?」
「ええ!?そんなの私が着てていいの!!??」
「あぁ構わん。また買えばええことじゃ。」
「ごめんね〜!!」
「気にせずとも良い。よう似合うておるぞ。。」
「そう?ありがと〜。」
「本当に・・・・。よう似合うておる・・・・。」
「童虎?」
童虎の瞳が一瞬遠くを見つめる。
「どうしたの童虎?」
「・・・・昔、こんな薄桃色が良く似合う娘がおった。お前さんが生まれるずっとずっと前のことじゃ。」
「へ〜。もしかしてその人って童虎の好きな人?」
「ほっほ、まあそうじゃな。今のお前さんを見ていたら、つい思い出してしもうたわ。」
「へぇ〜。ねえ、その話聞いてもいい?」
「そうじゃのう・・・・。」
童虎は興味津々なを見て優しく微笑み、続きを話し始めた。
「まだ儂が黄金聖闘士になる前のことじゃ。儂には好いた女子がおっての。玉蘭という名の可憐な娘じゃった。」
「そうなんだ〜。それで?」
「じゃが儂は女神の聖闘士。女子と恋に落ちることはご法度じゃった。禁を破れば制裁が待っておる。
そうと分かっておっても、儂は自分の気持ちを抑えきれなんだ。若かったんじゃのう。」
童虎は茶を一口飲み、再び話し始めた。
「その娘も儂を好いてくれとった。じゃが儂が黄金聖闘士になり、聖戦が始まって、儂らは会えんようになった。」
「それで、どうなったの?」
「やっと聖戦が終り、生き残った儂は玉蘭に会いに行った。じゃがもう遅かった。」
「どういうこと?」
「儂が会いに行った時、玉蘭は流行病でこの世を去っておった。丁度、今日みたいな雨の日じゃったかのう。」
「・・・・・、ごめんね、悪いこと聞いちゃった・・・。」
「気にせずとも良い。もう何百年も前に済んだ話じゃ。・・・ほっ、どうやら雨が上がったみたいじゃの。」
「あ、ほんとだ〜。」
窓から外を見ると、先程までの激しい雨がすっかり止んでいた。
「じゃあ、私そろそろ。お茶ご馳走様でした!あと、この服ごめんね?」
「良い良い。それはお前さんにやろう。また遊びに来るがええ。」
「うん、また是非!それじゃあね!!服ありがとう!!」
「気をつけてな。」
童虎は、階段を下りていくを見送る。
弾むような足取りで歩いていく薄桃色の後姿は、かつて愛した人のそれによく似ていた。
「玉蘭・・・・」
瞳だけが老成した青年は、の姿が見えなくなるまでそこに佇んでいた。